学位論文要旨



No 217700
著者(漢字) 稲垣,昌宏
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,マサヒロ
標題(和) マレーシアサバ州におけるマンギウムアカシア人工林の養分利用と荒廃地回復機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 217700
報告番号 乙17700
学位授与日 2012.07.06
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17700号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 小島,克己
 東京大学 准教授 松下,範久
 東京大学 准教授 大手,信人
 東京大学 講師 益守,眞也
内容要旨 要旨を表示する

湿潤熱帯アジアにおいてマメ科の外来早生樹であるマンギウムアカシアは、造林樹種として一定の成功を収めたが、その一斉造林についてはさまざまな問題点が指摘されている。現在では、有機物供給量が大きく貧栄養土壌でも生育するといった生理的特性から、荒廃地土壌の回復や複層林やアグロフォレストリーでの保護樹としての利用が期待されている。従来、マメ科早生樹はリンが成長の制限要因になっていると考えられていたが、マンギウムアカシアの貧栄養土壌での成長やリン欠乏耐性等の結果との関係を整理する必要がある。今後、さまざまな新しい熱帯林の利用管理のあり方が問われる中、マンギウムアカシアの養分循環特性の理解を深めることにより、早生樹一斉林の持つ問題の軽減手法や、単木としての機能をより生かす施業方法の提案に繋がることが期待できる。

本研究は、荒廃地回復の有効性が期待されるマンギウムアカシア人工林を対象にして、荒廃地における土壌回復機能を養分利用およびリター供給特性の面から明らかにすることを目的とした。メタ解析からマンギウムアカシアの持つ窒素とリン利用効率の樹種特性を明らかにし、それらの特性と土壌-植物間の物質移動との関係、およびマンギウムアカシアによる窒素とリンの要求と体内での再転流について検討した。

第1章では、マンギウムアカシアの持つ諸特性と土壌への影響に関する既往の研究を精査し、アカシア造林によって土壌の窒素濃度を高める傾向があることと、苗木試験でリンの利用効率が高いことを提示した。また、熱帯土壌の窒素およびリン可給性と、一般的な熱帯植物の養分利用のそれぞれの特質を整理した。その上で、(1)マンギウムアカシアは窒素固定による多量の窒素の取り込みとリンの効率的利用が示唆され、リンが従来考えられてきたような制限要因であるかどうかの検証の必要性、(2)アカシア造林に伴う荒廃地の土壌回復効果と、窒素以外の内部循環に対する理解を深めるため、リターフォールと表層土壌との関係を明らかにすることの重要性、(3)熱帯人工林における養分要求への理解を深めることの重要性、(4)植物の養分利用の違いを表すためのツールとしてN:P比の有効性への期待、を指摘した。

第2章では、メタデータの解析から熱帯造林木の地上部バイオマス当りの窒素およびリン利用効率を比較し、マンギウムアカシアの樹種特性と土壌特性の2要因での比較を行った。その結果、マンギウムアカシアは非窒素固定広葉樹と比べ、窒素利用効率が低く、リン利用効率が高いことがわかった。土壌中の全窒素量は窒素利用効率に影響しなかったが、土壌中の可給態リン量が大きくなるのにともなってリン利用効率は低くなる傾向が見られた。しかし可給態リン量の多少に関わらず、マンギウムアカシアは非窒素固定広葉樹よりリン利用効率が高かった。したがって、土壌の影響を考慮してもマンギウムアカシアは樹種特性としてリン利用効率が高いと考えられた。マンギウムアカシアのリン利用効率が高いのは葉以外の器官(材や枝)のリン蓄積量が少ないことが寄与していた。

第3章では、3つの試験地でマンギウムアカシアを含む7種の湿潤熱帯造林木の土壌(及び伐採地土壌)の化学性と、堆積有機物中の養分含有量との関係について述べた。堆積有機物中の養分蓄積は樹種の違いによって影響され、土壌中の有機炭素、全窒素、カリウム、pH(H2O)といった項目は樹種の影響をより受けやすく、15cmの深さまで影響していたことがわかった。マンギウムアカシア下の土壌では有機炭素、全窒素、カリウムの濃度が高く、堆積有機物中の含有量も高かった。窒素については、すべての林分の比較で堆積有機物中の蓄積が表層土壌における濃度と有意に相関を持っていることが明らかとなった。このことから、マンギウムアカシアが有機物の供給によって、土壌中の窒素濃度を高めていることが示唆された。

第4章では、近接するマンギウムアカシア林と他2林分のリターフォールおよびリターフォール中の養分量と、直下の土壌の性質との関係について述べた。3年間のリターフォール測定の結果、21年生のマンギウムアカシア林と35年生のマホガニー林ではリターフォールの乾重が熱帯林の中でも大きく、マンギウムアカシア林ではさらに窒素濃度も高かったため、窒素供給量が年 200 kg N ha(-1)を超えることがわかった。リターフォールからの多量の窒素供給が、堆積有機物を介して表層土壌の窒素濃度を高めていたと考えられた。しかし、リン供給量は他2樹種と比較して極めて少なかった。またマホガニーではマンガン供給量が極めて少なかった。それらを除けば、熱帯人工林は3林分ともに近隣の熱帯一次林と比較しても同等かそれ以上の養分供給が有ることが示された。これらのことから、湿潤熱帯人工林のリターフォールによる養分供給は一次林と遜色がなく、マンギウムアカシア林は窒素を供給する能力が特に高いことが示された。しかし、単一樹種のリターフォールには特定元素が極端に少ない場合がある、という欠点が示された。また、窒素以外の元素ではリターフォール中の供給量と表層土壌濃度との関係がみられなかった。

第5章では、リターフォール測定を行った3林分における、イングロースコア法を用いた窒素とリン添加に対する細根成長について述べた。ここでは、養分添加したイングロースコア内への細根の侵入を、樹木の養分要求と解釈した。マンギウムアカシア林では、窒素とリン両方の添加に対し有意な細根成長を示したが、他の2樹種では有意な細根成長が認められなかった。また、マンギウムアカシアは窒素添加区のみで根粒数を増加させ、リン添加に対する反応は認められなかった。細根成長に対し、林分間の成長差による影響は認められないと解釈された。さらに、第3章の結果から3樹種の土壌の全窒素とリン条件は次表層でほぼ同様であり、第4章の結果からマンギウムアカシア林ではリターフォール及び堆積有機物から供給される可給態窒素量が豊富であることが示唆された。これらのことから、根圏での養分添加に対して3樹種中マンギウムアカシアのみが窒素とリンに対し要求を示した結果に対し、窒素条件が良いにも関わらず、なおも窒素を要求していたことが示された。

第6章では、リターフォールを測定した3林分の生葉とリターフォール中の窒素およびリン濃度との関係について、N:P比を用いた解析結果について述べた。マンギウムアカシアの落葉中のリン濃度は極めて低く、生殖器官のリン濃度はその10倍であった。マンギウムアカシアでは、N:P比が生葉(29)と比べて落葉(81)で2倍以上大きかったが、他の2樹種は等しいか若干生葉の方が大きかった。全球的な熱帯造林地のリターフォールデータを検証し、窒素固定樹種が系統的にN:P比が大きいことが確認された。マンギウムアカシアの値は窒素固定樹種グループの中でもN:P比が大きく、リン欠乏耐性との関係が示唆された。以上より、マンギウムアカシアは落葉前にリンのみを選択的に再吸収し、生殖器官に分配していることが示された。そして、第5章の結果と併せると、葉に含まれる高濃度の窒素をあまり再吸収せず落葉させるにも関わらず、さらに細根では窒素を要求し多大な量を循環しているのと対照的に、リンについては選択的に再吸収を行うことで極めて効率的に利用していることが明らかとなった。

第7章では、第2章から第6章の結果を総括した。本研究の結果は、従来考えられていたマメ科早生樹ではリンが制限要因であるという考えを肯定するものであった。ただし、マンギウムアカシアは実際の林地においてリン再転流を極めて効率的に行っていることが明らかになり、リン利用の調節機構の発達によって荒廃地での生存を可能にしているものと思われた。さらに、窒素固定によって多量の窒素を確保しうる条件にもかかわらず土壌中の窒素に対して要求を示したことについては、光合成能等の生理的特徴との関係が示唆された。

本研究で得られた知見から、マンギウムアカシアはリターフォールからの有機物と窒素供給能力によって表層土壌の窒素濃度を高める機能があり、リンの調節機能が卓越していることから荒廃地における成長と土壌回復機能の有効性が示された。マンギウムアカシアは、混交林やアグロフォレストリーにおける肥料木としてリターによる窒素供給やリン吸収の総量が少ない点において、優れた機能を持っていることが確認された。一方、一斉林については、広大な面積でリターフォールによる窒素とリン供給のバランスを改変し生態系に影響を及ぼす可能性が示唆されたが、窒素吸収の大きい草本を同時に植える改善策を提示した。複数の機能を持つ樹木を組み合わせることによって、マンギウムアカシアのリターの持つ欠点である特定養分欠乏を解消し、マンギウムアカシアを多目的樹種として活用することが望ましいと考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

マメ科早生樹であるマンギウムアカシアは、熱帯地域において木質材料の生産を目的として大面積に植栽されている。単一樹種の造林については、生物多様性などさまざまな問題点が指摘されているが、窒素固定を行う根粒菌と共生関係を持ち、貧栄養土壌でも成育するという樹種特性から、荒廃地の環境修復やアグロフォレストリーの保護樹としても植栽されている。本研究は、マレーシアサバ州のマンギウムアカシア人工林を対象にして、荒廃地における土壌回復機能を、特に窒素とリンに注目した土壌養分の利用およびリターフォールによる土壌への養分供給の面から明らかにすることを目的としたものである。

第1章では、マンギウムアカシアの成長特性と土壌への影響に関する既往の研究を精査し、熱帯土壌での植物の成育の制限要因とされるリンが、マンギウムアカシアにとって制限要因となっているかの検証と、マンギウムアカシア造林に伴う荒廃地の土壌回復効果がどのような養分利用特性によっているのかを明らかにすることの必要性を指摘している。

第2章では、既存データのメタ解析を行い、マンギウムアカシアは、非窒素固定樹種に比べて窒素の利用効率が低く、リンの利用効率が高いこと、窒素利用効率は土壌窒素条件の影響を受けないこと、土壌のリン可給性が高いほどリン利用効率が低いことなど、養分利用に関するマンギウムアカシアの樹種特性を明らかにした。

第3章では、3カ所の試験地に造成されたマンギウムアカシアを含む7樹種の人工林の土壌を調べ、マンギウムアカシア人工林では、堆積有機物層と表層土壌の有機炭素、全窒素、カリウムの濃度が高く、リターフォールによる大量の有機物の土壌への供給によって、表層土壌の養分量を高めていることを示唆している。

第4章では、1カ所の試験地内の土壌条件や土地利用履歴が類似する近接した場所に造成されたマンギウムアカシア人工林とマホガニー人工林、ナンヨウスギ人工林のリターフォールと表層土壌の養分量を比較している。3樹種の人工林のリターフォール量は天然林と同等かそれ以上であること、マンギウムアカシア人工林のリターフォールによる窒素供給量が年 200 kg ha(-1)を超えるがリン供給量は他2樹種と比較して極めて少ないことを明らかにし、マンギウムアカシア人工林のリターフォールの養分バランスの面での欠点を明らかにしている。しかし、マンギウムアカシア人工林の表層土壌の可給態リン量が他2種の人工林に比べて少ないことはなく、土壌からのリン吸収特性が他2種と異なる可能性を示している。

第5章では、養分を添加した資材を土壌中に埋設し、その資材に進入した細根量を、養分を添加しない資材の場合と比較することによって、窒素とリンに対する要求度を調べている。マンギウムアカシア人工林は、窒素とリン両方の添加に対し有意な細根量の増大を示したが、マホガニー人工林とナンヨウスギ人工林は有意な増大を示さなかったことから、他の2樹種が高い要求度を示さないような土壌養分条件においても、マンギウムアカシアは窒素とリンの両方に対して高い要求度が示すことを明らかにしている。

第6章では生葉と落葉の窒素:リン比を比較することによる落葉時の養分の再吸収について解析している。マンギウムアカシアの落葉中のリン濃度は極めて低く、窒素:リン比が生葉(29)と比べて落葉(81)で2倍以上大きかったが、マホガニーとナンヨウスギは生葉と落葉の窒素:リン比に有意な違いがないことを明らかにしている。マンギウムアカシアは、窒素に比べてリンを選択的に再吸収することで極めて効率的に利用していることを明らかにしている。

第7章では、第2章から第6章の結果を総括し、マンギウムアカシアはリン利用を極めて効率的に行うことによって、リンが制限要因となる荒廃地での成育を可能にしていることを示唆している。マンギウムアカシアの一斉林はこれまで指摘されている単一樹種の問題に加え、広大な面積でリターフォールによる窒素とリンの供給バランスを改変し、生態系における土壌動物や微生物による物質動態に影響を及ぼす可能性があることを示唆している。また、混交林やアグロフォレストリーにおける肥料木として優れた機能を活かす方法として、養分の利用特性の異なる樹木と組み合わせることによって養分バランスを確保し、多様性の高い森林を造成することを提案している。

以上のように本研究は、主要な熱帯造林樹種であるマンギウムアカシアの養分利用特性と土壌養分状態への影響を明らかにしたものである。マンギウムアカシア造林による荒廃地土壌の回復効果の実態を明らかにするとともに、熱帯早生樹造林の環境負荷の軽減技術に寄与する知見を提供するものであり、学術上及び応用上、貢献するところが多い。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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