学位論文要旨



No 217663
著者(漢字) 宮原,盛雄
著者(英字)
著者(カナ) ミヤハラ,モリオ
標題(和) 温室効果ガス抑止のための窒素バイオマス浄化システムの開発
標題(洋)
報告番号 217663
報告番号 乙17663
学位授与日 2012.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17663号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 若木,高善
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 准教授 石井,正治
 東京大学 准教授 伏信,進矢
 筑波大学 教授 高谷,直樹
内容要旨 要旨を表示する

亜酸化窒素 (N2O) は主要な温室効果ガスの一つであり、その大気中濃度は炭酸ガスやメタンなど他の温室効果ガスとともに上昇の一途をたどっている。N2Oは炭酸ガスの300倍の温室効果を持ち、フロンガスの生産が停止された現在、オゾン層破壊の最大の元凶にもなっている。N2O濃度上昇は地球環境にとって最大の脅威の一つとなっており、その発生抑止は人類の緊急課題である。N2Oは主に廃水処理の窒素除去工程で大量に発生する。窒素除去工程は、NH4+からNO2-を経てNO3-にまで酸化する好気的な硝化過程と、NO3-を窒素ガス(N2)にまで還元する嫌気的な脱窒過程よりなり、排水中の窒素はN2となって除かれる。しかし、これら硝化および脱窒の両過程においてN2Oが副産物として発生するため、処理方法の改善が求められている。脱窒過程におけるN2O発生は、脱窒の最終段階を担う亜酸化窒素還元酵素(NoS)がO2に弱いため、不十分な嫌気条件下でのNoSの失活が主原因であると考えられている。高谷らは2003年に酸素耐性のNoSを有する好気脱窒細菌Pseudomonas stutzeri TR2 (TR2株) を単離した (引用文献1)。TR2株はある程度の好気条件 (溶存酸素濃度1.25 mg L-1) でもN2Oが発生しにくく、高い脱窒能を維持するという特徴を持つ。TR2株を廃水処理過程において添加、定着させ、その機能を発揮させること (バイオオーグメンテーション) ができれば、N2Oの発生を低減できる可能性がある。このような手法によるN2O発生の低減の取り組みはなされていないため、本研究では高濃度のアンモニアを含む豚糞尿のメタン発酵後残渣を処理対象とし、TR2株を用いて「低N2O発生の窒素バイオマス浄化システムの構築」に取り組んだ。これに加え、「活性汚泥中での硝化細菌とN2O発生の関連」、「脱窒細菌と放線菌の共培養による脱窒活性増強因子」も明らかにした。

【第1章】 実際に現場で稼働している液量約220 m3 の硝化と脱窒をひとつの槽で繰り返し行う間欠曝気式硝化脱窒による浄化槽 (実機) の運転条件、液相の組成、N2Oの発生量を調査した。その結果、浄化槽で検出されたN2Oの濃度は、液中のNO3-とNO2-の増減と同様の挙動を示した事から、硝化や脱窒による生物反応でN2Oが発生していることが示唆された。この時の液相は、NO3-やNH4+の蓄積が確認され、N2Oが発生した。これらの蓄積は脱窒工程の脱窒電子供与体 (炭素源) の不足や硝化工程の通気量の不足によることが示唆された。

【第2章】実機の運転条件ではNO3-等の無機窒素が蓄積していたため、それらが蓄積していない"定常運転条件"でもN2O発生を調べる必要があった。そこで、より扱いやすいベンチスケール (液量30 L) の膜分離回分型反応槽 (MSBR) を用いて定常運転条件を確立し、MSBRからのN2O発生量を測定した。廃水に15NH4Clを添加した結果、MSBRの気相に15Nとして検出されたが15N2Oは検出されなかった。このことから、TR2株の添加効果を検証するためには、実機を模した (ある程度定常運転条件を崩した) "モデルN2O発生系"の構築が必要であった。

【第3章】TR2株を添加するモデルN2O発生系を構築するために、実機で確認された主なN2O発生条件である、脱窒工程を微好気 (低通気) にした"微好気脱窒条件"と、炭素源の添加量を減らした"低BOD/N条件"でMSBRを運転した。その結果、微好気脱窒条件の方が低BOD/N条件よりもN2Oの発生量は多かった。その理由として、前者の方が後者よりも報告されているN2Oの発生に関与する因子 (NoSの失活、アンモニア酸化細菌の脱窒、NO2-の蓄積、溶存態のN2Oの気相への排出等) が多いことが考察された。このように実機のN2O発生条件が、MSBRの運転でも再現され、TR2株添加のためのモデルN2O発生系となることが示された。

【第4章】MSBRで浄化処理した処理水を主成分とするML培地中でのTR2株の生育と、脱窒特性を試験管スケールで検討した (引用文献2)。その結果、(i) 微好気条件でも脱窒活性が強く、N2O発生量が低い、(ii) 脱窒条件下の増殖速度は好気条件下の増殖速度に匹敵するほど高い、(iii) 毒性があり、かつN2O発生因子である亜硝酸に対して耐性であり、それを至適の脱窒基質として利用する、(iv) 脱窒基質としてN2OとNO2-の両基質が存在する時、N2Oを優先的に脱窒する (図1)、(v) 活性汚泥から発生するN2Oを低減する、などの特徴が示された。その理由として、興味深いことにNoS遺伝子が非脱窒条件下でも構成的に発現すること、脱窒関連遺伝子の発現が脱窒条件により速やかに誘導されることが明らかとなった。そして、脱窒細菌の中には、TR2株のように酸素呼吸よりも脱窒を好むことで生存する適応戦略を有する細菌が存在することを証明した。

【第5章】TR2株の効果を活性汚泥内で発揮させるためには、微生物群集内で優占化させることも重要となる。そこで、試験管スケールでTR2株をML培地中で活性汚泥と共培養し、5回の継代培養を行い評価した (図2) (引用文献3)。その結果、(i) ML培地は脱窒条件でTR2株およびその近縁な種の増殖に適していた、(ii) 脱窒基質の中ではNO2-の方がNO3-よりもTR2株の生残は良かった、 (iii) 連続的な好気条件下でも、この培地中のTR2株はある程度生残していたが、5回目の継代培養ではほぼ消失していた。

【第6章】第3章で検討したMSBRでのモデルN2O発生系に、第4、5章で明らかとなったTR2株の生残条件を組み合わせた間欠曝気式硝化脱窒による運転系を構築し、そこにTR2株の添加を試みた。MSBRから活性汚泥を一定量引き抜くことによってNO3-の蓄積条件からNO2-の蓄積条件に変化させることが可能になった。TR2株を一定期間ごとに添加し (湿重量に対して1%)、N2O発生の低減効果とTR2株の生残性を検討した。この時、硝化工程、脱窒工程の通気量は最低限にした。その結果、N2Oの発生量は、TR2株を添加してもほとんど変化しなかったものの、NO2-蓄積条件では、TR2株添加条件でNO3-とNO2-の除去量が増加したため、N2Oへの転換率は低減された。また、TR2株の生残性は、NO3-よりもNO2-蓄積条件が良く、汚泥濃度が低い方が良かった。しかし、全体的に添加後のTR2株の菌数は減少傾向にあり定着が確認されなかった。活性汚泥に原生動物が存在していたことから、TR2株が定着せずN2O低減効果が低い原因として原生動物による捕食が示唆された。

【第7章】TR2株のN2O低減効果をより明確に示すため、亜硝酸を外部から添加した模擬脱窒槽 (液量約1 L) へのTR2株の添加、連続培養を試みた (図3)。この時、汚泥滞留時間を短く (5日間) して捕食性原生動物を洗い流し、汚泥濃度を低く維持した。その結果、TR2株添加によるN2O低減効果が明確に示され、かつ同細菌の生残性も維持された。特に、少量の添加 (汚泥湿重量の0.1%添加) でTR2株が約100倍に増殖していた。TR2株の至適条件(低い汚泥濃度、低い原生動物数、亜硝酸脱窒条件)を満たしたことが、定着と顕著なN2O低減につながったと考えられる。

【第8章】本研究の集大成として約10 m3のプラントスケールの浄化槽へTR2株を添加し、N2O低減効果と生残性を検証した。TR2株はNO2-を脱窒基質とした時は40℃前後でも生育可能であり、この特徴を利用して系内の原生動物の捕食活動を抑えることを試みた。硝化槽と脱窒槽が別々にある二槽液循環式の亜硝酸型硝化脱窒法と熱処理を組み合わせた運転によって亜硝酸を蓄積 (または外部から亜硝酸を添加) させ、N2Oを発生させた。そこにTR2株の濃縮培養液を脱窒槽に添加した (活性汚泥重量の0.2%)。N2Oの発生は一旦上昇したもののすぐに低下し、TR2株は長期間 (32日間) 生残を維持していた。このことから、TR2株の添加による持続的なN2O抑止効果が示唆された。そして、系内の水温を通常よりも高く (約40℃) 保つことによって捕食性原生生物も増加しなかった。NO2-の蓄積と高温状態の維持という2つの選択圧が、TR2株の生残性の維持と原生生物の増加抑制に効果的であることが示唆された。

TR2株を用いた「低N2O発生の窒素バイオマス浄化システムの構築」では、亜硝酸型硝化でNO2-が蓄積した脱窒槽からのN2O発生を、TR2株の添加によって低減できることを示した。亜硝酸型硝化脱窒法は効率的な窒素除去であり近年注目されているが、N2O発生が増大しやすい点が懸念される。この技術に適用可能なN2O発生の低減対策を示した例は知る限りは他に無く、このような技術の更なる改善していきたい。

【第9章】実機 (第1章) やMSBR (第3章)の運転過程で硝化由来のN2O発生が確認された。しかしながら、活性汚泥中での硝化細菌とN2O発生の関連については明らかではない。そこで、モデル硝化系 (容積1 Lの反応槽を使用) を構築し、そのN2O発生のメカニズムを明らかにした (引用文献4)。モデル硝化系 (通気条件) におけるN2Oの発生は、硝化基質 [NH4+ またはNH2OH(ヒドロキシルアミン)] が消費されていくにつれて減少した。また、NO2-をモデル硝化系に添加すると、N2O発生は大幅に促進されたことから、N2Oは脱窒由来の反応で生じていることが示唆された。実際にN2O発生が脱窒由来であるかを確認するため、銅含有亜硝酸還元酵素 (NirK) の阻害剤であるdiethyldithiocarbamateを添加した。その結果、NH2OH酸化由来のN2Oが発生しなくなった。さらに、アンモニア酸化細菌のNirKをコードする遺伝子の発現が硝化条件の活性汚泥から確認された。以上の結果は、硝化過程からのN2O発生は活性汚泥内に生息するアンモニア酸化細菌による脱窒、という強い根拠となった。

【第10章】バイオオーグメンテーションをした細菌の栄養条件が合わずに十分な脱窒をしにくいことがある。これを他の微生物との共添加をすることで克服できることを発見した。それはRalstonia pickettii K50 (K50株) は人工廃水 (AWW) 培地を用いてStreptomyces griseusと共培養することで、K50株の脱窒活性が大きく促進されることである (引用文献5)。この活性を促進する多くの因子はS. griseusの無細胞培養液に含まれる高分子画分であり、それは細胞外プロテアーゼであることが示唆された。さらに調べていくと、プロテアーゼ処理したAWW培地でK50株を培養した時、十分に脱窒を促進し培地中のアミノ酸の関与が示唆された。そこで、20種類のアミノ酸添加の脱窒への影響を試したところ、ヒスチジンが特にK50株の脱窒を促進した。以上の結果はヒスチジンが細菌の脱窒の新しい促進物質である事を示した。

1. Takaya, N., M. A. Catalan-Sakairi, Y. Sakaguchi, I. Kato, Z. Zhou, and H. Shoun. (2003) Aerobic denitrifying bacteria that produce low levels of nitrous oxide. Appl. Environ. Microbiol. 69, 3152-3157.2. Miyahara, M., S. W. Kim, S. Fushinobu, K. Takaki, T. Yamada, A. Watanabe, K. Miyauchi, G. Endo, T. Wakagi, and H. Shoun. (2010) Potential of aerobic denitrification by Pseudomonas stutzeri TR2 to reduce nitrous oxide emissions from wastewater treatment plants. Appl. Environ. Microbiol. 76, 4619-4625.3. Miyahara, M., S. W. Kim, S. Zhou, S. Fushinobu, T. Yamada, W. Ikeda-Ohtsubo, A. Watanabe, K. Miyauchi, G. Endo, T. Wakagi, and H. Shoun. (2011) Survival of the aerobic denitrifier Pseudomonas stutzeri strain TR2 during co-culturing with activated sludge under the denitrifying conditions. Biosci. Biotechnol. Biochem., in press.4. Kim, S. W., M. Miyahara, S. Fushinobu, T. Wakagi, and H. Shoun. (2010) Nitrous oxide emission from nitrifying activated sludge dependent on denitrification by ammonia-oxidizing bacteria. Biores. Technol. 101, 3958-3963.5. Takaki, K., S. Fushinobu, S. W. Kim, M. Miyahara, T. Wakagi, and H. Shoun. (2008) Streptomyces griseus enhances denitrification by Ralstonia pickettii K50, which is possibly mediated by histidine produced during co-culture. Biosci. Biotechnol. Biochem. 72, 163-170.

図1. 14N2Oと15NO2-の両基質が存在する時の脱窒

図2. 活性汚泥との共培養液中のTR2株の生残(一つのバンドは一つの細菌を示す)

図3. 亜硝酸蓄積模擬脱窒槽におけるTR2株添加によるN2O発生抑止効果

審査要旨 要旨を表示する

亜酸化窒素、すなわちN2Oは、温室効果やオゾン層破壊のガスとして知られている。本論文は、廃水処理場から発生するN2Oの削減について取り組んだものである。具体的には、硝化と脱窒をひとつの反応槽で繰り返す間欠曝気処理、または硝化槽と脱窒槽が別々である二槽液循環処理という2通りの廃水処理過程に、N2Oを発生させにくい好気脱窒細菌Pseudomonas stutzeri TR2(TR2株と略す)を添加して、後者の条件で発生するN2Oの低減を達成したもので、序章と総括を除く10章から構成されている。

序章では、削減対象となる豚糞尿廃水処理過程からのN2O発生という問題の提起と、TR2株という好気脱窒細菌を利用した問題解決の可能性について述べている。

第1章では、間欠曝気処理をしている液量約220 m3のプラントスケール浄化槽から発生するN2Oは、微好気脱窒条件と低BOD/N条件が原因であることを示している。

第2章では、液量30 Lのベンチスケールの間欠曝気式膜処理反応槽、すなわちMSBR(Membrane Sequence Batch Reactor, 膜分離回分型反応槽)で確立した、無機窒素の蓄積していない定常運転条件について述べている。この条件ではN2Oが発生せず、ほとんどがN2として脱窒が進んでいることを示している。

第3章では、MSBRの運転条件を微好気脱窒条件、または低BOD/N条件にした時のN2O発生について述べている。両条件でN2Oの発生が確認され、これらはTR2株を添加するN2O発生条件となることが示されている。

第4章では、試験管スケールで検討したTR2株の新たな脱窒特性について述べている。TR2株は、毒性の強い亜硝酸からの脱窒でもN2Oを発生せず、N2Oを優先的に還元する特徴を有し、これはN2O還元酵素の構成的発現によることを明らかにしている。さらに、NO2-を脱窒基質とした活性汚泥との混合培養系でも、TR2株の添加によるN2O発生の低減が示されている。

第5章では、試験管スケールの継代培養で検討したTR2株の活性汚泥内における生残について述べている。TR2株の生残は、好気条件より脱窒条件の方が有利であることが示されている。

第6章では、間欠曝気方式のMSBRを用いて、TR2株の脱窒や生残に有利なN2O発生条件下で、TR2株を添加した実験について述べている。この時のN2O生成量に差が確認されず、添加したTR2株は原生動物に捕食されて減少したことが示されている。

第7章では、運転方法を二槽液循環方式に変更し、それを単純化した液量約1 Lの脱窒槽へのTR2株の添加について述べている。亜硝酸脱窒条件で汚泥滞留時間を短くし、原生動物を洗い流したことで、TR2株の生残とN2O発生の低減効果が明確に示されている。

第8章では、約10 m3の二槽液循環式のパイロットスケールの浄化槽へのTR2株の添加について述べている。TR2株は40℃前後でもNO2-脱窒条件で生育可能である。これらに基づく運転条件にTR2株を添加した結果、系内の原生動物の捕食活動を抑え、TR2株の32日間にわたる長期生残と持続的なN2O低減効果が示されている。

第9章では、容積1 Lの反応槽を用いたモデル硝化系を用いて、硝化由来のN2O発生が活性汚泥中の硝化細菌の脱窒によるものである事を述べている。

第10章では、放線菌のStreptomyces griseusと、脱窒細菌のRalstonia pickettii K50(K50株と略す)の混合培養による脱窒増強メカニズムについて述べている。放線菌の分泌するプロテアーゼは、培地中のアミノ酸の分解を促進し、培地中に不足していたヒスチジンが供給されることでK50株の脱窒を促進した。この結果は、ヒスチジンが細菌の脱窒の新しい促進物質である事を示している。

以上、本論文は、好気脱窒細菌Pseudomonas stutzeri TR2株の新たな脱窒特性を含む生理学的性質を見出し、その効果を引き出せる低N2O発生の廃水処理システムを構築したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士 (農学) の学位論文として価値あるものと認めた。

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