学位論文要旨



No 217646
著者(漢字) 大沼,敏治
著者(英字)
著者(カナ) オオヌマ,トシハル
標題(和) 大規模計算による無機材料設計に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 217646
報告番号 乙17646
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17646号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 常行,真司
 東京大学 准教授 森田,剛
 東京大学 准教授 大宮司,啓文
内容要旨 要旨を表示する

「経済の発展」と「資源の確保」、「環境の保全」という人類の目標を達成することは容易ではなく全体を俯瞰しながら個別の分野でのブレークスルーが必要である。その分野の一つがエネルギー分野であり材料開発はそのための基盤である。エネルギー分野における材料研究の果たす役割としては、自然エネルギーにおける太陽光発電や系統連係における二次電池の開発、原子力発電における軽水炉の健全性の評価や高経年化の評価、省エネルギーにおける低損失パワーエレクトロニクスデバイスなどが挙げられる。これらのエネルギー関連材料研究における基礎的課題として、材料探索の効率化、材料の損傷と劣化の評価、化学反応機構のメカニズム解明などがある。本論文ではエネルギー関連材料研究における基礎基盤の確立への寄与を目的として、材料探索の効率化として新しい光学特性を持つ半導体超格子の設計、材料の損傷と劣化の評価として金属および金属酸化物の欠陥の評価と半導体絶縁膜界面の界面準位の評価、化学反応機構のメカニズム解明を対象としてSiC熱酸化膜の酸化過程のシミュレーションを行った。

新しい波長領域において発光する材料の設計を目指した半導体レーザー用の半導体超格子の設計において、歪みによる発光特性への影響を明らかにした。さらに半導体の組み合わせ、積み重ね層数、基板の種類などの多くの自由度を検討し、緑色領域で発光する材料として間接遷移型半導体の組み合わせである三元系AlAs/AlP超格子と四元系AlAs/GaP超格子の設計を行った。それにより折り返し効果により発光材料に向かない間接遷移から発光材料に向いている直接遷移となる、成長させる基板、積み重ね層数を見出すことに成功した。さらに発光効率についても検討した結果、三元系AlAs/AlP超格子よりも四元系AlAs/GaP超格子の方が発光効率が高いことを示した。

第3章では軽水炉で用いられる構造材料であるフェライト鋼やオーステナイト鋼の経年変化に関連した研究としてフェライト鋼やオーステナイト鋼を模擬したbcc鉄およびfcc鉄中における原子空孔と固溶原子の相互作用について第一原理計算により系統的な解析を行った。固溶原子の中で置換型原子よりも格子間型原子の方が原子空孔との結合エネルギーが大きいことを示した。さらに原子空孔と固溶原子の結合エネルギーの起源について、新しく歪み結合エネルギーと電子的結合エネルギーの観点から解析を行った。この知見は空孔の移動機構や固溶原子のクラスタ化などのメカニズム解明などに生かすことが出来る。

軽水炉の燃料として用いられる二酸化ウランについてはエネルギー関連材料として重要である。二酸化セリウムは二酸化ウランが実験において取扱が難しいことからから実験における模擬物質として用いられており、二酸化ウランおよび二酸化セリウムの欠陥構造の安定性を調べることは、二酸化ウランの燃焼における構造変化を知る上で重要である。第4章においては二酸化ウランおよび二酸化セリウムの欠陥の安定性についても第一原理計算により解析した。f電子の局在性によりLDAやGGAの電子相関では本来絶縁体である二酸化ウランが金属となってしまうため、GGA+Uによりf電子に電子的クーロン相互作用を取り入れて扱った。二酸化セリウムにおいても欠陥の解析において、GGA+Uが有用であることを示した。二酸化ウランにおいて酸素が過化学量論的にふるまうという計算結果が得られ、実験結果と一致した。二酸化セリウムにおいては、高速重イオン照射化におけるCeO2においてXPSで観察されたCe3+状態の起源について、重イオン照射によりはじき出された格子間酸素原子が格子間サイトにおいて準安定状態を取り、これによりCe3+状態を取り得ること、さらに格子の酸素原子との間でO22-ダイマーを生じること示した。これにより照射されたCeO2のEXAFSとXPSの実験結果を説明することが出来た。二酸化ウランの模擬材としての二酸化セリウムの欠陥の性質としては、二酸化ウランでは格子間の酸素が生じやすいのに対して、二酸化セリウムでは出来にくいこと、ウランの格子間原子は生じにくいのに対してセリウムの格子間原子は生じやすいなどの違いがあり、これらを考慮に入れて実験を進める必要があることを示した。

第5章においては省エネルギーの分野の材料を対象としたパワーエレクトロニクスデバイスは省エネルギーの分野にとって重要な分野である。SiCのようなワイドギャップ半導体は低損失のパワエレデバイスとして期待されており、SiCはSi同様熱酸化により絶縁膜を作製出来るため次世代のMOS(Metal Oxide Semiconductor)型パワーデバイスとして研究開発が進んでいる。SiCのMOSFETの界面準位の原因となるものを調べるためSiC熱酸化膜の界面準位のシミュレーションを行った。SiC熱酸化膜の様々な欠陥構造による界面準位を計算し、窒素アニーリングやアルミニウムのドーピングによる界面準位の影響などを明らかにした。

第6章においては大規模な第一原理計算により、これまで非常に困難とされてきた第一原理分子動力学法による酸化過程を含む化学反応のシミュレーションに成功し、SiC熱酸化膜の酸化過程の動的シミュレーションを行った。SiO2/4H-SiC(0001)界面における酸化は、SiC界面のSi原子が徐々に酸化されていくことにより進んでいき、酸化の過程でSiC半導体の特性低下の原因であるCクラスタが形成されることが明らかになった。また、C面における熱酸化では、界面におけるC原子の拡散がSi面よりも容易であることから、C面においてSi面よりも酸化速度が10倍以上速い原因の一つであると考えられる。またC面における熱酸化ではSi面酸化に比べてCクラスタの大きさが小さいことが明らかになった。また、C面の熱酸化における温度を変えたシミュレーションにより、高温(2500K)ではSiCが一層ずつ酸化するのに対して、1500KではSiCとCが同時に酸化する二層酸化が起きていることがわかった。これにより温度による酸化メカニズムの違いが明らかになった。NOアニーリングのシミュレーションでは、界面にN原子が入っていく様子と、ある密度以上になるとN原子の密度が飽和し、窒素分子として拡散していくことが明らかになった。

第7章においては大規模計算による無機材料設計に関する現状と展望については、10万コアを越えるようなスーパーコンピュータにより第一原理計算による物質設計、物性予測シミュレーションがどのような発展が期待されるかについて述べた。

第8章においては本研究で得られ知見を纏めた。

審査要旨 要旨を表示する

エネルギー・環境・経済をめぐる世界情勢は複雑さを顕在化しつつあるが、この現代的課題を解決するための技術としてエネルギー関連分野の材料技術はこれまで以上に重要度を増大させつつある。本論文は、そのための基礎基盤の確立を目的とし、計算技術を活用して、材料探索の効率化、材料の損傷と劣化の評価、半導体絶縁膜界面の界面準位の評価、化学反応機構のメカニズム解明についての研究成果をまとめた論文であり、8章から構成される。

第1章は序論であり大規模計算な第一原理計算による無機材料の設計についてその必要性と計算手法の基礎について述べ、第2章では新しい波長領域において発光する材料について、歪みによる発光特性への影響、直接遷移のための基板、積み重ね層数の設計、三元系AlAs/AlPと四元系AlAs/GaP超格子の発光効率の評価など、半導体レーザー用の半導体超格子の設計結果を紹介している。

第3章では軽水炉で用いられる構造材料であるフェライト鋼やオーステナイト鋼の経年変化に関連した研究としてフェライト鋼やオーステナイト鋼を模擬したbcc鉄およびfcc鉄中における原子空孔と固溶原子の相互作用について第一原理計算により系統的な解析を行い、固溶原子の中で置換型原子よりも格子間型原子の方が原子空孔との結合エネルギーが大きいことを示し、さらに原子空孔と固溶原子の結合エネルギーの起源について、新しく歪み結合エネルギーと電子的結合エネルギーの観点から解析し、空孔の移動機構や固溶原子のクラスタ化などのメカニズム解明のための基礎的な知見を提示している。

第4章では二酸化ウランおよび二酸化セリウムの欠陥の安定性について第一原理計算を試み、二酸化ウランにおいて酸素が過化学量論的にふるまうという計算結果が得られ、また二酸化ウランでは格子間の酸素が生じやすいのに対して、二酸化セリウムでは出来にくいこと、ウランの格子間原子は生じにくいのに対してセリウムの格子間原子は生じやすいなどの違いがあり、これらを考慮に入れて実験を進める必要があることを示している。

第5章では、省エネルギーという観点から低損失のパワーエレクトロニクスデバイスの材料として着目されているSiC熱酸化膜の界面準位のシミュレーションを行い、SiC熱酸化膜の様々な欠陥構造による界面準位を計算し、窒素アニーリングやアルミニウムのドーピングによる界面準位の影響などを明らかに成果としてまとめている。

第6章においては大規模な第一原理計算により、これまで非常に困難とされてきた第一原理分子動力学法による酸化過程を含む化学反応のシミュレーションに成功し、SiC熱酸化膜の酸化過程の動的シミュレーションの結果を報告している。

SiO2/4H-SiC(0001) 界面における酸化は、SiC界面のSi原子が徐々に酸化されていくことにより進んでいき、酸化の過程でSiC半導体の特性低下の原因であるCクラスタが形成されることが明らかになり、またC面における熱酸化では、界面におけるC原子の拡散がSi面よりも容易であることから、C面においてSi面よりも酸化速度が10倍以上速い原因の一つであると説明し、C面における熱酸化ではSi面酸化に比べてCクラスタの大きさが小さいことを明らかにしている。また、C面の熱酸化における温度を変えたシミュレーションにより、高温(2500K)ではSiCが一層ずつ酸化するのに対して、1500KではSiCとCが同時に酸化する二層酸化が起きていること、すなわち温度により酸化メカニズムの違いあること、さらに、界面準位の低減に効果のあるNOアニーリングのシミュレーションでは、界面にN原子が入っていく様子と、ある密度以上になるとN原子の密度が飽和し、窒素分子として拡散していくとしている。

第7章においては大規模計算による無機材料設計に関する現状と展望について論述し、10万コアを越えるようなスーパーコンピュータにより第一原理計算による物質設計、物性予測シミュレーションにおいて今後どのような発展が期待されるかについて述べた。

第8章においては本研究で得られた知見をまとめた。

以上の成果は、エネルギー関連の多様な応用分野に使用される材料の内部組織についてのミクロな描像を提供し、材料開発や評価のため基礎基盤となるべきものであり、工学にも環境学にも寄与するところが少なくない。よって、本論文は博士(環境学)の学位を授与できると認められる。

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