学位論文要旨



No 217696
著者(漢字) 李,相侖
著者(英字) Lee,Sangyoon
著者(カナ) イ,サンユン
標題(和) ボランティア活動が都市部高齢者の主観的健康感および活動能力に及ぼす影響 : ボランティアの活動時間を用いた3年間の縦断研究
標題(洋)
報告番号 217696
報告番号 乙17696
学位授与日 2012.06.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第17696号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 島津,明人
 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 准教授 秋下,雅弘
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 李,延秀
内容要旨 要旨を表示する

1 序文

近年,安心して充実した生活を送ることのできる高齢期,いわゆる心豊かな長寿社会を築くためには,高齢者が地域社会へ参加することが重要とされている.高齢者の社会活動への参加は,これまで培ってきた経験や能力を生かして社会に貢献する機会でもあり,学問的には高齢者における生産的活動(productive activity)の概念が言われている.生産的活動の枠組みは,有償労働だけではなく,無償労働,ボランティア活動等であり,サクセスフル・エイジングを導く重要な要因とされる.では,このような社会参加の促進に繋がるボランティア活動は,高齢者の健康に有益なのだろうか.

研究デザインとしてまだ横断研究のほうが多くみられるものの,欧米では近年,高齢者のボランティア活動が健康に与える効果を検証した縦断研究の報告が増えつつある.しかし,ボランティア活動の身体的健康に及ぼす影響を調べた研究は精神的健康に比べて比較的に少なく,日本における高齢者のボランティア活動に関する研究は数少ないのが現状である.

一方,ボランティア活動の健康への効果における関心が高まるとともに,近年,ボランティアの適切な活動時間に関する議論が行われてきた.先行研究によると,ボランティアの活動時間が長いほど健康状態が維持または向上する結果と,ある程度の活動時間で健康における効果が軽減する結果が報告されており,一致した知見は得られていない.

そこで,本研究では,日本の都市部に居住する高齢者を対象とし,ボランティア活動が3年後の健康状態の予測要因であるかを検討し,さらにボランティアの活動時間が健康に与える影響を明らかにすることを目的とした.仮説は以下の2点である.

仮説1.ボランティア活動への参加は高齢者の健康と正の関係である.

仮説2.ボランティアの活動時間が高齢者の健康に及ぼす影響は線形関係であるが,ある程度の活動時間を過ぎると曲線的となり,健康に対する影響の仕方は弱まる.

2 方法

2.1 調査対象

初回調査(W1)は2001年11月,東京都A市に在住する60~74歳の在宅男女高齢者において,1,000名を無作為抽出した.そして,W1の回答者593名を対象に,3年後に追跡調査(W2)を実施した.

2.2 調査項目

ボランティア活動:『つどいやグループに属して,自分から他人や社会のために行う活動』と定義した.2000年のNPO法における12分野および先行研究を参考とし,調査時点で,参加しているボランティア活動を全て選んでもらい,一つでもボランティア活動に参加していると答えた人を『活動者群』,参加していない人を『非活動者群』とした.なお,両調査時の活動状況により組み合わせをし,初回調査から追跡調査まで活動を続けた人を『活動継続群』,活動を辞めた人を『活動中止群』,活動をし始めた人を『活動開始群』,全く活動をしたことがない人を『活動未経験群』とした.

ボランティアの活動時間:W1時の活動者群に対して,主に行っている活動を聞き,参加頻度や1回あたりの活動時間を尋ね,ボランティアにおける年間の総活動時間を算出した.

健康指標:従属変数である健康指標として,主観的健康感,活動能力(老研式活動能力指標),主観的幸福感(PGCモラール・スケール)を用いた.

その他:ボランティア活動以外の生産的活動として,「孫の世話などの家事」,「趣味・学習活動」,「家族介護」の程度と,「就労」の有無を尋ねた.その他,性,年齢,世帯類型,学歴,経済状況を尋ねた.

2.3 分析方法

W2に回答が得られた人(以下,W2回答者)と非回答者に分け,W1の諸変数における分布を比較した.また,W1時の活動者群と非活動者群に分け, W1諸変数との比較を行った.

次いで,W1調査時の活動者群と非活動者群に対し,群間におけるW1,W2調査時の健康状態を比較し,活動者群と非活動者群のそれぞれの群内において,健康状態のW1とW2における経年的変化を検討した.また,W1とW2の活動状況により,活動継続群,活動中止群,活動開始群,活動未経験群の割合を示した.

最後に,3年後の健康状態におけるボランティア活動の予測因子としての影響を検討するため,一変量分散分析によるパラメーター推定値を求めた.従属変数として主観的健康感,活動能力,主観的幸福感の3つの健康指標を投入した.統制変数として性,年齢,世帯類型,学歴,経済状況,家事,介護,趣味・学習活動,就労状況を選択し,そしてW1健康指標の3つを投入した.なお,仮説2のボランティア活動時間の健康指標における影響を検討するため,活動時間の分け方により3つのモデルを設定した.非活動者群を参照グループにし,活動時間の中央値,三分位,対数変換した値における標準化係数の変動を検討した.さらに,健康に有効である適切なボランティア活動時間を探るため,追跡調査時の健康状態における予測値を算出した上で,ボランティア活動時間との検討を行った.ボランティアの年間活動時間に関しては,臨床的に適用しやすい数値として,非活動者(0),週に0.5時間(年間1~26時間),週に1時間(年間26.1~52時間),週に1時間超と分類した.統計的検討の際には,一元配置分散分析のtukey法を用いた多重比較を行った.

3 結果

W1の回答率は59.3%,W2では送付した対象者に対して65.3%(387名)であった.W2の回答者と非回答者を比較すると,平均年齢では回答者66.7歳,非回答者67.2歳,性別は男性がそれぞれ50.9%,42.7%であり,統計的な有意差はなかった.

W1の時点で,ボランティア活動に参加していると答えた人は27.2%であった.

W1時のボランティア活動の有無とW1およびW2時の健康指標との比較を行った結果,活動者群は非活動者群に比べ,W1,W2 両時点での主観的健康感,活動能力が有意に高かった.なお,活動者群ではW1時よりW2時,主観的健康感と活動能力が維持されていることに対し,非活動者群では有意に低下する傾向が見られた.主観的幸福感における有意差はみられなかった.

W2時,活動継続群は77.9%に対し,活動中止群は22.1%であった.また,活動開始群は12.9%に対し,活動未経験群は87.1%であった.

ボランティアの活動時間に関しては,中央値は52時間であり,三分位の場合,第1三分位値は35.8時間,第2三分位値は90.0時間で分けられた.

W2時の健康指標を従属変数として一変量分散分析によるパラメーター推定値を算出した結果,主観的健康感の場合,女性で,W1時に趣味・学習活動をしていた人ほど,主観的健康感が高かった人ほど,W2の主観的健康感が高い傾向がみられた.ボランティア活動では,活動者群が非活動者群に比べて主観的健康感が高かった.活動時間の場合,35.8時間超の活動をしていた人は,非活動者群と比べて主観的健康感が高く,活動時間が長いほど,緩やかな上昇傾向が確認された.

活動能力の場合,W1時に年齢が若く,趣味・学習活動をしていた人ほど,また活動能力が高かった人ほど,W2の日常生活の活動能力が高い傾向がみられた.ボランティア活動では,活動者群は非活動者群に比べて日常生活の活動能力が高かった.活動時間の場合,90時間超の活動をしていた人は非活動者群と比べて,日常生活の活動能力が高く,活動時間が長いほど,緩やかに上昇する傾向が確認された.

主観的幸福感の場合,W1調査時の主観的幸福感のみW2調査時の主観的幸福感と有意な差がみられた.

また,活動時間の健康における検討により,非活動者に比べて,年間52時間(週1時間)超のボランティア活動を行う人で,主観的健康感が高いことが確認された.日常生活における活動能力でも同様な結果が得られた.

4 考察および結論

本研究の結果,ボランティア活動の参加はW1の他の生産的活動,健康状態,性,年齢,世帯類型,経済状況,学歴を制御しても,3年後の主観的健康感および活動能力に有意な差がみられ,ボランティア活動が健康に有効であることが明らかになった.ボランティアの活動時間と健康とは曲線的変化がみられ,ボランティア活動時間が長いほど,健康状態における影響は弱まり,仮説2を支持する結果がみられた.さらに,活動時間と健康との検討により,年間52時間(週1回)超の活動を行うことが健康に有効であることが示された.今回の調査ではボランティアの活動時間に関する回答に正の歪みがあり,また,活動者数が少ないため,長時間の活動における効果を示すことはできず,今後,詳細な検討が必要と考えられる.

本研究により,高齢者のボランティア活動の健康における有効性は示されたものの,そのメカニズムは未だに不明な点が多い.健康とボランティア活動については双方向性の可能性も指摘され,今後,3時点以上の調査データを用いた分析が必要である.また,多様な健康指標および,社会,心理,医学的変数を考慮した研究の蓄積により,ボランティア活動の健康におけるメカニズムの解明が可能と考える.ボランティア活動のような不規則的行動の量と頻度を正確に測ることは難点が多く,活動の測定における方法論の確立に向けた調査研究の発展が期待される.

本研究は,日本の都市部の高齢者を対象としたボランティア活動や社会参加が活動者自身の健康にどのような影響を与えるか,その意義を示す上で有益な基礎研究であり,高齢者に対する社会参加の一環としてのボランティア活動を推進するにあたって,一定の科学的根拠を与えたと考える.健康状態の良好なうちからある程度のボランティア活動に参加できるよう,多様な活動機会の提供が望ましいことが示唆された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はボランティア活動が3年後の健康状態の予測要因であるかを検討し,さらにボランティアの活動時間が健康に与える影響を明らかにするため,日本の都市部に居住する高齢者を対象とし,3年間の追跡研究を行ったものである.具体的な目的は,1. ボランティア活動が主観的健康感,活動能力(老研式活動能力指標)および主観的幸福感(PGCモラール・スケール)に与える影響,2. ボランティアの活動時間と健康状態の関係を探索的に検討の2点である.なお,仮説として,「仮説1.ボランティア活動への参加は高齢者の健康と正の関係がある.すなわち,活動に参加することは初回の他の生産的活動や健康状態の影響を制御しても,高齢者の健康を維持・改善し,健康状態の悪化を抑制する.仮説2. ボランティアの活動時間による高齢者の健康への影響は,線形関係(linear)であるが,ある程度の従事量を過ぎると曲線的変化(curvilinear)がみられる.すなわち,ボランティアを行ったある程度の活動時間までは健康に正の効果があり,健康状態を維持または向上させる.しかし,一定の活動時間を過ぎると健康に対する影響の仕方が弱まる.」を設定し,下記の結果を得ている.

1.初回調査(以下,W1)の時点で,ボランティア活動に参加していると答えた人(以下,活動者群)は27.2%であった.W1から追跡調査(以下,W2)時にボランティア活動を継続していた人は77.9%に対し,活動を中止した人は22.1%であった.また,活動を開始した人は12.9%に対し,活動を全くしていない未経験の人は87.1%であった.

W1時のボランティア活動の有無とW1およびW2時の健康指標との比較を行った結果,活動者群は活動をしていない人(以下,非活動者群)に比べ,W1,W2 両時点での主観的健康感,活動能力が有意に高かった.なお,活動者群ではW1時よりW2時,主観的健康感と活動能力が維持されていることに対し,非活動者群では有意に低下する傾向が見られた.主観的幸福感における有意差はみられなかった.

2.W2時の主観的健康感を従属変数とし,W1の家事,介護,趣味・学習活動,就労(以下,他の生産的活動),主観的健康感,性,年齢,世帯類型,経済状況,学歴を制御し,一変量分散分析によるパラメーター推定値を算出した結果,女性で,W1時に趣味・学習活動をしていた人ほど,主観的健康感が高かった人ほど,W2の主観的健康感が高い傾向がみられた.ボランティア活動では,活動者群が非活動者群に比べて主観的健康感が高かった.活動時間の場合,35.8時間(第1三分位値)超の活動をしていた人は,非活動者群と比べて主観的健康感が高く,活動時間が長いほど,緩やかな上昇傾向が確認された.

3.W2時の活動能力を従属変数としてW1の他の生産的活動,活動能力,性,年齢,世帯類型,経済状況,学歴を制御し,一変量分散分析によるパラメーター推定値を算出した結果,W1時に年齢が若く,趣味・学習活動をしていた人ほど,また活動能力が高かった人ほど,W2の日常生活の活動能力が高い傾向がみられた.ボランティア活動では,活動者群は非活動者群に比べて日常生活の活動能力が高かった.活動時間の場合,90時間(第2三分位値)超の活動をしていた人は非活動者群と比べて,日常生活の活動能力が高く,活動時間が長いほど,緩やかに上昇する傾向が確認された.

4.W2時の主観的幸福感を従属変数としてW1の他の生産的活動,主観的幸福感,性,年齢,世帯類型,経済状況,学歴を制御し,一変量分散分析によるパラメーター推定値を算出した結果, W1調査時の主観的幸福感のみW2調査時の主観的幸福感と有意な差がみられた.

5.健康に有効である適切なボランティア活動時間を探るため,追跡調査時の健康状態における予測値を算出した上で,ボランティア活動時間との検討を行った.その結果,非活動者に比べて,年間52時間(週1時間)超のボランティア活動を行う人で,主観的健康感が高いことが確認された.日常生活における活動能力でも同様な結果が得られたが,主観的幸福感では有意差が認められなかった.

以上,本論文は日本の都市部の高齢者を対象とし,ボランティア活動への参加および活動時間が高齢者の心身の健康に与える効果について,3年間の追跡研究から,ボランティア活動と健康では正の関連があること,活動時間とは曲線的変化であり,年間52時間(週1時間)超の活動が有効であることを明らかにした.本研究はボランティア活動や社会参加が活動者自身の健康にどのような影響を与えるか,その意義を示す上で有益な基礎研究であり,高齢者に対する社会参加の一環としてのボランティア活動を推進するにあたって,一定の科学的根拠を与えたと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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