学位論文要旨



No 217645
著者(漢字) 森脇,成典
著者(英字)
著者(カナ) モリワキ,シゲノリ
標題(和) 重力波検出器のための精密光計測・制御技術の研究
標題(洋)
報告番号 217645
報告番号 乙17645
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 第17645号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 三尾,典克
 東京大学 教授 雨宮,慶幸
 東京大学 准教授 大橋,正健
 東京大学 教授 坪野,公夫
 東京大学 教授 高橋,敏男
内容要旨 要旨を表示する

重力波は,一般相対性理論から導かれる,真空中を伝搬する波の一種である.重力波による相互作用は電磁気力によるものよりはるかに小さいために,重力波の直接検出に成功した例は,これまでのところない.しかしながら,レーザー技術の発展と光学素子の高性能化等により,レーザー干渉計型重力波検出器を用いた重力波の検出への期待が高まり,世界各地で大型検出器の建設・改良が進められている.また,より広い観測周波数帯域を求めて,検出器を人工衛星に搭載して宇宙空間で重力波を観測しようという計画も提案されており,こちらも世界各国で検討が進められている.

本論文は,このようなレーザー干渉計型重力波検出器で用いられる光共振器やテストマス変位センサに関して,その感度を最大に保つための調整・状態診断の要素技術のいくつかについて,新しい手法を提案し,実証実験をおこなった報告である.「光共振器のマッチング率向上に関する研究」「偏光を利用した光共振器誤差信号の取得法」「精密光計測の人工衛星搭載機器への応用」の三種類の課題を取りあげ,三章構成とした.

第一章は,光共振器のマッチング率向上に関する課題を扱う.これは,光共振器に外部から光を導入する際に,光共振器の固有モードに入射光モードを合わせるための技術に関するものである.レーザー干渉計型重力波検出器では,さまざまな部分で光共振器が数多く利用される.ここで対象としている光共振器は,球面鏡(または一部に平面鏡) を用いて構成されるので,ガウシアンモードと呼ばれる固有モードを持っている.そのため,光源と各種光共振器の間で,ガウシアンモードのビーム半径と波面曲率をあわせる,いわゆるモードマッチングをおこなうことが不可欠である.これには,モードマッチングテレスコープと呼ばれる,レンズまたは球面鏡を利用した集光系が用いられる.このテレスコープの調整方法は,通常は共振器長か入射光周波数を掃引し,共振器透過光に現れるピークが最大になるようにするというものである.評価指標関数を最大にするタイプのパラメータ探索であるため,収束の効率はよいとは言えない.

本論文では,光共振器の反射光を取り出し,円形開口を持つピンホールを通した光を観察することで,符号付きの評価指標が得られることを示した.さらに原理検証実験をおこない,マッチングテレスコープのパラメータを効率よく調整できることを示した.このようにしてテレスコープの調整をおこなった後になお残るモードの不整合としては,非点収差の成分が挙げられる.これは,波面曲率のずれやビーム半径のずれと同じ二次のモード不整合に属するが,波面や強度分布の非軸対称な変形を含むので,通常テレスコープに用いられる光軸まわりに軸対称な光学系では補償できない.光源が仮に非点収差をもっているとして,軸対称なテレスコープを用いて軸対称な光共振器にマッチングさせる場合に,どのようなパラメータを選ぶと光共振器の結合率が最大となるかを解析し,最適点を与える解を発見した.さらに,この解は,単純非点収差のビームだけではなく,一般非点収差のビームに対しても最適結合となることを見出した.これらの解を用いて最適結合率が算出できるようになったため,非点収差をもつ光源や,非点収差モードを固有モードに持つような光共振器を扱わなければならない状況で,非軸対称な光学系を導入して補償すべきかどうかについて,定量的な指針が得られるようになった.

第二章は,偏光を利用した光共振器の誤差信号取得法を扱う.レーザー干渉計型重力波検出器では,光共振器の光路長に相当する量に重力波の信号が含まれるため,光路長の変化をいかに低雑音に取り出すかが問題となる.単一の光共振器の場合,光路長で決まる共振周波数と光源レーザーの周波数の差分が目的の信号となり,通常,誤差信号と呼ばれている.この誤差信号を得るのに,多くの場合,Pound-Drever-Hall 法が用いられる.これは,光共振器の入射光に位相変調をかけ,反射光強度を同期検波することで誤差信号を得る手法である.

本論文では,光共振器内に光学素子を追加することなく,偏光の自由度を用いて誤差信号を得る新しい方法を提案した.光共振器が偏光に対して非軸対称な構造を持つ場合,偏光が互いに直交する二種類の固有モードが,異なる共振周波数で存在する.このため,入射光の偏光状態を,共振器内の二つのモードに適度に分配されるように選ぶと,共振器の透過光や反射光にそれらが干渉した状態で現れるので,偏光子で分離し,光電変換した後に差をとれば,動作点においてゼロクロスするような,制御用に適した誤差信号が取得できる.この手法の実証実験としては,リニア共振器の場合と三角リング共振器の場合の二通りについて取り上げた.前者(リニア共振器) は高反射誘電体多層膜鏡に内在する複屈折を利用するもので,鏡の製造時に意図せず発生する複屈折を利用するため新規利用には難しい面もあるが,適度な量の複屈折パラメータが確認できれば,それ自体は経時的に安定したものである.そのような鏡を用いたリニア共振器を変位センサに応用し,1 kHz において10(-15)m/√(Hz) の変位雑音レベルを持っていることが確認された.後者(三角リング共振器) は,通常の複屈折のない鏡の場合にも利用でき,共振器外部の波長板の方位調整により誤差信号の効率の調整が可能である.

ここで提案した誤差信号取得法は,光源と光共振器の間に電気光学変調器を挿入する必要がなく,かわりに波長板を挿入するだけで信号が得られるため,導入が簡単におこなえる.そこで,三角リング共振器をモードクリーナーとして,レーザー強度安定化システムに組み込む実験をおこなった.モードクリーナーを用いると,光源レーザーの強度-ビームジッター相関を断ち切ることができ,極限的な光強度安定化システムにおいて雑音レベルを改善することができる.実験の結果,100 Hz で10(-7)/√(Hz )の相対強度雑音レベルを得ることができた.

第三章は,精密光計測の人工衛星機器への応用に関するものである.人工衛星を利用した重力波検出器は,長基線・超高真空の特性が容易に得られることから,いくつかの計画が提案されている.いずれの計画もその実現のためには乗り越えるべき技術的な問題がいくつかあり,実証試験のための衛星を使って技術を検証する段階にある.2009 年1 月に打ち上げられた宇宙航空研究開発機構(JAXA) の技術試験衛星SDS-1 には,SWIM(SpaceWire Interface Module) と呼ばれる宇宙実証モジュールが搭載された.これには,SWIMuv と呼ばれる,ねじれ型テストマスを磁気浮上させるタイプの重力波検出器が搭載されている.このモジュールでテストマスの磁気浮上制御に利用する変位センサとして,赤外LED を光源とした反射型フォトセンサを用いることとした.この変位センサはレーザー干渉計ではないが,地上の重力波検出器でテストマス制御の補助センサとしてよく用いられる技術の応用である.限られた容積,重量,消費電力のもとで必要な性能を実現できるよう検討した結果,LED の発光強度の安定化はせず,かわりに発光強度モニタを付加する方式を提案した.この方式のプロトタイプモデルを作成して雑音特性を実測したところ,1 Hz で10(-9) m/√(Hz )の変位雑音を達成した.この構造が反射型フォトセンサのフライトモデルにも採用され,2009 年から2010 年にかけておこなわれた観測に寄与することができた.

人工衛星を利用した重力波検出器の計画のひとつにDECIGO 計画があるが,そこで必要となる技術の一つに,ドラッグフリー制御がある.これは,太陽輻射圧揺らぎ等の衛星にかかる外乱を抑え込み,テストマスが重力だけで決まる測地線に沿って運動させるための技術である.DECIGO Pathfinder とよばれるDECIGO のための技術試験衛星の目的の一つが,このドラッグフリー技術の試験となっている.ドラッグフリー・姿勢の制御系の設計には,衛星の重心位置と慣性モーメントの情報が重要なパラメータとなる.一方,機械系や光学系の設計をおこなう際には,しばしば物体や光ビームの回転により座標値がどう変わるかを追跡する必要が生じる.回転と平行移動の操作は,同次座標と呼ばれる,4 成分ベクトルを利用することにより,解析を容易にすることができる.本論文では,この同次座標を用いる計算手法を,剛体の質量特性(慣性モーメント,重心位置,質量) の解析に適用し,数値計算を容易にする方法を提案し,DECIGO Pathfinder の質量モデルに適用して質量特性を求めた.その結果,衛星の章動周波数が目標としている重力波観測帯域0.1-1 Hz より十分小さい値となることが確認できた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、序章、本論4章、および、付録からなり、重力波検出に関わる精密光計測・制御技術に関して、新しい概念の提案と実証を行った。

序章では、重力波検出の概要が述べられている。

第1章は、光共振器のマッチング率向上に関する課題を扱う。これは、光共振器に外部から光を導入する際に、光共振器の固有モードに入射光モードを合わせるための技術に関するものである。レーザー干渉計型重力波検出器では、さまざまな部分で光共振器が数多く利用される。この光共振器は、ガウシアンモードと呼ばれる固有モードを持っていて、光源と各種光共振器の間で、モードマッチングを行うことが不可欠である。

本論文では、光共振器の反射光を取り出し、円形開口を持つピンホールを通した光を観察することで、符号付きの評価指標が得られることを示した。さらに原理検証実験を行い、効率の向上を示した。

非点収差を持つ光源を軸対称なテレスコープを用いて軸対称な光共振器にマッチングさせる場合に、最適点を与える解を発見した。さらに、この解は、単純非点収差のビームだけではなく、一般非点収差のビームに対しても最適結合となることを見出した。これらの解を用いて最適結合率が算出できるようになったため、定量的な指針が得られるようになった。

第2章は、偏光を利用した光共振器の誤差信号取得法を扱う。光共振器ではその共振周波数とレーザー周波数の差が誤差信号となり、これを得るのに、本論文では、偏光の自由度を用いて誤差信号を得る新しい方法を提案した。光共振器が偏光に対して異なる応答を持つ場合、偏光が互いに直交する二種類の固有モードが、異なる共振周波数で存在する。入射光の偏光状態を適当に選ぶと、共振器の透過光や反射光にそれらが干渉した状態で現れ、偏光検出を行うと動作点においてゼロクロスするような、制御用に適した誤差信号が取得できる。この手法の実証実験としては、リニア共振器の場合と三角リング共振器の場合の二通りについて取り上げた。前者 (リニア共振器) は高反射誘電体多層膜鏡に内在する複屈折を利用するもので、そのような鏡を用いたリニア共振器を変位センサーに応用し、1 kHz において10(-15)m/√(HZ)の変位雑音レベルを持っていることが確認された。後者 (三角リング共振器) は、偏光による反射時の位相変化の違いを利用し、誤差信号の取得が可能である。ここで提案した誤差信号取得法は、導入が簡単におこなえる。そこで、三角リング共振器をモードクリーナーとして、レーザー強度安定化システムに組み込む実験を行った。これにより、極限的な光強度安定化システムにおいて雑音レベルを改善が可能で。実験の結果、100 Hz で10(-7)m/√(HZ)の相対強度雑音レベルを得ることができた。

第3章は、精密光計測の人工衛星機器への応用に関するものである。人工衛星を利用した重力波検出器計画は、いくつ提案がされており、いずれも、実証試験のための衛星を使って技術を検証する段階にある。2009年 1月に打ち上げられたJAXA の技術試験衛星 SDS-1 には、SWIM と呼ばれる宇宙実証モジュールが搭載された。これには、SWIM と呼ばれる、重力波検出器が搭載されている。このモジュールでは、試験質量の位置制御用変位センサーとして、赤外 LED を光源とした反射型フォトセンサーが用いられ、このセンサーを実際に開発した。そして、非常に限られた条件のもとで必要な性能を実現できるように発光強度モニタを付加する方式を提案し、プロトタイプモデルを作成して雑音特性を実測したところ、1 Hz で10(-9)m/√(HZ)の変位雑音を達成した。そして、この構造がフライトモデルにも採用され、2009年から 2010年にかけておこなわれた観測に寄与することができた。

また、前述の衛星利用の重力波検出器では、ドラッグフリー制御という技術が必要である。そのドラッグフリー・姿勢の制御系の設計には、衛星の重心位置と慣性モーメントの情報が重要なパラメータとなる。本論文では、同次座標と呼ばれる、4成分ベクトルを用いて、剛体の質量特性(慣性モーメント、重心位置、質量) の解析に適用し、数値計算を容易にする方法を提案し、DECIGO Pathfinder の質量モデルに適用して質量特性を求めた。その結果、衛星の章動周波数が目標としている重力波観測帯域 0.1-1 Hz より十分小さい値となることが確認できた。

第4章は結論として、この論文で提案された手法は、重力波検出器の感度向上に重要な役割を果たすものであることが述べられている。

なお、本論文の第1章は、三尾典克、竹野耕平、笹川直人、森匠、第2章は三尾典克、境田英之、湯澤貴弘、森匠、尾関孝文、町田幸介、第3章は、安東正樹、穀山渉との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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