学位論文要旨



No 217704
著者(漢字) 阿野,泰久
著者(英字)
著者(カナ) アノ,ヤスヒサ
標題(和) 離乳移行期におけるβアミロイドタンパク質およびスクレーピー病原体の腸管における取り込み : プリオンの消化管の侵入機序モデルとして
標題(洋) Uptake of amyloid-β protein and scrapie agents in the intestines during the suckling-weaning transition : a model for enteric invasion of prions
報告番号 217704
報告番号 乙17704
学位授与日 2012.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17704号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久和,茂
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 横山,隆
 東京大学 准教授 芳賀,猛
 東京大学 准教授 内田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

プリオン病は、異常プリオンタンパク質(PrP(Sc))を伝達因子として経口的に伝達が成立する致死性の中枢神経変性疾患で、ヒトでのクロイツフェルトヤコブ病(CJD)、ウシでの牛海綿状脳症(BSE)、ヒツジでのスクレーピー等がある。PrP(Sc)により汚染された牛肉等の食品を介して伝播し、食の安心・安全において国内に留まらず世界的に非常に重要な問題となっている。PrP(Sc)の感染経路の一つとして、経口的に摂取された本因子が消化管内のパイエル板内で増殖し、末梢神経へと伝達された後、最終的に脳や脊髄に蓄積することによって神経変性性の疾患を発症する。しかしながら、消化管より取り込まれたPrP(Sc)の初期体内動態については不明な点が多い。疫学的な調査より、BSEは6か月齢以内のウシで最も伝達が成立した事が報告されている。この時期はウシでの離乳期に相当する。近年PrP(Sc)以外のApolipoprotein AII等のアミロイドタンパク質も経口的に伝達される事が報告され、タンパク質分解酵素に抵抗性を持つアミロイドタンパク質の消化管からの共通の侵入機序が考えられている。本研究では、アミロイドタンパク質の一つであるβアミロイドタンパク質(Aβ)と蛍光タンパク質(EGFP)との融合タンパク質(Aβ-EGFP)を作製し、各週齢時のマウスおよびウシに経口投与して、消化管における初期の体内動態を解析した。またスクレーピー病原体をマウスに経口投与したモデルについても解析した。さらにそれらの結果を踏まえ、PrP(Sc)の消化管における取り込み機構について考察した。

初めにAβ-EGFPをマウスに経口投与し、消化管での取り込みを解析した。まず消化管での微量な物質の取り込みの検出系の確立を行うため、カーボンブラック微粒子を含む墨汁および蛍光標識ラテックスビーズを乳飲み期のマウスに投与し、消化管をパラフィン切片、凍結切片、テクノビット包埋による切片を作製し、顕微鏡により解析した。その結果、パラフィン包埋では熱処理が加わり蛍光が失活しており、凍結切片では微量な蛍光物質が分散してしまい形態的に検出が困難であった。一方、テクノビット包埋による解析では投与後3時間程度から乳飲み期マウスの回腸においてカーボンブラック微粒子およびラテックスビーズの取り込みの検出に成功した。消化管からの微量な蛍光物質の取り込みを検出するには、テクノビット包埋による解析が最も適していた。続いて、マウスを用いてAβ-EGFPの取り込みの解析を実施した。N末端側もしくはC末端側にマウス型Aβを含むEGFPとの融合遺伝子を組み込んだ大腸菌の液体培養により、Aβ-EGFPおよびEGFP-Aβを大量に調整した。精製されたAβ-EGFPは赤外分光解析、EGFP-AβはCDスペクトル解析によりβシート構造が豊富である事を確認した。10、15、20、25日齢のCD-1マウス(18日齢で離乳)にAβ-EGFPおよびEGFP-Aβを経口投与した。経時的に安楽殺後、腸および脾臓を採取し、4 %パラホルムアルデヒドで固定、テクノビット包埋後、薄切切片を作製した。Aβ-EGFPおよびEGFP-Aβは乳飲み期の生後10-15日ではWGA+UAE-1‐の吸収円柱上皮細胞から投与後3時間程度で盛んに取り込まれ、その後減少していった。その取り込みは、20日齢では有意に減少し、完全に離乳した25日齢ではほとんど確認されなかった。同様に経口投与した蛍光アルブミンは瀰漫性に絨毛に吸着しているだけであったが、Aβ-EGFPは凝集した状態のままで細胞内に取り込まれた。Aβ-EGFPは微量ではあるが、パイエル板ドーム上のWGA-UAE-1+のM細胞からも取り込まれ、樹状細胞が多く存在するパイエル板ドーム下領域に蓄積していた。加えて、末梢神経組織に隣接する腸陰窩にも蓄積が確認された。また、連続投与した個体では脾臓の赤脾髄領域にもAβ-EGFPが確認された。取り込まれたAβ-EGFPは貪食細胞に取り込まれたかもしくは血流に乗って脾臓に蓄積したと考えられた。さらに、Aβ-EGFPをPBSではなく初乳由来の乳清で希釈することにより、その取り込みは増加した。初乳に豊富に含まれる免疫グロブリンの取り込みのメカニズムへの寄与が考えられた。

この結果を踏まえて、実際のプリオン病原体の腸上皮からの侵入について解析を行った。10、15、20、25日齢のBALB/c、C57BL/6J、CD-1およびSCIDマウスにPBSで10 %(w/v)に希釈したスクレーピー病原体(Tsukuba1株)感染マウス脳乳剤を経口投与した。CD-1およびSCIDマウスには免疫グロブリン(Ig)Gを含有する脳乳剤も投与した。PrP(Sc)の検出には免疫組織化学的に検出できることを確認した抗PrPモノクローナル抗体(T2)およびポリクローナル抗体(P8)を用い、免疫組織化学法により行った。PrP(Sc)は絨毛の吸収円柱上皮に認められ、10および15日齢の乳飲み期で顕著であったが、離乳に伴い減少し、離乳後の25日齢ではほとんど確認されなかった。このPrP(Sc)の取り込みにマウスの系統差は認められなかった。さらに、母乳中にIgGが含まれないSCIDマウスでは乳飲みマウスにおける吸収円柱上皮細胞からのPrP(Sc)の取り込みは有意に減少したが、PrP(Sc)乳剤にIgGを加えることによりPrP(Sc)の吸収上皮円柱細胞からの取り込みは増加した。乳飲み期マウスの吸収円柱上皮細胞にはneonatal FcRが発現して母乳中に含まれるIgを積極的に取り組む特異性の低い機構が存在している。SCID乳飲みマウスでの取り込みがIgGの存在により非添加と比べて増大したため、投与されたPrP(Sc)は恐らくIgGと結合して取り込まれていると考えられた。

マウスでの結果を踏まえて、ウシにおけるAβ-EGFPの消化管からの取り込みを検討した。まずマウスの際と同様に墨汁をウシへ経口投与し、消化管での取り込みの検出系を立ち上げた。その結果、投与後12時間後には回腸より取り込まれる事が判明した。続いて、ウシ型のAβ-EGFPを大量調整し、構造解析によりβシート構造を豊富に含むことを確認した。10mg/mlのAβ-EGFP 300 mlを2週齢および6か月齢のホルスタイン牛に計3回、胃内に投与した。各消化管を採取し、Aβ-EGFPの分布を調べた。2週齢の牛ではAβ-EGFP取り込みは回腸のvillin陽性の吸収円柱上皮細胞に認められた。これに対して、6ヶ月齢の牛では取り込みはほとんど認められなかった。この結果は乳飲みマウスでの結果と一致した。

本研究の結果から、Aβ-EGFPの経口投与は、BSEの消化管からの取り込みなど初期動態を解析するのに有用であると考えられた。また、離乳期におけるPrP(Sc)の取り込みには消化管の発達が関連していることも示唆された。これまで消化管においてPrP(Sc)等のアミロイドタンパク質の取り込みにはM細胞が重要な役割を担っていると考えられていたが、乳飲み期や離乳移行期には絨毛の吸収円柱上皮細胞からの取り込み機構が存在し、その取り込みには母乳中に含まれるIgが関与している事が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

プリオン病は、異常プリオンタンパク質(PrP(Sc))を伝達因子として経口的に伝達が成立する致死性の神経変性疾患で、ヒトのクロイツフェルトヤコブ病(CJD)、ウシの牛海綿状脳症(BSE)、ヒツジのスクレーピー等がある。PrP(Sc)の感染経路の一つとして、経口的に摂取された本因子が消化管内のパイエル板内で増殖し、末梢神経へと伝達された後、最終的に脳や脊髄に蓄積することで疾患を発症する。しかしながら、PrP(Sc)の消化管からの取り込みについては不明な点が多い。疫学的な調査より、BSEは離乳期に相当する6か月齢のウシで最も伝達が成立しやすいことが報告されている。また、近年Apolipoprotein AII等のPrP(Sc)以外のアミロイドタンパク質も経口的に伝達される事が報告され、アミロイドタンパク質の消化管からの共通の侵入機序が考えられている。本研究では、βアミロイドタンパク質(Aβ)と蛍光タンパク質(EGFP)との融合タンパク質(Aβ-EGFP)を作製、幼若マウスおよびウシに経口投与し、消化管からの取り込みを解析した。またスクレーピー病原体をマウスに経口投与したモデルについても解析した。

まず、Aβ-EGFPをマウスに経口投与し、消化管での取り込みを解析した。N末端側マウス型Aβを含むEGFPとの融合遺伝子を組み込んだ大腸菌の液体培養により、Aβ-EGFPを大量に調整した。精製されたAβ-EGFPは赤外分光解析によりβシート構造が豊富である事を確認した。10、15、20、25日齢のCD-1マウス(18日齢で離乳)にAβ-EGFP経口投与した。経時的に安楽殺後、腸および脾臓を採取し、テクノビット包埋後、組織切片を作製し観察した。Aβ-EGFPは、乳飲み期の生後10-15日ではWGA+UAE-1陰性の吸収円柱上皮細胞から投与後3時間程度で盛んに取り込まれた。その取り込みは、20日齢では有意に減少し、完全に離乳した25日齢ではほとんど確認されなかった。Aβ-EGFPは微量ではあるが、パイエル板ドーム上のWGA-UAE-1陽性のM細胞からも取り込まれ、樹状細胞が多く存在するパイエル板ドーム下領域に蓄積していた。さらに、Aβ-EGFPを初乳由来の乳清で希釈するとその取り込みは増加したことから、初乳に豊富に含まれる免疫グロブリンの取り込みのメカニズムへの寄与が考えられた。

次いで、プリオン病原体の腸上皮からの侵入について解析を行った。10、15、20、25日齢のBALB/c、C57BL/6J、CD-1およびSCIDマウスに、PBSで10 %(w/v)に希釈したスクレーピー病原体(Tsukuba1株)感染マウス脳乳剤を経口投与した。CD-1およびSCIDマウスには免疫グロブリン(Ig)Gを含有する脳乳剤も投与した。PrP(Sc)は絨毛の吸収円柱上皮に認められ、10および15日齢の乳飲み期で顕著であったが、離乳に伴い減少し、離乳後の25日齢ではほとんど確認されなかった。このPrP(Sc)の取り込みにマウスの系統差は認められなかった。さらに、母乳中にIgGが含まれないSCIDマウスでは吸収円柱上皮細胞からのPrP(Sc)の取り込みは有意に減少したが、PrP(Sc)乳剤にIgGを加えることによりPrP(Sc)の吸収上皮円柱細胞からの取り込みは増加した。乳飲み期マウスの吸収円柱上皮細胞にはneonatal FcRが発現し、母乳中に含まれるIgを積極的に取り組む非特異的取り込み機構があることから、SCID乳飲みマウスではPrP(Sc)はIgGと結合した状態で取り込まれていると考えられた。

さらに、マウスでの結果を踏まえて、ウシにおけるAβ-EGFPの消化管からの取り込みを検討した。10mg/mlのウシ型Aβ-EGFP 300 mlを2週齢および6か月齢のホルスタイン牛に計3回、胃内に投与した。各消化管を採取しAβ-EGFPの分布を調べた。2週齢の牛ではAβ-EGFPは回腸のvillin陽性の吸収円柱上皮細胞に認められた。これに対して、6ヶ月齢の牛では取り込みはほとんど認められなかった。この結果は乳飲みマウスでの結果と一致した。

本研究の結果は、Aβ-EGFPの経口投与は、BSEにおける消化管からのPrP(Sc)取り込み動態を解析する実験系として有用であることを示している。また、離乳期におけるPrP(Sc)の取り込みには消化管の発達が関連していることも示唆した。これまで消化管においてPrP(Sc)等のアミロイドタンパク質の取り込みに関してはパイエル板を覆うM細胞が重要な役割を担っていると考えられていたが、乳飲み期や離乳移行期には絨毛の吸収円柱上皮細胞からの取り込み機構も存在し、その取り込みには母乳中に含まれるIgGが関与している事が明確に示された。このような成果は、ヒトおよび動物のプリオン病研究において、プリオンの体内動態を調べるための実験モデル系を提案するものであり、今後のプリオン研究に貢献することが大いに期待される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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