学位論文要旨



No 217647
著者(漢字) ブライアン ロバート モーザー
著者(英字) Bryan Robert Moser
著者(カナ) ブライアン ロバート モーザー
標題(和) 国際共同プロジェクトの設計 : 予想しなかったチーム間依存関係の影響を考慮したプロジェクト・パフォーマンスのシミュレーション
標題(洋) The Design of Global Work : Simulation of Performance Including Unexpected Impacts of Coordination across Project Architecture
報告番号 217647
報告番号 乙17647
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17647号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 准教授 稗方,和夫
内容要旨 要旨を表示する

製品およびサービスの設計、開発、提供までの手段は、ここ十数年で産業、技術的および社会的に大きく変化しました。製品の技術的複雑さが増すと同時に、グローバルおよび組織の境界を越えた分散したチームは、設計、開発およびサブシステムの統合などの重要な役割を担っています。グローバルな仕事が増えることにより、分散型エンジニアリングプロジェクトにおける、スケジュールやコストパフォーマンスが予想以上に悪化するといった結果を生んでいます。国際共同プロジェクトの基本設計概念とスケジュールの構築は、しばしば元々ローカルで作業することを前提にした方法論で構築されています。このような状況では、国際共同プロジェクトを推進しようとすると、想定外のインパクトやあやふやな予測、そして貧弱な成果物を生む結果へと誤った方向に向かってしまいます。

この論文では、従来の計画方法では考慮されていない、パフォーマンスの推進要素を含めた国際共同プロジェクトを設計するためのフレームワークを提案します。1995年から始まった本研究の目的は、グローバルなリソースの分散によって得られる結果は、プロジェクトに対する改善された表現方法によって、予測することが可能かどうかを見極めるものでした。この問題を解決するために、「アクティビティモデル」・「エージェントベースシミュレーション」・「協調プロジェクトデザインセッション」の3つの成果によって、プロジェクトは表現され、分析され、結果として世界的プロジェクトの進め方に変化をもたらすことが可能になりました。産業界のパフォーマンスが変化したという研究結果は、これら3つの全ての要素の刷新によって導かれました。

製品設計に用いられるC.A.D.のモデルを参考に、視覚的なモデリングアプローチを元に実装された「アクティビティモデル」によって、役割の依存関係に重点を置いたグローバルな仕事の特性は、研究され、定義されました。アクティビティモデルによって国際共同プロジェクトは、統合された製品システム、ワークフロープロセス、全体の構造における組織体制によって表現されます。グローバルな仕事の特質は、時差や、分散した意思決定、並行および相互依存性、コミュニケーションの形態、人の移動によって、説明することができます。この研究によって作成されたソフトウェア・ライブラリを、アクティビティ・モデル・オブジェクト言語(AMOL)と呼んでいます。

優先的、機能的、確率的な依存関係は従来型の方法論では常識でしたが、このアプローチは、チーム間の相互の継続的な要望の調整をモデル化したものです。情報に対する要望と、各チームによって調整し提供される情報とをうまく組み合わせることで、依存関係は作られます。下手な調整は、品質の低下と、例外処理、再作業を生み出します。このように、調整に掛かるコストは、活動の複雑さ、暗黙の知識、情報のエントロピー、そして労働文化によっても決まります。

グローバルなプロジェクトに対応したアクティビティモデルを定義した後のステップは、プロジェクトで発生する可能性のある様々なパフォーマンス変化の予測を考慮したモデルの分析です。アクティビティモデルを分析する方法論は多く存在します。スプレッドシートによるモデルと、関連メソッドがベースのツールによる、プロトタイピング解析を検討した後、プロジェクト構造のなかでお互いに影響しあうチームの動的関係性を捉えるシミュレーションを選択しました。プロジェクトの進捗、コスト、スケジュールを予測する、今までにないエージェントベースの離散イベントシミュレーションエンジンが開発されました。このシミュレーションでは、チームの能力と次の行動に移すきっかけを元に情報を生成し、ファジー集合によって生み出される不確定要素を減らします。チーム間の依存関係を満たすための調整は、情報と交換や結果の伝達などによって、明示的にシミュレートされます。その予測には、それらの要求、実現性、そして全体のパフォーマンスを調整することによる有効性が含まれます。

調整における誤配置によって、プロジェクトのトータルコストとスケジュールに対して予測できない影響力を生み出します。異なるコミュニケーション技術の調整による効率化だけでなく、プロジェクトからプロジェクトのポートフォリオへのモデル化を行うシミュレーションエンジンの計算効率などを検討する必要性があり、このモデルとシミュレータの限界があることがわかります。これらの制限は今後の研究の主要部分になります。最後に、この研究の焦点ではありませんが、このアクティビティモデルは、作業と調整活動の両方を含んだスケジュールを最適化に関する研究パートナーにも利用されています。

アクティビティモデルと、シミュレーションモデルを繰り返し行うことにより、「プロジェクトデザイン」が可能になります。プロジェクトデザインとは、アクティビティモデルが洗練されるまでの間に、チームが提案を行い、交渉し、プロトタイプ化を行い、繰り返し作業を実施し、そして身につけるまでのソーシャルプロセスです。スコープ、優先度、リソース、役割、構造、そしてコーディネーションは、状況に合わせて手動で調整されます。このような調整から導きだされた結果は、しばしばチームを驚かせます。突然の予測していないインパクトは結局のところ、人間が見つけ伝達するペースでしか、理解し、平準化することはできません。一方、伝統的なマスタープランニングもしくは自動化されたスケジュール方法論は、既知のローカルな慣習をチームが見つけることが出来ず、誤った配置や、お粗末なタイミング、間違ったコーディネーションを引き起こします。

このようにプロジェクトデザインのプロセスによって、チームが単に順応するために労働文化を共有化するのではなく、共通理解を構築し、共通の実現可能な最適なプランに向けてまとめ上げることができるようになります。まったく異なる習慣や能力が、プロジェクトの範囲内で克服することができない課題につながるケースでは、プロジェクトのアーキテクチャは、潜在的な負の影響を緩和するように設計することができます。

異なった国々や産業界での10年以上に渡るケーススタディから、他の方法論よりも、アクティビティモデルとプロジェクトデザインのフレームワークはスケジュールとコストに対して正確に予測することが出来ることがわかりました。ここでは、5つの複雑な製品開発のケーススタディを説明しています。プロジェクト・アーキテクチャによって、距離的に遠いチーム間で、密な関連が必要なプロジェクトの実施をコーディネーションするには、総労力の内35%以上もしくは予想以上の労力がかかることがわかりました。また、特定の依存関係とチームによる非生産的作業(待ち)は、分散および同時並行のプロジェクトのスケジュールにおいて、20%以上を占めることも明らかになりました。これらのケーススタディにおいて提案する手法を用いることで、プロジェクトの構造と全体のスコープが定められた初期段階にて予測外の影響因子が明らかにされたことが確かめられました。プロジェクトデザインワークショップの参加者は一貫して、これらのアプローチが彼らに複雑なプロジェクトの全体的な状況認識を形成するのに役立ったと報告しています。

これらのケーススタディから、アクティビティがローカルからグローバルな内容に移行する時に、微少なプロジェクト構造の変更が驚く結果を生むことをわかります。チームの視点から、統合されたプロジェクトの構造は、仕事の需要を生み出し、チームのローカルな労働文化と言った一貫性の無い組み合わせを調和させようとします。このようなプロジェクトのデザインでは、暗黙知、能力、知識の可能性を無駄にしてしまいます。もし、チームのローカルな労働文化が、組織化の一貫として長年にわたり融和した社会技術システムにおける不確実性(情報エントロピー)を減少させようとする場合、多様な要求へと突然かつ急速にシフトし、コーディネーションの費用は予想がつかないくらい上昇します。

国際共同プロジェクトにおいて、仕事を遂行する上でのチームの能力(供給)とコーディネーション(需要)の些細な変更によって、既知の同じような教訓が不要にとなり、更に予測できない遅延を引き起こし、品質の低下や手戻りが発生します。これらの予期していなかった事象が、プロジェクトの悪循環の原因になってしまう可能性があります。この場合、直感では理解出来ないこれらの困難の根本原因によって、チームのフラストレーションは、この困難は他のチームの行動が原因であると、思い込みを深めてしまいます。

プロジェクトデザインは、様々な国際的なプロジェクトに実際に適用され、開発された、確実に有効な方法論です。本研究の特筆すべき成果は、グローバルワークの特性を連携させたアクティビティモデルによって予測し、シミュレーションによってコーディネーションを明確化する点にあります。国際共同プロジェクトにおいて、チームはプロジェクトデザイン方法論を適用することにより、作業とコーディネーションにおける暗黙知を明確化します。チームはデザインプロセスを繰り返し実施することにより、ローカルな慣習の認識と共有を促し、よりよいパフォーマンスを出すことができるように調整することが可能になります。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は英文で書かれ6つのパートからなり、それぞれ2-6のチャプターに分かれている。1995年ころの基礎研究から、現在自ら経営するコンサルタント会社での実務経験を成果として取り入れた広範な内容を含むものである。

パート 1は2つのチャプターに分けてこの論文への導入と問題の背景を述べている。論文の目的は国際協同プロジェクトにおいて、プロジェクトの構造やその活動を整理してうまく動かすための体系的な手法を構築することにあるとして、国際的な評価は場所、時間、組織そして言葉について行うとし、アクティビティをモデル化してシミュレーションを行い、その評価を繰り返すことで改善を行うことを提案している。後半のチャプターでは、マネージメント科学の議論をベースにアクティビティやプロジェクト、組織、相互依存性に不確実性の表現論について整理している。

パート 2は問題の定義にあてられている。2つのチャプターによって、問題の定義とそれに関する関連研究のレビューを行っている。問題の定義では、ガントチャートなど100年にわたる手法を元にして、プロジェクトをどのように表現すれば国際共同開発の成果やパフォーマンスを評価して、最適化が出来るかを明らかにすることであるとしている。その前提として、表現手法、それを用いた分析、そして改善作業を分けて議論することにしている。様々なモデルの明確化、国際協力上重要な特性の取り込み方、計算機内モデル表現のありかたを規定している。また、関連する手法として、DSMやVDTなどについて説明し、本研究の位置づけなどを議論している。

パート 3は解法の説明の内、表現手法の説明を行っている。独自に開発したアクティビティモデル、相互依存性、情報とアクティビティの複雑性、協調と手法のキーとなる4つの特徴が述べられている。アクティビティモデルはプロダクト、チーム、フェーズの3要素からなりそれぞれがブレークダウンされ再帰的に定義できる。アクティビティは仕様決定、図面作成等の具体的な作業を含んでおり、それぞれにチーム、プロダクト、フェーズと関連を持っている。相互依存関係はたとえば設計の進捗を縦軸に、製造の進捗を横軸にとって設計と製造の関係をグラフにすることで表現している。手戻りも表現することができる。

パート 4は解法の後半の説明で、システムの実装手法とそれを用いた解析手法について述べられている。まず協調作業の定義の仕方を、次にアクティビティモデルの内容をスプレッドシートで表現する詳細を示し、これらをエージェントベーズドシミュレーションで行う方法、さらにそれによる最適化について述べている。パート 4の内容は木村文彦らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となってプログラミング、実際の問題の分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

パート 5は、5つのケーススタディをのべて、最後にとりまとめを行っている。実務経験を用いてこの本論文で提案した手法の評価を行っている。まず大型ヘリコプターの国際協同開発の実例を述べている。アメリカの企業がハブとなり、日本、ブラジル、中国、スペイン、台湾と国際共同開発を行うものである。中間プロダクトとして図面など6点、93のアクティビティからなり493000時間からなるプロジェクトで、パーツごとに各国に作業を任される。提案しているシステムで表現して、分析を行った。当初の予定では5年としたプロジェクトが本システムでは8.5年と分析され、実際には9年かかったことが報告されている。プロジェクト実施以前に多くの懸案事項を指摘できることも示している。引き続き、HVACシステム、ITプロジェクト、建設用車両などについての本論文による結果と実際が比較されている。コストなどの算定も行えることを示している。最後に小さなプロジェクトの構成の違いが意外に大きな結果の違いを生み出すことなどを述べて、この手法の有効性や可能性などを述べている。

パート 6は結論としている。考察、結論、参考文献からなる。考察ではガントチャートなどの手法にコミュニケーションなどの影響を取り入れたものとしての本手法の位置づけを行い、具体的な有効性を述べている。結論では本論文の目的を示した上で本手法により確かな予測が出来ること、さらに組織の最適化などが行えることを述べている。

本研究では国際共同開発上の定義しにくい特性を明確に定義して、システムの実装を行い、現実のプロジェクトに適用して実証まで行っている。独創性や有効性の確認など学位請求論文として十分な成果といえる。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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