学位論文要旨



No 217659
著者(漢字) 磯村,典武
著者(英字)
著者(カナ) イソムラ,ノリタケ
標題(和) TiO2(110)上原子数制御白金クラスタの状態とその触媒活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217659
報告番号 乙17659
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17659号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 山田,淳夫
 東京大学 准教授 久保田,純
 理化学研究所 理事 川合,眞紀
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、原子数を制御した白金(Pt)クラスタをTiO2(110)表面上に堆積し、その試料を用いて調べたクラスタの幾何構造、電子状態およびその触媒活性に関する研究成果をまとめたものである。

自動車の排気ガスの中には、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物などの大気汚染物質が含まれている。地球環境保全の観点から、これらを低減するための排気浄化触媒は必要不可欠なものとなっている。この触媒には、白金、ロジウム、パラジウムなどの貴金属が多く使われている。ところが、貴金属は限りある資源であり、永続的に使い続けられるようにしなければならない。したがって、貴金属使用量の低減は急務であり、少ない貴金属量で高活性な触媒の開発が急がれる。

自動車用排気浄化触媒は、金属酸化物担体とその表面上に担持された貴金属ナノクラスタから成る。これまでは、貴金属、担体、添加物などの種類や組成を制御することによって、貴金属粒子径を小さくし触媒活性を向上することができた。ところが、貴金属粒子径を小さくしていくと、表面の原子数が数えられるほどに少なくなってくる。金属単結晶表面において同じ金属の異なる結晶面で触媒活性が異なるように、クラスタ上での反応も原子配列などの幾何構造に影響される可能性がある。したがって、どの構造のクラスタでどのような反応が起きているかという反応機構が重要となり、それを解明することによって高活性な触媒の開発に繋がると考える。

本研究の狙いは、原子数の揃ったクラスタを担持した試料を用いて、金属酸化物表面上の金属クラスタにおける反応機構の解明に繋げることである。また、クラスタの最適サイズあるいはその状態を触媒設計指針として提案することも目指している。目的は、TiO2(110)上原子数制御Ptクラスタの状態とその触媒活性との関係を明らかにすることである。

本論文は、全6章から構成されている。

第1章では、自動車用排気浄化触媒に使用される貴金属量低減の必要性、クラスタの定義、従来の研究例、および本研究の狙いと目的を示した。

第2章では、クラスタの状態とその触媒活性を調べる際に用いる試料の作製装置である原子数制御金属クラスタ堆積装置の詳細、およびその装置を用いて生成したPtクラスタイオンの特性についてまとめた。使用したマスフィルタで選別できる質量数の上限にあたるPt20+までのPtクラスタイオンが生成できることを確認した。また、クラスタイオンの基板表面への堆積の際に、クラスタが分解しないソフトランディングが可能であることを確認した。

第3章では、カーボンナノチューブ探針を用いた走査トンネル顕微鏡(STM)の原子分解能観察によって、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御Ptクラスタの幾何構造およびその原子数依存性を調べた結果をまとめた。クラスタ中の原子配列が識別できる明瞭な原子像が得られ、クラスタの幾何構造がその原子数に強く依存することがわかった。Pt7以下のサイズの小さいクラスタは平面構造をとり、Pt8で3次元構造へ遷移した。このように、表面上原子数制御クラスタの原子分解能STM像の取得に初めて成功し、TiO2(110)上Ptクラスタの幾何構造を特定した。

第4章では、X線光電子分光法によって、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御Ptクラスタの電子状態およびその原子数依存性を調べた結果をまとめた。Pt内殻準位シフトが観測され、そのシフトはクラスタの原子数に強く依存した。Pt7以下とPt8以上のサイズのクラスタとでは、原子数に対するシフトの傾きが異なった。TiO2上原子数制御Ptクラスタの内殻準位シフトが、原子分解能STM観察によって直接得られたクラスタの幾何構造と密接に相関していることを見出した。

第5章では、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御PtクラスタのCO酸化活性について調べた結果をまとめた。基板上金属クラスタのような真空下で物理的な方法によって作製した試料において、真空中で反応セル内に封止することによって実際の触媒動作雰囲気に近い状態で反応測定ができる装置を作製した。クラスタサイズを変えた反応測定に先立ち、単結晶基板表面に堆積したクラスタという極微量試料での反応測定ができることを確認した。また、反応測定中にクラスタサイズが変わらないことを確認した。このようにクラスタの反応測定ができることを確認した後、反応速度のクラスタサイズ依存性を調べ、その結果から活性化エネルギーを求めた。Pt7とPt8の活性化エネルギーには、大きな差が見られた。触媒活性とクラスタの幾何構造が密接に相関し、3次元構造の第2層Pt原子、およびO2解離サイトとして知られるPt hollowサイトが重要な役割を担っていることを示した。

第6章では、TiO2(110)上原子数制御Ptクラスタの状態とその触媒活性について整理し、本研究の意義を総括している。

以上、本研究によりTiO2(110)上原子数制御Ptクラスタの幾何構造、電子状態およびその触媒活性を明らかにした。これは、クラスタの原子数を個数単位で制御したことに加え、クラスタの状態とその触媒活性との関係を明らかにしたことに意義がある。なぜなら、原子数が数から十数個というクラスタでは、原子数が1個変わるだけで幾何構造を初めとしたその状態が大きく変わるからである。また、原子レベルでクラスタの幾何構造を特定した上で、その触媒活性を調べた研究例は他にない。本研究は、自動車用排気浄化触媒に代表される担持金属クラスタにおいて、その触媒反応機構の解明に繋げるアプローチの1つを提示できたと考える。また、本研究で得られた成果は、触媒工学に対して次に示すインパクトを与えたと考える。従来行われてきた真空下での表面科学的な反応解析法と異なり、実際の触媒動作雰囲気に近い状態での基板上原子数制御クラスタの触媒活性を明らかにしたことから、貴金属クラスタの厳密な原子数制御による触媒活性の大幅な向上への可能性をより現実的なものにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「TiO2(110)上原子数制御白金クラスタの状態とその触媒活性に関する研究」と題し、原子数を制御した白金(Pt)クラスタをTiO2(110)表面上に堆積し、その試料を用いて調べたクラスタの幾何構造、電子状態およびその触媒活性に関する研究成果をまとめたものである。本論文は和文で書かれており、6つの章から構成されている。

第1章には、自動車用排気浄化触媒に使用される貴金属量低減の必要性、クラスタの定義、従来の研究例、および本研究の狙いと目的が述べられている。

第2章には、クラスタの状態とその触媒活性を調べる際に用いる試料の作製装置である原子数制御金属クラスタ堆積装置の詳細、およびその装置を用いて生成したPtクラスタイオンの特性についてまとめられている。使用したマスフィルタで選別できる質量数の上限にあたるPt20+までのPtクラスタイオンが生成できることを確認したことについて記されている。また、クラスタイオンの基板表面への堆積の際に、クラスタが分解しないソフトランディングが可能であることについても述べられている。

第3章には、カーボンナノチューブ探針を用いた走査トンネル顕微鏡(STM)の原子分解能観察によって、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御Ptクラスタの幾何構造およびその原子数依存性を調べた結果がまとめられている。クラスタ中の原子配列が識別できる明瞭な原子像が得られ、クラスタの幾何構造がその原子数に強く依存することについて議論されている。Pt7以下のサイズの小さいクラスタは平面構造をとり、Pt8で3次元構造へ遷移することを見出したことが記されている。このように、表面上原子数制御クラスタの原子分解能STM像の取得に初めて成功し、TiO2(110)上Ptクラスタの幾何構造を特定したことが述べられている。

第4章には、X線光電子分光法によって、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御Ptクラスタの電子状態およびその原子数依存性を調べた結果がまとめられている。Pt内殻準位シフトが観測され、そのシフトはクラスタの原子数に強く依存していることが議論されている。Pt7以下とPt8以上のサイズのクラスタとでは、原子数に対するシフトの傾きが異なることが述べられている。TiO2上原子数制御Ptクラスタの内殻準位シフトが、原子分解能STM観察によって直接得られたクラスタの幾何構造と密接に相関していることを見出したことを成果として述べている。

第5章には、TiO2(110)表面上に堆積した原子数制御PtクラスタのCO酸化活性について調べた結果がまとめられている。基板上金属クラスタのような真空下で物理的な方法によって作製した試料において、真空中で反応セル内に封止することによって実際の触媒動作雰囲気に近い状態で反応測定ができる装置を作製したことについて説明されている。クラスタサイズを変えた反応測定に先立ち、単結晶基板表面に堆積したクラスタという極微量試料での反応測定ができることを確認されている。また、反応測定中にクラスタサイズが変わらないことも確認されている。このようにクラスタの反応測定ができることを確認した後、反応速度のクラスタサイズ依存性を調べ、その結果から活性化エネルギーが求められている。Pt7とPt8の活性化エネルギーには、大きな差が観測されたことが記されている。触媒活性とクラスタの幾何構造が密接に相関し、3次元構造の第2層Pt原子、およびO2解離サイトとして知られるPt hollowサイトが重要な役割を担っていることが示されている。

第6章には、TiO2(110)上原子数制御Ptクラスタの状態とその触媒活性について整理し、本研究の意義が総括されている。

以上要するに、本論文はTiO2(110)上の原子数制御Ptクラスタの幾何構造、電子状態およびその触媒活性について研究した成果をまとめたものである。クラスタの原子数を個数単位で制御したことに加え、クラスタの状態とその触媒活性との関係を明らかにしたことで金属クラスタ粒子の触媒作用について意義の深い知見を与えるものである。本研究は、自動車用排気浄化触媒に代表される担持金属クラスタにおいて、その触媒反応機構の解明に繋げるアプローチの1つを提示している。自動車用排気浄化触媒に代表される担持金属クラスタの原子レベルでの理解は、より高い有害成分除去性能をもつ触媒の開発につながるもので、環境浄化への社会的な貢献も大きい。触媒工学および化学システム工学の進展に大いに貢献するものであると判断される。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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