学位論文要旨



No 217674
著者(漢字) 梶原,桂
著者(英字)
著者(カナ) カジハラ,カツラ
標題(和) アルミニウム合金の再結晶方位の形成過程と微量元素の影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 217674
報告番号 乙17674
学位授与日 2012.04.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17674号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 准教授 井上,純哉
 名古屋大学 教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

世界的な地球環境、資源の保護が叫ばれている中、自動車分野では、燃費の向上による排出CO2の削減のため車体の軽量化が進められている。鋼よりも軽量でリサイクル性に優れるアルミニウム合金の適用が進みつつあるが、アルミニウム合金は、鋼に比べて延性が低くプレス成形性に劣るため、適用拡大には成形性の向上、特に、深絞り性の向上が重要である。アルミニウム合金の成形性には、圧延、熱処理過程で形成される特定な結晶方位に配向した集合組織が大きく影響を及ぼしており、典型的には、圧延過程でβ-fiber方位群と呼ばれるBrass方位({011}<211>)~S方位({123}<634>)~Cu方位({112}<111>)の連続した方位群が形成され、これに再結晶熱処理を施すとCube方位({001}<100>)を主方位とする集合組織が形成される。深絞り性の向上にはCube方位を抑制してβ-fiber方位や{111}面を残留・発達させることが有効であるが、Cube方位は、アルミニウム合金の再結晶熱処理で最も強く発達する方位であり、従来その抑制は十分には達成できていない。Cube方位の抑制のためには、冷間加工率の低減や最終焼鈍温度の低減などの方策が考えられるが、強度や成形性などの特性との両立や製品板厚の観点から、冷間加工率や焼鈍条件だけで制御することは難しく、未だ有効な技術指針はない。また、学術研究の面でも、「Cube方位を発達させるための因子」に関するは研究がなされてきたものの、「発達を抑制する因子」についてはほとんど議論されていない。

本研究では、アルミニウム合金の深絞り性の向上のために、再結晶集合組織としてCube方位を抑制し、β-fiber方位ならびに板面方位の{111}面を残留させて発達させる組織制御に向けて、再結晶集合組織の形成過程を詳細に解析するとともに、微量元素であるFeの固溶・析出状態に着目して、再結晶集合組織形成に及ぼす影響の解明と制御因子としての可能性の検討を行った。本論文は、7章から構成される。要約すると、以下の通りである。

第1章では、アルミニウム合金の再結晶組織の形成と制御に関する従来の研究を調査した結果を述べ、本研究の意義と目的を述べた。

第2章では、Cube方位を抑制するための影響因子を明らかにするために、高純度アルミニウムを用いて熱間圧延~冷間圧延~最終焼鈍の一貫工程での組織変化を調査するとともに、最終焼鈍における再結晶集合組織の形成過程をElectron Back Scatter Pattern(EBSP)を用いて詳細に調査した。この結果、Cube方位の発達は、冷間圧延前の熱間圧延板の結晶粒径に影響を受け、その抑制のためには、熱間圧延過程で粗大結晶粒を生成させることによってCube方位の核生成を低減できることがわかった。またCube方位は、再結晶前の冷間圧延集合組織の影響を受け、Brass方位が支配的な場合は、Cube方位の核生成頻度は低いことも見出した。しかしながら、冷間圧延板の組織の全域でBrass方位だけを発達させることは、現実的には難しいことから、現実的には熱間圧延後の結晶粒の粗大化を前提に再結晶過程でCube方位とβ-fiber方位、{111}面粒の成長の競合関係を制御する必要があるとの結論を得た。

第3章では、再結晶過程でCube方位の成長を抑制しβ-fiber方位や{111}面粒を残留させるための影響因子について検討した。Al-3mass%Mg合金を用い、加熱ステージを備えたEBSPによって、再結晶集合組織の形成過程について同一視野内の逐次観察手法を確立し、特定の結晶方位粒の核生成から成長、および収縮、消滅する連続的な挙動を初めて明らかにした。その中で、アルミニウム合金での{111}面粒の生成分布や優先成長の挙動について明らかにするとともに、Cube方位の発達によってβ-fiber方位や{111}面は減少することがわかった。これよりCube方位の成長を抑制することができれば、β-fiber方位や{111}面が残存した再結晶集合組織が形成できるとの指針を提示した。

第4章では、Cube方位の粒成長を抑制する手段として、アルミニウム合金における微量元素であるFeの固溶、析出状態の活用に着目し、その影響を検討した。Feを微量含有する純アルミニウムを用いて固溶、析出状態が異なる試料を作製し、第3章で確立したEBSP観察手法によって再結晶集合組織の形成過程を調査した。その結果、Feの固溶、析出状態の違いが再結晶集合組織の形成過程に影響及ぼすことを初めて見出し、固溶Fe量が約60ppm多い試料では再結晶初期段階でのCube方位の成長が抑制され、β-fiber方位群や板面{111}面粒が増加することを実験的に明らかにした。これらの観察により、再結晶集合組織の形成、特にCube方位粒の成長に対して、Feの析出状態による影響は相対的に小さく、固溶Feの影響が支配的であることを示した。これは、固溶Feによる再結晶温度の上昇による再結晶Cube方位の遅延ならびに固溶Feのドラッグ効果によるCube方位の粒成長抑制により、既に加工組織中に存在するβ-fiber方位粒や{111}面粒が蚕食されず確保できると考えられた。

第5章では、第4章での知見を実際の製造工程に展開するため、Feの固溶・析出状態を定量的に予測するモデルの構築を行った。Fe系析出物のTTP曲線や熱間加工に伴う析出促進効果を考慮したモデルを検討し、第4章と同じくFeを微量含有する純アルミニウムを用いて実験による検証を行った。これにより、アルミニウム合金のFeの固溶、析出状態を定量的に予測できるモデルを初めて構築し、等温熱処理条件や熱間加工条件の変化に伴う固溶Fe量の変化を定量的に予測することが可能になった。これらの定式化から、再結晶集合組織を制御するための固溶Feを確保するための製造工程での温度、時間変化を定量的に予測でき、工程条件の設計に活用できるようになった。

第6章では、本研究で得られた知見を活用した再結晶組織制御を工業的に応用した結果について述べた。実際のアルミニウム合金の製造工程で熱間圧延での組織、Feの固溶量、析出の制御を、絞り加工品の成形性向上、印刷版や建材の表面品質の向上や自動車パネル材の表面品質の向上に適用し、品質向上、生産量の拡大、コスト低減等の実効を得ることができた。絞り加工品では、固溶Feを確保するための製造条件の制御により、最終板でのβ-fiber方位の増加と絞り成形性の向上を実際の製品板で実証することができた。

第7章では、以上の結果を総括した。

以上のように、本論文では、再結晶集合組織の形成過程について、同一視野によるその場観察技術を確立することにより、連続的かつ詳細な方位解析を行い、再結晶集合組織の形成過程を明らかにするとともに、深絞り性を向上させるための理想の再結晶集合組織形態としてCube方位を抑制し、β-fiber方位と板面方位の{111}面を形成させる指針として、固溶Fe量を確保することが有効であることを示した。そして、アルミニウム合金の再結晶集合組織の制御に微量元素のFeの固溶、析出状態の制御を活用することが有効であることを初めて実験で明らかにするとともに、その制御を可能にする予測モデルを確立した。そして、これらの知見を実際のアルミニウム合金の生産技術に応用し、工業レベルで材料の性能向上に繋がることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

世界的に環境・資源問題が深刻化する中、自動車からの排出CO2を削減するために車体の軽量化は急務であり、構造材料として軽量かつリサイクル性に優れるアルミニウム合金の果たす役割は大きい。しかしアルミニウム合金の適用拡大には、プレス成形性、特に深絞り性の向上が必須である。アルミニウム合金の成形性には圧延および熱処理の過程で形成される集合組織が大きく影響を及ぼす。深絞り性を向上するためには再結晶熱処理において発達するCube方位({001}<100>)を抑制し、圧延過程で形成したβ-fiber方位群(Brass方位({011}<211>)、S方位({123}<634>)、Cu方位({112}<111>)の連続した方位群)と板面方位の{111}面を残して発達させることが有効であるが、工業的にその制御は確立されていない。本論文は、これらアルミニウム合金の成形性に関わる再結晶集合組織の形成挙動を解析し、深絞り性の向上に向けた集合組織の制御の指針を明らかにするとともに、その組織制御をアルミニウム合金の微量元素であるFeの固溶・析出によって検討した結果をまとめたものであり、全7章よりなる。

第1章は序論であり、アルミニウム合金の成形性と再結晶集合組織の関係について従来の研究を概説し、深絞り性の向上に有効な集合組織、それを実現する上での課題を抽出して、本研究の目的を明らかにしている。

第2章では、熱間圧延、冷間圧延、焼鈍の一連のアルミニウムの製造プロセス中の集合組織の変化を電子線後方散乱回折像(Electron Back Scatter Pattern、以後EBSP)を用いて明らかにするとともに、焼鈍時の再結晶によるCube方位の生成と成長、その影響因子を検討している。その結果、Cube方位は熱間圧延によって形成される組織の結晶粒界で優先して生成し、熱間圧延組織を粗粒化することで生成が減少すること、熱間圧延後の冷間圧延で組織中に発達するBrass方位によってその成長が抑制されることを見出している。工業的には冷間圧延によって全域にわたる均一なBrass方位を発達させることは難しいため、工業的な組織制御の指針として、熱間圧延組織の粗粒化を図りCube方位の生成を減少させ、更にその成長を抑制する手法が必要であるとの結論に至っている。

第3章では、Cube方位の成長挙動を検討するため、加熱ステージを備えたEBSPによって同一視野内で再結晶集合組織の形成過程を逐次観察する手法を確立している。焼鈍過程の再結晶組織の核生成から成長、圧延集合組織の収縮、消滅の連続的な挙動を明らかにし、Cube方位のみならず、{111}面粒の生成分布や成長挙動を初めて明らかにしている。これより再結晶過程でCube方位の成長が遅い領域ではβ-fiber方位や{111}面が残存して発達することを見出し、Cube方位の成長を抑制することが深絞り性の向上に有効との第2章で得られた指針の妥当性を逐次観察から確認している。

第4章では、Cube方位の粒成長を抑制する手段として、アルミニウム合金において不可避的な微量元素であるFeの固溶、析出状態による制御の可能性を検討している。その結果、固溶Feの増加によって再結晶過程でCube方位の成長が抑制されること、それに伴いβ-fiber方位群や板面{111}面粒が増加することを実験的に示している。Feの析出とCube方位粒の成長には相関がないことから析出による成長抑制は相対的に小さく、Cube方位粒の抑制は、固溶Feによる再結晶温度の上昇による再結晶Cube方位成長の遅延ならびに固溶Feのドラッグ効果が主因と考察している。

第5章では、実際の製造工程に展開するためにFeの固溶・析出状態を定量的に予測するモデルを構築している。Feの各析出物の温度と析出時間を記述する総括速度モデルを実験結果に基づき定式化し、さらにそれらに加工による析出促進のモデルを組み込むことによって、実際のアルミニウム合金の圧延、熱処理の製造工程へ対応可能とし、その妥当性を実験的に検証している。これらモデルの構築によって固溶Feを確保するための工程条件の設計が可能となり、工業的に再結晶集合組織の制御を可能としている。

第6章では、本研究で得られた知見を、工業的に生産されるアルミニウム合金およびその製造に適用した結果、自動車パネル、建材、缶、エレクトロニクス部品などに用いられるアルミニウム合金製品の加工性向上を実現するとともに、中間焼鈍や冷間圧延のパススケジュールの最適化にも適用し、本研究の有用性を確認している。特に絞り加工性が要求されるコンデンサーキャップ用Al-Fe-Si系合金では、固溶Feを確保するため熱間圧延条件の最適化、最終板でβ-fiber方位量の増加と絞り成形性の向上を実証している。

第7章は結論であり、本研究で得られた結果を総括している。

以上を要するに、本研究は、アルミニウム合金の加工性に関わる再結晶集合組織の形成過程を解明し、微量元素であるFeの存在状態を予測・制御することによってアルミニウム合金の特性向上と生産性向上を可能にしており、アルミニウム合金の材料プロセス工学に大きく貢献するものである。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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