学位論文要旨



No 217683
著者(漢字) 崔,宣實
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ソンシル
標題(和) 糖代謝を調節する天然由来低分子化合物のin vitroとin vivoにおける作用メカニズムの解析
標題(洋)
報告番号 217683
報告番号 乙17683
学位授与日 2012.05.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17683号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 特任教授 加藤,久典
 東京大学 准教授 三坂,巧
 東京大学 講師 井上,順
 中部大学 教授 禹,済泰
内容要旨 要旨を表示する

肥満により発症するインスリン抵抗性は、糖・脂質代謝に異常を起こす主要なリスクファクターである。インスリン抵抗性とは、筋肉、脂肪細胞でのインスリンによる糖の取り込み促進が障害されるとともに、肝臓でインスリンによる糖の放出抑制が効きにくくなる状態である。近年、インスリン抵抗性が原因となる2型糖尿病が急増しており、糖代謝の研究分野ではインスリンの標的組織である脂肪組織が注目されている。特に、脂肪組織を構成する脂肪細胞は、血中の糖分を取り込む機能のほか、アディポカインを分泌し、糖・脂質代謝を制御している。インスリン抵抗性改善薬として臨床応用されている合成医薬品チアゾリジン誘導体は、肝臓での糖の放出を抑制するとともに、筋肉や脂肪組織で糖を利用しやすくし、血糖値を下げる効果が認められているが、体重増加などの副作用が問題となっている。最近では、食経験のある天然由来成分による糖尿病予防および改善を目指した研究が注目されている。

そこで、本研究の目的は、食経験のある食材や生薬の天然由来成分から、糖尿病の予防または改善効果が期待される低分子化合物を探索し、その作用機構を明らかにすることである。脂肪細胞を用いて糖取り込みを亢進する天然低分子化合物を探索した結果、3つの天然化合物、ホノキオール、マグノロールおよびアルテピリンCを見出した。

第2章では、ホノキオールとマグノロールを用い、in vitroとin vivoにおいて糖低下作用を検討し、その作用メカニズムを解析した。脂肪細胞においてはホノキオールによる糖取り込み亢進作用が認められなかったが、マグノロールによりGLUT1とGLUT4の発現が上昇し、インスリン非存在と存在下で糖取り込みが増加した。一方、筋管細胞において、ホノキオールとマグノロールは両方ともAktの活性化とGLUT4の膜輪送の増加を介し、インスリン非存在と存在下で糖取り込を亢進させた。脂肪細胞分化についても、2つの化合物において促進作用が認められたが、その活性はホノキオールよりマグノロールのほうが強かった。さらに、ホノキオールはRXRβリガンド様活性を、マグノロールはPPARγとRXRβリガンド様活性を示した。PPARγは脂肪組織に多く発現し、PPARγリガンド(チアゾリヂ誘導体)の重要な標的組織は脂肪組織であり、RXRβリガンドは主に肝臓と筋肉での遺伝子発現を調節することが知られている。このことから、ホノキオールはRXRβリガンドとして筋管細胞に作用し、マグノロールはRXRβ/PPARγのdualリガンドとして脂肪細胞と筋管細胞に同時に作用することで、脂肪細胞と筋肉細胞機能を調節する可能性があることが考えられる。In vivoでのホノキオールとマグノロールの糖代謝の調節作用を検討するため、高脂肪食肥満モデルマウスに経口投与した。ホノキオールとマグノロールの投与により、体重増加の抑制、脂肪組織重量増加の軽減、血中コレステロールと糖濃度上昇の抑制、耐糖能の改善効果が認められ、抗肥満や脂質および糖代謝、インスリン抵抗性改善作用が認められた。その作用は、同濃度であった場合、ホノキオールよりマグノロールの方が強く、同時投与で一番高い効果を示した。その作用メカニズムとして、ホノキオールとマグノロールの異なるリガンド様活性が関与する可能性が示唆された。

第3章では、アルテピリンを用い、in vitroとin vivoにおいて糖低下作用を検討し、その作用メカニズムを解析した。3T3-L1脂肪細胞とL6筋管細胞において、アルテピリンCは、糖取り込みを亢進した。その亢進効果は、筋管細胞より脂肪細胞の方が高かった。脂肪細胞におけるその亢進作用は、インスリンシグナル伝達には影響を及ぼさず、GLUT1とGLUT4発現の増加とその膜輸送促進によるものであることが確認された。さらに、3T3-L1脂肪細胞とRAW264マクロファージの共培養において、アルテピリンCの添加はマクロファージの浸潤により増加する炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現及び 遊離脂肪酸放出を減少させた。アルテピリンCは、脂肪細胞においてTNF-α刺激による炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現、脂肪細胞分化阻害および脂肪分解を抑制、マクロファージにおいてパルミチン酸刺激による炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現とNO産生を抑制した。アルテピリンCは、脂肪細胞においてTNF-α刺激により活性化するシグナル分子には影響を与えず、TNF-α刺激によるPPARγとその標的遺伝子であるperilipin A発現の低下を抑制した。さらに、アルテピリンCは脂肪細胞分化を促進し、PPARγリガンド様活性を示した。以上の結果から、アルテピリンCはPPARγリガンド様作用を介し、注に脂肪細胞に作用し、脂肪細胞の分化や糖・脂質代謝および炎症を調節すると考えられる。In vivoでのアルテピリンCの糖・脂質代謝の調節作用を検討するため、ブラジル産プロポリスからアルテピリンCを単離・精製し、肥満・糖尿病モデルマウスであるob/obマウスに腹腔投与した。アルテピリン C の投与による体重減少は認められず、血糖値低下、血中コレステロール、遊離脂肪酸およびトリグリセリドの低下作用が見られ、インスリン抵抗性および糖・脂質代謝改善効果が認められた。さらに、血漿の炎症性サイトカイン濃度(MCP-1、IL-6)の低下とアディポネクチン濃度の増加が認められた。以上の結果から、アルテピリンCは脂肪組織機能を調節することによりインスリン抵抗性を改善すると考えられ、その調節機構としてアルテピリンCのPPARγリガンド様作用が関与する可能性が示唆された。

本研究において見出した3つの化合物は、それぞれ同様にインスリン抵抗性と糖・脂質代謝改善効果を示した。その作用は脂肪組織と骨格筋機能の調節によるもので、ホノキオールはRXRβ、マグノロールはRXRβとPPARγ、アルテピリンCはPPARγリガンド様活性が関与する可能性が示唆された。これらの結果より、ホノキオールとマグノロールを含むコウボクとアルテピリンCを含むブラジル産プロポリスは、それぞれ肥満・糖尿病予防および改善のための漢方及び機能性食品素材として期待される。また3つの化合物は抗肥満・抗糖尿病薬開発においても、新たなリード化合物となることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

肥満により発症するインスリン抵抗性は、筋肉、脂肪細胞でのインスリンによる糖の取り込み促進が障害されるとともに、肝臓でインスリンによる糖の放出抑制が効きにくくなる状態である。特に、脂肪組織を構成する脂肪細胞は、血中の糖分を取り込む機能のほか、アディポカインを分泌し、糖・脂質代謝を制御している。インスリン抵抗性改善薬として臨床応用されている合成医薬品チアゾリジン誘導体は、肝臓での糖の放出を抑制するとともに、筋肉や脂肪組織で糖を利用しやすくし、血糖値を下げる効果が認められているが、体重増加などの副作用が問題となっている。最近では、食経験のある天然由来成分による糖尿病予防および改善を目指した研究が注目されている。本研究の目的は、食経験のある食材や生薬の天然由来成分から、糖尿病の予防または改善効果が期待される低分子化合物を探索し、その作用機構を明らかにすることである。脂肪細胞を用いて糖取り込みを亢進する天然低分子化合物を探索した結果、コウボク(厚朴)に含まれるホノキオール、マグノロールおよびプロポリス成分であるアルテピリンCを見出した。

第1章の序論では、研究の背景、目的について概説した。

第2章では、ホノキオールとマグノロールを用い、in vitroとin vivoにおいて糖低下作用を検討し、その作用メカニズムを解析した。脂肪細胞においてはホノキオールによる糖取り込み亢進作用が認められなかったが、マグノロールによりGLUT1とGLUT4の発現が上昇し、インスリン非存在と存在下で糖取り込みが増加した。一方、筋管細胞において、ホノキオールとマグノロールは両方ともAktの活性化とGLUT4の膜輪送の増加を介し、インスリン非存在と存在下で糖取り込を亢進させた。ホノキオールはRXRβリガンド様活性を、マグノロールはPPARγとRXRβリガンド様活性を示した。PPARγは脂肪組織に多く発現し、PPARγリガンド(チアゾリヂン誘導体)の重要な標的組織は脂肪組織であり、RXRβリガンドは主に肝臓と筋肉での遺伝子発現を調節することが知られている。このことから、ホノキオールはRXRβリガンドとして筋管細胞に作用し、マグノロールはRXRβ/PPARγのdualリガンドとして脂肪細胞と筋管細胞に同時に作用することで、脂肪細胞と筋肉細胞機能を調節する可能性があることが考えられる。in vivoでのホノキオールとマグノロールの糖代謝の調節作用を検討するため、高脂肪食肥満モデルマウスに経口投与した。ホノキオールとマグノロールの投与により、体重増加の抑制、脂肪組織重量増加の軽減、血中コレステロールと糖濃度上昇の抑制、耐糖能の改善効果が認められ、抗肥満や脂質および糖代謝、インスリン抵抗性改善作用が認められた。その作用は、同濃度であった場合、ホノキオールよりマグノロールの方が強く、同時投与で一番高い効果を示した。その作用メカニズムとして、ホノキオールとマグノロールの異なるリガンド様活性が関与する可能性が示唆された。

第3章では、アルテピリンを用い、in vitroとin vivoにおいて糖低下作用を検討し、その作用メカニズムを解析した。3T3-L1脂肪細胞とL6筋管細胞において、アルテピリンCは、糖取り込みを亢進した。その亢進効果は、筋管細胞より脂肪細胞の方が高かった。脂肪細胞におけるその亢進作用は、インスリンシグナル伝達には影響を及ぼさず、GLUT1とGLUT4発現の増加とその膜輸送促進によるものであることが確認された。さらに、3T3-L1脂肪細胞とRAW264マクロファージの共培養において、アルテピリンCの添加はマクロファージの浸潤により増加する炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現及び 遊離脂肪酸放出を減少させた。アルテピリンCは、脂肪細胞においてTNF-α刺激による炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現、脂肪細胞分化阻害および脂肪分解を抑制、マクロファージにおいてパルミチン酸刺激による炎症性サイトカイン(MCP-1、IL-6)の発現とNO産生を抑制した。さらに、アルテピリンCは脂肪細胞分化を促進し、PPARγリガンド様活性を示した。以上の結果から、アルテピリンCはPPARγリガンド様作用を介し、主に脂肪細胞に作用し、脂肪細胞の分化や糖・脂質代謝および炎症を調節すると考えられる。in vivoでの糖・脂質代謝の調節作用を検討するため、アルテピリンCを豊富に含むブラジル産プロポリスからアルテピリンCを単離・精製し、肥満・糖尿病モデルマウスであるob/obマウスに腹腔投与した。血糖値低下、血中コレステロール、遊離脂肪酸およびトリグリセリドの低下作用が見られ、インスリン抵抗性および糖・脂質代謝改善効果が認められた。さらに、血漿の炎症性サイトカイン濃度(MCP-1、IL-6)の低下とアディポネクチン濃度の増加が認められた。以上の結果から、アルテピリンCは脂肪組織機能を調節することによりインスリン抵抗性を改善すると考えられ、その調節機構としてアルテピリンCのPPARγリガンド様作用が関与する可能性が示唆された。

本研究の成果は、ホノキオールとマグノロールを含むコウボクとアルテピリンCを含むブラジル産プロポリスは、それぞれ肥満・糖尿病予防および改善のための漢方及び機能性食品素材として活用できる可能性を明らかにしたものであり、学術的・応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク