学位論文要旨



No 217709
著者(漢字) 山下,香菜
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,カナ
標題(和) 組織構造がスギの物性および乾燥特性に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 217709
報告番号 乙17709
学位授与日 2012.09.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17709号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 信田,聡
 東京大学 准教授 和田,昌久
 東京大学 准教授 斎藤,幸恵
内容要旨 要旨を表示する

近年、構造用製材においては、強度性能が明確であることや、寸法安定性が高いことが求められ、ヤング率による等級区分や含水率を表示した乾燥材が普及しつつある。力学特性は、マクロなものからミクロなものまで、各段階の組織構造特性が関与する複合形質であり、乾燥に関わる水分移動性、収縮特性、粘弾性にも様々な組織構造特性が関与しているが、組織構造は、同じ樹種の中でも、樹幹内の部位、生育環境、遺伝的由来によるバラツキがあるため、樹種によってどの組織構造特性の変異が大きく、力学特性や乾燥特性に寄与しているかを明らかにする必要がある。

スギは、日本では最も多く植栽されており、その利用拡大が望まれている重要な造林樹種である。木材の利用や加工において適材適所で利用するためには、材料性能によって選別することが重要である。これまでの施業では、化粧性に優れた木材生産を目的として、植栽密度の管理や枝打ちなどによる年輪幅の調節や無節材の生産が行われ、成長量や幹の通直性の観点から選抜育種が進められてきたが、構造用材としての利用を考えれば、強度特性や乾燥性に優れた材料への改良が新しい育種目標となる。強度特性と乾燥特性を考えると、樹幹内における、1) 未成熟材と成熟材との細胞構造の違い、2) 心材と辺材との水分透過性の違いは大きい。未成熟材と心材は、成長の初期に形成される中央部分にあるから、その特性を把握することは、効果的に造林木を利用する上で重要である。

本論文においては、まず第1章で、国産材の利活用におけるスギの現状について、構造材利用における強度特性と乾燥特性の重要性を述べた。

第2章では、まず、スギの強度特性について、ヤング率が強度等級区分の指標として重要であること、その評価方法が確立されてきた経緯を述べた。そして、強度特性の変異にかかわる組織構造について、早材と晩材や、未成熟材と成熟材に関する既往の研究を述べた。次に、スギの心持ち正角の乾燥について、未乾燥材が引き起こす問題点と、乾燥方法の発展について述べた。そして、乾燥特性にかかわる水分移動性、収縮特性、クリープ、応力緩和、横引張強度特性に関する既往の研究を述べた。最後に、スギの成長と材質について、施業が材質に及ぼす影響と、強度特性と乾燥特性に大きくかかわる密度、ミクロフィブリル傾角、心材に関する既往の研究を述べた。

第3章では、スギのヤング率の品種特性を解明するため、全国から集められて同一試験地で生育した18品種のスギを用いて、ヤング率とこれにかかわる密度とミクロフィブリル傾角の樹幹内変動を3次元的に調べ、これらの関係を検討した。ミクロフィブリル傾角で区分した未成熟材の範囲とミクロフィブリル傾角の値には品種特性が認められ、遺伝的な性質であることを明らかにした。樹高方向でヤング率変動が大きい品種と小さい品種があり、ミクロフィブリル傾角の大きい範囲が円錐形であるか円柱形であるかという品種的特徴を反映していることを明らかにした。ヤング率の大きさにも品種特性が認められたが、品種内での個体間差は、遺伝的変異が狭い栽培品種では小さかったのに対して、遺伝的変異が広い地域品種では大きく、これは密度の個体間差が大きいためであると考えられた。

第4章では、乾燥で生じる収縮と、狂いや割れの原因となる収縮異方性に及ぼす組織構造の影響を解明するため、5品種のスギを用いて、収縮率とこれにかかわる可能性がある密度、ミクロフィブリル傾角、年輪構造の樹幹内変動を調べ、これらの関係を検討した。未成熟材では軸方向収縮率が大きいが、その大きさと軸方向収縮率が大きい範囲は品種によって異なり、ミクロフィブリル傾角の品種的特徴を反映しており、軸方向収縮率の変動は、ミクロフィブリル傾角を用いて良く説明することができた。一方、接線方向収縮率の樹幹内変動は、品種によってやや違いがあり、半径方向収縮率は、共通して樹幹内部より外側で大きい傾向を示した。接線方向収縮率の変動には、ミクロフィブリル傾角と年輪幅、半径方向収縮率の変動には、密度、ミクロフィブリル傾角、早材密度と年輪幅が寄与していた。さらに、3方向の収縮率とヤング率との間に相関が認められたことから、非破壊的に測定できるヤング率を用いて、収縮率が大きい材料を選別できる可能性を示した。

第5章では、第4章と同じ5品種の材料を用いて、地上高下部と上部の2か所からスギ心持ち正角材を採材し、乾燥で生じた曲がりを調べ、軸方向収縮率の影響を検討した。地上高下部で曲がりが大きい品種と、上下ともに曲がりが小さい品種があり、曲がりが大きいのは、未成熟材部で軸方向収縮率が大きく、そのバラツキが大きいことを反映していた。さらに、曲がりとヤング率との間に相関が認められたことから、ヤング率を用いて乾燥による曲がりが大きい材料を選別できる可能性を示した。

第6章では、第5章と同じ5品種の心持ち正角材を用いて、中温乾燥と高温乾燥を行って、中温乾燥で生じた表面割れの長さと、高温乾燥で生じた内部割れの面積を調べ、割れに及ぼす横断面収縮率、年輪構造、心材率の影響を検討した。表面割れの発生は、地上高下部よりも上部で、また、接線方向収縮率が大きい品種で顕著であった。内部割れの総面積は、樹幹下部で、また、接線方向収縮率が大きい品種で顕著であった。以上のことから、乾燥速度が遅い心材の占める割合と接線方向収縮率の大きさが乾燥応力の発生ひいては割れの発生に影響を及ぼすことが示唆された。さらに、表面割れとヤング率との間に正の相関が認められたことから、ヤング率を用いて、表面割れを発生しやすい材料を選別できる可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

スギは、日本で最も多く植栽されており、その利用拡大が望まれている重要な造林樹種である。従来の施業では、化粧性に優れた木材生産を目的として、植栽密度の管理や枝打ちなどによる年輪幅の調節や無節材の生産が行われ、成長量や幹の通直性の観点からの選抜育種が進められてきた。しかし、構造用材としての利用を考えれば、強度特性や乾燥特性に優れた材料への改良が新しい育種目標となる。力学特性は、マクロからミクロまでの組織構造特性が関与する複合形質であり、また、乾燥に関わる水分移動性、収縮特性にも様々な組織構造特性が関与している。本研究は多くの造林品種が存在するスギにおいて、その組織構造特性と力学ならびに乾燥特性との関係を明確にし、構造用として優れた造林木の育種・生産に有益な指針を見いだそうとするものである。

第1章では、国産材の利活用におけるスギの現状について、構造材利用における強度的特性と乾燥特性の重要性を述べた。

第2章では、スギの強度的性質にかかわる組織構造について、早晩材、成熟材・未成熟材に関する既往の研究ならびに、乾燥特性にかかわる水分移動性、収縮特性、クリープ、応力緩和、横引張強度特性に関する既往の研究を整理した。また、施業がスギの材質に及ぼす影響や、密度、セルロース・ミクロフィブリル傾角、心材に関する既往の研究を整理した。

第3章では、全国から集められ同一試験地で育てられた18品種のスギを用いて、ヤング率、密度、ミクロフィブリル傾角の樹幹内変動を3次元的に調べた。未成熟材の範囲ならびにミクロフィブリル傾角の値には品種特性が認められ、これらが遺伝的な性質であることを明らかにした。樹高方向でのヤング率変動の大小も品種によって異なり、変動率にはミクロフィブリル傾角の大きい範囲が円錐形であるか円柱形であるかという分布パターンからくる品種的特徴が反映されていることを明らかにした。ヤング率の大小にも品種特性が認められたが、品種内での個体間差は、遺伝的変異が少ない栽培品種では小さかったのに対して、遺伝的変異が大きい地域品種では大きく、これは密度の個体間差が大きいためであると結論づけた。

第4章では、対象とするスギ品種を5つに絞って林業地から取り寄せ、収縮率、密度、ミクロフィブリル傾角、年輪構造の樹幹内変動を詳しく調べ、これらの関係を検討した。未成熟材では軸方向収縮率が大きいが、その大きさと軸方向収縮率が大きい範囲は品種によって異なった。また、軸方向収縮率の変動は、ミクロフィブリル傾角で説明できることを示した。一方、接線方向収縮率の変動には、ミクロフィブリル傾角と年輪幅の寄与が大きく、半径方向収縮率の変動は、密度、ミクロフィブリル傾角、早材密度ならびに年輪幅が寄与することを明らかにした。さらに、3方向の収縮率とヤング率との間の相関から、非破壊的に測定できるヤング率を用いて、収縮率が大きい材料を選別できる可能性を示した。

第5章では、同じ5品種からスギ心持ち正角材を採材し、乾燥による曲がりを調べた。その結果、採材高さ(地上高)で曲がり方の大小のパターンに品種差があることを見いだした。また、曲がりの大小とヤング率との間に相関が認められたことから、ヤング率を用いて乾燥による曲がりが大きい材を選別できる可能性があることを示した。

第6章では、同じく5品種の心持ち正角材を用いて、乾燥時に発生する割れの発生程度を2種類の乾燥方法を用いて調べ、割れに及ぼす横断面収縮率、年輪構造、心材率の影響を検討した。中温乾燥法では主として表面割れが発生した。表面割れの発生は、地上高下部よりも上部で、また、接線方向収縮率が大きい品種で顕著であった。高温乾燥法では主に内部割れが発生した。内部割れの総面積は、樹幹下部で、また、接線方向収縮率が大きい品種で顕著であった。以上のことから、乾燥速度が遅い心材の占める割合と接線方向収縮率の大きさが乾燥応力の発生ひいては割れの発生に影響を及ぼすことが示唆された。さらに、表面割れとヤング率との間に正の相関が認められたことから、ヤング率を用いて、表面割れを発生しやすい材料を選別できる可能性を示した。

以上本論文は、スギのミクロならびにマクロな組織構造が住宅等への構造材としての利用時に重要となる力学特性や乾燥時に発生する割れ、狂いと密接な関係があることを明らかにし、さらには今後の造林にふさわしい品種の選択や、間伐時に対象とすべき樹木の選別指針等も示唆したもので、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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