学位論文要旨



No 217658
著者(漢字) 中西,務
著者(英字)
著者(カナ) ナカニシ,ツトム
標題(和) ナノ粒子の自己組織化を用いた超微細加工技術とその光学的応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217658
報告番号 乙17658
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17658号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 下嶋,敦
内容要旨 要旨を表示する

ナノテクノロジーは、既存技術の更なる高度化や、ナノサイズ(1nmは1mの十億分の1の大きさ)特有の新奇現象の発見、これを応用した新たな技術領域の創出への期待から、近年大きな注目を集めている。このような学問領域が出現した背景には、その主役となるナノ構造体を、制御よく自在に作製することが可能になってきたことがあげられる。超微細加工技術は、ナノテクノロジーにおけるキーテクノロジーである[1]。

超微細加工技術として広く利用されている光リソグラフィー技術は、半導体デバイスを代表とする様々なデバイス製造工程で用いられている。しかしながら、この高度に洗練された超微細加工技術は、高額な投資と製造コストを伴うため、実用的にはその使用用途が限定される。したがって、ナノ構造による種々のデバイスの高機能化を実現するためには、その仕様とコストに見合った超微細加工技術が必要不可欠となる。

光リソグラフィーを用いることなくナノ構造を形成することが可能な方法として、分子間の相互作用を制御して得られる自己組織化パターンを利用した方法は、大掛かりな装置を必要とせず、安価で容易にナノオーダーのパターンを得ることができる[2]。自己組織化により形成されるパターンは、ドットパターン等のシンプルなものに限られるが、これをエッチングマスクに用いれば、高額な露光装置やフォトマスクの必要なく、ナノ構造を形成できる。ナノ粒子をエッチングマスクに用いたナノ粒子リソグラフィー法が、Deckmanらによって報告されている[3]。ナノ粒子は、様々なサイズの粒子径制御が可能なため、これをエッチングマスクに用いれば、数十ナノメーターから数マイクロメーターの幅広いサイズのナノ構造を形成することができる。しかしながら、ナノ粒子を大面積領域に均一に単層で形成することが困難であったため、これが実用化の大きな壁となっていた。そこで本論文では、大面積領域に適用可能なナノ粒子単層化技術を開発し、これを用いた超微細加工技術に関して論じた。また、この技術の光学デバイスへの応用について述べた。本論文の構成を図1に示した。

第1章は、本論文の背景について述べた。第2章は、大面積ナノ粒子単層化技術Embedded Particle Monolayer(EPM)法のコンセプトと、その実証結果について述べた。従来の単粒子層形成方法は、直接的に単粒子層を形成するのに対して、EPM法では多粒子膜を形成した後、余分な粒子を除去することによって単粒子層を形成する。そのため、粒子層数が基板面内でばらついていても、粒子トラップ層膜厚が面内で一定であれば単粒子層を形成でき、プロセスマージンが広く、大面積化に適している。EPM法は、粒子径や粒子の材質の選択幅も広く、様々なナノ粒子の単粒子層を大面積領域に形成することができることを実証した。また、粒子トラップ層材料に感光性材料を用いることで、光リソグラフィーなどのトップダウン的な超微細加工技術との併用も可能であることも示した。

第3章は、EPM法で作製した単粒子層をエッチングマスクに用いた超微細加工技術について述べた。EPM法で得られる粒子配列パターンを、反応性イオンエッチングにより下地材料に転写することで、様々なナノ構造を形成できることを実証した。また、パターン転写層を用いることで、様々なサイズのナノドット構造、及びナノホール構造を形成できることを示した。作製できる構造は非常にシンプルであるが、露光装置を用いることなくナノ構造を作製でき、コスト面から最先端の光リソグラフィーを用いることができないディスプレイや、光学部品といった光学デバイスにナノ構造を適用し、高性能化することが可能となった。このような応用技術に関して、本論文の後半部で述べた。

第4章は、大面積領域の加工が必要とされるディスプレイ応用について述べた。次世代ディスプレイである有機EL素子は、発光した光の約80%が素子内部に閉じ込められる。この閉じ込め光を、EPM法を用いた超微細加工技術で作製した微細回折構造によって素子外部に取り出し、高輝度化することを試みた。作製した有機EL素子の電気特性は回折構造有り無しにかかわらず同等のまま、発光特性は全光束で約1.6倍に高輝度化した。発光ピーク波長では、約2倍の輝度が得られた。また、量産性を向上させるため、EPM法で作製したモールドを用いたナノインプリントによって回折構造を形成した。発光試験の結果、光取り出し層を持たないリファレンス素子とほぼ同様の色味で正常発光することを確認し、リファレンス素子と比べて、全光束比で最大1.68倍の高輝度化に成功した。

第5章は、安価な製造コストが求められる光学フィルムへの応用を検討した。携帯機器や、カーナビのような外部環境下で使用するディスプレイ表面の外光反射抑制のため、無数のナノ突起構造を形成したMoth-eyeフィルムを安価に大面積に形成するための作製プロセスを開発した。RCWA(Rigorous Coupled Wave Analysis)法を用いた数値計算によって、Moth-eye構造と反射防止効果の関係を明らかにし、構造の設計指針を得た。EPM法を用いて、12インチ基板全面にMoth-eye構造を形成することに成功した。得られたMoth-eye構造は可視光全域で反射率が0.8%以下であり、高い反射防止効果を確認できた。Moth-eye構造の面内ばらつきは小さく、大面積に均一なMoth-eye構造が形成されていることを示した。この基板を原盤として、電気鋳造法によってディスプレイ向け大面積Niスタンパーを作製し、量産性の高い光インプリントによって反射防止効果の高いMoth-eyeフィルムを作製することに成功した。

第6章は、ナノ構造を利用した新規光学材料開発を試みた。レアメタルフリーで低抵抗な透明電極材料の実現のため、Al薄膜にナノ開口を設けたAlナノメッシュ電極を提案し、その構造と光学特性の関係を検討した。作製したAlナノメッシュ電極の透過スペクトルは、特定波長でピークを持つ光学特性を示し、開口率以上の高い透過率を示した。Alナノメッシュ電極の透過特性は、二つの異なるメカニズムが寄与していると考えられる。すなわち、ピーク波長付近における周期的ナノ開口アレイで見られる光の異常透過現象による効果と、主に長波長側でみられたナノ開口による自由電子の振動が阻害されることによるプラズマ反射抑制の効果である。適用デバイスに合わせてAlナノメッシュ電極の構造を最適化することで、様々な光学デバイスへの適用が期待される。

第7章は、本論文の結論と展望について述べた。

本論文は、ナノ粒子の自己組織化を用いた超微細加工技術を基盤技術として、その光学デバイスへの応用を論じた。繰り返しになるが、ナノ構造によるデバイスの高機能化を実現するためには、その加工仕様を満たし、かつコストに見合った超微細加工技術を用いる必要がある。この要求に応えることが、本論文の技術を開発した目的であった。本論文では、このような要求があるディスプレイや光学フィルムといった光学デバイスへの応用を検討した。ナノ構造を用いたデバイスの高性能化に対する要求は、今後さらに様々な分野へ発展していくと考えられる。

また、本論文の技術も含まれる自己組織化超微細加工技術は、最先端の光リソグラフィーや電子線リソグラフィーを用いずとも、それと同等のサイズのナノ構造を研究室レベルで、容易に誰でも作製することを可能にした。この技術を用いることによって、これまで発見されていなかったようなナノメーターサイズ領域の新たな現象や、ナノ構造を用いた新規材料やデバイスに関する新しいアイデアが将来見出されるものと考えられる。

[1] Z. Cui, "Nanofabrication", (Springer, 2008).[2] K. Asakawa, "Nano-scale polymeric materials and processes using top-down and bottom-up methods for nano-electronics.", The doctor's thesis (The University of Tokyo, 2008).[3] H. W. Deckman and J. H. Dunsmuir, "Natural lithography.", Appl. Phys. Lett., 41, 377-379 (1982).

図1 本論文の構成。第2章、第3章において、大面積領域に均一なナノ粒子単粒子層を形成するEmbedded Particle Monolayer(EPM)法を用いた超微細加工技術について論ずる。第4章、第5章、第6章では、この超微細加工技術を用いた光学的応用に関して述べる。

審査要旨 要旨を表示する

「ナノ粒子の自己組織化を用いた超微細加工技術とその光学的応用に関する研究」と題した本論文は、ナノ粒子の自己組織化を用いた超微細加工技術及びその応用技術に関して検討したものである。大面積領域にナノ粒子単層膜を形成するための新規プロセス技術であるEmbedded Particle Monolayer(EPM)法を提案し、これを実現するための材料及びプロセス条件を検討し、このナノ粒子単層膜をテンプレートに用いた超微細加工技術について論じている。さらに開発された手法を用いて、光学材料や発光デバイスへの応用を検討しており、7章から構成されている。

第1章は序論であり、ナノテクノロジーにおける超微細加工技術の重要性と課題、次世代技術ならびに研究目的が述べられている。本論文では、ナノ粒子の自己組織化を利用した超微細加工技術について述べたのち、この手法の光学的応用について論じている。

第2章は、EPM法のコンセプトと、その実験結果が記述されている。従来のナノ粒子単層膜形成方法はマイクロメートルオーダーの欠陥領域が生じやすく、大面積領域に均一に作製することが難しかった。EPM法は熱可塑性樹脂の接着層上にナノ粒子多層膜を形成した後、余分な粒子を除去することでナノ粒子単層膜を形成するため大面積化に適している。EPM法を実現するための材料及びプロセス条件を検討しており、様々なナノ粒子単層膜を大面積領域に形成できることを実証している。

第3章は、この手法で作製したナノ粒子単層膜をエッチングマスクに用いた超微細加工技術について記述している。粒子配列パターンを反応性イオンエッチングにより下地材料に転写することで、様々なナノ構造を作製しており、この手法により大面積領域に安価にナノ構造を形成できるようになった。この手法の応用技術に関して、本論文の後半部で述べている。

第4章は、次世代ディスプレイである有機EL素子の高輝度化技術について記述している。従来の有機EL素子は発光した光の約80%が素子内部に閉じ込められる。この閉じ込め光を、EPM法を用いた超微細加工技術で作製した微細回折構造によって素子外部に取り出し、高輝度化することを検討している。作製した有機EL素子の電気特性は回折構造の有無にかかわらず同等のまま、発光特性は全光束で約1.6倍、発光ピーク波長で約2倍の輝度向上を実証している。

第5章は、安価な製造コストが求められる光学フィルムへの応用を論じている。携帯機器や、カーナビゲーションシステムのような外部環境下で使用するディスプレイ表面の外光反射抑制のため、無数のナノ突起構造を形成したMoth-eyeフィルムを安価に大面積に形成するための作製方法について記述している。EPM法を用いて12インチ基板全面にMoth-eye構造を形成することに成功しており、得られたMoth-eye構造は可視光全域で反射率が0.8%以下と高い反射防止効果を確認している。この基板を原盤として、電気鋳造法によってディスプレイ向け大面積Niスタンパーを作製し、量産性の高い光インプリントによって反射防止効果の高いMoth-eyeフィルムを作製することに成功している。

第6章は、EPM法を用いた新規ナノ構造材料の開発について論じている。光学デバイスに用いられている酸化物透明導電材料の代替として、レアメタルフリーで低抵抗な新規透明電極材料であるAl薄膜にナノ開口を設けたAlナノメッシュ電極を検討している。EPM法を用いた作製手法を開発し、その構造と光学特性の関係を明らかとしている。

第7章は、結論であり、本研究で得られた結果を総括し、ナノ粒子を用いた超微細加工技術の位置づけと今後の方向性を示している。

本論文は、ナノ材料の自己組織化を利用して新規微細加工プロセスを開発し、新しい方法論によりデバイス試作までを行なっており、化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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