学位論文要旨



No 217656
著者(漢字) 岸本,啓
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,アキラ
標題(和) 自己熱再生に基づいた革新的CO2分離プロセスに関する研究
標題(洋) An Innovative CO2 Separation Process Based on Self-Heat Recuperation
報告番号 217656
報告番号 乙17656
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17656号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 特任教授 金子,祥三
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 教授 鈴木,雄二
内容要旨 要旨を表示する

第1章 緒論

非OECD諸国のエネルギー消費の増加により、化石資源の枯渇、地球温暖化問題は深刻さを増している。世界のエネルギー消費の50%は産業部門で消費されており、産業部門の省エネルギー型プロセスを提案出来れば波及効果は非常に大きい。1970年代より産業における省エネルギー手法としてPinch Technologyの研究が進められている。これはヒートインテグレーションによって、プロセス内およびプロセス間の熱を有効利用する技術で、従来型プロセスのエネルギー消費を20-30%低減できることが示されているが、加えた熱の多くは未だに捨てられており(図1 a)、一層の省エネルギー化が課題であった。この課題を解決する技術として、近年、自己熱再生が提案されている(図1b)。自己熱再生は産業プロセスなどの様々なプロセスに適用されており、従来型プロセスのエネルギー消費を1/2-1/22と大幅に低減できる可能性が報告されている。これまで自己熱再生の基本的な理論は従来の研究で示されている。また個々の産業プロセスへ導入した場合の省エネルギー効果についても示されてきた。しかし、他の省エネルギープロセス(e.g.ヒートポンプ)との理論的な比較はされていない。また自己熱再生を幅広いプロセスへ導入するために必要な設計方法論についても示されていない。そこで本研究では、これまでに提案されている自己熱再生の理論について整理し、新たに自己熱再生型プロセスの設計方法論を構築した。さらに具体的な産業プロセスとしてCO2分離プロセスに、構築した設計方法論を適用し、自己熱再生化を行った。また、提案した自己熱再生型プロセスの産業への導入効果についても考察を行った。

第2章 自己熱再生の理論

本章では、まず自己熱再生の理論について既報の理論を整理した。図1aに示すような従来型加熱プロセスと自己熱再生型プロセスのエネルギー消費の比較の研究はこれまでに報告されているが、ヒートポンプなどの従来型加熱プロセスとの比較はなされていない。そこで本研究ではヒートポンプなどの従来型加熱プロセスと自己熱再生とのエネルギー消費を数式を用いて比較し、自己熱再生がエネルギー消費を低減できる理由について明らかにした。さらに、反応熱をともなうプロセスについても検討し、新たな反応熱輸送システムを提案した。

第3章 自己熱再生型プロセスの設計方法論

1) 自己熱再生型プロセスの設計方法論 自己熱再生の重要な理論としてPairing (ペアリング)とModularity(モジュール化)が挙げられる。ペアリングは熱を循環利用するために、例えば潜熱は潜熱、顕熱は顕熱同士で対応付けることである。またモジュール化は各プロセスを機能(役割)ごとに分割し、その中で熱・物質をバランスさせることである。従来から化学工学の分野で言われている「単位操作」の考え方を用いた省エネルギー化では、その単位操作を最小単位として省エネルギー化を考えているが、モジュール化では更に小さな単位で熱(エネルギー)・物質の入出および流れを考える。これはモジュール化を行う場合の重要な考え方であり、これによりペアリングを完全なものにできる。まとめ上げた理論を基にした自己熱再生型プロセスを設計するための方法論として、図2のような手順を示した。

これらの手順に則ってプロセス設計を行うことで、自己熱再生型プロセスを構築できる。図3にモジュール化表現例としてガス加熱のプロセスを示す。ブロック線図を用いることで、エネルギー・物質のそれぞれの入出、プロセス内の流れが明らかとなり、ペアリングを完全なものに出来る。

2) 自己熱再生に基づいた分離プロセス 産業で幅広く用いられている分離プロセスに着目し、構築した自己熱再生の設計方法論を導入した。本研究では蒸留、化学吸収と化学吸着を対象とした。

蒸留分離 従来の蒸留塔ではリボイラーで加えた熱はすべて冷却水に捨てている。そこで予熱モジュールと蒸留モジュールを適用することで、大幅なエネルギー消費の低減を図ることができることを示した。(図4)

化学吸収 化学吸収では反応を伴うため、反応熱の輸送が必要になる。そこで新たに反応熱輸送システムを導入した。その結果、大幅なエネルギー消費の低減を図れることを示した。

化学吸着 化学吸着においても反応を伴うため、化学吸収と同様にRHTを導入することでエネルギー消費の低減が可能になる。さらにPSAの場合には圧力エネルギーの回収がエネルギー消費の低減を図る上で重要であることを示した。

第4章 CO2分離プロセス

発電プロセスからのCO2排出量は世界CO2排出の約40%を占める。またCCS(Carbon Capture and Storage)で消費される全エネルギー消費量のうち、CO2分離のエネルギー消費量は70%以上を占めている。そこで本章では、発電所からのCO2排出量を低減することを目的に、次に示す3つのCO2分離方式の自己熱再生化について検討を行った。

Post-combustion燃焼後にCO2を分離するPost-combustionにおいて、CO2分離に化学吸収プロセス(図5)を用いた場合、その消費エネルギーは約4.1 GJ/t-CO2となることが報告されている。吸収分離では、図6に示すような自己熱再生化によって顕熱、潜熱ならびに反応熱も循環利用することで従来のPost-combustionプロセスのエネルギー消費量を約1/3まで低減することができ、大幅な省エネルギー化が図れることが分かった。

2) Pre-combustion図7に示すように、燃焼前にCO2を分離回収するPre-combustionはPost-combustionと異なりCOの水蒸気改質を目的としたCOシフト反応器が導入されるが、エネルギー消費量はCO2吸収分離装置の合計で、熱回収を考えても6.0 GJ/t-CO2と大きいことが課題であった。そこで各プロセスに自己熱再生を適用することで、COシフト反応器とCO2吸収分離装置の合計で1.9 GJ/ t-CO2程度と、約1/3までエネルギー消費が低減できることを明らかにした。

3) Oxy-combustion Oxy-combustion では酸素燃焼を行うため、空気中の酸素を取りだす酸素製造装置が必要となる。しかし高純度の酸素を作り出すことが可能な深冷分離装置は、酸素燃焼による発電効率を約10%近くまで低下させることが報告されている。そこで本章では2種類の酸素製造装置の自己熱再生化について検討を行った。

深冷分離 深冷分離装置は高純度の酸素を製造できるが、エネルギー消費量が非常に大きいことが課題であった。従来型プロセスではヒートインテグレーションがなされていたが、十分に熱のペアリングがなされていなかった。そこで本研究では、従来型深冷分離プロセスに自己熱再生を適用することで、従来型深冷分離プロセスのエネルギー消費を574.2 kWh/kNm3-O2から366.1 kWh/kNm3-O2と、約36%低減できることを明らかにした。(図9)

回転式PSA(Pressure Swing Adsorption) 回転式PSAプロセスは低純度酸素を低動力で、さらに通常の切替式PSA装置よりも設置面積を低減できる可能性がある。そこでまずPSA数学モデルを構築し、回転式PSAシステムの設計指針を明らかにした。さらに回転式PSAプロセスの自己熱再生化を行うことで、更なるエネルギー消費の低減が見込めることについても示した。

第5章 さらなる省エネルギー化

深冷分離などの蒸留塔について、省エネルギー型蒸留塔(Heat Integrated Distillation Column, HIDiC)を適用することで、さらなる省エネルギー化が図れると考えられる。

HIDiCは従来の蒸留塔と比べ、大幅な省エネルギー化を図ることが可能であると報告されている。HIDiCの蒸留塔の中では潜熱回収が行われているが、蒸留塔へ流入する流体の予熱部については、通常の熱回収を行っているのみで、熱は全て循環利用されていなかった。そこでHIDiCの自己熱再生化を行った。その結果、自己熱再生型HIDiCは従来型HIDiCに比べ35%以上の省エネルギー化が可能となることを明らかにした(図10)。

第6章 考察

本研究では、新たに構築した自己熱再生型プロセスの設計方法論をCO2分離プロセスに適用し、大幅な省エネルギー化が図れることを明らかにした。そこで、提案した自己熱再生型分離プロセスを2020年における産業部門に導入した場合のエネルギー消費およびCO2削減効果について試算した。その結果、エネルギーおよびCO2の削減効果は年間およそ 8.5 EJ および0.31 Gt-CO2であった。これは日本の2007年の一次エネルギー消費量の35%、CO2については約25%にも達する。

さらに一例として、自己熱再生型深冷分離装置および自己熱再生型CO2分離装置を製鉄所に適用することで、製鉄所で発生する副生ガスの消費量が低減できることについて述べ、.その副生ガスを産業間での相互融通、エネルギーおよび物質の併産(CO-production)に利用し得る可能性について示した。

第7章 総括

本章では全ての章の総括を行い、新たに構築した自己熱再生型プロセスの設計方法論をCO2分離プロセスに適用し、大幅な省エネルギー化が図れることを結論づけた。

図1 従来型と自己熱再生型加熱プロセスの比較

図2 自己熱再生型プロセスの設計方法論(手順)

図3 モジュール化表現例(ガス加熱)

図4 蒸留分離における予熱、蒸留モジュールの例

図5 従来型吸収分離プロセス

図6 自己熱再生型吸収分離プロセス

図7 Pre-combustion 概略図

図8 自己熱再生型COシフト反応器

図9 自己熱再生型深冷分離プロセス

図10 エネルギー消費量の比較 (C: the conventional distillation process, H: the HIDiC process, H-HR: the HIDiC with feed heat recovery, S-H: the HIDiC based on self-heat recuperation).

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「An Innovative CO2 Separation Process Based on Self-Heat Recuperation(自己熱再生に基づいた革新的CO2分離プロセスの研究)」と題し、従来の燃焼加熱に対して熱を循環利用しエネルギー消費を大幅に削減できる自己熱再生技術をCO2分離プロセスに適用したものである。

第1章は緒論であり、CCSの現状と自己熱再生の概要についてまとめられている。

第2章では、自己熱再生の理論についてまとめられている。ヒートポンプなどの従来型加熱プロセスと自己熱再生とのエネルギー消費について数式モデルを用いて比較し、自己熱再生がエネルギー消費を低減できる理論的根拠について明らかにしている。さらに、反応熱をともなうプロセスについても自己熱再生化を検討し、新たな反応熱輸送システムを提案している。

第3章では、自己熱再生型プロセス設計の方法論について述べられている。重要な概念であるペアリングとモジュール化について概説するとともに、それらを用いた自己熱再生型プロセスの設計手順がまとめられている。さらに、産業で幅広く用いられている蒸留、化学吸収と化学吸着などの分離プロセスに着目し、構築した自己熱再生の設計方法論を適用している。

第4章は、CO2分離プロセスに対して自己熱再生化を検討したもので、本論文の中核部である。具体的には、Post-combustion、Pre-combustionおよびOxy-combustionの3つのCO2分離方式に対して、それぞれ自己熱再生技術を適用し、エネルギー消費量の低減効果を求めている。まず、Post-combustion では、CO2分離に化学吸収アミン法プロセスの場合、自己熱再生化によって顕熱、潜熱ならびに反応熱も循環利用することで従来のPost-combustionプロセスのエネルギー消費量を約1/3まで低減することができることを明らかにした。また、COシフト反応器とCO2吸収分離装置からなるPost-combustionでも、自己熱再生化でエネルギー消費を約1/3まで低減できることを明らかにしている。さらに、Oxy-combustionでは、空気プラントのエネルギー消費に着目し、深冷分離とPSAの2つのプロセスに関してそれぞれ自己熱再生化した結果がまとめられている。

第5章では、これまでの省エネルギー型プロセスに対しても自己熱再生を適用することにより、さらなる省エネルギー化が図れることを、省エネルギー型蒸留塔(Heat Integrated Distillation Column, HIDiC)を例として試算し、35%以上の省エネルギー化が可能となることを明らかにするとともに、自己熱再生技術の今後の展開の可能性について述べられている。

第6章では、提案した自己熱再生型分離プロセスを2020年における産業部門に導入した場合のエネルギー消費およびCO2削減効果について試算し、エネルギーおよびCO2の削減効果は年間およそ8.5 EJ および0.31 Gt-CO2にも達することが報告されている。

第7章は総括の章であり、新たに構築した自己熱再生型プロセスの設計方法論をCO2分離プロセスに適用し、大幅な省エネルギー化が図れると結論づけている。

以上に示すように、本論文は、自己熱再生型プロセスの設計方法論を構築し、それをCO2分離プロセスに適用することで大幅なエネルギー消費の削減できることを明らかにしたもので、機械工学およびエネルギー工学に大きな貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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