学位論文要旨



No 217660
著者(漢字) 八木,雅浩
著者(英字)
著者(カナ) ヤギ,マサヒロ
標題(和) 原子力機微技術開発成果の適切な保護制度に関する研究
標題(洋)
報告番号 217660
報告番号 乙17660
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17660号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関村,直人
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 長崎,晋也
 東京大学 教授(委嘱) 久野,祐輔
 東京大学 准教授 木村,浩
 東京大学 教授 古田,一雄
内容要旨 要旨を表示する

1.本論の目的と問題意識

国際社会において核不拡散への関心が高まりを見せ、機微技術の流出防止を含む確実な核拡散防止のための行動が求められている中、我が国では、ウラン濃縮・使用済燃料再処理技術といった原子力関連機微技術開発が進められており、その成果の特許出願が多数なされている。

我が国特許制度では、出願全件についてその詳細な技術情報を含む情報が全世界に公開されることとなっている。他方、外国為替管理法による安全保障貿易管理体制ではかかる特許出願情報は「公知の情報」として規制対象から除外されており、原子力関連機微技術を含む発明が特許出願された場合、我が国法制度に基づいたdue processにより国外に流出し、結果として国際社会の平和維持に悪影響を与えかねない。

本論では、このような問題意識の下、関連法制度や核不拡散の国際動向、機微技術開発の動向等広範な分野について学術的な調査・検討を行い、核不拡散上の要求と我が国の現行特許制度の不整合を指摘した上で、核不拡散上の要求と整合する我が国が導入すべき秘密特許制度の制度設計の骨格を示し、併せてその具体的制度設計とその検証を行うことを目的とした。

2.民生用原子力関連機微技術の核不拡散における重要性、その保有・拡散防止に向けた国際的な取り組みと実態

第2章では、民生用の原子力関連機微技術の核不拡散上のインパクトについて述べるとともに、それを巡る核不拡散の観点からの国際的な情勢について取りまとめた。

比較的小規模な民生用濃縮施設であっても核兵器級ウランを短期間で製造できること、かかる遠心分離器技術は汎用技術の応用であること、さらには世界のプルトニウムの多くが民生用施設に由来しそのストック量が増大しているなど、民生用原子力関連機微技術は核不拡散上大きなインパクトがあることを示した。

続いて、国際的な核不拡散体制の問題点の顕在化、核テロリズム防止に向けた国際的な関心の高まりやエネルギー情勢を背景とした民生用原子力関連機微技術を巡る国際的な取り組みや各国の動向を概括した。

NPTによる核不拡散体制が潜在的に抱える問題点の顕在化により、国際社会では原子力関連機微技術について、NSG等を通じた拡散防止とともに核燃料供給保証の代償として原子力関連機微技術の開発・保有の放棄が提案されているなど、その補完的手段によりかかる機微技術保有国拡大防止策が講じられている。その一方でウラン燃料の逼迫化を踏まえ、多くの国がかかる技術の保有意図を宣言するなど、保有国拡大防止とは逆の情勢となっている。このような中、高度な機微技術情報を保有・開発している我が国はその厳格な流出防止が求められることを指摘した。

3.原子力関連機微技術開発成果の取扱いに関する現行法制度の整理

第3章では、原子力の機微技術を取り巻く我が国関連法制の概要をとりまとめた。

技術情報等の貿易上の取扱いについてはNSGを中心とする安全保障貿易管理規制下に置かれ、濃縮・再処理技術の輸出については非常に厳しい規制がかけられている一方、公開特許情報等「公知の技術」はかかる法規制の適用除外となっている。

技術開発成果は特許法により発明内容の公開との代償で排他的独占権が付与され保護されるが、全ての出願は第三者が当該発明を実施可能な程度の詳細な技術情報を明細書として提出することが法制度上求められる。かかる情報は特許付与時だけでなく出願後1年6ヶ月後に全件がインターネットにより全世界に公開され、これによる技術流出の可能性が我が国政府やアメリカ議会においても指摘されている。

このように現行制度では、原子力関連機微技術を含む特許出願がなされると、特許制度により不可避的に公開され、当該情報が核不拡散上の懸念国に対して流出する危険性があることを指摘した。

4.我が国法制度の欠缺による民生用原子力関連機微技術の意図しない流出の危険性を踏まえた課題設定

上述の問題点を踏まえ、第4章では、大量破壊兵器への転用の危険性が高い原子力機微技術を含む特許出願がなされた場合の政府の対応策を調査した。

特許出願による大量破壊兵器の拡散を助長する恐れを指摘しながらも個々の判断による特許取得の自粛を求める経済産業省のガイダンスの発出が政府の唯一の対応であるが、行政指導であることによる強制力の欠如や、同種の発明をした場合はガイダンスを無視して出願した者が特許権を得られることから、それに従って特許出願を自粛した者が損をする仕組みであること、現に数百の機微な出願・公開されているなど実効性に乏しいことなど、核不拡散上有意な制度となっていないこと、また特許出願の自粛は健全な技術開発サイクルの確保や研究者のモチベーション維持の観点から大きな弊害となることを指摘した。

以上のような点を踏まえ、本論における課題を、原子力関連機微技術開発を進める上で必要な、核不拡散と整合的な特許制度の政策提言と設定し、具体的には

・機微技術に関する民間企業の特許出願状況の調査

・海外諸国における公知の技術を適用除外とする輸出管理法制の穴を埋める措置の調査

・海外諸国が導入している制度と我が国の現行制度との比較

等の調査を行うことにより、

・公知の技術に係る関連法制の穴を埋める規制制度の我が国への導入必要性の検討

・かかる規制制度の我が国現行法制との整合性

・かかる規制制度導入に必要な周辺制度の検討

・国際的なハーモナイゼーションの在り方と国際的組織の果たすべき役割

を行い、その検証を行うこととした。

5.特許出願における公開の例外措置に関する事例研究

第5章では、課題設定に基づき、特許出願された情報が広く公知の情報とならないような仕組みにつき検討を行い、海外における「秘密特許制度」が有効であること、その概要及び海外における導入状況につき55カ国の法制度についての調査と我が国制度との比較を行った。

その結果、秘密特許制度は機微な分野の情報を含む特許出願については国益の観点から公開代償の例外として公開せず、当該技術や発明について法的な保護を与える仕組みであり、先進国はほとんど採用していること、特に高度な原子力技術保有国は日本以外は全て導入していることが明らかとなり、各国は機微な出願については非公開措置を講じた上で残りの全件を公開しており、我が国のような全件公開主義とは大きく異なっていることがわかった。

このような国内外の秘密特許制度の調査を踏まえ、同制度の我が国への導入の可能性と必要性の検討を行った。導入可能性については、第二次大戦中まで実運用した経緯と戦後の制度廃止の経緯等から法律の構成上再導入は可能であると判断した。また、導入の必要性についても、現行特許制度の全件公開主義の核不拡散の観点からの問題や、公開回避のための特許出願自粛による技術開発サイクルの歪みや研究者意欲の低下といった問題、海外での導入実績等を踏まえると、国際的な制度的ハーモナイズを行うためには類似制度の導入が必要との結論に至った。

6.我が国が導入すべき秘密特許制度の詳細な設計

以上のような検討結果を踏まえ、第6章において、海外における先行事例を参考にするだけでなく、我が国における現行特許制度や類似現行制度、他法令との比較検討、特許制度の運用に関与することとなる国、出願者、潜在的後願者のニーズ等を想定し、我が国が導入すべき実施可能な秘密特許制度の具体的な制度設計を行った。

我が国意匠制度には、公開による情報流出を防止する目的で意匠権を付与されても最長3年公開を免れる「秘密意匠制度」が存在することに着目し、同制度の存在自体が、公開代償の原則に関わらず公開の弊害がある場合は例外が認められることの証左であることを指摘した上で、非公開による後願者の「意図しない侵害」を排除するための秘密意匠の措置は秘密特許にも有用である一方で、秘密期間中の形式情報のみを公開については、意図しない侵害や研究者の引き抜きによる技術流出の懸念があることから、秘密期間中は「発明の要約書」のみを公開し、詳細な技術情報や形式情報も公開しないことを提案した。また特許庁にクリアリングハウス機能を課し、非公開による懸念の払拭を図ることを提案した。

また出願者の予見可能性確保の必要性を示し、秘密指定される可能性がある技術分野について、核不拡散の実行法である外為法の該当条文を特許法に引用することや特許付与型の秘密特許とすることで予見可能性を確保すべきこと等を提案した。さらに、民間企業の研究開発促進の観点から、NSG等における国際的な制度的ハーモナイズの実施や、アメリカとの間で日米防衛特許協定と同種の協定を締結している14カ国との間でのクロス協定締結により自由度の高い制度とすることを提案した。

7.設計した秘密特許制度の検証

第7章では、設計した秘密特許制度について、その導入必要性などとは別の観点から再検証した。

今回設計した制度は、海外主要国の制度と比較して、行政サイドの負荷が高く国家補償の面では劣るものの、制度的予見可能性や非公開のデメリットの払拭、行政の恣意性の最小化といった点で優れており、機微な出願情報を一時的に公開しないことについては公開代償の原則に矛盾しないこと、情報公開法と整合することやTRIPs協定やPCT条約においてもかかる手段は明示的に認められていることを示し、秘密特許制度の導入について法制面での問題がないことを示した。

最後に、秘密特許制度導入の目的は、同制度が軍国主義の復活や先端技術の囲い込みによる国際競争力維持ではなく日本の制度的欠缺による原子力関連機微技術の流出に伴う国際平和への悪影響防止であることを国民に説明し理解を得る重要性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

国際社会では核不拡散への関心が高まりを見せ、各国における機微技術の流出防止を含む確実な核拡散防止のための行動が求められている。本論文は、特許制度並びに、安全保障貿易管理、核不拡散の国際動向や機微技術開発の動向等について学術的な観点から調査・検討を行い、我が国の現行特許制度と核不拡散上の要求の不整合を指摘した上で、核不拡散上の要求と整合する我が国が導入すべき秘密特許制度の制度設計の骨格を示して、併せてその具体的制度設計とその検証を行うことを目的としている。

本論文は、全8章からなり、第1章において原子力関連機微技術開発成果に関連する核不拡散上の重要性とその拡散防止に向けた国際的な枠組みを整理して問題意識を論じ、研究の目的をまとめている。第2章において民生用原子力関連機微技術の核不拡散上のインパクトを提示した上で、国際社会における核不拡散の動きの一方で機微技術を保有しようとする国が増加傾向にあることを示し、民生用原子力関連機微技術の核不拡散における重要性、その保有・拡散防止に向けた国際的な取り組みと実態をまとめている。第3章においては、機微技術開発成果の取り扱いに関する現在の制度を防衛機管理と各種法規、知財保護の観点を踏まえて整理し、その特許枠組みに関する問題点を俯瞰している。第4章では我が国における機微技術の出願状況の調査を行った上で、行政指導ベースの政府の対応策の問題点を抽出した上で、我が国法制度の欠缺による民生用原子力関連機微技術の意図しない流出の危険性を踏まえた課題を設定している。

第5章では、我が国が導入すべき秘密特許制度の制度設計について論じている。本検討に当たっては、海外における先行事例を参考にするのみならず、現行特許制度や我が国における類似現行制度、他法令との比較検討、特許制度の運用に関与することとなる国、出願者、潜在的後願者も含む後願者のニーズ等を想定し、特許出願における原子力関連機微技術の保秘に資する制度設計に成功している。これらを受けて、第6章は、秘密特許制度の骨格を論じており、国内類似制度の分析と特許への応用可能性の検討を踏まえて、関係主体のニーズを踏まえた制度骨格を具体的に検討している。

第7章は、第6章で設計した特許制度を多面的に検証している。海外主要国の制度と比較して、行政サイドの負荷が高く国家補償の面では劣るものの、制度的予見可能性や非公開のデメリットの払拭、行政の恣意性の最小化といった観点で優れた制度であることを示している。秘密特許制度の国内現行法制度との整合性については、提示した制度が特許制度の根幹と言われる公開代償の原則に矛盾するものではないことを論じている。機微な出願情報を公開しないことについての我が国情報公開法との整合性についても、同法第5条の規定から整合的である旨を指摘して、PCT条約等においてもこのような手段は明示的に認められていることを提示し、我が国が秘密特許制度を導入することの法制面における問題がないことを論じている。さらに、我が国が特許付与型秘密特許制度を導入することの日米防衛特許協定との整合性についても検証を行い、国際的な制度的ハーモナイゼーションを採った上で可能な限り前広な出願ができる体制を構築することが、当該分野の民間企業の研究開発促進の観点から重要であるとの認識を示した上で、NSG等における国際的な制度的ハーモナイズ努力の実施や、アメリカとの間で日米防衛特許協定と同種の協定を締結している14カ国との間でのクロス協定締結による自由度の高い機微技術の秘密特許制度化を提案している。さらに制度導入に当たって留意すべき点につき検討し、制度的欠缺による原子力関連機微技術の流出に伴う国際平和への悪影響防止という国際社会の一員である我が国の責務の遂行が目的であることを広く国民理解を得ることが不可欠であること、そのため秘密対象分野の安易な拡大を慎み、厳格な制度運用と成果の広報を十分に行うことの重要性も提示している。

以上の成果について、第8章においてとりまとめを行い、今後の課題について提示している。

以上を要するに、本論文は総合的かつ学際的な原子力工学の学術に寄与するところが少なくない。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として工学と認められる。

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