学位論文要旨



No 217657
著者(漢字) 川村,裕直
著者(英字)
著者(カナ) カワムラ,ヒロナオ
標題(和) 送電用避雷装置を考慮した雷事故率および瞬時電圧低下発生回数の推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 217657
報告番号 乙17657
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17657号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 特任教授 池田,久利
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 准教授 熊田,亜紀子
 東京大学 教授 大崎,博之
 電力中央研究所 研究参事 新藤,孝敏
内容要旨 要旨を表示する

1980年代後半に,送電線への避雷器の適用技術が開発され,フィールド試験および軽責務化への取り組みを経て,現在では,送電線耐雷設計の不可欠な要素として,送電用避雷装置が標準的に用いられている。さらに,当初,ルート遮断事故の防止対策として適用されていた送電用避雷装置は,一部では,瞬低影響を軽減させる電力設備側の対策の1つとして活用され始めている。

本論文では,冬季雷に関する最新の知見を取り込みながら,送電線雷事故率の予測精度の向上および瞬低発生回数の推定精度の評価を行った。提案した送電線雷事故率の予測計算手法は,従来手法の課題であった雷撃頻度の推定精度を向上させた実用的な手法であり,実際の送電線耐雷設計に十分活用できる内容である。また,避雷装置による瞬低影響の軽減対策は,次世代を見据えた電力設備の構築において,重要となる内容である。

第2章では,送電線が事故に至る最小雷撃電流波高値とその電流波高値以上の雷撃電流の発生確率 (事故に至る雷撃電流の発生確率) を避雷装置の設置形態別に示し,事故実績を利用する実用的な送電線雷事故率の推定手法を提案した。提案した手法を用いて,推定した雷事故率を平均値で評価すると,66・77kV送電線では,夏期は実績より40%程度小さく,冬期は実績とほぼ同等で,通年では,20%程度小さく計算された。一方,275kV送電線では,夏期は実績とほぼ同等で,冬期は35%程度小さく,通年では30%程度小さく計算された。提案する雷事故率の推定手法は,通年で評価すれば,約30%の差であることから,雷害対策による雷事故率の低減効果を概ね事前に把握できると評価している。

避雷装置の適用効果をシミュレーションで計算した結果,66・77kV送電線では,冬期の推定値は実績値と概ね同等な値を示しており,夏期は3線設置および5線設置ともに避雷装置による雷事故率の低減効果が,推定値で15%程度大きく計算された。一方,275kV送電線では,不平衡絶縁方式の夏期を除いて,避雷装置による雷事故率の低減効果が,推定値では10~20%程度大きく計算された。

また,送電線雷事故率の推定手法を利用して,66・77kV送電線の雷撃頻度を推定した。その結果,沿岸部の送電線は,冬期の雷活動が活発な日本海沿岸部に建設されていることから,内陸部に位置する送電線よりも,冬期の雷撃頻度が高い特徴が見られた。また,夏期の推定雷撃頻度は,冬期ほどばらついておらず,比較的地域差が小さい傾向がある。さらに,送電線雷撃率を推定雷撃頻度と送電線周囲のLLS標定数を用いて計算した結果,夏期は平均で約7.2%と推定されたが,冬期は約11.8%で夏期の約1.6倍であった。冬期と比べて,夏期の送電線雷撃頻度は低く見積もられるが,雷活動は活発であり,送電線雷撃時には急峻な波頭峻度の影響により,高い確率で事故を引き起こしている可能性がある。

第3章では,超高圧送電線の事故様相について調査した。夏期は雷活動が活発で雷撃頻度は高いが小電流雷が多く,送電線雷撃であっても事故に至らないケースが多く,事故実績が少なくなる傾向がある。一方,冬期は夏期と比べて雷撃頻度は低いが,大電流雷の発生頻度ならびに送電線への雷撃率が高く,事故が多くなる傾向がある。超高圧送電線の事故様相を決定する主要な要素は,商用電圧の位相であり,また,冬期に275kV送電線の雷事故が増加する原因の1つとして,冬期の雷撃の大半が鉄塔塔頂であり,架空地線雷撃であっても雷撃点の約80%は径間長に対して鉄塔寄り15%以下の位置と鉄塔付近であることが挙げられる。

シミュレーションにより,不平衡絶縁方式および平衡高絶縁方式の超高圧送電線の冬期における事故様相の再現性を評価した結果,フラッシオーバ電圧のバラツキを考慮することでほとんどの事故様相の再現が可能であった。超高圧送電線の事故箇所のシミュレーションにおいては,緩波頭長を採用することで,中線および下線の地絡件数の比率が相対的に増加し,塔頂雷撃であっても中線事故の多い実績値に近づくことを確認した。これは,実際の雷撃電流の波頭長が,送電線耐雷設計の過酷条件として一般的に用いられている波頭長2μsよりも緩やかな雷撃が多いことを示唆している。

次に,シミュレーションを用いて,送電用避雷装置の破損事故を解析した。雷撃電流波高値が大きくなるにつれて,避雷装置の処理エネルギーの増加率が高くなる。これは,避雷装置の電圧-電流特性の非線形性によって,避雷装置の等価的な抵抗が小さくなり,多くの雷撃電流が流れて,一段と避雷装置が破損しやすくなる傾向を示している。77kV 2回線送電線の解析において,送電用避雷装置が破損に至る最小雷撃電流波高値は,3線設置と比べて,5線設置では約75%減,6線設置では約50%減となり,その最小雷撃電流波高値は,標準型と比べて,軽責務型は約70%減となることを確認した。また,冬期の雷撃による軽責務型避雷装置の破損率については,5線設置は3線設置と比べて約2.2倍,6線設置は3線設置に比べて約6.0倍であり,標準型避雷装置の破損率については,5線設置は3線設置に比べて約2.7倍,6線設置は3線設置に比べて約8.8倍であることを確認した。冬期の軽責務型避雷装置の破損率は,標準型のおよそ1.7倍から2.5倍であった。

77kV 1回線送電線の避雷装置の破損において,軽責務型避雷装置が破損に至る雷撃の発生確率は,標準型と比べて,夏期は約4倍,冬期は約2倍に高くなることを確認した。2回線送電線の片回線3線設置と比べると,冬期の雷撃における1回線送電線の全3線設置の破損率は,軽責務型で約9倍,標準型で約11倍に高くなる。全3線設置の破損率は,2線設置と比べて,夏期は約4倍,冬期は約3倍に高くなる。

さらに,66・77kV送電線で発生した避雷装置破損事故2例について,記録された雷放電の電磁界波形を利用して,シミュレーションによる事故様相の再現性を評価した。その結果,記録された雷放電の電磁界波形に利用することで,概ね事故様相の再現が可能であることを確認した。

第4章では,送電用避雷装置による瞬低影響の軽減対策として,単一鉄塔における送電用避雷装置の最適な設置形態について,シミュレーションを用いて検討した。

66・77kV送電線における避雷装置の両回線5線設置では,下線を省略した場合の事故に至る最小雷撃電流値および避雷装置が破損に至る最小雷撃電流値が最も大きくなり,事故率の低減および避雷装置の破損事故を低減する効果的な方法と評価できる。処理エネルギーは,下方に位置する避雷装置の方が大きくなる傾向があり,6線設置では,各回線下線の避雷装置の処理エネルギーが大きく,両回線の避雷装置が同時に破損に至る可能性がある。これは,66・77kV送電線がルート遮断事故に至る事故様相を示しており,避雷装置の6線設置は5線設置より供給信頼度の低い設備形態と評価できる。6線設置と比べると,5線設置された送電線は多相事故に至る最小雷撃電流波高値が大きく,電力系統に瞬低を引き起こす事故様相に至りにくい。解析結果に基づくと,66kV送電線へ避雷装置を適用した場合には,避雷装置が設置されていない送電線を避雷装置の3線設置とすることで,多相事故に至る雷撃電流の発生確率は,夏期では約3/5(4.43%/7.10%),冬期では約3/4(13.38%/17.86%)に低下すると評価できる。また,5線設置とすることで,多相事故に至る雷撃電流の発生確率は,夏期では約1/200(0.04%/7.10%),冬期では約1/10 (1.61%/17.86%)となり,当該送電線の多相事故によって引き起こされる電力系統の瞬低発生回数の大幅な低減が期待できる。

275kV送電線では,避雷装置の設置数を増加させても,地絡事故を引き起こす大電流雷の発生頻度が低いため,地絡事故の低減効果は小さく,限界効用が低減する。また,6線設置における避雷装置が破損に至る最小雷撃電流値は,500kA以上と大きな値であり,鉄塔頂雷撃によって275kV送電用避雷装置の破損は,ほぼ起こらない事象と評価できる。電気幾何学モデルおよび冬季雷放電路のカメラ観測に基づくと,電力線への直撃雷による275kV送電用避雷装置の破損事故は,ほとんど起こり得ない事象と評価できる。

次に,電力系統の瞬低発生回数の推定手法を提案し,同一バンク下の66・77kV送電線で構成される電力系統の瞬低発生回数を推定し,実績値との比較を行った。提案する手法により,275kV以上の送電線事故においては,瞬低の影響を受ける需要家件数は低電圧階級に比べて遥かに多くなり,瞬低影響度も大きくなるが,避雷装置が高価であることから,瞬低影響の軽減対策としてのコストパフォーマンスは66・77kV送電線と比べて低くなることを確認した。同一バンク下の8つの66・77kV電力系統の瞬低発生回数の推定結果では,瞬低発生回数の推定値と換算後の実績値を通年で比較すると,避雷装置が設置されていない形態の瞬低発生回数は,電力系統全体で約20%の差であった。一方,一部の送電線に避雷装置が設置されている形態の瞬低発生回数は,電力系統全体で約7%の差であった。今回提案した瞬低発生回数の推定手法を電力系統別・季節別に評価した結果,多少の差が見られるが,2007年度末の設備形態における予測精度を,季節を問わず,全般的に評価すると,10%以内の差であることから実用性があると評価している。電力系統によって異なるが,避雷装置設置によって瞬低発生回数が通年で50~90%程度減少している。また,推定値においても同程度の瞬低発生回数の低減効果が確認できる。

以上のように,本論文では冬季雷に関する最新の知見を取り込みながら,送電線雷事故率の予測精度の向上および瞬低発生回数の推定精度の評価に取り組んだ。提案した送電線雷事故率の予測計算手法は,理論を組み合わせた従来手法の課題であった雷撃頻度の推定精度を向上させた実用的な手法であり,実際の送電線耐雷設計に十分活用できる内容である。また,送電用避雷装置による瞬低影響の軽減対策は,今後,ますます重要度が増すと予想される内容である。本研究の成果が,送電線耐雷設計に広く活用され,次世代の電力設備の構築に役立てられることを期待する。

審査要旨 要旨を表示する

送電用避雷装置は1980年代に開発され、送電線の雷事故防止対策として極めて有効だが、設置コストがその普及を遅らせてきた。送電用避雷装置とは送電鉄塔上で電力線に取り付ける避雷装置である。世界的に群を抜いて高い供給信頼性をもつ日本の電力システムにおいて、近年になってその設置箇所が増えつつあるが、設置コストは低減傾向にはあるものの、なお設置鉄塔の順位付け、設置方式の選定は重要な課題となっている。本論文は「送電用避雷装置を考慮した雷事故率および瞬時電圧低下発生回数の推定に関する研究」と題し、送電用避雷装置設置後の送電線雷事故率予測に関する新しい手法、ならびに電力品質に大きくかかわる瞬時電圧低下の頻度低減への効果についてまとめたもので、5章より構成される。

第1章は「序論」で、送電線の雷害対策の現状、送電用避雷装置、電力システムにおける瞬時電圧低下現象とその影響について解説し、研究の目的と本論文の意義について述べている。また北陸地方の送電線では、夏季に比べて落雷数が大幅に少ない冬季でも、事故原因のうち雷の占める割合が最大であることが説明されている。

第2章は「送電用避雷装置を考慮した雷事故率予測の精度評価」で、広く用いられている送電線雷事故率予測手法を基本としながらも、送電線の事故実績と、落雷密度の観測値を加味した個別の送電線の雷事故率予測手法を独自に考案し、それにもとづく事故率予測結果を実績と比較して、提案手法の精度評価を行っている。現行の予測手法は夏季雷による事故様相の研究にもとづいて構成されており、重大な送電線事故が夏季より冬季に多発する北陸地方での雷事故の様相を説明できるに至っていない。提案手法では事故実績にもとづいて送電線への雷撃数を推定することにより、夏冬の雷撃特性の違いを定量的に明らかにし、年間を通じた雷事故率の合理的な予測に成功している。提案手法によって、送電用避雷装置設置後の事故率を予測し、実績と比較した結果、提案手法が十分な実用性を有することを示した。

第3章は「シミュレーションによる事故様相の解析」で、提案された送電線雷事故率予測手法の主要部を構成する事故様相再現計算モデルにより、特に冬季の実際の雷事故の様相をほぼ再現できることを示し、さらに冬季の雷電流波形パラメータが夏季と統計的に異なることを指摘している。更に検証された再現計算モデルを使用し、送電用避雷装置が苛酷な雷電流により破損する条件を設定して、2回線送電線における鉄塔あたりの避雷装置設置数とその破損確率の関係を示し、避雷装置設置数が増加すると、その破損確率も上昇することを明らかにした。雷電流波形の情報が得られている実際の送電用避雷装置破損事故2例が、この計算モデルで再現できることも示している。

第4章は「送電用避雷装置を考慮した瞬低発生回数の推定精度の評価」で、瞬低とは電力システムにおける瞬時電圧低下を意味し、その発生範囲は送電線の種類、場所、事故様相により異なる。送電用避雷装置を設置した相では雷による地絡は生じないはずであるが、苛酷な雷電流のもとでは避雷装置が破損することは前章で示された通りである。最も送電線用避雷装置の適用が進んでいる66kVないし77kV2回線送電線では、瞬低の発生確率の観点からは全6線に設置するより5相に設置する方が合理的であることを示した。送電用避雷装置破損確率が意味を持ってくるのは、大電流の雷撃が送電鉄塔で発生する確率が夏季よりもはるかに高い冬季雷地域の特性によるもので、従来は問題視されていなかった論点であり、避雷装置の破損確率を考慮した送電線雷パフォーマンスの議論は斬新である。さらに瞬低を発生させる雷事故様相の発生確率にもとづく瞬低の発生回数の予測手法を提案し、電力システムの一部の66kVおよび77kV送電線に避雷装置を設置した後の、雷事故による瞬低の発生回数を予測して実績と比較し、手法の有効性を示している。

第5章は「結言」で、本論文で示した成果を総括している。

以上これを要するに本論文は、雷による送電線事故率予測を通年で行える実用的な手法を提案し、それにもとづいて、雷事故により発生し、送電用避雷装置の破損確率に影響される電力システムの瞬時電圧低下回数を予測する手法を考案し、有効性を実証することにより、送電線の耐雷設計技術の向上に多大な寄与をしたもので、電気工学、特に高電圧工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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