学位論文要旨



No 217682
著者(漢字) 福田,淳
著者(英字)
著者(カナ) フクダ,ジュン
標題(和) 社寺林に由来する国有林野の管理経営に関する研究 : 京都市東山国有林・嵐山国有林を対象として
標題(洋)
報告番号 217682
報告番号 乙17682
学位授与日 2012.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17682号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 山本,博一
 京都大学 准教授 川村,誠
 東京大学 准教授 小野,良平
 東京大学 准教授 古井戸,宏通
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、社寺林に由来する国有林において、国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を進める観点から、旧社寺林の取扱に関する歴史的経緯を明らかにするとともに、これまでの取組事例から、国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を図るに当たって考慮すべき点を抽出した。

具体的には、

(1) 社寺保管林制度を中心とする旧社寺林に関する制度の変遷を整理すること

(2) 特定の箇所を対象として、社寺保管林の設定状況・収支状況・処分状況を明らかにすること

(3) 現在、旧社寺林において、どのような形で社寺等との連携が図られているのかを明らかにすること

の3つの課題に取り組んだ。

第1章では、明治4年の「社寺上知令」に始まる旧社寺林の取扱について、社寺保管林制度に焦点を当てつつ、変遷の整理を行った。

江戸時代には、社寺は朱印地・黒印地として、広大な山林や田畑を領有していたが、明治4年の「社寺上知令」により、明治政府は社寺に対して、境内地以外の社寺領は全て官有地に編入するよう指示を発した。これに対して、社寺からは強い反発が生じたことから、明治17年に「社寺上地官林委託規則」が、明治32年には「社寺保管林規則」が定められ、社寺による社寺上地林の管理経営への関与が認められた。この「社寺保管林制度」は、「社寺の風致的環境」と「社寺の財源」という2つの使命を調和させることを意図するものであった。しかしながら、社寺は依然として上地林の還付に向けた運動を展開したことから、大正6年に社寺保管林制度が社寺にとって大幅に有利となるよう改正され、社寺保管林の設定面積が大幅に増加した。戦後は、「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」により、社寺保管林制度は廃止され、旧保管林は、譲与、部分林の設定又は有益費の補償が行われることとなった。この結果、全国に約2.6万町歩存在していた保管林のうち、約3,700町歩が社寺に譲与され、残りは、以後、通常の国有林野として管理されることとなった。

第2章では、旧京都営林署管内における社寺保管林の設定・収支・処分の状況を明らかにした。

旧京都営林署管内には、昭和14年当時、28社寺により31箇所の保管林が設定され、合計面積は1,589haであった。大正10年度から昭和5年度までの同署における収支については、収入額の6割近く、差引純収入の約四分の三が社寺の収入となっていた。処分については、京都大阪森林管理事務所に保管されていた文書綴の調査により、16社寺が269町歩の譲与申請を行い、11社寺の237町歩の譲与が決定されたことが分かった。譲与申請の結果について、28社寺のうち12社寺が申請を行わなかった背景が伺える資料は発見できなかった。16社寺による譲与申請面積は旧保管林面積の四分の一程度に過ぎず、社寺による自制若しくは営林署による指導が行われたことが伺われた。一部で、申請箇所以外の譲与を受けた事例も見受けられた。5社寺については、全面積の申請が却下された。これは、昭和25年の「京都国際文化観光都市建設法」を踏まえて、京都市長から林野庁長官に国有林存置の意見書が提出されたことから、社寺保管林処分審査会が東山及び嵐山周辺の国有林は原則的に国有林に存置する方針を決めたことによることが分かった。

第3章では、東山国有林における施業の変遷と課題を整理した上で、平成19年に設立された「京都伝統文化の森推進協議会」による取組について説明した。

東山国有林は、「社寺上知令」による国有林への編入以降、マツ林の成長、室戸台風による被害、シイ林の拡大、カシノナガキクイムシによる被害の発生など、多くの変化を経験してきた。東山国有林では、多様な関係者の意見調整、景観的・生態的観点からの「あるべき姿」の設定、「国民の森林・国有林」の実現が課題となっている。これら課題に対処するため、京都大阪森林管理事務所では、平成19年に、広範な関係者の参加を通じて、文化的価値の発信と森林整備・景観対策に取り組む「京都伝統文化の森推進協議会」を設立した。設立以後、多額の活動資金を確保した上で、シイ林の樹種転換に向けた林相改善事業を中心とする各種取組を進めている。

東山国有林において、地元関係者の連携が進んだ背景としては、シイ林の拡大に対する危機感の共有、社寺との「開かれた関係」の構築、京都市役所の積極的な関与の3点を指摘することができる。

第4章では、嵐山国有林における施業の変遷と課題を整理した上で、平成21年度に開催された「嵐山国有林の取扱に関する意見交換会」による取組について説明した。

嵐山国有林は、江戸時代まではサクラやマツの植栽等の人為により一定の林況が維持されてきたが、「社寺上知令」による国有林への編入以降、広葉樹林への植生遷移が進んだ。昭和6年の「嵐山風致林施業計画」や昭和57年の「京都市周辺国有林の取扱いについて」等の施業方針により、往時の林況の復元が企図されたが、計画通りには進まなかった。現在、嵐山国有林では、植生の変化と植栽木の生育不良、獣害の発生、落石被害の防止、観光需要への対応の4点が課題となっている。これら課題に対処するため、京都大阪森林管理事務所では、平成21年度に「嵐山国有林の取扱に関する意見交換会」を設置して、植生、景観、獣害、治山の4つの観点から総合的な検討を行い、「嵐山国有林の今後の取扱方針」を採択した。

嵐山国有林における経験から、旧社寺林で国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を図るに当たって学ぶべき点としては、関係者の間で、旧社寺林の歴史的・文化的価値を再認識すべきこと、地域のリーダーである社寺の参画を確保すべきこと、誰が関係者の連携を主導するかについて十分な検討を行うべきことの3点を指摘することができる。

東山国有林と嵐山国有林の事例を比較すると、東山国有林の取組は、被害発生への対処という受け身で始まった取組であったのに対して、嵐山国有林の取組は、東山国有林での成功を踏まえて、国有林当局が自発的に始めた取組であったと言うことができる。

本研究の成果を踏まえると、今後、旧社寺林を対象として、国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を図るためには、以下の点に留意することが必要であると言える。

一点目としては、国有林当局が旧社寺林に関する複雑な歴史的経緯を十分に理解することである。これまで、旧社寺林の経緯に関する十分な研究の蓄積がなかったことから、社寺と国有林の歴史的な関係について、関係者の間に十分な理解が共有されておらず、このことが、不毛な対立が生ずる原因の一つとなっていた。特に、社寺側は担当者が変わることなく、過去の経緯を十分に把握しているのに対して、国有林側は頻繁な人事異動があることから、歴史的経緯に対する理解が十分に引き継がれているとは言い難い状況にある。従って、本研究を含む旧社寺林の研究蓄積を踏まえて、国有林当局の担当者が旧社寺林の歴史的な経緯を把握することにより、社寺の有する国有林当局に対する反感の由来を十分に理解することが重要である。

二点目としては、広範な関係者の参画による組織を立ち上げることにより、国有林当局と社寺との間に「開いた関係」を構築することである。東山国有林の事例で見たように、国有林当局と社寺が一対一で向き合うと、上述の歴史的経緯に対する理解の不足もあり、社寺が要望を出して、国有林当局が反発するという図式に陥りやすい。このような不毛な対立を克服するためには、「京都伝統文化の森推進協議会」や「嵐山国有林の取扱に関する意見交換会」のように、社寺以外の地元関係者や関係行政機関、研究者など、広範な関係者を集めた組織を設置することにより、衆人環視の中で、旧社寺林の取扱について議論を進めることが有益である。

三点目としては、場合によっては、国有林当局が連携の前面に立たないことも考えることである。上述のように、社寺には国有林当局に対する根強い反感がある。また、地域によっては、国有林当局が社寺を含む地元関係者と十分な信頼関係を築いているとは言えない場合もあり、国有林が連携の取組を主導したとしても、社寺を含む関係者からの協力が十分に得られないことも想定される。このような場合には、東山国有林の事例で京都市役所の積極的な関与を取り付けたように、地域のリーダーとなりうる関係者を見極めて、リーダーたる関係者の主導により、国有林当局が必要なサポートを提供しながら、連携の取組を進めてもらうことも一つの選択肢として考える必要がある。

以上をまとめると、旧社寺林において、歴史的・文化的資源を活用しながら、社寺を含む地元関係者との連携を図ることは、国有林当局と社寺を含む地元関係者の双方にとって有益なことであるが、国有林当局と社寺との関係は必ずしも良好ではない場合もあることから、両者の連携を図るに当たっては、国有林当局は、

(1) 旧社寺林に関する歴史的経緯を十分に理解すること

(2) 広範な関係者の参画による組織を通じて、社寺との「開いた関係」を構築すること

(3) 場合によっては、地域のリーダーに主導権を譲り渡すことも検討することの3点に配慮する必要があると言うことができる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、社寺林に由来する国有林(以下、旧社寺林)において、歴史的・文化的資源を活用しながら、国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を図ることは、双方にとって有益であるとの観点から、旧社寺林の取扱に関する歴史的経緯を明らかにし、これまでの取組事例から、連携を図るに当たって考慮すべき点を分析したものである。

第1章は、旧社寺林の取扱に関する歴史的経緯を明らかにした。

江戸時代には、社寺は広大な山林や田畑を領有していたが、明治政府は明治4年「社寺上知令」により、境内地以外の社寺領を全て官有地に編入するよう指示した。これに対して、社寺から強い反発が生じたため、「社寺保管林制度」が設けられた。「社寺の風致的環境」と「社寺の財源」の2つの使命を意図するものであった。戦後は、「社寺等に無償で貸し付けてある国有財産の処分に関する法律」により、社寺保管林制度は廃止され、全国に約2.6万町歩存在していた保管林のうち、約3,700町歩が社寺に譲与され、残りは、通常の国有林野として管理されることとなった。

第2章は、旧京都営林署管内における社寺保管林の設定・収支・処分の状況を明らかにした。

旧京都営林署管内には、昭和14年当時、28社寺により31箇所の保管林が設定され、面積は約1,589町歩であった。大正10年度から昭和5年度までの差引純収入の約四分の三が社寺の収入となっていた。処分については、京都大阪森林管理事務所に保管されていた文書綴の調査により、16社寺が269町歩の譲与申請を行い、11社寺の237町歩が譲与されたことが分かった。16社寺による譲与申請面積は旧保管林面積の四分の一程度に過ぎず、社寺による自制若しくは営林署による指導が行われたことが伺われた。5社寺については、全面積の申請が却下された。これは、昭和25年「京都国際文化観光都市建設法」を踏まえて、京都市長から林野庁長官に国有林存置の意見書が提出されたことから、社寺保管林処分審査会が東山及び嵐山周辺の国有林は原則的に国有林に存置する方針を決めたことによることが分かった。

第3章と第4章は、東山国有林と嵐山国有林、それぞれにおける施業の変遷と課題を整理した上で、国有林による取組を分析した。

東山国有林は、「社寺上知令」による国有林への編入以降、マツ林の成長、室戸台風による被害、シイ林の拡大、カシノナガキクイムシによる被害の発生などを経験してきた。東山国有林では、多様な関係者の意見調整、景観的・生態的観点からの「あるべき姿」の設定、「国民の森林・国有林」の実現が課題となっている。京都大阪森林管理事務所では、平成19年に、広範な関係者の参加を通じて、文化的価値の発信と森林整備・景観対策に取り組む「京都伝統文化の森推進協議会」を設立した。設立以後、多額の活動資金を確保した上で、シイ林の樹種転換に向けた林相改善事業を中心とする各種取組を進めている。

東山国有林において、地元関係者の連携が進んだ背景としては、シイ林の拡大に対する危機感の共有、社寺との「開かれた関係」の構築、京都市役所の積極的な関与の3点を指摘することができた。

嵐山国有林は、江戸時代まではサクラやマツの植栽等の人為により一定の林況が維持されてきたが、「社寺上知令」による国有林への編入以降、広葉樹林への植生遷移が進んだ。昭和6年「嵐山風致林施業計画」や昭和57年「京都市周辺国有林の取扱いについて」等の施業方針により、往時の林況の復元が企図されたが、計画通りには進まなかった。現在、嵐山国有林では、植生の変化と植栽木の生育不良、獣害の発生、落石被害の防止、観光需要への対応の4点が課題となっている。これら課題に対処するため、京都大阪森林管理事務所では、平成21年度に「嵐山国有林の取扱に関する意見交換会」を設置して、「嵐山国有林の今後の取扱方針」を採択した。

嵐山国有林における経験から、旧社寺林で国有林当局と社寺を含む地元関係者との連携を図るに当たって学ぶべき点として、関係者の間で、旧社寺林の歴史的・文化的価値を再認識すべきこと、地域のリーダーである社寺の参画を確保すべきこと、誰が関係者の連携を主導するかについて十分な検討を行うべきことの3点を指摘することができた。

以上、本研究は、旧社寺林の歴史的経緯を、具体的な資料に基づき明らかにするとともに、社寺を含む地元関係者との連携を図るに当たって、国有林当局は、 旧社寺林に関する歴史的経緯を十分に理解すること、広範な関係者の参画による組織を通じて、社寺との「開いた関係」を構築すること、場合によっては、地域のリーダーに主導権を譲り渡すことも検討することの3点が必要であることを明らかにしたもので、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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