学位論文要旨



No 217708
著者(漢字) 市川,晋太郎
著者(英字)
著者(カナ) イチカワ,シンタロウ
標題(和) Lactobacillus paracasei KW3110株の免疫調節作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 217708
報告番号 乙17708
学位授与日 2012.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17708号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 高橋,直樹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 准教授 八村,敏志
 東京大学 准教授 戸塚,護
内容要旨 要旨を表示する

乳酸菌は整腸作用を持つプロバイオティクスとして知られ、ヨーグルトなど、幅広い食品に利用されている。近年では乳酸菌の免疫調節作用に関する研究が盛んに行われ、抗アレルギー作用や抗感染症作用を持つ菌株などが発見されている。我々の研究室でもIL-12産生を強く誘導し、Th1優位な免疫応答を誘導する乳酸菌株、Lactobacillus paracasei KW3110株を見出し、この株がマウスにおいて、IgE産生抑制作用、アトピー症状抑制作用を持つことを報告している。

乳酸菌の免疫調節作用に関連する新たな機能が明らかになる一方で、その作用メカニズムについての研究はあまり進んでいない。KW3110株についても、そのIL-12産生誘導メカニズムや、抗アレルギー作用メカニズムに関する知見はほとんど得られていなかった。

そこで、KW3110株による、IL-12を中心とした抗アレルギー作用メカニズムの解明を目的とし、in vivoでのKW3110株の作用機序に関する研究、およびin vitroでのIL-12産生誘導機構に関する研究を行った。その結果、経口投与したKW3110株がin vivoでIL-12を誘導すること、IL-12誘導には、TLRではなく、貪食に伴うROS産生が重要であることを明らかにした。得られた成果の概要は以下の通りである。

Lactobacillus paracasei KW3110株の経口投与によるin vivo IL-12産生誘導

KW3110株を経口的に摂取した場合の、in vivo IL-12産生誘導の有無およびIL-12産生誘導機序を明らかにすることを目的とし、KW3110株経口投与後のパイエル板を中心とした免疫系の応答を評価した。

その結果、パイエル板において、KW3110株投与2時間後から10時間後までの間、IL-12遺伝子発現が上昇することが示された。また、パイエル板切片の観察から、KW3110株がパイエル板に取り込まれ、IL-12p40タンパク産生を誘導することが明らかとなった。MLNにおいても投与10時間後にIL-12遺伝子発現が上昇しており、KW3110株を取り込んだ細胞がMLNに移動することが示唆された。KW3110株投与後の血中IL-12濃度を評価したところ、投与10時間後に血中IL-12p40およびIL-12p70濃度の有意な上昇が観察され、経口投与したKW3110株の腸管免疫系への作用に加え、全身の免疫系に対しても影響を与えることが示唆された。

以上の結果から、KW3110株がin vivoでIL-12を誘導することが明らかとなり、KW3110株の持つ抗アレルギー作用メカニズムの一端が明らかとなった。

Lactobacillus paracasei KW3110株によるTLR2, 4, 9非依存的かつMyD88依存的なIL-12産生誘導

KW3110株によるin vitroでのIL-12産生誘導メカニズムの解明を目的として、菌体の認識に重要な役割を果たすTLRの関与を評価した。TLR2, 4および9を欠損するマウスの、脾臓、パイエル板、MLNおよびBM-DCを用いて、それぞれのTLRのIL-12産生への関与を評価した。しかし、いずれのTLR欠損もIL-12産生を抑制しないことが明らかとなった。また、KW3110株以外の乳酸菌株を用いた場合でも同様の結果であった。一方で、MyD88を欠損するマウス由来の細胞を用いて同様の実験を行った場合には、KW3110刺激によるIL-12産生が完全に抑制された。

各種TLRを発現するHEK-293細胞を用いてKW3110株が持つTLRリガンドの種類を評価した結果、KW3110株はTLR2のリガンドのみ保有していたことから、TLR2, 4, 9以外のTLR欠損マウスでもIL-12産生は抑制されないと予想された。また、TLRと同様にMyD88をアダプター分子とするIL-1およびIL-18経路をブロックしてもIL-12産生が変化しなかったことから、KW3110株によるIL-12産生誘導には、TLRやIL-1ファミリー以外の、未知のMyD88を介する経路が関与していると考えられた。

Lactobacillus paracasei KW3110株によるROSを介したIL-12産生誘導機構

マクロファージはKW3110株刺激に対するIL-12産生細胞であると考えられる。マクロファージは旺盛な貪食能を特徴とし、貪食によりROSを産生することから、マクロファージによる乳酸菌の貪食、およびROS産生が、IL-12産生にどのように関与するかを評価した。マクロファージとKW3110株を共培養した結果、KW3110株がマクロファージによって貪食され、NADPH oxidase依存的なROS産生を誘導することが明らかとなった。また、IL-12産生誘導能と貪食頻度、IL-12産生誘導能とROS産生には正の相関が認められた。そこで、ROSをNADPH oxidase阻害剤またはROSスカベンジャーで阻害したところ、阻害剤の濃度依存的にKW3110株刺激によるIL-12産生が抑制された。このことからKW3110株によるIL-12産生誘導にはマクロファージによるROS産生が重要であることが明らかとなった。

次に、MyD88欠損マウス由来のマクロファージを用いてKW3110株の貪食を評価したところ、通常マウスのマクロファージと同程度の貪食が観察された。一方で、MyD88欠損マクロファージではKW3110株貪食後のROS産生が顕著に抑制されていた。よって、MyD88欠損マウスにおけるIL-12産生の抑制の一部は弱いROS産生に由来すると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

Lactobacillus paracasei KW3110株はIL-12産生を強く誘導し、Th1優位な免疫応答を誘導する乳酸菌株であり、マウスにおいて、IgE産生抑制作用、アトピー症状抑制作用を持つことが報告されている。しかしながら、そのIL-12産生誘導メカニズムや、抗アレルギー作用メカニズムに関する知見はほとんど得られていなかった。本論文はin vivoでのKW3110株の作用機序の解明、およびin vitroでのIL-12産生誘導機構の解明に取り組んだものであり、3章より構成される。

第一章では、Lactobacillus paracasei KW3110株を経口的に摂取した場合の、in vivo IL-12産生誘導の有無、およびIL-12産生誘導機序について述べている。マウスにKW3110株を経口投与し免疫応答を解析したところ、パイエル板においてIL-12遺伝子発現が上昇することが示された。また、組織化学的観察から、経口投与したKW3110株がパイエル板に取り込まれ、IL-12p40タンパク質産生を誘導することが示された。腸間膜リンパ節(MLN)においても、投与10時間後にIL-12遺伝子発現が上昇しており、KW3110株を取り込んだ細胞がMLNに移動することが示唆された。KW3110株投与後の血中IL-12濃度の解析から、投与10時間後に血中IL-12p40およびIL-12p70濃度の有意な上昇が示され、経口投与したKW3110株は腸管免疫系への作用に加え、全身の免疫系に対しても影響を与えることが示唆された。以上の結果から、KW3110株がin vivoでIL-12を誘導することが明らかとなり、KW3110株の持つ抗アレルギー作用メカニズムの一端が明らかになった。

第二章では、in vitro系を用いてLactobacillus paracasei KW3110株によるIL-12産生誘導メカニズムの解明に取り組み、菌体の認識に重要な役割を果たすToll様受容体(TLR)の関与について述べている。KW3110株によるIL-12産生誘導への各TLRの関与を、TLR2、 4および9欠損マウスを用いて解析した結果、いずれのTLR欠損もIL-12産生を抑制しないことが示された。また、KW3110株以外の乳酸菌株を用いた場合でも同様の結果であった。一方で、MyD88を欠損するマウスを用いて同様の実験を行った場合には、KW3110刺激によるIL-12産生が完全に抑制された。各種TLRを発現するHEK-293細胞を用いてKW3110株が持つTLR刺激成分の種類を評価した結果、KW3110株はTLR2のリガンドのみを保有していると考えられた。また、TLRと同様にMyD88をアダプター分子とするIL-1およびIL-18経路をブロックしてもIL-12産生が変化しなかったことから、KW3110株によるIL-12産生誘導には、TLRやIL-1ファミリー以外の、未知のMyD88を介する経路が関与していると示唆された。

第三章では、Lactobacillus paracasei KW3110株による活性酸素種(ROS)を介したIL-12産生誘導機構について述べている。マクロファージとKW3110株を共培養した結果、KW3110株がマクロファージによって貪食され、NADPH oxidase依存的なROS産生を誘導することが示された。また、IL-12産生誘導能と貪食頻度、IL-12産生誘導能とROS産生には正の相関が認められた。ROSの産生をNADPH oxidase阻害剤またはROSスカベンジャーで阻害したところ、阻害剤の濃度依存的にKW3110株刺激によるIL-12産生が抑制された。このことから、KW3110株によるIL-12産生誘導にはマクロファージによるROS産生が重要であることが示唆された。次に、MyD88欠損マウス由来のマクロファージを用いてKW3110株の貪食を評価したところ、通常マウスのマクロファージと同程度の貪食が観察された一方で、MyD88欠損マクロファージではKW3110株貪食後のROS産生が顕著に抑制されていた。このように、MyD88を介したROS産生が、KW3110株によるIL-12産生誘導において重要な役割を果たしていることが示された。

以上、本論文はこれまで作用機構が不明だったLactobacillus paracasei KW3110株の免疫調節作用について、IL-12産生への影響という視点から解析を進め、乳酸菌の示す免疫調節の分子メカニズムの一端を明らかにしたもので、学術上、応用上で貢献することが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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