学位論文要旨



No 217684
著者(漢字) 上神,貴佳
著者(英字)
著者(カナ) ウエカミ,タカヨシ
標題(和) 現代日本の政党政治と選挙制度の不均一性 : 制度工学の再検討
標題(洋)
報告番号 217684
報告番号 乙17684
学位授与日 2012.05.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 第17684号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川人,貞史
 東京大学 教授 谷口,将紀
 東京大学 教授 樋渡,展洋
 東京大学 教授 石川,健治
 東京大学 教授 飯田,敬輔
内容要旨 要旨を表示する

日本においては,1980年代後半からの政治改革運動をきっかけとして,とくに選挙制度改革の効果について,さまざまな議論や研究が積み重ねられてきた.本稿では,選挙制度が政党の組織や政策に及ぼす影響の考察が中心となる.

その際,制度が予想された効果を発揮し得る理論的な条件について,本稿はある特定の見方に依拠する.従来からの研究の多くは選挙制度を「単数形」で扱ってきた.いいかえると,制度Aないし制度Bがアクターに与える影響について個別に議論が積み重ねられてきた.選挙制度と政党制の関係に倣えば,小選挙区制は2大政党制をもたらし,比例代表制は多党制をもたらす,という議論の立て方が典型的である(デュベルジェの法則).小選挙区制が2大政党(の候補者)の競争をもたらす場合,それぞれが政策的に中央の有権者と同じ立場を取る,という議論も可能である(中位投票者定理).つまり,制度とアクターの対応関係は一対一と捉えられてきた.

しかし,現実の政治においては,制度とアクターの関係が一対一に限定されるとは考えられない.一般的に,国政レベルの議会で2院制を採用する場合,第1院と第2院とでは選挙制度が異なる方が普通であるし,国と地方でも議会の選挙制度が違うこともあるだろう.本稿が対象とする日本の自民党のように,党首を選出するための党員投票を全国単位で実施する場合,議会の選挙区とは地理的な範囲が一致しないことも起こり得る.選挙区の定数であれ,地理的な範囲であれ,あるいは選挙のタイミングであれ,異なる選挙公職を選ぶためには,異なる選挙制度が必要になると考える方が自然である.

これら複数の選挙に政党Xが参画しているならば,政党Xは異なる選挙制度からの交差圧力を受けている可能性がある.制度A≠制度Bである,二つの選挙制度を想定してみよう.制度Aは政党Xを構成する下位のアクターXaに,制度BはXbに,それぞれ影響を及ぼすとする.XaとXbは支配と従属の関係にない場合,政党X内では選好が異なるXaとXbの調整が必要となる.つまり,選挙制度の扱いは「複数形」であり,制度A及び制度Bが同一のアクターに影響を及ぼすと考えなければならない.このような見方を受け入れるならば,制度が予想された効果を発揮し得る理論的な条件として,ほかの制度からの影響の有無を考慮に入れることが必要となる.

本稿における主要な議論は,

・複数の異なる選挙制度の配置のなかで政党が活動する場合,その組織や政策が受ける影響の経路と帰結は,既存研究が示唆するよりも複雑である

というものである.この主張を「政党政治における選挙制度不均一問題」として定式化する.このような選挙制度の不均一性は,国政選挙と地方選挙,全国規模の党員投票を伴う党首選挙と地域的に分割された選挙区を代表する国会議員の選挙など,レベルの異なる選挙制度の違いのみならず,衆議院と参議院の国政選挙,地方における首長と議会の選挙など,同一レベルの選挙制度の違いでもあり,それぞれ「垂直的な不均一性」,「水平的な不均一性」として定式化できる.本稿は中央・地方間における選挙制度の垂直的な不均一性に注目し,両者を連結する政党政治を取り上げる.その目的は,選挙制度の研究を「複数の制度とアクター」の関係として捉え直すことにより,理論的に貢献することと,自民党と民主党の組織的な特徴の違いがもたらす帰結に注目することにより,日本の政党政治を理解する切り口を提供することにある.

具体的には,衆議院の小選挙区制から予想される政党組織の強化と党内における政策的な収斂が自民党では妨げられる原因として,地方議会議員の大選挙区制度と総裁公選の党員投票という二つの要因を挙げる.前者では定数が不均一であり(小選挙区制,大選挙区制),後者では選挙区の地理的な範囲が不均一である(全国を300に分割する小選挙区,党員投票の全国大の選挙区).レベルも仕組みも異なる複数の選挙制度の影響を受けるため,自民党は多様な選好を有するアクターを抱えることになり,党内調整が必要になる.民主党においては,地方議員や党員が少なく,代表選の党員投票も例外的であるため,選挙制度不均一の影響は小さく,小選挙区制の効果がより明瞭にあらわれる.つまり,政党組織のあり方と複数の選挙制度の組み合わせが,選挙制度の垂直的な不均一問題の発生如何とそのタイプを決定すると考えられる.第1章では,上記の問題提起について,先行研究を参照しつつ検討する.

本稿では二つの部に分けて,選挙制度の垂直的な不均一問題をそれぞれ検証する.第1部では,国政と地方政治における不均一な選挙区定数の組織的,政策的な帰結を扱う.まず,第2章では,衆議院と地方議会の選挙制度の相違と両者を結ぶ組織的な紐帯,地方政治の特徴について,先行研究を交えて検討する.続く第3章では,岩手県釜石市議会を事例として,インフォーマルな系列関係が中心となること,地方議会の大選挙区制が政党組織の発達を抑制してきたことを明らかにする.第4章では,選挙制度不均一をフォーマル・モデルとして一般化し,衆議院小選挙区における候補者の政策位置が系列関係の影響により収斂しない場合があることを数理的に証明する.さらに,総選挙の公約データを用いて実証的に検証する.

第2部では,国政選挙と党首選挙の不均一な選挙区の範囲について,その原因と影響を扱う.まず,第5章では,党首選出過程における党員投票の定着とその意味について,各国の事例を参照しつつ検討する.それを踏まえて自民党と民主党の党首選出過程を比較し,前者において党員投票が不可欠となった結果,選挙制度不均一の素地が生じたことを示す.第6章では,両党の組織の変容を計量的に検証し,選挙制度改革の影響を示唆する.第7章では,選挙制度不均一の政策的帰結を検討する.党首が全国大の選挙区から選出され,個々の議員が地域的に分割された選挙区から選出される場合,前者の影響力が及びやすいマニフェストは集合的な利益を重視し,後者の選挙公約は個別的な利害を重視するという政策的な分業関係が自民党にはあらわれていることを示す.

最終章では,選挙制度改革が上記の不均一問題という予想されざる帰結をもたらしたことを踏まえ,制度工学的なアプローチの可能性と限界について議論する.

審査要旨 要旨を表示する

日本においては、1980年代後半からの政治改革論議をきっかけとして、とくに選挙制度改革の効果について、これまでさまざまな議論や研究が積み重ねられてきた。その際、多くの先行研究は、ひとつの選挙制度が政党などの政治主体に与える影響を考察してきた。衆議院の選挙制度として従来の中選挙区制に代わって小選挙区制が導入されたことによってどのような変化が生じたかという問題の立て方は、その典型例である。

しかし、現実政治において、政党の全国的・地方的な政策志向や組織のありかたを考察する場合においては、制度(選挙制度や選出手続)がもたらす政治主体(政党)への影響が必ずしも一対一に限定されない。一般に、国政レベルの議会で二院制を採用する場合、第一院と第二院とでは選挙制度が異なることが多く、国と地方の議会では別の選挙制度を採用しているかもしれない。さらに、政党の党首選の党員投票を全国単位で実施する場合には、その選挙区が議会の選挙区と地理的な範囲が一致しないことも起こり得る。このように、異なる選挙には異なる制度が用いられると考える方が自然であり、これら複数の選挙に同一政党が参画するならば、当該政党は異なる選挙制度からの交差圧力を受けることになる。したがって、複数の異なる選挙制度の配置の中で政党が活動する場合、その組織や政策が受ける影響の経路と帰結は、既存研究が示唆するよりも複雑である、というのが本論文の主な議論である。

こうした主張を本論文は「政党政治における選挙制度不均一問題」として定式化する。この選挙制度の不均一性には、国政選挙と地方選挙、全国規模の党員投票を伴う党首選挙と地域的に分割された選挙区を代表する国会議員の選挙などの「垂直的な不均一性」と、衆議院と参議院の国政選挙、地方における首長と議会の選挙などの「水平的な不均一性」に分けられるが、このうち本論文は、中央・地方間における選挙制度の垂直的な不均一性に注目し、両者を連結する政党政治を考察する。このように選挙制度の研究を「複数の制度と主体」の関係として理論的に捉え直した上で、その問題関心の下、政治主体の異なるレベルでの対応を多様な手法を適宜用いて統一的に分析した結果、本論文は日本の政党政治を理解する斬新な切り口を提供する学問的貢献をしている。

以下、各章の内容を要約する。

第1部では、国政と地方政治における不均一な選挙区定数の組織的、政策的な帰結を扱う。上記の問題関心と分析視角を述べた第1章に続いて、第2章では、衆議院と地方議会の選挙区定数には違いがあり、国政と地方政治の双方における政治家が政党所属ないし系列関係によって結び付いていることを示す。そして,地方の選挙制度が国政レベルに影響を及ぼすことに注目した先行研究の成果を検討した上で、地方政治の固有性について述べる。また、国政と地方政治の違いは選挙制度に留まるものではなく、両者が政治家間の関係を通じて連結し、お互いに影響を及ぼし合うのであれば、国政と地方政治の異同について事前に把握しておく必要があるという観点から、地方議会における党派化の推移を検証し、異なるレベルにおける有権者の投票行動について分析を加えている。

第3章では、岩手県釜石市議会を事例に、(1)国政レベルの政治家と地方政治家を結ぶリンケージとして、インフォーマルな系列関係が重要である場合、国政における政党再編成は地方政治に及ばない、(2)大選挙区制によって地方議員が選出される場合、彼らないし彼女らにとっては政党組織の形成よりも地域的な棲み分けの方が選挙戦略として合理的であり、国政における政党再編成は地方政治に及ばない、という仮説が検証される。

第4章では、選挙制度不均一について、フォーマル・モデルとして一般化した上でデータ分析によって実証する、所謂Empirical Implications of Theoretical Modelsの分析視角の適用が試みられている。具体的には、地方議会の定数の大きな選挙区における遠心的な候補者間競争の影響を受けて、衆議院の小選挙区における候補者間競争は中位投票者の政策立場に収斂するという理論的な予想が成立しない条件を数理的に示し、これを2003年総選挙における候補者の公約データを用いて実証的に検証している。

第2部の目的は、自民党と民主党の党首選出過程において、党員投票の常態化とそれが引き起こす選挙制度不均一問題について議論することに置かれる。第5章では、近年見られる各国の主要政党の党首選出手続きにおける一般党員のウエイトの増加現象を党首選出過程の民主化として位置付けた上で、民主化を構成する次元として有権者の包括性と候補者間の競争性の拡大を提示し、日本の選挙制度改革による変化のメカニズムを検討している。これと並んで、自民党と民主党を事例として、包括性と競争性の程度を測定し、前者では党首選出過程の民主化が進んでいることを明らかにしている。

続く第6章では、政党組織の構成を分析し、選挙制度改革がもたらす自民、民主両党間の違いを検証している。具体的に党員投票の結果に関して多変量解析を行い、自民党においては院内政党による院外組織の動員力が時系列的に低下傾向にあり、自主的な判断が可能になった一般党員や組織の支持を期待できない潜在的な総裁候補者にとって、党員投票の実施を支持するインセンティブが生じたと主張している。

第7章では,党首選出過程の民主化による政策的なインパクトが検討される。自民党総裁選に参加する一般の党員は日本全国に拡散しており、それ故に選挙区の範囲は全国大となる。これに対して衆議院議員の選挙区は300に分割された小選挙区である。したがって全国大の利益を訴えて当選してきた総裁と個別の地域的な利害を無視できない衆議院議員との間には、追求する政策目的に違いが生じる。2003年総選挙における自民、民主両党のマニフェストと候補者の選挙公報を比較した結果、政党のマニフェストと候補者の政策立場には集合財と私的財の分業関係が存在すること、党員投票によって総裁を選ぶ慣行が定着しつつある自民党においては、民主党と比べて、この分業関係がより明確であったことを指摘している。

最終章では、選挙制度改革が以上の不均一問題という予想されざる帰結をもたらしたことを踏まえて、制度工学的なアプローチの可能性と限界について議論している。

以上が、論文の要旨である。

本論文の長所としては、以下の点をあげることができる。

第1に、多くの地方議員選挙で採用されている大選挙区制と衆議院議員選挙の中心を占めている小選挙区制に加えて、各種の選挙制度の多層性によってもたらされる日本の政党の組織や政策上の特徴を描き出そうという本論文の分析枠組の独自性は、高く評価できる。

第2に、本論文は、各党のマニフェスト及び各候補者の選挙公報のテキスト分析、並びに地方議員に対するアンケート調査データの分析を組み合わせることにより、異なるレベルの政治家の政策志向を計量的に比較している。これにフォーマル・セオリー、ケース・スタディなどを加えて、定量・定性分析両方の手法を効果的に組み合わせて、選挙制度不均一問題について、包括的かつ説得的な議論を展開している。この独創性の高い研究方法を進めるためには、粘り強さが必要であり、筆者の高い研究遂行能力が示されている。

第3に、解明されるべき論点を章毎に提示し、そのリサーチ・クエスチョンに対する説明方法を探り、適切な資料・データと手法を用いて実証するという論文構成及び叙述はきわめて明快であり、決して少なくはない分量ながら、現実政治に根付いた問題を学問的に分析する筆者の力量が示されている。

もっとも本論文にも短所がないわけではない。

第1に、選挙制度不均一問題という同一テーマの下ではあるが、多くの章は独立した既発表論文を加筆修正したものであり、例えば国政と地方政治の間で共通の従属変数を見出しにくいなど、各章の統一感にやや難がある。

第2に、分析枠組における制度を独立変数とみなすか、制約とみなすかの区別や、実証面における統制変数の考慮や統計的有意水準の設定など、些か厳密さを欠くために電光一閃とは言い難い箇所がいくつか見受けられる。

第3に、一部の章について、著者の鍵変数である選挙制度不均一以外の独立変数によって同じ現象を説明しうる可能性、即ち対抗仮説の検討をもう少し丹念に行っていれば、本論文の説得力は一層増したであろう。

しかし、これらの問題点も、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。各章の基になった原論文の多くは査読付きの学術誌に掲載されるなど、夙にその価値を認められているところであり、これに新たな書き下ろし部分を加えて集大成した本論文もまた、学界に裨益するところ大である。

以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

UTokyo Repositoryリンク