学位論文要旨



No 217697
著者(漢字) 吉野,美紀子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,ミキコ
標題(和) 出生前遺伝カウンセリングのクライエントの満足感に関する質的研究
標題(洋)
報告番号 217697
報告番号 乙17697
学位授与日 2012.06.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第17697号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木内,貴弘
 藍野大学 教授 菅田,勝也
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 講師 亀井,良政
 東京大学 准教授 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

遺伝カウンセリングとは、遺伝性疾患の患者・家族またはその可能性のある人(クライエント)に対して、生活設計上の選択を自らの意思で決定し行動できるよう臨床遺伝学的診断を行い、遺伝医学的判断に基づき遺伝予後などの適切な情報を提供し、支援する医療行為である。出生前遺伝カウンセリング(以下遺伝カウンセリング)は主に妊娠中の胎児、あるいはこれから妊娠を考える際のリスクについての問題を扱い、羊水検査等の出生前検査と関連した話題となることが多い。クライエントは既に重篤な疾患に罹患している児をもつ(あるいは出産した既往のある)カップル、超音波検査で胎児の形態異常を指摘されたカップル、高齢妊娠等について不安をもつカップル、あるいは何らかの理由で出生前診断を希望しているカップル等である。我が国では、クライエントを対象とした研究は極めて少なく、クライエント自身が遺伝カウンセリングにおいて経験したことをどのように評価しているのか、その詳細は把握されておらず、クライエントの経験を反映させた臨床への示唆は乏しい。本研究の目的は、遺伝カウンセリングを受けたクライエント自身の視点から、以下2点を明らかにし、遺伝カウンセリングにおける医療者の支援の在り方への示唆を考察することである。

(1)遺伝カウンセリングの満足感の関連要因を明らかにする。

(2)遺伝カウンセリングへの期待と満足感の関連要因の関係を明らかにする。

2.研究方法

本研究ではクライエント自身の視点で自らの経験を語ってもらうために、遺伝カウンセリングを受けた15名の女性と2名の男性を対象に約30分から90分の半構造化面接を実施した。面接内容は同意を得て録音し、グラウンデッド・セオリー・アプローチの手順を参考に継続的比較分析を行った。データ分析は、協力者間の語りを常に比較したり、時間・出来事・他者との関わりに伴う協力者の語りの変化を比較することで、データ内やデータ間に見出されるパターンのバリエーションを意識した。協力者のリクルートや分析の過程においては、質的研究を専門とする研究者と定期的に議論し、アドバイスを受けた。さらに分析内容の妥当性についてフィードバックを得るために、分析結果を6名の協力者に郵送した。

3.結果

3-1. 研究協力者の背景

協力者17名中4名は、遺伝カウンセリングを2回受けていた。遺伝カウンセリングを2回受けた4名の受診理由は、1回目とは異なるものであり、遺伝カウンセリングで医療者に質問した内容や医療者の対応も1回目と異なっていた。そのため2回目の遺伝カウンセリングの受診理由やカウンセリング時の状況を個別に分析する必要があると判断し、4名が受けた2回目の遺伝カウンセリングを含む合計21事例を本研究の分析対象とした。以下の分析結果は、各事例のクライエントの分析結果を個別に示しており、事例数=本研究協力者総数としている。よって本研究協力者総数は21名である。出生前遺伝カウンセリング受診時の概要は、妊娠22週未満に受診したものが15名、妊娠22週以降に受診したものが2名で、妊娠していない状態で受診したものが4名であった。主な受診理由は、高齢妊娠が8名で、胎児の染色体異常(18トリソミー,21トリソミー,転座)が5名、NT肥厚が2名で、それ以外(胎児水腫、前児無脳症、協力者の染色体異常、妊娠中の水痘症罹患、羊水検査受検に対する夫婦の意見が不一致・夫の考えが聴きたい)は1名ずつであった。

3-2 出生前遺伝カウンセリングへの期待と満足感の関連要因の関係

遺伝カウンセリングへの期待は《情報提供や自身の状況に関する説明》《心理的サポート》《夫婦のコミュニケーションの仲介》に分類され、遺伝カウンセリングの満足感の関連要因は、【遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容】【医療者の態度・対応】【遺伝カウンセリングの体制】【遺伝カウンセリングに対するイメージ】の4つのテーマに分類された。《情報提供や自身の状況に関する説明》という期待に対する応えには【遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容】が関連し、《心理的サポート》や《夫婦のコミュニケーションの仲介》に対する応えとして【医療者の態度・対応】が関連したが、遺伝カウンセリングの満足感にはそれ以外の要因も関連していた。

3-3 出生前遺伝カウンセリングへの期待

《情報提供や自身の状況に関する説明》については、協力者21名中18名が言及していた。情報提供や説明を求めるにあたり、18名中2名は漠然としていたが、16名は具体的な質問を想定していた。質問内容は、羊水検査による合併症など一般的なことから、胎児や協力者自身の染色体異常などの先天異常に伴う情報や胎児がダウン症候群である可能性など限定的な情報が挙げられた。21名中2名は、遺伝カウンセリングへの期待として《心理的サポート》を挙げていた。21名中1名は、《夫婦のコミュニケーションの仲介》を遺伝カウンセリングに期待しており、夫との間で羊水検査に対する気持ちが乖離していると認識していたケースであった。

3-4 出生前遺伝カウンセリングの満足感の関連要因

3-4-1遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容

遺伝カウンセリングで医療者から提供された情報や説明内容は、遺伝カウンセリングの満足感に肯定的に関連した要因と否定的に関連した要因に分類された。肯定的な関連要因として、【具体的な確率の提示】【確率解釈の比較対象となる情報提示】【前児の先天異常の原因や再発率の提示】【染色体異常の子どもを育てることに対して前向きになれる説明】【子どもに異常があったときのサポート】が抽出され、否定的な関連要因として【事実と異なる情報提示】【質問への回答不能】【最新ではない情報提示】【意図が分からない発言】が抽出された。

3-4-2 医療者の態度・対応

遺伝カウンセリングの満足感に肯定的に関連した医療者の態度・対応は【共感的態度】、両義的な関連要因は【羊水検査受検や人工妊娠中絶に対する非指示的対応】、否定的な関連要因は【協力者の発言に対する否定的対応】が抽出された。

3-4-3 遺伝カウンセリングの体制

インタビューの結果、協力者はカウンセリングに関わった医療者やカウンセリングの待合室、費用、時間というカウンセリング体制についても言及していた。満足感への肯定的な関連要因として【医師以外の医療者と話す機会】、両義的な関連要因として【他のクライエントを目撃】【面識ある医療者が出生前遺伝カウンセリングを担当】【出生前遺伝カウンセリングに要した時間】、【出生前遺伝カウンセリングの価格】が抽出された。

3-4-4 遺伝カウンセリングに対するイメージ

遺伝カウンセリングの満足感への否定的な関連要因として【カウンセリングイメージとの相違】【何をするところか分からない】が抽出された。

4.考察

4-1-1 遺伝カウンセリングに対するクライエントの期待

遺伝カウンセリングでの質問内容や医療者に求める役割を具体的に想定している者から漠然としている者まで様々であった。また、何をするところか分からないまま遺伝カウンセリングに来た者も存在した。特に出生前検査受検にあたり遺伝カウンセリングを受けることを前提条件としている医療機関では、遺伝カウンセリングをする理由を事前にクライエントに伝えることが重要である。

4-1-2 確率解釈に対する理解の支援

遺伝カウンセリングでは、確率値を用いてクライエントに説明する場面が多い。クライエントにとって理解しやすい形式で確率を提示すること、確率解釈の参考となるような数字を提示すること、そしてクライエントが誤った認識に基づいて確率を解釈することが無いように、結果的に自らの状況をどのように理解したのかをクライエントに確認することが重要である。

4-1-3染色体異常が判明した場合の選択肢及び支援

出生前検査受検や検査結果への対応を考える際に、染色体異常に対するクライエントの認識が影響することが指摘されている。出生前検査を受けるか否か、人工妊娠中絶するか否かを決定する状況であれば、医療者が提供する情報が否定的な内容に偏ることがないように、胎児異常判明時や出産後のサポートを含んだ正確でバランスのよい内容を伝える必要がある。クライエントが出産や療育に向けて前向きな気持ちになれる情報提示と、クライエントをサポートする医療者の態度が重要である。

4-1-4 医療者の態度・対応

遺伝カウンセリングにおいて生殖に関する選択を取り扱う際は非指示的に対応し、遺伝カウンセリングの医療者の価値観に基づいた情報を提供したり、態度を示したりすることがないように、慎重な対応が求められる。また共感的態度を明示することも重要である。

4-1-5 遺伝カウンセリングの体制

クライエントの多様な状況に対応するためには、遺伝医学がクライエントに及ぼす影響を学んだ看護師等が、遺伝カウンセリングに関わることがクライエントの包括的なケアの実現に向けて重要である。疾患やクライエントの状況によって、心理職やソーシャルワーカー、他の診療科スタッフなど様々なメンバーが関わり、チーム医療として対応することの重要性が示唆された。

4-1-6 遺伝カウンセリングに対するイメージ

遺伝カウンセリングを受けることに対して抵抗感を抱くクライエントの存在を考慮し、遺伝カウンセリング前からクライエントと適宜関わりを持つことは、遺伝カウンセリングを効果的に進める上での一助となることが示唆された。

5 結語

遺伝カウンセリングへの期待は《情報提供や自身の状況に関する説明》《心理的サポート》《夫婦のコミュニケーションの仲介》に分類され、遺伝カウンセリングの満足感の関連要因は、【遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容】【医療者の態度・対応】【遺伝カウンセリングの体制】【遺伝カウンセリングに対するイメージ】の4テーマに分類された。遺伝カウンセリングを受けることに対するクライエントの心理的負担の軽減及び遺伝カウンセリング実施に向けた準備として、カウンセリング前から適宜クライエントに関わること、遺伝カウンセリングに対するクライエントの期待内容の把握、確率解釈に対する理解の支援、染色体異常判明時の医療者の対応や説明内容、共感的態度や非指示的対応の在り方への示唆を得た。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、出生前遺伝カウンセリング(以下、遺伝カウンセリング)への期待と満足感の関係及び満足感の関連要因を明らかにするために、遺伝カウンセリングを受けた15名の女性と2名の男性に対するインタビュー調査を行ったものであり、グラウンデッド・セオリー・アプローチの手順を参考に継続的比較分析を行った結果、下記の知見を得ている。

1.遺伝カウンセリングへの期待と満足感の関連要因の関係

遺伝カウンセリングへの期待は《情報提供や自身の状況に関する説明》《心理的サポート》《夫婦のコミュニケーションの仲介》に分類され、遺伝カウンセリングの満足感の関連要因は、【遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容】【医療者の態度・対応】【遺伝カウンセリングの体制】【遺伝カウンセリングに対するイメージ】の4つのテーマに分類された。《情報提供や自身の状況に関する説明》という期待に対する応えには【遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容】が関連し、《心理的サポート》や《夫婦のコミュニケーションの仲介》に対する応えとして【医療者の態度・対応】が関連したが、遺伝カウンセリングの満足感にはそれ以外の要因も関連していた。

2.遺伝カウンセリングで提供された情報や説明内容

遺伝カウンセリングの満足感に肯定的に関連した要因と否定的に関連した要因に分類された。肯定的な関連要因として、【具体的な確率の提示】【確率解釈の比較対象となる情報提示】【前児の先天異常の原因や再発率の提示】【染色体異常の子どもを育てることに対して前向きになれる説明】【子どもに異常があったときのサポート】が抽出され、否定的な関連要因として【事実と異なる情報提示】【質問への回答不能】【最新ではない情報提示】【意図が分からない発言】が抽出された。

3.医療者の態度・対応

遺伝カウンセリングの満足感に肯定的に関連した医療者の態度・対応は【共感的態度】、両義的な関連要因は【羊水検査受検や人工妊娠中絶に対する非指示的対応】、否定的な関連要因は【協力者の発言に対する否定的対応】が抽出された。

4.遺伝カウンセリングの体制

協力者はカウンセリングに関わった医療者やカウンセリングの待合室、費用、時間というカウンセリング体制についても言及していた。満足感への肯定的な関連要因として【医師以外の医療者と話す機会】、両義的な関連要因として【他のクライエントを目撃】【面識ある医療者が出生前遺伝カウンセリングを担当】【出生前遺伝カウンセリングに要した時間】、【出生前遺伝カウンセリングの価格】が抽出された。

5.遺伝カウンセリングに対するイメージ

遺伝カウンセリングの満足感への否定的な関連要因として【カウンセリングイメージとの相違】【何をするところか分からない】が抽出された。

6.臨床への示唆

遺伝カウンセリングを受けることに対するクライエントの心理的負担の軽減及び効果的な遺伝カウンセリング実施に向けた準備として、カウンセリング前から適宜クライエントに関わることや、遺伝カウンセリングに対するクライエントの期待内容を把握することの重要性を示した。また、確率解釈に対する理解の支援、染色体異常判明時の医療者の対応や説明内容、共感的態度や非指示的対応、遺伝カウンセリング体制の在り方への示唆を得た。

以上、本論文はクライエントの視点から遺伝カウンセリングの満足感を探求したものであり、満足感の関連要因を明らかにすると共に、クライエントにとって有効な遺伝カウンセリングの在り方を検討する上での一助を得た。本研究は遺伝カウンセリングの在り方を考える上で貴重な資料となる事が期待でき、学位の授与に値するものと考えられる。

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