学位論文要旨



No 217650
著者(漢字) 和田,夏子
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ナツコ
標題(和) CO2排出量と建設コストによる都市再編成政策の評価手法に関する研究 : 長岡市のコンパクト化を事例として
標題(洋)
報告番号 217650
報告番号 乙17650
学位授与日 2012.03.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 第17650号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 教授 横張,真
 東京大学 教授 出口,敦
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 准教授 清水,亮
内容要旨 要旨を表示する

1. 研究の目的

低炭素社会に向けたCO2排出量削減の重要性が叫ばれる中で、都市計画の分野でも都市のコンパクト化政策等を総合的に評価する手法が必要である。都市をコンパクト化させるということは、都市の部分的な再開発などとは違い非常に大掛かりな再編成である。その効果を評価するためには、概算であっても現実に即したCO2排出量にかかわる要素が網羅されている総合的なものでなければならない。また、現況の都市を30年かけて再編成するのか、40年なのか50年なのかの再編成期間によって、更新時期を迎える建物の割合なども変わってくるためCO2排出量やコストは大きく変わってくる。より現実に即した評価であるためには、時間軸も考慮する必要がある。

本研究では、主にコンパクト化を念頭に都市の再編成政策の評価手法を提案し、それを長岡市に適用し、提案した評価手法を検証する。具体的には下記の3つである。

(1)都市のコンパクト化において、目標とする都市像とそれに至る都市の再編成過程を一括してシナリオと呼び、このシナリオとして包括的な都市再編成政策を、CO2排出量とコストで評価する手法を提案する。

(2)都市の再編成のシナリオは再編前の都市形態に大きく依存するので、長岡市を事例に再編成政策のシナリオを試作し、上記2つの評価をあてはめ、CO2排出量とコストの評価を行う。

(3)評価手法を長岡市へ適応した本研究の成果を既往研究の成果と照らし合わせ、それぞれの比較検証を行う。また、本研究の評価手法を長岡市に適用ことで明らかになった本評価手法の有効性を考察する。

2.都市再編成政策の評価手法の提案

都市再編成政策の評価手法として重要な点は、

(1)都市形態に関わるCO2排出のすべての要素を含む総合的な評価手法とすること

(2)再編成過程と運用期間を含む長期にわたる包括的評価であること

(3)再編成の目標としての都市像は量的にだけで記述されたモデルでなく、空間像と再編成の時間軸を伴ったプログラムを伴うものであること

を論じ、評価手法の提案を行った。

時間軸と空間像を伴ったシナリオに対応できるCO2排出量とコストの算出方法を、再編成時と運用時の評価として整理した。その際、再編成期間の設定の違いによる廃棄量や新設量の違い等も反映できる現実に即した評価とするため、建物の寿命曲線を用いる方法を提案した。

実務的には、都市の再編成シナリオの空間像と再編成期間を設定し、現況と再編成後の都市施設・農林業用地と用途構造別の建物面積を設定することによりCO2排出量とコストが算出できるように、既往研究と長岡市の実際の工事実績を用いて、必要な原単位の算出を行った。

3.都市再編成政策の評価手法の長岡市への適用

本研究の評価手法を長岡市に適用して計算を行った結果、長岡市の都市の再編成政策については、コンパクト化シナリオとして単心シナリオ、非コンパクト化シナリオとして市場シナリオ、そして、現況を踏まえた中間的なシナリオとしては都市の中のポテンシャルの高い場所が多数ある現況の都市構造を残して縮小させた多心シナリオが設定でき、シナリオ相互のCO2排出量とコストの諸関係においては、下記の結論を得た。

(1) 単心シナリオは、運用時のCO2排出量は市場シナリオの2/3になるが、再編成過程において市場シナリオの1.3倍のCO2を発生してしまう。

(2) 多心シナリオは、運用時のCO2排出量を市場シナリオの24%減らすが、 再編成過程では市場シナリオの1.1倍程度の増加にとどまる。

(3) 再編成過程とその後の運用時の累計のCO2排出量が最少になるのは、 多心シナリオで再編成後14年、単心シナリオで37年かかる。 単心シナリオでは再編成期間も含めると80年近くかからないと優位にならない。

(4) コスト評価においては、CO2排出量ほど顕著に有利ではないが、 多心シナリオが有利である。

(5) 再編成の行政的困難さも考えると、既存の都市骨格を重視して緩やかに市街地を縮小させていく多心シナリオが最も有利である。

(6) 一人あたりの運用のCO2排出量で現況と比較すると、都市形態を変えるだけで全活動のCO2排出量を、単心シナリオで14.68%、多心シナリオで6.08%削減できる。

(7)再編成のための行政コストを評価しても、約30年たてば多心シナリオが市場シナリオよりも有利になる。

4.評価手法を実都市に適用した際の妥当性と有効性

本研究で提案した都市再編成政策の評価手法の正当性を科学的に検証することは不可能であるが、実都市への適用を行った結果を考察して、本研究の評価手法を既往研究との比較検証を行い、妥当性を確認した。また、本研究の評価手法は、都市形態に関わるCO2排出要素を包括的に含み、目標とする都市像への再編成とその後の運用を総合的に評価する手法であるが、都市再編成シナリオの再編成時と運用時の累計のCO2排出量とコストを比較評価するだけでなく、CO2排出のそれぞれの要素に関して、次の様な有効性があることが、実都市に適用することにより明らかになった。

(1) 空間像の設定を細かく変えた際に、対応した評価簡単に計算できる

(1)再編成シナリオの空間像と再編成スケジュールの設定条件を変えた際のCO2排出量の寄与が推測できる。

(2)運用時のCO2排出量におけるそれぞれの要素の寄与が分かるので、今後の都市政策の重点を決める一助となる

(4)一人あたりの全CO2排出量のうち都市形態に関わる要因によるCO2排出の寄与が推測できる

これまでの自治体のコンパクトシティ構想は定性的な議論が多く、政策によるCO2排出量やコストに関する定量的な評価や目標設定を行っているところは少なかった。本研究の評価手法の上記の4つの有効性により、各自治体は、空間像を持ったコンパクトシティ構想を定量的な目標設定をもって作成することが可能になる。空間像や再編成期間の設定条件の違いをCO2排出量やコストの予測に簡単に反映できるため、空間像を共有しながらの目標設定が可能になる。また、富山市で行われているような交通によるCO2削減による目標設定だけでなく、都市のコンパクト化に関わる様々な要素についてのCO2排出量削減目標の設定も容易になる。本研究の評価手法は、各自治体が、低炭素都市に向けたより具体的な政策を立てる上でも、妥当であり有効な手法であると言える。

5.結論

本研究では、CO2排出量とコスト削減に関わる要素を総合的に含む都市再編成政策の評価手法とはどうあるべきかを検討して提案し、長岡市という実都市に適用して都市再編成シナリオの作成と評価を行い、各政策のCO2排出量と建設コストの諸関係に関する結果を得た。また、実都市に適用することにより本研究の評価手法の妥当性と有効性を確認できた。

6.課題と展望

本研究においては、都市再編成政策の評価手法を提案しそれを長岡市という実都市に適用することにより、長岡市においてはどのようなコンパクトシティを目指すべきかについては議論を行うための土台を整理した。現況に即したシナリオを作成し都市の再編成時とその後の運用時のCO2排出量とコストを総合的に評価すると、既存の都市骨格を残した多心シナリオのコンパクトシティが目指すべき都市像であるという結果となった。多心シナリオは、単心シナリオと比べると現況を生かせる部分が増えるため再編成に伴う行政的困難さも少ないと考えられる。次の課題は、この多心シナリオのコンパクトシティをどうすれば実現できるかである。拡大する都市と異なり、縮小するダウンゾーニングにおいては市民の合意を得るのが難しいであろうと考えられる。都市計画の規制によって、ある時から多心シナリオの市街地範囲以外には一切建物が建てられなくなれば市街地範囲外の地価は急落し、市街地範囲内の土地代が上昇することが考えられるため、市街地範囲外になる土地の地主の賛同は得られないであろう。今後全国的に人口が減少し、魅力的で持続可能な都市だけが生き残れるとしたら、個人個人の土地単位で考えるのではなく都市全体の将来像考え、都市全体の総合的な土地の価値を高くする(あるいは人口減少によっても下落を最小限に抑える)方法を考える必要がある。都市のコンパクト化を実現は、評価手法や具体的な空間像を持った都市像とともに、土地所有の方法までも考慮した実現に向けた政策と合わせてはじめて可能になるものである。

図1 市場シナリオイメージ

図2 単心シナリオイメージ

図3 多心シナリオイメージ

図4 都市再編時のCO2排出 排出量(単位 千t)

図5 運用時1年あたりのCO2排出量(千t)

図6 都市再編成時と運用時の累計のCO2排出量(単位 千t)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「CO2排出量と建設コストによる都市再編成政策の評価手法に関する研究―長岡市のコンパクト化を事例として―」と題した研究であり、その目的は、都市のコンパクト化がどの程度CO2排出削減に効果があり、それはどの程度の建設費用を要するのかを、長岡市という具体的な都市を対象に、3種類の空間の将来像と40年間の再編期間を設定(都市再編のシナリオ)して、CO2排出量と建設費用の収支を明らかにすることで、3種類の都市再編シナリオの比較検討をしている。

本論文は第1章から第5章および資料編からなる。第1章では歴史を欧米と日本におけるコンパクトシティの歴史を振り返る。一方、日本では中心商店街問題への対策として歓迎されるようになったが、必ずしも合理的な目標と手段の設定がなされないまま、コンパクトシティ政策が各地の都市マスタープランに書き込まれるようになった。それに合わせて学術的な研究も増えてきているが、CO2排出量削減策としての検討の多くは、研究者の専門領域に限った範囲内での検討に留まり、総合的にみたとき本当に効果のある政策なのかどうかを判断する材料を提供してないとしている。第2章では、第一章を受け、都市再編成政策の評価手法のあり方について論じ、コンパクト化を含む都市空間の再編策の評価は、空間像と再編スケジュールの両方を含む時空的シナリオに基づいて行なうべきであるとしている。また、評価対象とすべき都市活動を洗い出し、それらの原単位(再編に関わる活動となる都市施設や建物の工費などの工事面積当たりのCO2排出量と工事費用)を求めることが必要であるとしている。そして、再編過程では、都市施設の新設、除却・廃棄、更新・維持、および建築物の新築、維持、除却・廃棄から発生するCO2排出量を計算し、再編完了後の運用時では都市施設の更新・維持ならびに建築物の新築、維持、除却・廃棄、それに加えて域内交通と住宅の冷暖房費用を考慮することを提案している。同様なことを都市施設および建物の建設および更新維持費用についても行なっている。

第3章では、評価手法を長岡市へ適用し、比較評価する対象として3つの空間像を提示している。即ち、現状の都市政策の外挿である「市場シナリオ」、長岡駅を中心に高密度で集中させる「単心シナリオ」、既存の複数の活動の中心を活かした「多心シナリオ」である。各シナリオについて、再編期間と運用期間に分けてCO2排出量と建設コストを推計し、40年の再編成過程とその後の運用時の累計のCO2排出量が最少になるのは、 多心シナリオで再編成後14年、単心シナリオで37年かかると計算でき、建設コストにおいても多心シナリオが有利であるとしている。

第4章では、本研究の推計を先行研究に照らし合わせる事で、本研究の推計の妥当性を確認しつつ、本研究の成果の意味を以下の4項目にまとめている。

(1)空間像の設定を細かく変えた際に、対応した評価簡単に計算できる

(2)再編成シナリオを構成する空間像と再編成スケジュールの設定条件を変えた際のCO2排出量の寄与が推測できる

(3)運用時のCO2排出量におけるそれぞれの要素の寄与が今後の都市政策の重点を決める一助となる

(4)一人あたりの全CO2排出量のうち都市形態に関わる要因によるCO2排出の寄与が推測できる

としている。

第5章では結論をまとめている。

本研究の意義を総括すると、以下の4点にまとめられる。

1.CO2排出量削減は都市のコンパクト化政策大きな目的の一つであるが、削減効果の包括的な数量推計はなされていない。現実に多くの都市がかくも大掛かりな都市再編策を都市マスタープランに書き込んでいる現実を考えると、CO2排出量削減効果を包括的に推し量る術が求められている。本研究はこの要求に応えている。

2.本研究は、現状の都市をコンパクト化する過程から排出されるCO2も考慮にいれ、再編期間と再編完了後の運用時におけCO2排出量累積和をもってひとつの再編シナリオのCO2排出量削減能力としている。

3.本研究では、各シナリオは再編スケジュールだけでなく具体的な空間像を持っている。いくらCO2削減に効果があったとしてもだれも住みたくないような都市であっては意味をなさないからである。

4.本研究は、各シナリオのCO2排出量削減量の評価をするだけではなく、それを実現する為の費用も推計していることである。財政が逼迫する日本においては、費用対効果の考慮は避けられないことである。本研究の成果はその意味でも現代的要求に応えている。

以上のように、本研究は、都市設計学、建築学の発展に寄与するところが多大である。

よって本論文は博士(環境学)の学位請求論文として合格と認められる。

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