学位論文要旨



No 217644
著者(漢字) 五明,明子
著者(英字)
著者(カナ) ゴミョウ,アキコ
標題(和) III-V混晶半導体の秩序形成機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 217644
報告番号 乙17644
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17644号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 岡本,博
 東京大学 准教授 百生,敦
 東京大学 教授 瀧川,仁
 東京大学 教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

今日の情報通信分野でのブロードバンド、ワイヤレス、情報処理など技術進展は目覚ましく、多様に社会に普及しそのスピードも高速化している。これらの技術の進歩に対するIII-V混晶を用いたデバイスの寄与は大きい。III-V混晶による半導体レーザや高速ワイヤレス素子を代表とする混晶半導体デバイスの開発や高性能化のスピードは目覚ましく、III-V混晶の結晶成長における高度な技術開発や制御性の向上はIII-V混晶デバイス特性の向上を支えてきた。GaAs上AlGaInP系混晶では赤色半導体レーザのデバイス化が目標とされ、エピタキシャル成長の研究開発の中でGaInPにおけるバンドギャップ異常の問題が提起された。半導体レーザでのバンドギャップの高精度な制御の要請からバンドギャップ異常の原因解明がなされ、この問題に関わる秩序構造形成の発見と両者の対応関係が明らかにされた。バンドギャップ制御のため秩序形成制御も必要とされ、AlGaInP系赤色レーザ研究開発では発振波長の短波化や波長制御のため傾斜基板上の結晶成長も試みられた。本論文では、III-V混晶半導体に形成される秩序構造の形成機構の解明を目指して行った基板表面の果たす役割についての研究に関して述べる。

第1章では、III-V混晶中に形成される秩序構造の研究の背景と本研究の意義と位置づけについて述べた。まずIII-V混晶の秩序構造の研究に至る歴史的経緯を顧みた。バルク結晶基板上へのIII-V混晶半導体素子の開発を目指し種々のIII-V混晶のエピタキシャル成長法の開発がなされた。その開発過程において、幅広い混晶領域や組成制御を可能にするエピタキシャル成長法として、有機金属気相成長法や分子線エピタキシー法などが開発された。これらの成長法を用いてGaAs基板上のGaInPを活性層とする赤色半導体レーザの研究開発が着手され、その中で発振波長異常の問題が顕在化した。この発振波長異常の問題の原因解明がなされ、その結果、GaInPに<111>B方向の2 倍周期構造をもつCuPt-B 型秩序構造が形成されていること(図1)バンドギャップ変化がCuPt-B 型秩序構造の形成と対応していることが明らかにされた。この秩序構造は他のIII-V混晶でも広く観察され、デバイス特性上の観点においても、良好な結晶性を保ちつつ秩序構造を制御する成長条件や秩序構造の形成機構の解明が課題であった。その後秩序構造形成には基板表面が重要な役割を果たしていることが明らかにされた。しかしながら、秩序構造形成に対して成長基板がどのような役割を果たしているのか、また、基板表面の状態によって秩序構造形成がどのような影響を受けるのか等、秩序構造の形成機構について明らかにすべき課題が残されていた。

この様な歴史的経緯を踏まえ、本研究では、GaInP を代表とする種々のIII-V 混晶エピタキシャル層に形成される<111>方向の秩序構造に関して、実験結果を踏まえてその形成機構の実証に臨んだ。CuPt-B 型形成機構の解明のための研究の中で新たに<111>A 方向の2 種の秩序構造TP-A 型とCuPt-A 型を見出し、これら3 種の秩序構造に対して形成機構の解明を試みた。その結果、III-V 混晶に形成される<111>方向の秩序構造形成に対して基板表面の果たす役割について実験に基づき論じ系統的な結論を得た。

第2 章では、MOVPE 法によるGaAs 上Ga0.5In0.5P 層に関して、(001)面から(111)面まで大きく基板傾斜を変化させた場合のCuPt-B 型秩序構造形成とバンドギャップの振る舞いについて述べた。秩序構造の形成とバンドギャップは、(001)面から[111]A 方向へ傾斜させていった場合と[-111]B 方向へ傾斜させていった場合とで傾斜角の依存性の振る舞いが大きく異なるが、傾斜角が15.8°面以上で傾斜方位に関わらずほぼ正常値をとる(図2)。また、CuPt-B 型の形成を透過電子線回折像と透過型電子顕微鏡像により観察し、秩序形成強度とバンドギャップ変化の対応関係を確認した。

第3 章では、<111>方向の秩序構造形成と成長中の表面再配列構造との関係に関して調べ、ミクロスコピックにみた原子レベルでの成長中の表面構造と秩序構造の関係について論じた。ガスソースMBE により両者の関係を調べる実験の中で、新たに2 種の<111>A 方向の秩序構造を見出した。2 種の秩序構造は3 倍周期のTP-A型(図3,4,5)と2 倍周期のCuPt-A 型である。そこで従来の<111>B 方向の2 倍周期のCuPt-B型と併せ、3 種の秩序構造に関して混晶の秩序構造の型と成長中の成長表面再配列構造の関係を調べた。形成方位や周期が異なる3 種の秩序構造に対して特徴的な比較を行うことが可能となった。GSMBE 成長による(001)InP 上のAlInAs とGaInAs の高エネルギー電子線回折像による表面再配列構造の観察と結晶の断面TEM 観察により両者の関係を調べた。CuPt-B 型 が形成されるとき成長中の表面再配列構造は2×1 構造であり、TP-A 型のとき2×3 構造(図6)である(表1)。また、GSMBE 成長による(001)GaAs 上AlInP とaInPについても両者の関係について調べ、CuPt-A 型とCuPt-B 型の形成時に、成長中表面はそれぞれ2×2 構造と2×1 構造であることを明らかにした。以上から、CuPt-B 型、TP-A 型、CuPt-A 型の3 種の秩序構造の型とエピタキシャル層成長中の表面再配列構造の周期が一対一対応しており、秩序構造の(001)平面内の周期性とその周期の方向が、成長中の表面再配列構造の周期性とその方向に良く一致していることを明らかにした。本結果から、エピタキシャル層成長中の表面再配列構造が秩序構造形成に重要な役割を果たしていることを強く示唆するものと結論した。更に、上記4 種のIIIA-IIIB-V 型混晶について秩序構造の形成強度を比較すると(表2)、構成基本2 元のIIIA-V とIIIB-V の間のボンド長差とボンド結合エネルギー差の大きい混晶で、秩序構造形成の強度が大きい。このことからボンド長差と、さらにボンド結合エネルギー差(表3)の存在が、秩序構造形成に影響を及ぼしていることを示唆するという結論を得た。

第4 章では、第3 章で述べた秩序構造を中心に3 種の秩序構造形成と基板の微傾斜との関係について調べ、秩序構造形成におよぼす成長中の表面再配列構造と原子ステップ列の効果に関して3 種の秩序形成に対して系統的に明らかにした。それを踏まえ、エピタキシャル成長中の秩序構造の形成機構について論じた。微傾斜(001)InP 上のAlInAs のTP-A 型の形成(図7)について、高分解能断面透過型電子顕微鏡像と高分解能断面走査型トンネル顕微鏡像の観察結果からステップ列の効果について明らかにした。GaAs 上AlInP で促進されるCuPt-A 型のバリアントと成長表面ステップ列の方向の関係について透過型電子線顕微鏡観察により明らかにした。これらと第2 章の結果と併せ、(001)微傾斜基板上混晶のTP-A 型、CuPt-A 型とCuPt-B型の3 種の<111>方向の秩序構造において、共通して成長表面上の原子ステップが秩序構造の特定の方向の形成を促進することを系統的に明らかにした。

第5 章では、MOVPE 成長GaInP についてCuPt-B型における傾斜基板上の形成機構について論じた。CuPt-B 型ドメイン形成と傾斜基板上の混晶にしばしば観測されるステップバンチングについて調べ、その後CuPt-B 型のドメイン形成の両者の関係に着目した。傾斜面上のGaInP 成長中のステップバンチングについて透過型電子顕微鏡像観察と原子間力顕微鏡観察を行い、低V/III 比で顕著でありステップバンチングの高さとバンチング間隔が大きいことを明らかにした。また、AlGaInP にはバンチング面でGa/In リッチな、テラス面でAl リッチな成長が生じ組成変調構造が形成される。これはV 族との結合エネルギーの大きいAl 原子が結合ボンド密度の低いテラス面で吸着し易いことによると推論した。CuPt-B 型ドメインの成長面上のサイズステップバンチング距離の関係を調べ、両者の間に良い相関関係のあることを明らかにした(表4)。さらに、ドメイン境界の発生機構について論じた。すなわち、低V/III 比下ではCuPt-B 型ドメイン境界はバンチング面上に無秩序領域として形成され(図8)、CuPt-B 型の無秩序化の生じる傾斜面と対応している。また高V/III 比下でテラス面上に反位相境界が発生するが、これはテラス面上の表面再配列構造にV 族ダイマーが部分的に2 層になり両側で半位相ずれることによるものと推論した。

第6 章では、本論文を総括し、今後の課題について述べた。今日までの閃亜鉛鉱型のIII-V 族混晶の成長技術の成熟は目覚ましい。最近では太陽電池用材料としてもIII-V 族混晶が益々有用となっている。本研究で論じてきた閃亜鉛鉱型III-V 族混晶の秩序構造の形成機構を含み、III-V族混晶のエピタキシャル成長機構の理解に対する更なる深化が望まれている。今後更に、エピタキシャル成長中のその場観察などにより、本論文で論じてきた形成機構をさらに詳細なレベルで解明してゆける可能性があると共に、新たな知見を得ることも可能であろう。また、ウルツ鉱型混晶にも秩序形成は観測されており、それらを含めた統一的な理解につながることが期待される。

図1 GaInP結晶の原子配列 a) 無秩序配列、 b)秩序配列

図2 GaInP の室温におけるPL ピークエネルギーと(001)面からの基板傾斜角依存性

図3 460℃で成長したAl(0.48)In(0.52)As のTED 像 a)[-110]*ゾーン、b) [110]*ゾーン(TP-A 型秩序構造の形成を示す)

図4 460 ℃ で成長したAl(0.48)In(0.52)As のTEM 明視野像

図5 Al(0.48)In(0.52)As のTP-A 型秩序構造の原子配列モデル

図6 Al(0.48)In(0.52)As 成長中の(2×3)表面再配列構造の原子配列モデル a) (001)表面、b)(-110)断面

表1 GSMBE 成長AlInAs の成長温度、成長中の表面再配列構造、秩序構造の型・出現方位・相対的な強度

表2 AlInAs、GaInAs、AlInP、GaInPの3 元混晶における、TP-A 型、CuPt-A型、CuPt-B 型の超構造の形成を示す断面TED 像。―線は、その欄の超構造の形成が観測されないことを示す。

表3 混晶IIIA-IIIB-As 系とIIIA-IIIB-P 系のボンド長差とボンド結合エネルギー差

* |d(IIIA-V)-d(IIIB-V)| / d(IIIA-V)

** Ec(IIIA-V)-Ec(IIIB-V) ; 1 つのボンドごとの結合エネルギー(Cohesive energy, Ec)差

図7 460 ℃で成長した(001)4A 基板上Al(0.48)In(0.52)As 層の[-110]*断面a ) TED 像

表4 バンチング距離とCuPt-B 型秩序構造のドメイン

図8 (-118)B 基板上にV/III 比55 で成長したGaInP の[110]*ゾーン断面TEM 暗視野像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、III-V混晶半導体に形成される秩序構造の形成機構について、主に透過型電子顕微鏡を用いた詳細な解析を行い、3種の秩序形成型の存在、およびそれらのエピタキシャル成長基板表面の微視的性状依存性の詳細を明らかにした研究成果を述べたものであり、全6章からなる。

第1章では、III-V混晶半導体中に形成される秩序構造の研究の背景と本研究の意義と位置付けについて述べている。GaInPを活性層とする赤色半導体レーザの研究開発途上において、発振波長異常の問題の発見から、GaInPにCuPt-B型秩序構造が形成されており、それがバンドギャップ変化に対応していること、また基板表面状態と密接に関係していること、などが明らかにされてきた経緯を述べ、III-V混晶半導体の秩序構造形成機構の解明という本研究に至った動機を述べている。

第2章では、GaInPに見られるCuPt-B型秩序構造の、基板面方位依存性の巨視的挙動について述べている。有機金属気相成長(MOVPE)法によるGaAs基板上のGa0.5In0.5P層成長において、基板面方位を(001)面から(111)面まで大きく変化させた場合に、CuPt-B型秩序構造形成とバンドギャップは、(001)面から[111]A方向へ傾斜させていった場合と[-111]B方向へ傾斜させていった場合とで傾斜角の依存性の振る舞いが大きく異なるが、傾斜角が15.8°面以上では、傾斜方位に関わらずほぼ正常値をとることが明らかにされている。また、CuPt-B型の形成を透過電子線回折像と透過型電子顕微鏡像により観察した結果から、秩序形成強度とバンドギャップ変化の対応関係を確認している。

第3章では、CuPt-B型に加え新たに見出した2種の秩序構造TP-A型およびCuPt-A型を含む3種の秩序構造に対して、秩序構造の型と成長中の表面再配列構造の対応関係について述べ、より微視的視点から、原子レベルでの成長中の表面構造と秩序構造形成の関係について論じている。ガスソース分子線エピタキシー(GSMBE)成長による(001)InP上のAlInAsとGaInAsの高エネルギー電子線回折像による表面再配列構造の観察と結晶の断面TEM観察から、CuPt-B型 が形成されるとき成長中の表面再配列構造は2×1構造であり、TP-A型のとき2×3構造であること、またGSMBE成長による(001)GaAs上AlInPとGaInPでは、CuPt-A型とCuPt-B型の形成時には、成長中表面はそれぞれ2×2構造と2×1構造であることを明らかにした。以上から、CuPt-B型、TP-A型、CuPt-A型の3種の秩序構造の型とエピタキシャル層成長中の表面再配列構造の周期が一対一に対応しており、秩序構造の(001)平面内の周期性とその周期の方向が、成長中の表面再配列構造の周期性とその方向に良く一致していることが示され、エピタキシャル成長中の表面再配列構造が、秩序構造形成に決定的な役割を果たしていることが明らかにされた。さらにまた、3元混晶を構成する基本2元化合物同士のボンド長差とボンドエネルギー差の大きい混晶で、秩序構造形成の強度が大きいことを明らかにし、ボンド長差とボンドエネルギー差の存在が、秩序構造形成に影響を及ぼしていることを明らかにした。

第4章では、前章で述べた秩序構造を中心に秩序構造形成と基板の微傾斜との関係について述べ、エピタキシャル成長中の秩序構造の形成機構について述べている。微傾斜InP上のAlInAsのTP-A型、InP基板上GaAsSb層のCuPt-B型、およびGaAs上AlInPにおけるCuPt-A型のそれぞれの秩序構造の、高分解能断面透過型電子顕微鏡像および高分解能断面走査型トンネル顕微鏡像の観察結果などと、第2章に述べられている結果を併せて考察し、3種の<111>方向の秩序構造において、共通して成長表面上の原子ステップが秩序構造の特定の方向の形成を促進することを系統的に明らかにした。

第5章では、MOVPE成長GaInPのCuPt-B型秩序形成における傾斜基板上のステップバンチングの効果と秩序構造のドメイン形成について述べている。CuPt-B型ドメインの成長面上のサイズとステップバンチング距離の間に良い相関関係のあることを示し、低V/III比下ではCuPt-B型ドメイン境界はバンチング面上に無秩序領域として形成されること、また高V/III比下でテラス面上に反位相境界が発生することを、およびその原因がテラス面上の表面再配列構造におけるV族ダイマーの形態にあることを明らかにしている。

第6章では、本論文を総括し、今後の課題と展望について述べている。III-V混晶半導体の有用性が益々高まる中で、秩序構造の形成機構を含む成長機構の理解の更なる深化が望まれること、さらに新規な観察手段による新しい知見への期待を述べている。

なお、本論文の第2章から第5章は、鈴木徹、牧田紀久夫、日野功、小林健一、河田誠治、堀田等、角野雅芳、大河内俊介、河村裕一、宮坂文人、深谷一夫、多田健太郎、藤井宏明、古橋隆寿、市橋鋭也、C.C. Hsuとの共同研究を含んでいるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、本人の寄与が十分であると判断される。

以上、本論文は、物質科学へ大きく寄与するものであり、よって、博士(科学)の学位を授与できると認められる。

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