学位論文要旨



No 217653
著者(漢字) 塩見,寛
著者(英字)
著者(カナ) シオミ,カン
標題(和) 旧宿場町における計画意図の解明と継承に関する研究
標題(洋)
報告番号 217653
報告番号 乙17653
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17653号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 准教授 窪田,亜矢
 東京大学 教授 出口,敦
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 准教授 千葉,学
内容要旨 要旨を表示する

近世における宿場町は、江戸幕府による宿駅制度遂行のために人為的に造られた町である。そこには立地環境の諸条件と融合し、宿場としての機能構造をめざした計画意図が存在する。

本研究は、宿場町の生活空間としての持続性に着目し、宿場町の計画意図を明らかにすることを第一の目的としている。宿場町における計画意図とは、宿場町を計画した計画主体(江戸幕府・宿役人等)の考え方をさす。それらの意図を読み解くことができることを明らかにするものである。

意図をもって計画された宿場町は明治以降、機能喪失により変容を余儀なくされ、形態構造の改変がなされてきた。時代の変遷と社会・経済環境の変化による変容を受けつつも、計画意図の継承が生活空間の持続性を保障するものであることを明らかにすることが、本研究の第二の目的である。

本研究は、東海道における宿場町である宿駅空間を対象として、現地調査と絵図・史資料による調査を繰り返し、フィードバックし、検証し、比較、分類しながら論理化する手順によって進められている。

このような目的と方法に沿いながら、本研究論文は5章から構成されている。

第1章は研究の目的・対象・方法を述べている。既往研究において宿場町を対象にした研究・論文が城下町研究と比較しても少なく、宿場町の計画と空間を対象にすることの意義を論及している。

第2章は宿場町の基本形態を論述するものであり、宿場町を把握するための予備的考察といえる。五街道における東海道、そして研究対象とする東海道53宿における静岡県内の22宿について空間特性を把握している。そのなかから東海道22宿が受けた災害に着目し、所替え(移転)により計画された宿場町を10抽出し、本研究の目的に沿う研究対象としている。

第3章と第4章が本研究論文の主論を構成する。

第3章は、宿場町の計画意図について6の計画要素―宿場領域、宅地割り、街道・道筋、水系・水路、公共的施設、建築・構築物を設定し、これらとその関係性により解明しようとするものである。6つの計画要素の間に15の関係性が存在するが、これらの要素とその関係性が一つあるいは複数組み合わされて一つの計画の意図が組み立てられる。いくつかの意図は積み重なり、計画が構築される。これらは一つ一つの層であり、計画を組み立てるときこれらの層の先行、優先、重要視によって層の積み重なりの順序が構築され、層の積み重ねによる総体がかたち造られていることを明らかにしている。

層の積み重ねの順序とは、すなわち「層序」である。計画意図に層序性があることを明らかにしている。「層序」とは、地質学用語で地層の形成された順序と定義され、下位の古い地層から上位の新しい地層へと、それらの重なり方の状態をさす。

宿場町の計画意図を「層序」の考え方によってとらえ、宿場町が幾つかの層の重なりによって個々の計画が成されており、それぞれ異なる重なり方によって宿場町がかたち造られていることを明らかにしている。これは宿場町の計画意図に「層序性」が存在するということである。

これらの分析ののち、10宿場町が領域先行型、特定重視型、道筋優先型に3類型できることを論じている。

第4章は、宿場町が明治以降その機能を喪失し空間変容が進んでいくなかで、計画意図の層序性の変容性と恒常性について分析し、計画意図がどのように継承されているかを明らかにしている。層序性には保全と変容の様相を見い出すことができるとして、「保たれている」「生かされている」「乱されている」「壊されている」の4つの指向により考察している。さらに計画意図の継承が「層序破壊」「層序保全」「保全生成」「変容進行」の4つに類型化されることを示し、10の宿場町の層序性の様相を論述している。

第5章は本研究論文の結語である。宿場町の計画意図には積み重ねられた層序が存在し、層序性の尊重が重要であることを結んでいる。

江戸時代に計画された宿場町は、その後の変容によって様相を変化させた。しかしその変容は層序性が生かされたものであれば、そのまち固有の特性となり、空間の豊かさとなって持続されていく。計画意図の継承は層序性を生かすことによって保たれるのである。

計画意図の継承とは、層序性を保ち生かしていくことである。計画意図を継承できないこととは、層序性が乱されたり、壊されたりすることである。宿場町の宿駅空間・生活空間の変容、また計画意図の継承において、層序性をとらえることで、その様相を把握することができることを明らかにしている。

これらの結論から導かれることについて以下の3点を提示している。

(1) 本研究は東海道の宿場町について、所替えにより新たに計画されたことが明白な10の宿場町を取り上げ、宿場町に計画意図の層序性が存在することを示すことができたことが一つの結論である。点・線・面でとらえられる6つの計画要素によって宿場町が成り立っていることを示した。領域、宅地割り、街道・道筋、水系・水路、公共的施設、建築・構築物による宿場町の構成原理を解明することができたといえる。宿場町ごとに計画が組み立てられ、その計画概念を「層序性」と名付けて計画のフレームを提起することができた。

(2) 本研究は所替えしたことが確かな宿場町を対象としている。宿場町の計画要素の関係性による計画意図の層序性を示すことができたことは、移転していない宿場町についてもその空間構成から同じように層序性の存在を推測することができると考える。街道や宿場町は日本における特徴的な町であり、その原理的な空間構成、構成原理を解明し提示することができたことは、宿場町の計画について素描するとともに、宿場町が計画されたことの手がかりを与えたといえる。計画のフレームワークを与えたことにより、計画概念とその視点がどこにおいても使えるものであることを提示できたといえる。

(3) 本研究において発見した「層序性」とは、複数の要素によって構成される層が幾つかの層の重なりによって一つの層序を組み立てている、その様相を示すものであると説明できる。層序性が乱されている、壊されているという様相は、要素の関係性が乱されたり壊されたりすることであり、また先行し優先し重要視することによって成立していた層の重なりが乱されたり壊されたりすることである。したがって、計画意図の層序性とは、計画概念の組み合わせであるともいえる。だからこれからの計画を導いていくとき、層序性を適確にとらえ尊重していくことによって望ましい計画に結びつけていくことが可能になるといえる。層序性は空間を把握する概念であり、思想であるともいえるのである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は江戸幕府による計画的市街地である宿場町に着目し、その計画意図の解明とその後の変容過程分析による計画意図の継承に関して、なんらかの法則性を見いだすことを目的としている。対象として静岡県内の東海道の宿場町22宿のうち、近世に入り災害による計画的な移転等によって新たな宿駅建設が明らかな10宿をとりあげ、分析をおこなっている。

論文は5つの章から成っている。

第1章は、研究の枠組みに関して、研究の目的を明らかにすると共に各種の既往研究を示し、宿場町研究の歴史を示している。とりわけ、同様の計画都市である城下町と比較して、宿場町研究が宿駅制度の研究など交通史や経済史の分野に偏っており、物理的な都市計画に関する研究が乏しいことに言及し、分析手法確立の重要性を述べている。本論文は、宿場町研究における新しい分析手法の提起をおこなっている点に新規性があることを論じている。

第2章は、宿場町の空間構成を論じるための予備的考察として宿場町の基本形態について論じている。特に徳川幕府にとって最重要とされた東海道の宿場町の空間要素として、問屋場、本陣などの公共施設、一筋型や街区型などの街路形状、寺院や神社などの宗教施設、桝形などの見付形状、その他、路地や水路など絵図から読み取ることのできる副次的形状に分けて論じることを述べている。また、新規に建設されたことが確実な宿場町に限定する必要上、対象となる宿場町の絞り込みをおこなっている。

第3章および第4章は、本論文の中核部分である。第3章において宿場町の計画意図の読解を実施し、第4章において宿場町建設後の空間変容の分析をおこなっている。いずれの章においても、計画要素相互間の関係性の強弱に着目し、強い関係性相互間の序列という視点から分析をおこなっている点に特徴がある。

第3章において、分析対象とする計画要素が(1)宿駅領域、(2)宅地割り、(3)街道・道筋、(4)水系・水路、(5)公共的施設、(6)建築・構築物の6つに分類することができる点を明らかにし、次いで、各宿場町においてどのような計画要素の組み合わせが計画立案上重視されたかを推察し、そこから計画立案プロセスを推論する手法を用いて、各宿場町ごとの計画立案プロセスの違いを明らかにしている。その結果、6つの計画要素の関係性によっていくつかの計画立案段階が構成されていることを示し、それを「層序」と名付けている。各宿場町において優先される計画要素の順番が異なっており、それが異なる層序として認識することが可能である点を明らかにしている。さらに、異なった層序によって対象とする宿場町は3つの類型に分類されることを示している。

第4章においては、同様に、宿場町の変容過程においても、層序が改変をうけるプロセスとしてとらえることが可能であることを示し、計画意図の継承スタイルも4つの類型に分類できることを示している。

第5章は、全体の結論をまとめた章である。分析の結果、宿場町には6つの要素から成る計画意図が存在することを示したほか、それが「層序」と名付けられる計画要素間の固有の関係性によって規定されていることを明らかにしている。

以上、本論文は、従来地質学の分野で用いられていた「層序」という概念を都市計画史の分野に援用することが可能であること、それによって新たに都市の計画意図を読解することが一定の手続きの本に可能となることを科学的に示した点で独自性があり、今後の都市計画史研究においても有用な分析手法を提供した論文として高く評価することができる。

よって本論文は博士(工学)の学位申請論文として合格と認められる。

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