学位論文要旨



No 217692
著者(漢字) 山﨑,聡
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,サトシ
標題(和) 造血幹細胞の休眠状態を誘導する骨髄ニッチ細胞の同定
標題(洋) Identification of bone marrow niche cells which induce hibernation of hemaopoietic stem cells
報告番号 217692
報告番号 乙17692
学位授与日 2012.06.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 第17692号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中内,啓光
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は造血幹細胞の分裂周期を冬眠様状態に維持するために必要な骨髄微小環境(ニッチ)の本態と機能に関する成果をまとめた。

生涯に渡り様々な血液細胞を供給し続ける造血幹細胞の多くは、冬眠様状態(細胞周期のG0期)のまま骨髄内のニッチで密かに生き続けていると考えられている。現在までに骨髄ニッチを構成している細胞として様々な報告がなされているが、造血幹細胞の冬眠様状態を制御するニッチが骨髄のどこにあり、どのようなメカニズムで機能しているのか、未だ詳細は不明であった。

本研究は、造血幹細胞の冬眠様状態の維持に関わる分子やシグナルを手がかりに、組織学的解析や画像解析技術を駆使して骨髄ニッチを構成する細胞を明らかにすることを目的とした。

はじめに、骨髄中の造血幹細胞の細胞膜に存在するLipid Raft (LR)分画をコレラトキシンタンパク質で蛍光染色法することにより解析した。その結果、G0期の造血幹細胞では細胞膜表面全体にLRが分布するのに対し、Stem Cell Factor (SCF)やThrombopoietin (TPO)で活性化した造血幹細胞では細胞膜の一部に局在することが確認された。一方、SCFやTPOの刺激で亢進すると考えられる造血幹細胞のAKTのリン酸化レベルをLRの変化と同時に解析したところ、LRのクラスタリングと同時にAKTのリン酸化も認められた。以上の実験から、骨髄内に存在するニッチ細胞がLRクラスタリングを阻害するシグナルを造血幹細胞に伝え、サイトカインシグナルによる増殖刺激を回避して冬眠様状態を誘導しているのではないかと考えた。

そこで、私は骨髄ニッチには造血幹細胞の細胞周期を止める働きがあるという仮説を立て、造血幹細胞の細胞分裂とLRクラスタリングを抑制する因子をスクリーニングし、サイトカインの一種であるTGF-βが造血幹細胞の細胞分裂とAKTのリン酸化を抑制することを明らかにした。In vivoの実験では、TGF-β型受容体2ノックアウト (Tgfbr2-KO)マウスの造血幹細胞は野生型マウスと比較して細胞周期が亢進していること、骨髄移植後に生着する末梢の血液細胞も時間を経過するほど著しく低下することが示された。

次に、私は生体に存在するTGF-βが不活性型TGF-β(潜在型TGF-β)として存在することに注目し、骨髄において潜在型TGF-βが活性型に変換されるのはどのような細胞であるのかを抗 LAP抗体と抗活性型TGF-β抗体を用いてマウスの骨髄切片を免疫染色した。その結果、抗LAP抗体では様々な細胞が染色されたが、抗活性型TGF-β抗体で染色された細胞は血管内皮細胞様の細胞であった。しかし、活性型TGF-β陽性細胞は血管内皮細胞のマーカーであるVEカドヘリン陽性細胞とは異なる細胞であることが明らかとなった。さらに、活性型TGF-β陽性細胞はグリア細胞のマーカーである抗GFAP抗体でより強く染色されることが確認された。さらに、私は骨髄に存在するGFAP陽性細胞がチロシンヒドロキシラーゼ陽性細胞とほぼ同様の局在を示すことから、このGFAP陽性細胞は神経系細胞ではないかと考えた。その後の詳細な免疫染色法による解析から、骨髄中で活性型のTGF-βを発現している細胞は、血管と並走して局在化する非ミエリン鞘シュワン細胞であることが明らかになった。さらに、画像解析装置システムによる解析の結果、造血幹細胞マーカー陽性の細胞がGFAPを発現しているシュワン細胞の近傍に存在していることを確認した。

また、神経を遮断してワーラー変性を起こすことにより骨髄中のシュワン細胞を減少できないだろうかどうかと考え、骨髄に入り込む自律神経を遮断してみたところ、神経を遮断した骨髄において有意にGFAP陽性細胞と活性型TGF-β陽性細胞の減少が確認された。さらに、神経を遮断したのちにBrdUを1週間投与し続け,造血幹細胞の細胞周期を解析した結果、神経遮断を行ったマウスの造血幹細胞ではBrdUの取り込みが有意に亢進し、冬眠から目覚めて分裂していることが示唆された。以上の結果から、論文提出者は造血幹細胞の冬眠様状態に不可欠な骨髄ニッチの構成細胞として、神経系細胞の一種であるグリア細胞が関与していることを証明した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、造血幹細胞の分裂周期を冬眠様状態に維持するために必要な骨髄微小環境(ニッチ)の本態と機能に関する成果をまとめたものである。

生涯に渡り様々な血液細胞を供給し続ける造血幹細胞の多くは、冬眠様状態(細胞周期のG0期)のまま骨髄内のニッチで密かに生き続けていると考えられている。現在までに骨髄ニッチを構成している細胞として様々な報告がなされているが、造血幹細胞の冬眠様状態を制御するニッチが骨髄のどこにあり、どのようなメカニズムで機能しているのか、ほとんど知られていなかった。

論文提出者は、造血幹細胞の冬眠様状態の維持に関わる分子やシグナルを手がかりに、組織学的解析や画像解析技術を駆使して骨髄ニッチを構成する細胞を明らかにすることを試みた。

はじめに、骨髄中の造血幹細胞の細胞膜に存在するLipid Raft (LR)分画をコレラトキシンタンパク質で蛍光染色法することにより解析した。その結果、G0期の造血幹細胞では細胞膜表面全体にLRが分布するのに対し、Stem Cell Factor (SCF)やThrombopoietin (TPO)で活性化した造血幹細胞では細胞膜の一部に局在していた。一方、SCFやTPOの刺激で亢進すると考えられる造血幹細胞のAKTのリン酸化レベルをLRの変化と同時に解析したところ、LRのクラスタリングと同時にAKTのリン酸化も認められた。以上の実験から、論文提出者はニッチ細胞がLRクラスタリングを阻害するシグナルを造血幹細胞に伝え、サイトカインシグナルによる増殖刺激を回避して冬眠様状態を誘導しているのではないかと考えた。

そこで、論文提出者は骨髄ニッチには造血幹細胞の細胞周期を止める働きがあるという仮説を立て、造血幹細胞の細胞分裂とLRクラスタリングを抑制する因子をスクリーニングし、サイトカインの一種であるTGF-βが造血幹細胞の細胞分裂とAKTのリン酸化を抑制することを明確に示した。In vivoの実験では、TGF-β型受容体2ノックアウト (Tgfbr2-KO)マウスの造血幹細胞は野生型マウスと比較して細胞周期が亢進していること、骨髄移植後に生着する末梢の血液細胞も時間を経過するほど著しく低下することを明確にした。

次に、論文提出者は生体に存在するTGF-βが不活性型TGF-β(潜在型TGF-β)として存在することに注目し、骨髄において潜在型TGF-βが活性型に変換されるのはどのような細胞であるのかを抗 LAP抗体と抗活性型TGF-β抗体を用いてマウスの骨髄切片を免疫染色した。その結果、抗LAP抗体では様々な細胞が染色されたが、抗活性型TGF-β抗体で染色された細胞は血管内皮細胞様の細胞であることを発見した。しかし、活性型TGF-β陽性細胞は血管内皮細胞のマーカーであるVEカドヘリン陽性細胞とは異なる細胞であった。さらに、活性型TGFβ陽性細胞はグリア細胞のマーカーである抗GFAP抗体でより強く染色されることが確認された。さらに、論文提出者は骨髄に存在するGFAP陽性細胞がチロシンヒドロキシラーゼ陽性細胞とほぼ同様の局在を示すことから、このGFAP陽性細胞は神経系細胞ではないかと考えた。その後の詳細な免疫染色法による解析から、骨髄中で活性型のTGF-βを発現している細胞は、血管と並走して局在化する非ミエリン鞘シュワン細胞であることが明らかになった。さらに、画像解析装置システムによる解析の結果、造血幹細胞マーカー陽性の細胞がGFAPを発現しているシュワン細胞の近傍に存在していることを確認した。

また、神経を遮断してワーラー変性を起こすことにより骨髄中のシュワン細胞を減少できないだろうかどうかと考え、骨髄に入り込む自律神経を遮断してみたところ、神経を遮断した骨髄において有意にGFAP陽性細胞と活性型TGF-β陽性細胞の減少が確認された。さらに、神経を遮断したのちにBrdUを1週間投与し続け,造血幹細胞の細胞周期を解析した結果、神経遮断を行ったマウスの造血幹細胞ではBrdUの取り込みが有意に亢進し、冬眠から目覚めて分裂していることが示唆された。以上の結果から、論文提出者は造血幹細胞の冬眠様状態に不可欠な骨髄ニッチの構成細胞として、神経系細胞の一種であるグリア細胞が関与していることを証明した。

この成果は造血幹細胞だけでなく、白血病幹細胞の休眠機構と白血病の再発に関連することから、医学的にも極めて重要な知見と考えられる。

なお、本論文は千葉大学、京都大学、昭和大学、ルンド大学との共同研究であるが、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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