学位論文要旨



No 217654
著者(漢字) 舟引,敏明
著者(英字)
著者(カナ) フナビキ,トシアキ
標題(和) 都市における緑地の保全・創出のための制度体系の構造と今後の展開方策に関する研究
標題(洋)
報告番号 217654
報告番号 乙17654
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17654号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石川,幹子
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 名誉教授 井手,久登
内容要旨 要旨を表示する

序章 研究の背景、目的及び方法等

都市における緑地は、都市の良好な環境の確保のために重要な役割を持つが、その確保は不十分であり、近年では地球環境問題の顕在化や生物多様性の確保等の要因により、緑地確保への要請は高まっている。一方で、人口の減少、投資能力の減退等により、都市行政の枠組みが大きく転換する局面を迎えているが、現行の緑地確保制度体系は重層的で複雑である等の問題を抱えている。本研究は、このような問題意識の下、緑地確保制度体系を分析し全体の構造をステークホルダーに理解しやすい形で整理し提示すること、そして時代の要請に対応した制度の展開方策を探ることを目的としている。

第一章 経済的学視点からみた緑地確保制度

都市の緑地は、公共施設の緑地から私有地である樹林地や農地、建築物の敷地内緑地まで様々であり、それらの保全・創出のため複雑な制度体系が形成されている。本研究では経済学的視点を導入し、緑地確保制度を緑地の持つ外部性の問題を解決するための経済的利害調整の仕組みとして横断的に捉える考え方を採用した。これは、緑地がその外部性により市場を通じて確保することが困難な性格を持ち、確保には一定の公共の関与が必要であること、そして緑地確保制度を、緑地の価値を顕在化し、緑地の確保の費用や負担の分担などの利害調整方法などを定めた公共の関与の仕組みとして捉えるものである。この考え方に基づき、公共財の性格を持つ緑地は外部性が大きいため公共負担で確保される一方で、私的財の緑地は外部性が小さく市場を通じて確保されること、その中間の公共性の高い私的財(準公共財)の緑地は、公共性に応じた公共と民間の負担割合で確保されること等、制度全体を横断的に捉えることができることを示した。

第二章 緑地確保制度体系の展開経緯の検証

第一章の視点を踏まえ、対象となる緑地の概念の拡大の経緯と制度の発展過程について整理し、公共財の緑地を確保する都市施設制度は新都市計画法以前に財源を除きほぼ確立したこと、公共性の高い私的財を確保する緑地保全のための土地利用規制制度は風致地区に始まり線引き制度という枠組みの下で様々な緑地を対象とする詳細なものに展開したこと、私的財の緑地を確保する緑化制度は最近になって展開してきたことを示した。

また制度の構築は、その時代の社会的要請を受け様々な緑地の空間定義の概念規定を創設し、その確保に必要な規制等の措置を追加する形で行われ、空間に応じた様々な規制手法や補償規定を持つ制度が追加されてきたため、現行の体系が複雑になっていることを示した。

第三章 ステークホルダーの視点の導入

ステークホルダーに対する利害調整機能を説明するには、新たな視点の導入が必要である。緑地確保制度は、住民が都市計画に係る価値判断を行政に委任し、行政は意思決定を行い計画を定め、計画に基づき土地利用に制約を課し緑地を確保するとともに、緑地の土地所有者等に補償等を行い、要する費用は緑地の環境価値を受益する都市住民が税等で負担するという、ステークホルダー間で環境価値と経済価値の交換により利害調整を行う仕組みとみることができる(図I)。

このようなステークホルダーの受益と負担の関係から、(1)財産権の制約と補償等の関係、(2)制度の適用に要する費用と効果の関係、(3)利害調整の意思決定の役割を持つ計画制度の仕組み、の三つの視点が制度体系の構造を分析するために重要であることを示し、四~六章で考察を加えた。

第四章 財産権の制約と補償等の関係からみた制度体系の構造

財産権の制限と補償等の関係から制度の仕組みについて考察を加え、私的財である土地の利用制約を加えることは、憲法第29条の考え方に基づき、公共の福祉のための制約の範囲の制限は補償はなされず、それを超えた制限で特別の犠牲が発生し補償が必要となり、さらに財産を公共の用に供する場合に収用が行われる関係であること、そして現行の制度体系も、補償を要しない土地利用規制、補償を要する土地利用規制、使用・収用の対象となる事業に分類されることを示した(図II)。また、土地所有者の自由度の大きさと補償や減税等の措置の大きさにより制度体系が段階的な構造であることを示した。

第五章 費用と効果の関係から見た制度体系の構造

制度の適用に要する費用と効果の関係についてモデルを示し考察を加えた。

制度間の費用と効果の関係については、都市公園事業以外の制度において費用便益の算定手法が確立していないため制度間の有効性の比較ができない状況にある。そこで適用可能な次善の方策として、費用についての相対的な指標化と、効果について存在効用、利用効用及び永続性を用いて相対的な指標化を行い、制度間の費用と効果を比較することが可能となる試算例を示した。

また、制度のライフサイクルコストである政策の総費用とその費用の発生の時期について、制度の適用に要する費用を一次費用、保有費用及び管理費用に分け、それぞれの費用の時間経過に伴う累積をグラフで示しライフサイクルコストの比較を可能とする考え方を示した。

第六章 効力、住民参加方策等からみた計画制度の構造

利害調整の意思決定の役割を持つ計画制度について、ステークホルダーへ影響を与える計画の持つ効力の観点からと、住民や専門家等の意見の反映方策の観点から考察を加え、以下の点を示した。

効力による整理では、私人の権利に影響すると同時に行政内の調整機能を有する包括的計画、私人の権利の規制効力を持つ計画、私人への給付効力を持つ計画、行政内の調整機能を持つ計画に分類できる。また、包括的計画を上位計画として直接の規制効力を持つ計画が定められる関係が基本であり、包括的計画として緑の基本計画等が重要な役割を持つ。住民や専門家等の意見の反映方策では、公益性が強くかつ広域性が高いほど住民意見の反映方策は弱く、公益性が弱まり影響範囲が狭くなるほどより住民意見の反映方策が強い傾向にある。また、ステークホルダーの意見を政策に反映するには、個別の規制計画の根拠となる包括的計画の策定時の手続きが最も重要であることを示した。

第七章 今後の緑地確保制度の展開方策についての考察

今後は、緑地の存在効用のより一層の重視、人口減少への対応、厳しい財政制約の下で緑地を効率的に確保する方策の充実等が必要であることから、以下の展開方策を示した。

第一に、緑の基本計画等の包括的計画の策定時に、緑地の価値評価と確保の方向性を、財産権の制約と補償の関係及び適用する制度の費用と効果の関係等利害関係に関する情報を含めて示し、ステークホルダーの意見を反映する政策決定方策を提案した。都市計画が定められる前の段階から緑地の価値を顕在化させ、ステークホルダーの合理的・経済的行動により緑地の確保を図るものである。

第二に、より効率的に緑地が確保できる方策として、存在効用を重視する観点で、公共財である都市公園の整備から私的財の緑地の確保に政策の重点を移すことにより、総体としての緑地確保のための公共費用を抑制するとともに、私的財の緑地に対する補償等の割合を増加することにより制度の有効性を高める方向性を示した。

終章 本研究の成果と課題

本研究で得られた知見には以下のものがある。

まず、経済学的な視点を導入し、複雑な緑地確保制度を、緑地を確保するための負担分担を調整する仕組みとして同一の論理で横断的に捉える、制度体系全体の構造の把握につながる新しい枠組みを提供した。

併せて、以下の4つの視点から緑地確保制度体系の構造を示した。

○制度の発展経緯からみた構造として、対象とする空間と、都市施設制度、土地利用規制により既存の緑地を確保する制度、敷地の緑化を進める制度の展開について4つの時期に区分して示した。

○財産権に対する制約と補償等の関係から、制度を収用・使用対象事業、補償のある土地利用規制制度、補償のない土地利用規制制度に分け、制約の強さに応じて補償等の大きさが異なる段階的な構造であることを示した。これにより緑地保有者に対し財産権の制限と補償等の関係を明示することが可能となる。

○制度の費用と効果の関係からみた制度体系の構造については、各制度の適用に要する費用と効果の関係を制度間で相対的に指標化し比較する考え方と、制度のライフサイクルコストを比較する考え方を示した。これにより現場の状況や財政状況に応じた、より効果的・効率的な政策の選択が可能となる。

○制度の適用の根拠となる計画制度については、計画の効力の観点と、住民や専門家等の意見の反映方策から、計画の相互の関係を把握し全体の構造を示した。

また、新しい方法論としてステークホルダーの合理的・経済的行動により緑地保全の効果を高める政策決定方策を提案するとともに、以下の個別の制度の展開方策を示した。

○公共性の高い私的財の緑地を確保する手法として、開発許可条件の強化、緑地保有コストの軽減、農業保全施策の展開、行政緑化型市民緑地等

○私的財の緑地を確保する手法として、敷地内緑化に対する費用の低減方策、認証等による市場メカニズムの活用等

○地方公共団体の財源問題に対応する、財政力強化に資する補助金、税制のあり方等

これらの方策は、地方公共団体の現場で実現可能なものから、多くの検討が必要なものまで様々であるが、いずれも時代の要請に対応し、より実効性のある緑地確保システムの実現に繋がるものである。さらに課題として、緑地の価値を判断する方法論、提案した方策の適用、緑地の管理費用等の軽減の仕組み、都市政策全般に対する方向性の検討が必要である。

図I 緑地確保のステークホルダー間の関係

図II 公共の福祉のための制限と特別の犠牲と補償の関係からみた緑地確保制度の構造

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、都市における緑地の保全・創出のための制度体系の構造を明らかにし、今後の施策展開の方策について研究を行ったものである。

都市における緑地は、良好な環境の確保のための基盤となるものであるが、近年では、地球環境問題の顕在化や生物多様性の確保などの観点から、緑地確保の社会的要請が一層高まっている。しかしながら、人口の減少、経済的投資要因の減退などにより、都市構造及び行政構造は、大きな転換期を迎えている。また、現行の緑地保全制度は、日本の近代化以来の様ざまの制度を包含するため、重層的で複雑である等の問題を抱えている。

本研究は、このような時代的背景と問題の所在を踏まえて、第一に、緑地保全制度体系の構造を、歴史的経緯、財産権と補償、住民の意志反映と計画制度、制度に内在する費用対効果及びライフサイクルコスト等の視点から分析を行ったものである。第二に、新たな緑地確保制度の展開について、緑地の価値を包括的計画に明示し、スタークホルダーの合理的・経済的行動を誘導し、リスク管理の視点の導入による財政的コストの逓減の道筋を示した。

本論文の学術的成果は、以下の通りである。

第一に、都市計画制度に関する学術研究は数多く存在するが、都市の緑地保全・創出のための制度に関する体系的研究は、本論文が嚆矢となる。この理由は、上述したように制度体系が重層的で複雑であると同時に、緑地空間が持つ空間の多様性、財(公共財、私的財)としての特質に起因する。

この問題に対して、本論文は対象となる緑地の概念の拡大の経緯と制度の発展過程について整理し、公共財の緑地を確保する制度は新都市計画法以前に財源を除きほぼ確立したこと、公共性の高い私的財を確保する緑地保全のための土地利用規制制度は風致地区に始まり線引き制度という枠組みの下で様々な緑地を対象とする詳細なものに展開したこと、私的財の緑地を確保する緑化制度は最近になって展開してきたことを示した。

第二に、研究の視点、方法論としては、ステークホルダーの視点を導入することにより、緑地の保全・創出に関する利害調整機能を明らかにした点に、本論文の新規性がある。緑地の保全・創出の制度は、住民が都市計画に係る価値判断を行政に委任し、行政は意思決定を行い、計画を定め、計画に基づき土地利用に制約を課し緑地を確保する。同時に、緑地の土地所有者等に補償等を行い、必要となる費用は緑地の環境価値を受益する都市住民が税等で負担するという、ステークホルダー間で環境価値と経済価値の交換により利害調整を行う仕組みとみることができる。このような視点から、本論文では、(1)財産権の制約と補償等の関係、(2)制度の適用に要する費用と効果の関係、(3)利害調整の意思決定の役割を持つ計画制度の仕組み、の三つの視点に基づき制度体系の構造を分析した。

第三の学術的貢献は、住民参加という都市計画における緊急性の高い社会的要請に対する、新たな計画方法論の提示にある。利害調整の意思決定の役割を持つ計画制度について、ステークホルダーへ影響を与える計画の持つ効力の観点と、住民や専門家等の意見の反映方策の観点から考察を加え、以下の点を示した。まず、計画を効力という視点から分類し、私人の権利に影響すると同時に行政内の調整機能を有する包括的計画、私人の権利の規制効力を持つ計画、私人への給付効力を持つ計画、行政内の調整機能を持つ計画に分類を行った。その上で、都市の緑地の保全・創出については、包括的計画として緑の基本計画等が重要な役割を持つことを示し、ステークホルダーの意見を政策に反映するには、個別の規制計画の根拠となる包括的計画の策定時の手続きが最も重要であることを示した。

第四の学術的貢献は、今後の人口減少社会において、厳しい財政制約の下で緑地を効率的に確保する方策を提示したことである。これは、包括的計画の策定時に、緑地の価値評価と確保について、財産権の制約と補償の関係、適用する制度の費用と効果の関係等を示し、ステークホルダーの意見を反映する政策決定方策を提示することが重要であることを示した。これは、都市計画が定められる前の段階から緑地の価値を顕在化させ、ステークホルダーの合理的・経済的行動により緑地の確保を図るという点で、これまでの都市計画制度には存在しなかった予防的視点の導入であり、一時期を画するものである。

総じて、本研究は、人口減少社会における社会的共通資本としての都市の緑地の保全・創出という課題に対し、歴史的経緯を踏まえた制度体系の分析を行い、これを踏まえてスタークホルダーの視点を導入し、財産権と補償、緑地のライフサイクルコストの分析を行い、制度体系の構造を明らかにしたものである。さらに、住民参加の視点から包括的計画の展開による予防的計画論の提示を行った。

以上の業績により、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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