学位論文要旨



No 217693
著者(漢字) 山下,恵
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,メグミ
標題(和) 空の状態の自動観測手法を応用した地上の光環境解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 217693
報告番号 乙17693
学位授与日 2012.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17693号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 沢田,治雄
 東京大学 准教授 布施,孝志
 東京大学 准教授 竹内,渉
 千葉大学 准教授 本多,嘉明
内容要旨 要旨を表示する

太陽からの光は,陸域植生の光合成活動において不可欠な環境因子の一つであり,局所レベルから全球レベルでの陸域生態系における物質循環モデルの重要な入力パラメータである.太陽放射に含まれる可視光域(0.4-0.7μm)の光放射は,光合成で有効に利用されることから光合成有効放射(Photosynthetic Active Radiation: PAR)と呼ばれている.地表を覆う樹木や建物等の上端(地上)において,太陽面から直接届く直達PARと大気中の雲などが存在する天空方向から届く散乱PARがあり,この2成分の和が地上に入射する全天PARである.このように,地上において質の異なる直達および散乱2成分の光放射が存在する状態を,本研究では「地上の光環境」と定義する.

地上の光環境を構成する直達および散乱PARの観測には,放射計に加えて太陽の動きを自動追尾する装置を必要とし,一台あたり100~200万円程度の高額機器を使用する.また,機器の取扱いや設置は容易でない.そのため,一般に,全天日射量や日照時間,雲量などの気象観測データを用いて間接的に推定した値が使われているが,その推定精度や時間分解能,観測点数については十分とは言えない.特に,雲の変動や空の状態変化による地上の光環境の空間的・時間的不均一性が推定誤差の大きな要因と言われており,より充実した地上観測および検証が求められている.

一方で,地上観測をベースとした光合成機能とCO2吸収量・生産性に関する既存研究において,光利用効率は,快晴時よりも雲が存在する空の状態で,散乱PARが直達PARに対して卓越する地上の光環境のほうが高まるという報告が多数ある.これらは,直達・散乱PARデータの重要性とともに,地上の光環境把握には空の状態に関する観測データの利用が有効であることに論及している.しかしながら,空の状態に関する観測のほとんどが目視で行われているために,観測点の限定や低頻度観測,観測データの定量化が困難であるといった観測手法に対する問題も指摘される.

以上の背景から,直達PAR,散乱PARに直接影響する太陽の有無や全天空の雲量,明るさといった空の状態を簡易な装置を用いて自動観測できれば,場所を限定しない高頻度多点観測,客観的かつ定量的データの取得・利用が可能になると考えられる.また,刻々と変動する様々な空の状態下における地上の光環境特性の解明や,直達・散乱PARで構成される地上の光環境の推定も期待できる.

そこで本研究では,全天カメラを用いて,効率的に空の状態を自動観測する手法を開発し,空の状態観測結果から,様々な空の状態下における地上の光環境の特性把握,ならびに直達・散乱成分を含めたPARを推定するための地上の光環境解析を行うことを目的とする.この目的に対する研究課題として,1) 全天カメラを用いた空の状態自動観測手法の開発,2) 空の状態観測手法の実用性に関する検討,3) 地上の光環境解析への空の状態観測手法の応用,に取り組む.また,3つの研究課題を通して,本手法の広域展開ならびに,さらなる応用可能性について検討する.なお,本研究における空の状態自動観測手法の開発は,目視に代わり,市販の全天カメラで撮影した画像に対する汎用的な画像処理手法によって空の状態を識別・指標化するための新たな取り組みでもある.

本論文は,8章で構成される.1章および8章は,序論と結論である.以下,2~7章の概要をそれぞれ記す.

2章では,先ず,本研究のキーワードである地上の光環境と空の状態について定義し,空の状態による地上の光環境への影響について述べる.次に,地上の光環境に関連する既存研究のレビューから空の状態に関する観測の必要性を論じ,既存研究における成果と課題を整理する.その上で,気象庁が実施している空の状態に関連する地上観測の現状をまとめ,既存研究からの課題および現状の観測における課題を考慮し,全天カメラを用いた効率的な空の状態の自動観測手法の導入を提案する.

3章は,空の状態の識別・指標化のための画像処理に適した全天画像の撮影,記録,蓄積について述べる.ここでは,露光条件を固定した撮影により輝度と画素値(DN)には一対一の関係が保たれるため,画像処理において輝度値へ変換する必要はなくDN値を用いた画像解析を可能としている.つづいて,本研究で使用するデジタルカメラと魚眼レンズで構成された全天撮影システムと露出などの撮影設定および,その運用として京都市内で実施した全天画像撮影サイトについて詳説する.また,地上の光環境解析に用いる全天・散乱PAR観測データの内容および雲の高さ別にみた全天画像の撮影範囲について述べる.

4章では,全天カメラで自動連続撮影した全天画像を用い,画像処理によって空の状態を識別・指標化する手法について詳説する.先ず,空の状態に関する巨視的な情報を抽出するための指標Sky Index・Brightness Indexを開発・導入し,空の状態を形成している太陽,雲,青空領域を識別する手法を確立する.次に,識別した空の状態を説明するために,太陽の有無,雲量,天空の明るさ,青空の青さを示す天空パラメータを導出・指標化する.さらに,指標化した天空パラメータを用いて,空の状態の分類定義および分類基準を定める.また,全天カメラを用いた空の状態観測手法の汎用性の検討として,異なる機種のカメラを用いて撮影された全天画像に対する本画像処理手法の再現性を確認する.

以下の5章および6章では,開発した空の状態自動観測手法の検証および実用性の検討,そして,本手法の応用による地上の光環境解析について論じる.

5章では,約1年間に撮影,蓄積された全天画像を用いて空の状態を分類,解析した結果を基に,時間・空間スケールの異なる大気運動の特徴を考察しながら,本研究で開発した空の状態自動観測よる結果の検証および観測手法の実用性に関する検討を行う.先ず,時間スケール,空間スケールの異なるさまざまな大気運動によって発生する雲やその周期について概説し,季節変化をもたらす大気運動,短時間における雲の激しい変動をもたらす大気運動について論じる.その上で,3,4章で確立した手法による空の状態観測結果と京都地方気象台における観測結果とを比較し,空の状態観測結果を検証する.また,年間南中時頃の観測データを用いた空の状態の季節変化を解析・考察する.さらに,日中の雲の変動が激しい日を対象として,日変化解析から空の状態変化の特徴を捉え,気象台における時間ごとの観測データならびに,全天画像撮影と同期観測した全天・散乱PAR観測データと比較・考察する.このように空の状態観測結果とその季節変化・日変化解析結果を検証した上で,本研究で開発した空の状態自動観測手法の地上の光環境解析への実用性について検討する.

6章は,開発した空の状態の自動観測手法を応用し,地上の光環境解析を通して空の状態から全天・散乱PARを推定することを目的とする.そこで先ず,地上に到達する太陽放射・PARについて,大気上端から大気中を伝達する過程とその理論式について解説し,先行研究において用いられている大気上端水平面に入射するPARで正規化した全天,直達,散乱PAR指標について詳説する.その上で,実際に5章の季節変化解析で用いた年間南中時頃観測の空の状態分類結果と大気上端PARで正規化した全天,直達,散乱PAR指標との関係を把握し,空の状態分類クラスごとに見られると特性を考察する.これらの特性を考慮した空の状態クラス毎での全天・散乱PAR推定を試み,従来手法よりも短時間でかつ高精度な推定手法を検討する.

7章では,本研究で開発した空の状態観測手法の広域展開を想定した応用可能性について論じる.全天カメラを多点に配置する場合,どの程度の水平間隔で設定することにより,空の状態および地上の光環境を空間的に把握可能であるかを検討し,空の状態多点観測の実現性について,森林や都市といった空間の光環境解析に着目した視点からまとめる。さらに,地上での空の状態観測と衛星観測とのリンクおよび,AsiaFluxやSKYNETなど既存の地上観測ネットワークとの連携によって,地上検証データとしての利用における応用可能性について検討する.

以上,本研究では,全天カメラを用いた効率的な空の状態自動観測手法の開発を行い,本手法による観測データを用いて地上の光環境解析を行った.その結果,本手法によって全天・散乱PAR推定が可能であると結論づけられる.また,本研究の取り組みは,空の状態観測の広域展開と既存の地上観測ネットワークとの連携により,雲の発生・変動などの特性解明や,植物群落内の光環境評価,都市空間における光エネルギー利用など,大気や光エネルギーに関連した分野における応用可能性を持つ.さらに,直達・散乱PARを入力パラメータとする陸域生態系モデル等へのデータ提供や,衛星観測とのリンクおよび地上検証によって,温暖化予測や地球環境問題解決に対する貢献が期待できると考える.

審査要旨 要旨を表示する

太陽放射に含まれる可視光域(0.4-0.7μm)の光放射は,光合成有効放射(Photosynthetic Active Radiation: PAR)と呼ばれる.PARは,陸域植生の光合成活動において不可欠な環境因子の一つであり,局所から全球レベルまでの陸域生態系におけるCO2などの物質循環モデルの重要な入力パラメータである.地表を覆う樹木や建物等の上端(地上)において,太陽面から直接届く直達PARと大気中の雲などが存在する天空方向から届く散乱PARがあり,この2成分が地上の光環境を構成している.直達PARと散乱PARの観測には,放射計に加えて太陽の動きを自動追尾する装置を備えた高額機器を使用し,機器の取扱いや設置は容易でない.そのため,一般には全天日射量や日照時間,雲量などの気象観測データから間接推定した値が使われているが,その推定精度や時間分解能,観測点数については十分ではない.特に,空の状態変化による地上の光環境の空間的・時間的不均一性が,推定誤差の大きな要因と言われており,充実した地上観測・検証が求められている.本論文は,直達・散乱2成分で構成される地上の光環境に直接影響する空の状態に着目し,1)これまで目視で行われてきた空の観測に代替すべく全天カメラを用いた効率的な空の状態自動観測手法を開発し,2)本観測手法を応用した直達・散乱PARの特性把握やPAR推定のための地上の光環境解析を通して,温暖化予測や地球環境問題解決に対する新たな地上観測手法の1つとして提案するものである.

全天カメラによる画像撮影では,露光条件を固定した撮影によって画像処理において輝度値への変換を必要しない,DN値を用いた画像処理を可能にした.撮影時の画質は,画像処理においてRAWやTiff形式で記録した画像と比べて影響の少ない1/4圧縮程度のJPEG形式で,2分間隔で多量な全天画像を記録し,JPEGのような汎用ファイルを用いた画像活用の有効性を示した.ここで提案する全天画像撮影方法は,各種カメラを用いた類似の観測にも適用可能である.

全天画像から空の状態を識別する手法では,画像上の空の青さと雲の白さを表す指標Sky Index(SI)を開発し,明るさを示す指標Brightness Index(BI)と組み合わせることで,太陽・雲・青空領域の区分を可能にした.また,空の状態を説明するために,太陽の有無・雲量・天空全体の明るさの程度・空の青さの程度を指標化した天空パラメータを導出し,これらを用いて最大27クラスの空の状態分類を行った.このような直達PARと散乱PARに影響する空の状態の特徴を考慮した分類により,地上の光環境解析への応用可能性を広げた.さらに,異なるカメラ機種を用いて撮影した全天画像に対する空の状態識別手法の再現性を確認した.

開発した空の状態観測手法の実用性の検討として,京都市内で実施した約1年間の空の状態観測結果を用いて,観測地点から数km離れた気象台観測データとの比較を行った.空の状態の季節変化の特徴は,気象台の年間気象観測データおよび年報と類似した傾向を示していることが確認できた.また,雲の変動の激しい日を対象とした空の状態の日変化解析では,気象台観測の天気概況をほぼ忠実に再現していた.空の状態観測結果の太陽出現率と気象台観測の日照率と比較した結果では,太陽出現率と日照率が近い値を示す時間帯もあれば,10%以上の差がみられる時間帯もあった.両者の差が大きい時間帯は,空の状態の変動も激しかったことが確認でき,空の状態自動観測の有用性を示した.

空の状態自動観測手法の応用として,南中時頃に撮影した全天画像および同期観測した全天・散乱PARの年間データを用いて,全天画像から識別・分類した空の状態と大気上端水平面PARで正規化した全天・散乱・直達PAR指標の特性を調べた.その結果,分類した空の状態クラス別に見られる全天・散乱・直達PAR指標との関係から,空の状態クラス毎の地上の光環境特性を明らかにした.この空の状態クラス毎の全天および散乱PAR指標の特性を利用して,雲の変動が激しい日中サンプル画像を対象に全天および散乱PAR瞬間値の推定を試みた.瞬間値では空の状態の変動による推定値のバラつきが目立つものの,10分,20分,30分で移動平均し比較したところ,20分平均推定値では,空の状態の変動による値のバラつきはほとんど見られなかった.これらの解析を通して,従来手法よりも短時間でかつ精度の高いPAR推定を実現した.

以上,本論文では,全天カメラを用いた効率的な空の状態自動観測手法を開発し,本観測手法を応用した地上の光環境解析を行った.これにより,陸域生態系における物質循環モデルの重要パラメータである直達散乱成分を含めたPARの推定を可能にした.また,開発した空の状態自動観測の広域展開および既存の地上観測ネットワークとの連携によって,雲の発生・変動などの特性解明や植物群落内の光環境評価,都市空間での光エネルギー利用など,大気や光エネルギーに関連した幅広い分野への応用可能性も持つ.さらに,陸域生態系モデルへのデータ提供や衛星観測とのリンクおよび地上検証を通して,温暖化予測や地球環境問題解決に対する貢献が期待される.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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