学位論文要旨



No 217703
著者(漢字) 加納,誠
著者(英字)
著者(カナ) カノウ,マコト
標題(和) ニューロ同定モデルによる交通流シミュレーションのパラメータ自動調整
標題(洋)
報告番号 217703
報告番号 乙17703
学位授与日 2012.07.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17703号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大口,敬
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 准教授 布施,孝志
 東北大学 教授 桑原,雅夫
 首都大学東京 教授 清水,哲夫
 横浜国立大学 准教授 田中,伸治
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

交通流シミュレータは、道路網上の交通状態を模擬するツールであり、道路整備計画や道路交通施策の定量的な事前評価、ITS ( Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム ) 関連サービスの導入効果の予測などに利用されている。交通流シミュレータが高精度に交通状態を予測するには、シミュレータが利用する道路網モデルの内部パラメータが正しく調整されている必要がある。しかし、道路網モデルのパラメータは数多くあり、また相互に関連し合ってシミュレーション結果に影響するため、その調整は難しく、これまでは熟練した技術者が試行錯誤的に手作業で調整する必要があり、多大なコストがかかる作業であった。研究として、最急降下法によるパラメータ調整手法が提案されているが、ボトルネックとなる道路リンクが複数存在し、互いに影響する場合には、正しいパラメータ値への収束は難しい。

一方、ニューラルネットワークモデルは、脳の神経回路網のモデルであり、その大きな特徴は学習能力を持つことである。入力信号とその入力信号に対する正しい出力信号である教師信号を対にした学習データを例示することにより、神経細胞モデル間の結合が持つ荷重値が調整され、ニューラルネットワークモデルはその入出力関係を学習することができる。また、学習後のニューラルネットワークモデルを利用し、予測された出力信号と望ましい出力信号の誤差をニューラルネットワークモデルに逆伝播し、入力信号の修正量を計算することができる。この入力信号の修正と出力信号の予測を繰り返すことにより、望ましい出力信号を出力する入力信号を求めることができる。これらの機能をうまく利用すれば、交通流シミュレータのパラメータと交通状態の関係を学習することができ、さらに、交通状態が観測値に一致するように、交通流シミュレータのパラメータを修正することができる。

本論文では、ニューラルネットワークモデルを利用して、道路網モデルの内部パラメータである道路リンク交通容量を調整する手法を提案し、数値実験により、その有効性を示す。

2. パラメータ調整手法

パラメータ調整手法を実現するシステムのブロック図を図1に示す。本システムは、推定対象である交通流シミュレータと、この交通流シミュレータの同定モデルから構成され、利用場面によって学習モードとパラメータ推定モードになる。学習モードでは、交通流シミュレータを用いた学習データ生成と、その学習データを利用した同定モデルの学習が行われる。推定モードでは、学習モードでパラメータと交通状態の関係を十分に学習し終えた同定モデルを利用し、予測される交通状態が観測値に一致するようにパラメータ値の調整が繰り返される。

同定モデルにはニューラルネットワークモデルを利用する。ニューラルネットワークを利用することにより、道路構造の知識を与えなくても、他のボトルネックの影響を含む、道路リンク交通容量と交通状態の非線形な関係を学習することができる。そして、学習後のニューラルネットワークを利用した誤差逆伝播計算により、交通状態が観測値に一致するように道路リンク交通容量を調整できる。

本提案システムでは、

(1)相関係数による入出力信号選択方法:ニューラルネットの構造を決定する時に、大規模な道路網に対してもニューラルネットの規模が大きくならないように、有効な入出力信号を選択できる。

(2)二段階学習方法:ニューラルネットワークを、道路リンク単位の入出力を表すサブネットワークが並列に並ぶ構造にし、学習時には、前半でサブネットワーク内の関係だけ学習し、後半でサブネットワーク間の関係を学習することにより、少ない学習データでも汎化能力が低下しなくなる。

(3)乱数幅の調整方法:学習誤差に従って乱数幅を調整し、学習データを生成し直すことにより、自律的に他のボトルネックリンクの影響を受けないように学習できる。

(4)逆伝播荷重の導入:ニューラルネットの出力信号の誤差のばらつきに対して、パラメータ調整時には、誤差の大きい出力信号の影響を抑える。

など独自の方法を提案した。

3. 数値実験

実験は、簡易シミュレータを用いた基本的な道路構造に対する数値実験と、交通流シミュレータSOUNDを用い、首都高速道路を対象にした数値実験を行った。ここでは簡易シミュレータを用いた分合流部道路(図2)の実験結果を説明する。図3は同定モデルに用いられているニューラルネットの構造を示す。破線がサブネットワーク間結合、実線がサブネットワーク内結合になる。二段階学習方法によって10,000回学習した後、乱数幅を調整して学習データを再生成して学習した結果の誤差率の推移を図4に示す。11,000回から減少しているのは乱数幅の小さい学習データに変化したためである。

15,000回学習後に、パラメータ調整した結果を図6に示す。ニューラルネットワークの逆伝播計算を繰り返し、入力信号が調整される。200回程度の繰り返しでほぼ収束している。推定値と誤差率を表2に示す。平均0.024%の精度でリンク交通容量が調整できている。

5. まとめ

本論文では、交通流シミュレータのパラメータ調整手法を提案した。道路網モデルのパラメータは、シミュレーション結果に大きく影響するため、パラメータ調整は重要であるが、このパラメータは数多くあり、また相互に関連し合ってシミュレーション結果に影響するため、その調整は難しい。自律的にパラメータ推定する手法として、ニューラルネットワークモデルにより構築された同定モデルの逆伝播計算によるパラメータ調整手法を提案し、数値実験により、その有効性を示した。

ニューラルネットワークモデルをサブネットワークが並列に並ぶ構造にして、サブネットワーク内部だけの学習と、サブネットワーク間を結ぶ結合も含めた学習の二段階に分けて学習する方法、学習誤差値に合わせて、乱数幅を調整し学習データを再生成する方法を提案し、複数リンクが相互に影響する場合でも、高精度にパラメータを調整できることを示した。

図 1 パラメータ推定システム

図2 分合流部道路(4リンク)

図3 ニューラルネットワークの構造

図4 学習における誤差率の推移

図5 推定結果(15,000回学習後)

表 1 推定値と誤差率

審査要旨 要旨を表示する

交通流シミュレータは、道路網上の交通状態を模擬するツールであり、道路整備計画や道路交通施策の定量的な事前評価、ITS ( Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム ) 関連サービスの導入効果の予測などに利用されている。また、近年の双方向型カーナビゲーションシステムやETC ( Electronic Toll Collection System:電子料金収受システム ) の普及により、精度の高い交通データがより多く、リアルタイムに近い形で採取できるようになり、これまで以上に高精度にシミュレーションできる環境が整いつつある。将来的には、交通流シミュレータによるリアルタイムな交通予測を利用したITS関連サービスなど、これまでとは異なる使われ方も進められ、ますます交通流シミュレータの利用場面が増えると考えられる。

交通流シミュレータが高精度に交通状態を予測するには、シミュレータが利用する道路網モデルのパラメータが正しく調整されている必要がある。このパラメータはリンクごとの交通容量など数多くあり、これらが相互に関連し合ってシミュレーション結果に影響するため、その調整は難しく、これまでは熟練した技術者が試行錯誤的に調整する必要があり、多大なコストがかかる作業であった。

この交通流シミュレータのパラメータ調整問題は最適化問題の一種であり、その解法としては最急降下法などの数値解析の反復解法が用いられることが一般的である。しかし、道路網モデルのパラメータに対して、シミュレーション結果は非線形性が強く、初期値の設定によっては反復回数が大きくなりすぎる場合や、最適解にたどり着けない場合もある。

以上のような背景のもと、本論文は、交通流シミュレータを対象として、自律的にパラメータを調整する手法を提案し、数値実験によりその有効性を示すことを目的としている。提案手法は、ニューラルネットワークモデルを交通流シミュレータの同定モデルとして利用し、他のボトルネックの影響を含んだモデルパラメータと交通状態との非線形な関係をニューラルネットワークモデルに学習させ、学習後のニューラルネットワークモデルの逆伝播計算によりパラメータを推定する方法である。

本論文は全8章からなっている。

第1章は序論であり、研究の背景と目的を述べている。

第2章は既存の研究について説明し、その課題を明らかにしている。

第3章は本研究で利用する3層型ニューラルネットワークモデルの構造と、出力計算、学習計算、誤差逆伝播計算について説明している。

第4章では、提案するパラメータ自動調整手法を実現するシステムと、その構成要素である交通流シミュレータ、ニューラルネットワークモデルから構成される同定モデルについて説明している。また、このシステムのパラメータ調整の手順を説明すると共に、パラメータ調整の精度向上を目的として、相関分析による入出力信号の選択方法、二段階学習方法、パラメータ乱数幅の調整方法、および荷重による逆伝播の調整方法という本論文で新たに開発した方法を詳細に説明している。

第5章では、単路部、分流部、合流部、およびドライバーの経路選択を含む分合流部、という4種類の基本構造道路を対象に数値実験を実施し、提案手法の有効性を検証している。経路選択を含む分合流部を対象にした実験では、パラメータ推定誤差率1.4%の結果が得られた。これに二段階学習方法を適用することで0.97%、パラメータ乱数幅の調整方法を適用することで0.024%、さらに荷重による逆伝播の調整方法を適用することで0.019%までパラメータ推定精度を向上できることを示した。

第6章では、実際の首都高速道路ネットワークを対象とし、複数ジャンクション部のパラメータを事例に数値実験を実施し、提案手法の実用的な有効性を示している。相関分析による入出力信号の選択方法を適用し、推定パラメータと推定に必要な交通状態を選択した上で、パラメータ推定誤差率3.7%の結果が得られた。これに二段階学習方法を適用することで3.1%、さらに荷重による逆伝播の調整方法を適用することで2.32%までパラメータ推定精度を向上できることを示した。

第7章は考察であり、提案するパラメータ自動調整手法の用途や、パラメータ推定精度向上のために本論文で新たに提案した手法の有効性を考察している。

第8章は結論であり、結論および今後の課題を整理している。

以上をまとめると、本論文は、交通流シミュレータのパラメータの自律的な調整手法としてニューラルネットワークモデルによる独自の手法を新たに開発し、基本構造道路と実際の首都高速道路を対象に数値実験を行い、提案手法の有効性、実用性を検証している。本手法を交通流シミュレータのパラメータ調整に適用すれば、これまで熟練した技術者が試行錯誤的に実施していた作業を大幅に省力化できる。したがって、本論文の成果は新規性・実用性の両面で交通工学の発展に多大な貢献をしている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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