学位論文要旨



No 217695
著者(漢字) 芦田,純生
著者(英字)
著者(カナ) アシダ,スミオ
標題(和) 時間変調プロセスプラズマの特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 217695
報告番号 乙17695
学位授与日 2012.06.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17695号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 教授 寺嶋,和夫
 東京大学 准教授 一木,隆範
 東京大学 准教授 神原,淳
 東京大学 教授 小田,哲治
内容要旨 要旨を表示する

半導体集積回路をはじめとする電子部品の進歩には、その製造プロセス技術の進化が不可欠である。なかでも、グロー放電プラズマを用いた成膜や微細加工プロセスの進歩は、電子部品の高度化に中心的な役割を果たしてきた。本研究の目的は、そのようなプロセスプラズマの理解を深めて、高度な電子情報デバイスの実現に資することにある。

プラズマプロセスの高度化の中で、制御の自由度が高く、かつかつスループット向上が期待できる、ICP(Inductively Coupled Plasma)やECR(Electron Cyclotron Resonance)プラズマなどの「高密度プラズマ源」が開発された。しかし、これらのプラズマ源では、半導体デバイスの微細加工における選択比の低下や、異方性エッチング特性の低下が問題となり、その解決のために、プラズマ励起電力の高速なオン・オフによる「時間変調プラズマ」が有効であることが報告された。

時間変調高密度プラズマの変調条件の最適化や、さらなる展開に向けては、シミュレーションの活用が有効と考えられる。しかし、従来の「粒子モデル」や「流体モデル」では、十分な精度を得るためには大きい計算機リソースが必要である。そこで本研究では、プラズマ密度などの粒子密度と電子温度を、位置によらないとする単純化を適用した「ゼロ次元モデル」を採用して、少ないリソースで必要十分な精度が得られるシミュレーション技術を開発する。得られた結果を実験結果と比較して、モデルの妥当性を確認する。さらに、シミュレーション結果とプラズマ中の衝突や壁面での反応などの個々の素過程との関係を考察し、プロセス特性とプラズマパラメータとの関係を理解する。本研究では、最も単純なガスの例として、正イオンと電子からなる原子ガスであるアルゴンプラズマを取り上げる。半導体微細加工にも使われるガスの例として、正イオンと負イオンの両方が関係する分子ガスである塩素プラズマを取り上げる。

本研究のモデルでは、電子・イオンなどの粒子の生成レートと消失レートの差が、それらの時間変化と等しいと置く粒子密度バランスの式と、印加パワーが、消費パワーと等しいと置くパワーバランスの式を構築する。本研究以前のゼロ次元モデルは、定常プラズマが対象であったため、時間を変数として含まなかったが、本研究では、時間を独立変数とする微分方程式を解くことになる。

正イオンの生成に関しては、電子が原子・分子に衝突しておこる衝突イオン化が最も重要である。この過程に対応する反応定数は、イオン化のしきい値エネルギーをEiz、電子温度をTeとして、exp(-Eiz/Te)にほぼ比例するものとした。一方、プラズマの減衰に関しては、荷電粒子のシースへの流入と、引き続いく壁面での電子の脱離が重要である。シースへ流入する流束は粒子密度とボーム速度(電子温度の平方根に比例する)との積で表した。塩素の場合は、負イオンの生成を考慮する必要がある。負イオン生成に支配的な素過程は電子が塩素分子に衝突しておこる解離付着である。これは、衝突イオン化と全く異なり、0.1 eV以下の低い電子温度で盛んに起こる特徴的な電子温度依存性を示す。

本モデルでは、プラズマ内の粒子密度には、位置分布が無いものとするが、プラズマをバルク・プリシース・シースの3領域に分割し、プリシース領域とシースとの境界である「シースエッジ」におけるプラズマ密度は、バルクプラズマとは異なる値をとるものとする。

本研究では、ラングミュアプローブによるICP時間変調プラズマの測定結果と比較することにより、シミュレーション結果の妥当性を検証する。アルゴンプラズマに関しては、筆者らが測定した結果を用いる。塩素プラズマに関しては、他の研究者による報告例を用いる。

ゼロ次元モデルによって、アルゴンプラズマに関しては、プラズマ密度(電子密度に等しい)と電子温度の時間変化の挙動を求めた。塩素プラズマに関しては、塩素原子・分子およびそれらの正イオン、原子状負イオン、電子の密度の時間変化を求めた。その結果、アルゴンプラズマと、解離度の高い塩素プラズマとは、電子温度・電子密度の変化の時間スケールが、互いに近かった。いずれも、電子温度の応答時間スケールは数μsのオーダーであった。一方、電子密度の応答時間スケールは数十μsであった。また、印加パワーをオフした際の電子温度が低下の時定数は10 μs程度であった。この結果から、パワーが印加されると速やかにイオン化が始まること、パワーが停止されると速やかにボーム速度が急速に減衰することが示された。そのため、パワー印加開始時の荷電粒子の増加と、パワー印加終了時の荷電粒子の消失のいずれもが、速やかに起こることがわかった。これらの電子密度の増加・減少の時定数を実験結果と比較した結果、本シミュレーション結果は実験結果とリーズナブルな一致を見た。

電子密度を変調周期全体にわたって時間平均した値を求め、変調周期やデューティ比などとの関係を調べた。その結果、アルゴンプラズマでは変調周期100 μs程度で、塩素プラズマでは50 μs程度において電子密度が極大値をとることが判明した。これは、適切な変調周期を選択することで、高いプラズマ生成レートを維持しつつ、消失を抑制できたことを示している。これにより、プラズマの閉じ込め効果が得られると言える。しかし、この効果は、オフ時間にもわずかなパワーを与えることで格段に低下することが示された。これは、オフ時間の電子温度が一旦は低下しても再上昇するため、荷電粒子の壁面への輸送と消滅が十分に低下しないためであると考えられる。

半導体集積回路の微細加工で重要なCHF4ガスの解離過程を次のように検討した。ガス分子に電子が衝突して起こる解離のしきい値エネルギーをEaとすると、反応定数はexp(-Ea/Te)にほぼ比例する。アルゴンプラズマのシミュレーションで、任意のEaを持つ仮想的な衝突解離反応を想定し、その反応頻度の時間平均をとったところ、Eaの値によって、変調周期の値に対する依存性が大きく異なることが分かった。このため、分子性ガスの解離など、しきい値エネルギーを持つ反応は、変調周期を制御することで、選択的に促進したり抑制したりできることが示唆された。たとえば、CHF4ガスの衝突電離過程の中では、適切な周期の時間変調を行うことで、側壁保護膜の材料となる反応前駆体(プリカーサ)の生成レートが制御でき、異方性エッチングや選択比の確保に時間変調が役立つことが示された。

解離度が高い塩素プラズマはアルゴンプラズマと似た挙動を示すことは先述の通りである。一方、本シミュレーションの結果、塩素分子の解離度が低い場合は、負イオンが多く、アルゴンと挙動が異なるプラズマとなった。このことから、負イオンの生成には塩素分子が十分に供給される必要があることが示された。また、反応容器壁面での塩素原子の再結合が、塩素分子の再供給に大きい役割を果たすことが明らかになった。解離度が低い塩素プラズマでは、パワー印加をオフして数十μsの後には、電子が実質的に消滅し、正イオンと負イオンのみからなるプラズマとなった。この場合、印加電力オフ後の電子密度の減衰時定数は10 μs程度と、負イオンに乏しい塩素プラズマないしアルゴンプラズマの電子密度の減衰時定数が数十μsであるのに比較して、明らかに短いことが確認された。この点に関しても、報告された実験例と照合して、妥当性が確認できた。

また、壁面近傍に形成されるシースを通した荷電粒子の輸送を解析した結果、負イオンが十分に生成する場合であっても、電子が存在する限り、負イオンは容器壁面に流入できず、パワーをオフした数10μs後に電子密度が実質的にゼロとなってはじめて起こることが示された。

本研究で提示したゼロ次元モデルによる時間変調プラズマのシミュレーション手法は、他のガス系や異なるプラズマ励起法へ展開できる可能性がある。既に多くの研究者によって、展開の例が報告されている。たとえば、非Si系の微細加工に用いられる塩素・アルゴンの混合ガスや、アッシングやクリーニングに用いられる酸素ガス、カーボンナノチューブのプラズマCVDに用いられる炭化水素ガスのグロー放電プラズマ、また、10 μsの短時間に大電力を与えてスパッタ放出粒子をイオン化する「High power impulse magnetron sputtering (HiPIMS)」においても本シミュレーション手法の有効性が示されている。

以上のように、本研究において、時間変調プラズマのシミュレーションに向けてゼロ次元モデルを開発し、その妥当性を実験との比較によって示した。さらに、本モデルによるシミュレーション結果から、時間変調プラズマの特徴を把握した。その結果は電子デバイス製造プロセスの理解やデバイスの特性向上につながる可能性がある。また、本シミュレーションモデルは、他のガス系や異なる条件へも展開できるものと期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「時間変調プロセスプラズマの特性に関する研究」と題し、半導体集積回路などの製造に適用される時間変調プラズマの最も単純化されたシミュレーションモデルを構築し、実験との対比によって同モデルの妥当性を検証し、さらに同モデルの適用知見を論じたものである。

プラズマプロセシング高度化の過程で、微細加工性と処理速度の飛躍的向上に向け、近年、励起電力を高速にオン・オフする時間変調高密度プラズマ源が導入されてきた。その深化においては、大規模計算による精緻なシミュレーション展開とともに、その本質を的確に把握する為の可能な限り単純化されたモデル化が望まれ、本論文は後者の立場から、バルクプラズマの均一性を仮定する「ゼロ次元モデル」を基本とした手法を開発している。同モデルは、単純でありながら、アルゴンや塩素プラズマの時間変調による挙動特性の本質を明示するとともに、定量的にも必要十分な精度が得られることが、実験との比較により確認されている。本論文は全6章から構成されている。

第1章は序論であり、電子デバイス部材加工分野の高度化にプラズマプロセシングが果たした役割、プロセスプラズマの進展、並びにプロセスプラズマの多様なシミュレーション手法を概観し、本研究の目的を明確化している。

第2章は、本研究展開の直接の動機となった、電子デバイス部材のCVDや超微細加工に使用されるプラズマの進化過程を詳述するとともに、それらのプラズマに時間変調を適用して得られる効果について具体例を通して紹介している。また、従来の粒子モデルなどのシミュレーション例を紹介して、より単純なシミュレーション手法の必要性を論じ、本研究の位置づけと意義を明確化している。

第3章は、アルゴンプラズマの時間変調ゼロ次元モデルの導出を詳細に展開し、プローブ測定との対比によってモデルの妥当性を確認している。特に、当該モデルにより導出される印加電力オフ後のプラズマ密度の減衰時定数及び電子温度の減衰時定数から、変調周期をその中間に設定することでプラズマを維持しながら電子温度が制御されることを明示し、この機構こそが半導体の微細加工における時間変調の主要な効果であることを明らかにしている。

第4章では、電子デバイス部材微細加工に広く使われ、かつ負イオンや分子イオンを含め、多様な粒子からなる塩素プラズマについてモデルを構築し、報告されている測定例と比較して、シミュレーション結果の妥当性を論じている。結果として、解離性電子付着による塩素負イオンの生成には塩素分子の十分な供給が必要であることから、反応容器壁面での塩素原子の再結合が大きな役割を果たすことを明らかにしている。また、塩素プラズマは、印加電力オフ後の電子密度の減衰時定数が解離度に依存し、解離度が低い場合には、電子が実質的に消滅して、正イオンと負イオンのみとなる状況もあり得ることなどを明示している。

第5章では、第3章、第4章で展開したアルゴンと塩素プラズマのゼロ次元モデルによるシミュレーション結果および実験との対比による総括的考察を行うとともに、当該ゼロ次元モデルがより広範なガス系にも適用しうる事が述べられている。中でも、アルゴンプラズマや解離度の高い塩素プラズマと、解離度の低い塩素プラズマとの大きな特性の差異を、印加電力オフ後の電子密度の減衰時定数の長短によって論理的に明示したことは高く評価される。

第6章は総括であり、本論文で提示した時間変調プラズマのシミュレーションモデルの意義と限界、および将来への展開などをまとめている。

以上を要約すると、本研究では高密度時間変調プラズマの新規なシミュレーション法である「ゼロ次元モデル」を構築しその有用性を示すとともに、電子デバイス部材のプラズマプロセシング高度化におけるパルス変調の本質を明示したものであり、材料加工学分野に寄与するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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