学位論文要旨



No 217690
著者(漢字) 舟橋,賢記
著者(英字)
著者(カナ) フナバシ,マサノリ
標題(和) 放線菌が生産する translocase I 阻害剤の生合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 217690
報告番号 乙17690
学位授与日 2012.06.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17690号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,康夫
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 吉田,稔
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 葛山,智久
内容要旨 要旨を表示する

微生物が生産する二次代謝産物は、抗バクテリア、抗カビ、抗ガン、免疫抑制など様々な生物活性を有し、医薬品資源として重要な位置を占めている。二次代謝産物はその化学構造に規則性が見出され、ポリケタイド、テルペノイド、β-ラクタム系、アミノグリコシド系、ペプチド系、ヌクレオシド系などに分類される。これら二次代謝産物の生合成機構の解明は、目的代謝産物の生産性向上や菌株ライブラリーの充実、さらにはコンビナトリアル生合成による非天然型化合物の創製につながるものと考えられ、これまで数多くの研究がなされてきた。特にポリケタイドや非リボソーム型ペプチドの生合成研究が盛んに行われ、多くの成果が得られている。一方、ヌクレオシド系化合物は、その構造のユニークさや医薬品としての潜在的価値があるにも拘らず、これまで生合成研究はほとんど行われていなかった。

ヌクレオシド系抗生物質の中でもウラシル含有ヌクレオシド系化合物、mureidomycin、liposidomycin、capuramycinなどは細菌の細胞壁構成成分であるペプチドグリカン生合成の最初のステップを担う translocase I に対する阻害活性を有している。これまでに、ペプチドグリカン生合成を標的とした抗菌剤が数多く開発されてきたが、translocase I を標的とするもので上市された薬剤は未だない。昨今、MRSA や VRE など、既存の薬剤に対する耐性菌の問題から、translocase I は魅力的な創薬標的として期待されている。そこで、translocase I 阻害剤スクリーニングの過程で見出されたcapuramycin-type 化合物である A-500359 類及び A-503083 類、liposidomycin-type 化合物であるA-90289 類の生合成に関して研究を行った。本研究の目的は、これまで未知であったウラシル含有ヌクレオシド系化合物の生合成遺伝子を単離し、その生合成機構を分子レベルで解明することにより、生産性向上、微生物ライブラリーの充実や非天然型化合物創製の基盤を構築することにある。

1) Streptomyces griseus SANK 60196 のA-500359 類生合成遺伝子クラスターの取得

A-500359 類 (図1) の高生産株及び非生産株を用いた遺伝子発現解析から、A-500359 類の生合成遺伝子クラスターを見出した。 Aminoglycoside 3'-phosphotransferase ホモログをコードするorf21を Streptomyces albus 及び Escherichia coli ΔtolC 株において異種発現させたところ、両株共に A-500359 B に対する耐性を獲得した。この結果より、orf21がA-500359 類に対する自己耐性に関与していることが示唆された。さらに、A-500359 類の生産制御には巨大線状プラスミド SGF180 及び、低分子シグナリング化合物様の物質が関与していることを示唆するデータを得た。

2) Streptomyces sp. SANK 62799のA-503083 類生合成遺伝子クラスターの取得とCapBおよびCapUの機能解析

A-503083 類は図 2 に示すように A-500359 類の 2'-hydroxyl 基に carbamoyl 基が付加したcapuramycin-type 化合物である。そこで、A-500359 類生合成遺伝子の一部をプローブとして用い、A-503083 類の生合成遺伝子クラスターを取得し、遺伝子クラスター中に見出された carbamoyltransferase ホモログをコードするcapB およびnon-ribosomal peptide synthethase (NRPS) をコードする capUについて機能解析を行った。組換え CapB は予想通り、carbamoyl phosphate を carbamoyl基供与体として、A-500359 A、A-500359 B をそれぞれA-503083 A、A-503083 Bに変換した。一方、ATP-PPi 交換アッセイの結果、組換えCapU は A-500359 F を基質とせず L-lysine を基質として最も好むことが明らかになった。このことから CapU は A-503083 AおよびA-503083 Bがもつ caprolactam 環の形成に関与することが示唆された。

3) A-503083 AおよびA-503083 Bの生合成における新規アミド結合形成反応

A-503083 AおよびA-503083 B の生合成において、hexaurinic acid と caprolactam 環を繋ぐアミド結合を触媒する酵素に興味がもたれた。生合成遺伝子クラスターのインフォマティクス解析では本酵素は見出せなかったが、当初、caprolactam 環の加水分解を触媒し自己耐性に関与する考えられたCapW (class C β-lactamase と相同性を有する)が ATP 非依存的に A-503083 E と amino caprolactam 環間のアミド結合形成を触媒し、A-503083 B を生成することを見出した。 通常アミド結合形成は ATP によって基質が活性された後に起きるが、今回見出された機構は methyl ester 化を介して ATP 非依存的に起こるという全く新規なものであった。CapWが触媒する反応はそのメカニズムだけでなく、応用の観点からも非常に興味深い。CapWを利用した chemoenzymatic アプローチにより、非天然型 capuramycin の創出も可能になると考えられる。

4) リン酸化を介したA-503083 類に対する耐性機構

A-503083 類生合成遺伝子クラスター中のcapPは、A-500359 類に対する自己耐性に関与orf21 のホモログである。組換えCapP は 予想通り、ATP 依存的に A-503083 B の 3''-hydroxyl 基にリン酸基を転移した。さらに、生成された 3''-phospho-A-503083 B は Mycobacterium smegmatis に対する抗菌活性を示さず、translocase I 阻害活性もA-503083 Bに比べて著しく減少していた。このことから、CapP によるリン酸化は A-503083 類に対する自己耐性化機構の一つであることが示唆された。また、A-503083 類の 3'' 位はtranslocase I 阻害活性に重要な部位であるということが強く示唆された。

5) Streptomyces sp. SANK 60405 が生産するA-90289 類の生合成研究

Streptomyces sp. SANK 60405 のドラフトゲノム配列を決定し、A-90289類 (図3) の生合成遺伝子クラスターを見出した。aryl sulfotransferase (ASST) ホモログをコードするlipB、glycosyltransferase ホモログをコードするlipB1及びdiazepanone母核の合成に関与されると予想される serine hydroxymethyltransferase ホモログをコードするlipK の遺伝子破壊株をそれぞれ作製し、代謝産物を解析した。lipB 破壊株では sulfate 部位が、lipB1 破壊株では permethylated rhamnose 部位がそれぞれ脱離した代謝産物が同定され、LipB、LipB1がそれぞれsulfate、permethylated rhamnose の転移に関与することが示された。一方、lipK 破壊株では 予想通り、A-90289 類は検出されなかった。さらに、組換えLipB を用いた in vitro 解析により、LipB は 3'-phosphoadenosine-5'-phosphosulfate ではなくp-nitrophenylsulfate を硫酸基供与体とすること、desulfo-A-90289 A、uridine 及び 3'-deoxyuridine へは硫酸基を転移できるが、リン酸化uridineやcytidineは基質とならないことが明らかになった。LipB はそのアミノ酸配列および基質特異性から、既知の ASST とは異なる反応を触媒していると推察される。硫酸基転移は化合物への水溶性付与や薬物代謝の面からも重要な反応であることから、LipB の硫酸基転移反応機構の解明と応用展開は興味深い。

これまでウラシル含有ヌクレオシド化合物の生合成遺伝子に関する知見はほとんどなかったが、本研究によりA-500359 類、A-503083 類及び A-90289 類の 3 種類の生合成遺伝子クラスターが同定された。得られた生合成遺伝子の分子レベルでの解析から、capuramycin-type 化合物における新規アミド結合反応を発見し、リン酸化による耐性機構を明らかにした。また、liposidomycin-type 化合物における新規硫酸基転移酵素を見いだし、機能解析を実施した。これらの研究成果はヌクレオシド系生理活性物質の生合成に新たな知見を与えると共に生産量向上、菌株ライブラリーの充実や新規物質創製系構築などの応用展開への足がかりになるものである。

図1. A-500359 類の構造

図2. A-503083 類の構造

図3. A-90289 Aの構造

審査要旨 要旨を表示する

ウラシル含有ヌクレオシド系化合物、mureidomycin、liposidomycin、capuramycinなどは細菌の細胞壁構成成分であるペプチドグリカン生合成の最初のステップを担う translocase Iに対する阻害活性を有している。translocase Iを標的とした薬剤で上市されたものはなく、既存の薬剤に対する耐性菌の問題から、translocase Iは大変魅力的な創薬標的である。本論文はtranslocase I阻害剤として放線菌の代謝産物中から見出された複数の化合物(capuramycin-type化合物であるA-500359類及びA-503083類、liposidomycin-type化合物であるA-90289類)の生合成に関する研究をまとめたものであり、5章より構成される。

第一章では、A-500359類の生合成遺伝子の取得及び生産制御について述べている。A-500359 類の高生産株及び非生産株を用いた遺伝子発現解析から、A-500359類の生合成遺伝子クラスターを見出した。異種発現実験から、aminoglycoside 3'-phosphotransferaseホモログであるORF21がA-500359類に対する自己耐性に関与していることが示唆された。さらに、A-500359類の生産制御には巨大線状プラスミド SGF180 及び、低分子シグナリング化合物様の物質が関与していることが示唆された。

第二章では、A-503083類の生合成遺伝子の取得及びCapB、CapUの機能解析について述べている。A-503083類はA-500359類の2'-hydroxyl 基に carbamoyl 基が付加した化合物であることから、第一章で得られたA-500359類の生合成遺伝子群の一部をプローブとして用い、A-503083類の生合成遺伝子クラスターを取得した。Carbamoyltransferase ホモログであるCapBはcarbamoyl phosphateをcarbamoyl基供与体として、A-500359 A、A-500359 B からそれぞれA-503083 A、A-503083 Bを生成した。Non-ribosomal peptide synthethase (NRPS) ホモログであるCapUはATP-PPi 交換アッセイの結果、L-lysine を基質として最も好むことが明らかになった。このことから CapU はaminocaprolactam 環の形成に関与することが示唆された。

第三章では、A-503083 B生合成における新規なアミド結合形成反応について述べている。MethyltransferaseホモログであるCapSはA-503083 FにS-adenosylmethionine依存的にメチル基を転移しA-503083 Eを生成した。また、class C β-lactamaseホモログであるCapWはA-503083 E及びaminocaprolactam環を基質にamide-ester交換反応を触媒し、A-503083 Bを生成した。 以上の結果から、メチルエステルを介したS-adenosylmethionine依存的アミド結合形成という新規なアミド結合形成機構が明らかにされた。

第四章では、A-503083類のリン酸化を介した自己耐性について述べている。Aminoglycoside 3'-phosphotransferase ホモログであるCapPはA-503083 BへのATP依存的なリン酸基転移を触媒した。得られた生成物のNMR解析から転移部位は 3''-hydroxyl基と同定された。また、3''-phospho-A-503083 Bのtranslocase I 阻害活性は著しく減弱しており、Mycobacterium smegmatisへの抗菌活性を失っていた。

第五章ではA-90289類の生合成遺伝子の取得及びLipBの機能解析について述べている。生産菌Streptomyces sp. SANK 60405 のドラフトゲノム配列を決定し、A-90289類の生合成遺伝子クラスターを見出した。遺伝子破壊実験から、aryl sulfotransferaseホモログをコードするlipBはsulfate転移に、rhamnosyltransferaseホモログをコードするlipB1はpermethylated rhamnose転移に、serine hydroxymethyltransferaseホモログをコードするlipK は基本骨格形成に関与することが示唆された。さらに、LipB はp-nitrophenylsulfate を硫酸基供与体とし、desulfo-A-90289 A、uridine 及び 3'-deoxyuridine に硫酸基を一分子転移することを明らかにした。

以上、本論文はウラシル含有ヌクレオシド系化合物である3つの化合物群の生合成遺伝子を同定し、新規なアミド結合形成機構及び新規硫酸基転移反応を見出すとともに、A-503083類に対する自己耐性化機構を明らかにしたものであり、学術的ならびに応用的に貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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