学位論文要旨



No 217651
著者(漢字) 中條,覚
著者(英字)
著者(カナ) ナカジョウ,サトル
標題(和) 工事入札公告を用いた道路更新情報の自動収集・推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 217651
報告番号 乙17651
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17651号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 大口,敬
 東京大学 教授 有川,正俊
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 特任准教授 関本,義秀
内容要旨 要旨を表示する

近年、カーナビゲーションやマンナビゲーションをはじめ様々な分野において、地理空間情報を活用したサービスが広がっている。この中で、道路のどこが変化したかに関する情報(以下、道路更新情報)は複数の分野に共通するニーズとしてあげられている。

道路更新情報の収集は、各主体が訪問や電話等により問い合わせを行うほか、現地調査や調査車両等を用いた計測などにより行われている。また、近年では人や車の軌跡情報(プローブ情報)や顧客等からの指摘による地図データの更新に関しても取り組みが進められている。地図データの更新に際しては、各主体がそれぞれの目的および投入できるリソースに応じて独自に更新情報の収集を行っているのが現状である。

こうした現状の道路更新収集には、どこで道路更新が行われるかを予め把握することが困難、という大きな課題が存在する。法的根拠に基づく情報提供は、道路更新とほぼ同時に行われるため、予め把握しておくことは難しい。また、道路の区域変更を伴わない交差点改良などの情報は法的な情報提供の対象外であるため、把握はさらに困難である。高速道路など一部の道路では、道路管理者から事前に周知があり、道路更新を把握することが可能なケースも存在するが、その割合はごくわずかである。

近年はプローブ情報を用いて道路更新箇所を把握することも可能となってきたが、把握できるのは利用者が走行を始めてからであり、本手法により事前に道路更新箇所を把握することは不可能である。

こうした課題に対して、道路管理者に何らかの働きかけを行い、さらなる情報提供を行わせる解決策が考えられる。しかし、政府や地方公共団体の道路関係予算は減少の一途をたどっており、新たな業務を増やすことは現実的ではない。また、市町村や出先の事務所などを含めると全国の道路管理者数は数千にのぼる。その状況は様々であり統一的な品質確保を行うことは難しい。こうした状況を踏まえると、道路管理者に全ての責任を持たせる解決策の実現は困難であると言わざるを得ない。

本論文は、上記の課題に対し、工事入札公告を用いた道路更新の自動的な把握を試みるものである。工事入札公告は、公的な工事を行う際は提供が義務づけられている情報であり、地方公共団体における電子的な情報提供も比較的進んでいる。また、道路更新の原因は工事であることを考えると、道路更新との因果関係が論理的に説明可能と考えられる。さらに、工事に先立つ情報であることから、実際の道路更新に先立ち道路更新を把握することにつながる。

現状は、ほとんど手がかりなく事後的に道路更新箇所を探している状況であることを踏まえると、本論文成果を活用して事前に得られる情報は、全ての道路更新の把握には至らなかったとしても十分に有用と考えられる。

本論文は、上記認識に基づき、以下の3点を行うことを目的とした。

(1)工事入札公告により把握できる道路更新の範囲を明らかとする

(2)工事入札公告を自動収集する方法を開発する

(3)工事入札公告を活用した道路更新推定方法を開発する

以下、本論文を構成する確証について、その内容を要約する。

第2章では、既存の道路更新情報収集に関する取り組みを紹介し、その限界や発展性を論じた。結論として、既存の道路更新情報収集に関する取り組みは、ほぼ全てが実際に道路更新が行われてから事後的に把握するものであり、実際の道路更新に先立つ把握を試みる事例は道路管理者の協力を得て行う取り組みに留まっていることがわかった。

第3章では、工事関連情報の道路更新把握への活用可能性について整理し、工事入札公告の利点を明らかとした。工事入札公告を用いることにより、道路管理者が行う道路工事に起因する道路更新は全て網羅できる可能性はあるが、道路管理者以外が行う工事(道路法第24条に基づく工事)および土地と一体的に道路を生成する工事(土地区画整理事業など)については別途把握の可能性があることがわかった。さらに、工事入札公告の流通状況および含まれる情報について分析を行った。結果として、現状では概ね6割の地方公共団体が、既に工事入札公告を電子的に提供していることなどがわかった。

第4章では、工事入札公告を用いた道路更新情報の自動収集・推定手法の提案として、4つのステップからなる手法を提案するとともに、各ステップにおける既存研究成果のレビューを行った。結論として、一般的なクローリング、キーワードによるフロー判別、形態素解析、機械学習の手法を組み合わせることにより、本課題への適用が可能と考えられることがわかった。また、Webから新たな地理空間情報を収集する手法については、住所、電話番号といった定型的な情報を自動収集する試みは行われているものの、たとえば路線名など道路に関係した情報を自動収集する試みは存在しないことがわかった。推定手法については、機械学習の一手法であるSVM(サポートベクターマシン)の手法が本課題に適用可能と考えられることがわかった。

第5章では、工事入札公告について自動収集する手法の開発を行った。具体的には、クローリングにより情報を自動取得するとともにテキスト解析を行い道路更新に関係する情報を判別フローにより抽出するシステムを開発した。

第6章では、工事入札公告を元に道路更新を推定する手法の開発を行った。具体的には、三重県道のデータを対象に、SVMにより道路更新につながる工事入札公告を判別するモデルを構築した。モデルの精度は、道路更新の的中率(ある工事入札公告が道路更新であるかどうかを正しく判別する率)は64%、網羅率(モデルにより道路更新と判定された工事入札公告が、実際の道路更新全数に占める率)は79%であった。

第7章では、第4章、第5章、第6章で開発した手法について検証した。具体的には、三重県、岐阜県を対象に、主に市町村道を対象に開発した手法の検証を行った。検証の結果、検証の結果、自動収集については過不足無く全ての道路工事を抽出できることを確認した。また、道路更新の推定については、県ごとに県道と市町村道に分けてモデル構築すれば、的中率は84%~89%、網羅率は61%~79%と、ほぼ三重県道を対象に構築したモデルと同程度のモデルを構築できることを確認した。また、工事入札公告の概要などに含まれる詳細な情報は使わず、案件名のみによる判別の可能性について分析を行った。この結果、的中率、網羅率ともに概ね1割程度は精度が低下するものの、判別は可能であることがわかった。

本論文の成果により、工事入札公告を用いた道路更新の自動収集・推定は可能であり、現時点での的中率・網羅率ともに6~8割程度であることなどが明らかとなった。

本論文の新規性は、以下の点に集約できる。第一には、道路の大多数を占める都道府県道・市町村同等を対象に、実際の道路更新に先立つ道路更新情報提供に取り組んだ研究である。第二には、流通している情報がどの程度道路更新を反映しているか、真値と比較して分析を行った点である。本研究の結果、予め把握することが困難であった道路更新情報について、工事入札公告を用いて自動的に取得できる可能性について定量的に明らかとした。

本論文の成果を活用することにより、情報の利用者(民間や他の道路管理者など)における道路更新情報収集のコスト低減や収集率の向上を図ることが可能となるほか、現状発生している道路管理者における民間などからの問い合わせ対応の手間を軽減することが期待される。

なお、本論文は我が国を対象に分析・考察を行ったが、諸外国においても道路更新情報流通に関するニーズは存在し、さらに諸外国でも工事入札公告(Public Tenders)の電子的な提供は幅広く行われていることから、本論文成果の海外への展開を期待することができる。

本論文の今後の展望としては、以下の点が考えられる。第一には、本手法の全国への適用である。既存の各種サービス等と組み合わせることにより、全国規模での適用可能性評価を行うことが求められる。第二には、本論文による方法と他の道路更新情報収集方法を組み合わせることにより、さらなる道路更新の推定可能性を高めることが可能となる。第三には、本論文で開発した手法について、道路管理者から協力を得ることにより、さらにデータ収集・推定の効率化・精度向上を図ることが可能となる。第四には、本論文で開発した手法について、モデルのさらなる洗練やデータの蓄積などにより道路更新情報抽出・推定精度を向上させることが可能となる。第五には、本論文で開発した手法について、利用者からの評価を得ることである。

審査要旨 要旨を表示する

近年、ナビゲーションサービスをはじめとして人々の移動を支援するサービスが数多く展開されている。そのサービスを支える情報の一つに道路ネットワーク情報がある。絶えず最新情報を提供することが必要であることから、全国で120万Kmにもおよぶ道路更新情報をいかに効率的に収集するかが大きな課題となっている。道路更新情報を収集するためには、データサービス事業者が全国の1800を越える自治体に対して訪問や問合せを行っているほか、変化が想定される箇所には調査車両などを用いて現地調査を行っているのが現状である。最近は車両の走行軌跡などを利用する手法も始まりつつあるが、道路の開通などを事前に知るためには利用できない。この一連の過程において、最も重要なことは変化が生じる箇所を開通などより前にできるだけ早く知ることである。これにより現地調査を効率化でき、同時に調査漏れによる利用者からのクレームなどを減らすことが可能になる。

こうした課題への対策として、道路建設を行う自治体などの公共セクターが道路の開通・改良事業に際して道路更新情報を提供すべき、とこれまで主張されてきた。国土交通省などによる道路開通情報のウェブ公開などに結びついているが、道路の大部分を管理する市町村へはほとんど浸透しておらず、市町村の財政難、人材不足などを考えると、今後急速に展開する見込みはないと言わざるを得ない。その一方で、工事の入札などについては発注業務の効率化や入札の公平性・透明性の確保の観点から、多くの自治体が自発的に入札公告の電子化と公開を進めている。工事入札情報は道路以外の建設事業を全て含んでおり道路更新に結びつく工事はごく一部であるが、適切な解析を通じて実際の更新が生じる前に道路更新の有無を推定することは理屈上可能である。しかしながら、これまで工事公告情報から道路更新をどの程度把握できるのかを検討した事例はない。また大規模な自動収集を前提に入札公告情報を解析し、道路更新を推定する手法を検討した事例も存在しない。

本論文は、工事入札公告を自動収集し、そこから道路更新に結びつく工事案件を推定する方法を開発することで、工事の入札公告情報からどの程度道路更新を事前推定できるかを実証的に明らかにすることを目的としている。本論文は全8章からなっている。

1章は序論であり研究の背景と目的を述べている。

第2章は道路更新情報収集の現状と課題を整理している。

第3章は工事関連情報の道路更新把握への活用可能性について、工事関連情報、特に工事入札公告情報の流通の状況について整理し、その利用可能性をまとめている。その結果、工事入札公告情報が道路更新の事前把握のためには最も価値が高いことが明らかとなった。

第4章は、工事入札公告の自動収集と解析手法の全体設計を行っている。既存の工事入札公告の自動収集システムをレビューし、道路の更新を判断できる詳細な情報まで収集している事例がないことを確認した上で、工事内訳書などの添付書類までもクローリングが可能なシステムを提案している。さらに三重県を対象に収集された入札公告情報を基に実際に道路更新につながった工事を抽出し、それをもとに工事の判別に必要な辞書の内容、判別手法などを設計している。

第5章は工事入札公告情報の自動収集手法の詳細であり、自動収集システムの実装内容と整備したシソーラスなどについて述べている。

第6章は工事入札情報から道路更新に結びつく可能性のある工事を抽出し、道路更新を推定する手法の開発結果を述べている。ここでは三重県を対象に平成18年から20年までの2,424件の情報を利用してSVMによる自動判別を学習させ、平成21年度の820件の情報に適用している。その結果、道路更新推定については的中率64%、網羅率79%といった結果が得られた。

第7章は検証であり、三重県、岐阜県を対象に自動収集から道路更新推定までを一貫して検証している。自動収集については三重県・岐阜県(県下の市町村を含む)における計14団体、213件のデータを全て自動収集できた。また道路更新推定については、三重県(市町村道)、岐阜県(市町村道)(計19団体、1,153件のデータ)を対象に検証を行った。その結果、三重県の県道で作成したモデルをそのまま適用すると網羅率が大幅に低下してしまうこと、一方各県の市町村道ごとに作成したモデルでは、的中率84~89%、網羅率61~79%となり、都道府県別、県道・市町村道別にモデルを分割することで本手法が適用可能なことが示された。

第8章は結論であり、結論および特に全国に展開する上での今後の課題が整理されている。

以上をまとめると本論文は工事入札公告情報に着目し、道路更新の有無を事前に自動推定できる手法をはじめて開発し、2県にまたがる豊富な実データを用いてその精度を検証している。今後、カーナビなどの事業者、工事入札公告の集約・配信事業者などと連携して本手法を適用することにより、全国を対象にした道路更新情報サービスを実現できる可能性を実証的に示した貴重な研究であることから、新規性・実用性の両面で空間情報学に多大の貢献をしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク