学位論文要旨



No 217649
著者(漢字) 米田,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,マサコ
標題(和) 地方建設業の農業・林業参入に関する研究 : 過疎の進む地域を対象として
標題(洋)
報告番号 217649
報告番号 乙17649
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17649号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 横張,真
内容要旨 要旨を表示する

我が国の建設市場は、1990年代末から、財政悪化に伴う公共事業の削減や社会基盤の成熟化により、急激な縮小の局面に入り、建設業は供給過剰の状況にある。このなかでも、中山間地域などの過疎の進む地域は、公共事業に依存する割合が高く、社会資本整備を担う地方の建設会社の経営は厳しさを増している。しかし、災害が多い我が国では、風土を熟知した優良な建設会社が各地域に残り、日常的に社会基盤を維持管理する必要がある。公共事業が縮小するなかで、公共事業に代わる雇用創出と地方建設業の健全な存続への対策が重大な課題になっている。

一方、中山間地域の主要産業である農業は、高齢化と担い手不足が進み、貿易自由化で海外から安い農産物が輸入され、低収入の状況が続いており、食料自給率は4割まで下がっている。また、林業では、戦後の拡大造林で植林されたスギやヒノキ等の人工林が成長し、日本の森林の年間成長量が国内の木材使用量に匹敵しているにもかかわらず、担い手不足と作業道の不足等で、森林整備と木材利用が進まず、木材自給率は2割強でしかない。農業と林業の低迷が、過疎地域の停滞につながっている。

過疎の進む地域では、公共事業に代わる他の仕事を捜すのは難しい。その地域の建設会社が、人的な余力を活かして新しい事業をおこし、雇用を作り出すことが地域活性化の一つの手段となる。建設会社が新分野へ多角化することで経営を継続させ、地域雇用に寄与すると同時に社会基盤を整備・維持することが必要である。

建設業の新分野進出は、農林業、環境事業、介護、コミュニティビジネスなど多岐な分野にわたり始まっているが、本研究では、「過疎の進む地域における建設業の農業・林業参入」を取り上げる。建設業は担い手が余剰であるのに対して、農業・林業は担い手不足であるだけでなく、地方の建設業は、土地改良事業、治山・治水事業に従事する会社が多く、農業や林業との親和性も高い。さらに重要なことは、日本の農業と林業が低迷しており、その再生が求められている。ただし、建設本業が悪化する中で、新事業を軌道にのせるのは容易ではない。ここには、採算、技術習得、制度上の問題等、さまざまな課題がある。

本研究では、「過疎の進む地域における建設業の農業・林業参入に焦点をあて、その課題を明らかにし、参入を促進するための対応策を示すこと」を目的にする。建設業の農業・林業参入により、公共事業の代替となる地域雇用を創出し、農業・林業を活性化させるとともに、農地と森林を保全し、環境の向上を図ることをめざす。

本論文は、「地方建設業の農業・林業参入に関する研究-過疎の進む地域を対象として-」と題し、全8章で構成している。

第1章「序論」では、本研究を進めるにあたる時代背景および日本の現状について論じ、本論文の構成と展開について述べる。

第2章「地方建設業の現状」では、公共事業の大幅な縮小で建設業は過剰供給構造にあること、地方圏は大都市圏に比べて公共事業の減少による影響が大きく、特に中山間地域などの過疎地ではその影響が深刻であることを論じる。

第3章「建設業の農業参入の現状」では、低迷が続く日本農業の現状と課題を考察するとともに、農業参入40事例を検証する。建設業の農業参入には、建設会社のままで施設栽培や農作業受託で参入する形態、別会社で農業生産法人をつくり参入する形態、特定法人貸付事業による参入の3つの形態がある。地方建設業の農業参入は増加しつつあり、特定法人貸付事業における最多参入業種は建設業である。ただし、農地法が耕作者主義を原則としているため、企業の農業参入には制約が多く、手続が煩雑である。その一方で、建設会社の農業参入には、農場の整備、機械力などの建設業の力を活かす可能性が一部に見られることを論じる。

第4章「建設業の農業参入における課題と対策」では、農業に参入した地方建設会社にヒアリング調査とアンケート調査を行い、現状と課題を検証する。「農業は短期的に収益をあげるのが難しい」、「品質が良い農産物を安定供給するための技術習得が難しい」、「農外企業は制度融資の対象外である」など多くの課題があがっている。これらを分類して、事業性の確保、技術・ノウハウの習得、資金の調達、業習慣の相違、制度上の課題に分けて、これらの対策について論じる。

第5章「建設業の林業参入の現状」では、建設会社の林業参入が始まったところであるため、事例の検証ではなく、現状調査と各種の統計をもとに考察を進める。森林整備と木材利用推進のためには、林地の団地化、路網整備、機械化等を推進すると共に、林業就業者を増やす必要がある。林業参入には、農地法のような法制度における参入障壁はないが、林業に関わる諸制度は、森林組合を主な対象とし複雑であること、林地の集約化を阻害している森林情報の非公開・林地境界の不明確さの問題があることを述べる。

第6章「建設業の林業参入における課題と対策」では、林業参入をめざしている地方建設業と林業・木材産業関係者にヒアリング調査とアンケート調査を行う。「林業は作業単価が安く、収益があげにくい」、「選木、伐倒など熟練技術の習得が課題」、「土木と林業の道づくりの違い」等、多くの課題があがっている。建設業の林業参入においては、建設業の力を活かして、林地の団地化、路網整備、機械化を、林業者と連携して進めることにより、林業改革が進む可能性があることを論じる。

第7章「建設業の農業・林業参入における課題と動向」では、建設業の農業参入の調査、建設業の林業参入の調査の結果をもとに、事業性の確保、技術・ノウハウの習得、資金の調達、業習慣(業種毎の習慣)の相違、制度上の課題の5つの項目ごとに、その課題と対策を考察する。農業参入と林業参入を全体的に比較するとともに、さらに調査時点以降の動きを論説する。

第8章「結論」では、本論文の結論を述べ、本研究で残された課題について述べる。

農業・林業参入においては、建設業の技術や機械力を生かす可能性が見られるものの、事業性の確保、技術やノウハウの習得、資金の調達、業習慣(業種毎の習慣)の相違、参入に関わる制度に様々な課題があることがわかり、その対応策を考察した。今後も建設業の農業・林業参入の研究が進められ、農業・林業・建設業の振興により、豊かな日本の自然と国土が守られ、雇用の創出が図られることを望んでいる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「地方建設業の農業・林業参入に関する研究-過疎の進む地域を対象として-」と題し、過疎の進む地域において、地方建設業が農業、林業のそれぞれに参入する場合の課題を、建設業からの視点で明らかにし、対応策について考察したものである。地方建設業、農業、林業それぞれの現状を把握したうえで、農業に参入した地方建設会社および林業参入を目指している地方建設業と林業・木材産業関係者を対象として、課題などについてのヒアリング調査を行い、得られた結果の重要度をアンケート調査によって示している。その結果を整理したうえで、これらの知見に基づいて、地方建設業が農業・林業に参入する場合の対応策について考察されているものであり、全8章からなる。

第1章では、研究の背景について述べ、建設業から農業・林業それぞれへの参入を取りあげることと、経営、制度、業種の相違など幅広い課題を対象とする本論文の位置づけを述べている。

第2章では、地方建設業の現状について、統計資料などから公共事業の大幅な縮小の実態、地方においてその影響がより大きくなること、特に研究の対象となる中山間地域などの過疎地ではその影響が深刻であることを述べている。

第3章では、建設業の農業参入の現状を把握するために、農業の現状と課題について考察し、農業参入した事例にもとづいて、参入に3つの形態があること、農地法の制約などの課題があること、機械力などをいかす有利な点があることを述べている。

第4章では、農業に参入した地方建設会社にヒアリング調査を行い、具体的な課題を列挙し、得られた結果の重要度をアンケート調査によって示している。その結果を整理したうえで、これらを分類して、事業性の確保、技術・ノウハウの習得、資金の調達、業習慣の相違、制度上の課題に分け、それぞれ考察を加え、その結果をもとに対策について論じている。

第5章では、建設会社の林業参入について、各種の統計などをもとに現状について整理し、林地の団地化、機械化等の推進、林業就業者を増やす必要性、林業に関わる諸制度の複雑さ、森林情報の不明確さのなどの課題があることを述べている。

第6章では、林業参入をめざしている地方建設業と林業・木材産業関係者にヒアリング調査を行い、具体的な課題を列挙し、得られた結果の重要度をアンケート調査によって示している。その結果を整理したうえで、これらを分類して考察し、建設業と林業者との連携などの可能性があることなどを論じている。

第7章では、3章および6章の調査結果をもとに、建設業の農業・林業参入において、事業性の確保、技術・ノウハウの習得、資金の調達、業習慣(業種毎の習慣)の相違、制度上の課題の5つの項目ごとに、その課題について考察し、対策について論じている。また農業参入と林業参入の比較、調査時点以降の動きについても述べている。

第8章は結論であり、これまでに得られた知見から結論を述べ、本論文で残された課題について考察している。

以上、本論文は、地方建設業の農業・林業参入について、建設業の立場から、技術や機械力をいかす可能性を示しつつ、事業性の確保、技術やノウハウの習得、資金の調達、業習慣の相違、参入に関わる制度などの具体的な課題を整理し、これらの知見にもとづいて農業・林業に参入する場合の対応策について考察されたもので、社会文化環境学の発展に貢献するものである。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できるものと認める。

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