学位論文要旨



No 217715
著者(漢字) 津留,宏介
著者(英字)
著者(カナ) ツル,コウスケ
標題(和) 空中写真測量による地図情報の図化と編集のあり方に関する研究
標題(洋)
報告番号 217715
報告番号 乙17715
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17715号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 准教授 布施,孝志
 東京大学 特任准教授 関本,義秀
 東京電機大学 教授 近津,博文
内容要旨 要旨を表示する

地図は、古代より地理的な把握に利用されながら人類の発展に大きく寄与してきた。近年では、社会基盤としての役割を高めている。特にデジタル化や情報通信技術の発達は、個人でも容易に大縮尺の地図を利用できるようにし、閲覧だけでなく、個人の地理的な履歴の保存、移動のためのナビゲーションなどをはじめとして利用分野を大幅に拡大させている。今後は、より詳細な地図がコンピュータ内に取り込まれることで、高度なシミュレーションやマネージメントが発達することが期待されている。

地図作成技術は第2次世界大戦後に平板測量から空中写真測量へと変わった以降、大きな変革は起きていない。デジタル化は進んだが、それまでの手法の枠組みを変えるものではなかった。一方、地図利用は大幅に拡大し、整備費用の抑制や迅速な更新、多目的での利用など、さまざまな課題を地図作成に突き付けることになる。これらの課題に対し建設情報標準(CALS)や地理情報標準(ISO TC211)が解決の一翼を担うが、大きな効果は得られず、地図には不具合が多い、地図同士が正確には重ならない、加工が困難といった問題が顕在化し、地図作成のあり方は見直しが迫られている。

このような課題を解決するため、本研究では地図整備の従属関係に注目し、縮小編集や図式化、構造化といった地図編集の図形処理を発展させる方法を示した。地図整備は、標準的には空中写真測量により実測図が作成され、次にこの実測図を基に縮小編集により編集図が作成される。また、編集図では、実測図からは中縮尺の編集図が作成され、中縮尺の編集図からは小縮尺の編集図が作成される。これらの実測図や編集図は、多目的に利用できることから一般図と称されるが、これらの一般図からは主題に応じて必要な地図情報を構造化して主題情報を付加することにより主題図が作成される。このような従属関係が自動処理により連結できれば、地図整備の費用は劇的に低減できると同時に、それぞれの地図は同一の実測図を源流とする基図から作成されるため、重ね合わせでの不合は生じないことになる。

地図整備の従属関係とその効用については専門家には周知のことであるが、それらの自動処理による連結は実現されていない。その原因は、地図に混入されている形状の不揃いや相互関係の混乱といった地図情報特有の症状にある。縮小編集や図式化、構造化といった地図編集の図形処理は、地図情報そのものや地図情報相互の関係についての難しい判定を迫られるが、地図情報特有の症状はこれらの判定をさらに難しくさせる。そのため図形処理を阻害する症状は不具合として予め修復しておくことが望まれるが、これらの症状も多様で、同じ症状が異なる意味を持つこともあるとともに、同種の症状が発生する頻度は小さい。また、症状と地図情報の重要性とは関連せず、修復のための図形処理開発は、労多くして功少ない作業となる。その結果、手作業のみによる図形処理や、手作業によって不具合を修復してから自動図形処理を行うといった方法が対処療法的に選択されることになる。これらは地図整備の費用を増加させるとともに、作成した地図を次の利用へとつなげることを困難にすることになる。

地図整備を効率化させるには、地図情報の不具合を解消させなければならない。そのためには、地図整備の源流である空中写真測量の図化と編集での混入を阻止することが合理的である。そこで図化と編集の生来の特性を活かし、地図情報に不具合を生じさせない作業手順や処理方法について検討した。

以下、本論文を構成する各章について、その内容を要約する。

第1章は序論とし、地図整備の従属関係が発達していないのは空中写真測量における図化と編集が未熟で、作成された地図情報には不具合が存在しているという本研究の背景を論じている。不具合のない地図情報は縮小編集や構造化、図式化といった図形処理の自動化を促進し、ひいては地図整備の効率化や地図更新の迅速化に寄与することになる本研究の目的を論じている。

第2章では、第2.2節で空中写真測量の図化と編集による地図作成手法を整理し、地図情報への不具合の混入や不合理な数値地形モデル作成の現状について、第2.3節ではコンピュータの発達に伴って地図作成の核となる図化機が革新され、図化が屈折箇所のみを点描して中間は自動的につなげる方式、編集が図化で表現しきれなかった箇所のみを手直しする方法に変わったことを、第2.4節では航空写真、衛星画像、合成開口レーダ画像あるいは航空レーザ点群、さらにはこれらの組み合わせなどによる自動図化への挑戦を取り上げ、それらが実用には達していないことを、第2.5節では写真画像を用いた図化を実際に試み、画像からの図化の問題を、第2.6節ではデジタル方式での図化と編集が、アナログ方式に比べて読図性を低下させていることを、第2.7節ではデジタル化によって地図情報は高さ座標を保持可能となったが、三次元の地図情報を作成する方法は実現されていないという問題を、第2.8節では実測図に従属する編集図や主題図を作成するための課題を、第2.9節ではデジタル化の進展に伴って地図データファイルの複写や地図表示の拡大縮小が容易になったが、利用にあたってはさまざまな問題があることを、それぞれ指摘している。

第3章では、デジタル方式による地図作成の図化と編集のあり方を総括的に論じ、図化と編集アルゴリズムの基本設計を行っている。

基本設計を行うにあたって最初に第3.2節で、地図整備の従属関係を分析し、地図整備の従属関係の自動化には空中写真測量に着目する必要があることを指摘している。

次に第3.3節でアナログ方式での図化と編集を対象に、図化には空中写真に忠実に描画する役割が、編集には図式に忠実に整形する(これは「正描」と呼ばれる)役割があるとともに、本質的には図化では骨格となる地物から細部となる地物へと描画され、編集では地図情報そのものや地図情報相互の関係といった状況に応じた正描が行われていることを分析している。これらから図化と編集では描画や正描の順番を決めることで誤記を防止するとともに、下位での描画や正描は上位で描画や正描された地図情報の脱落を点検したり、不合を防止したりする機構となっていると指摘している。

第3.4節ではデジタルでの図化と編集を交互に行う方法が、一見合理的なようだが実は不具合を残存させる合成の誤謬に陥っていること、また、地図情報やそれらの相互関係の複雑さ、図形処理を行う際の地図情報やそれらの相互関係を判定する困難さ、図形処理のための幾何計算を行うにあたっての例外処理や計算誤差の発生、地図情報やそれらの相互関係に生じた不具合の点検を確実に行うことの困難さといった問題が、不具合の完全な除去を難度の高い課題としていることを論じている。

第3.5節では地図に存在する不具合が地図情報の形状および地図情報相互の連続関係や隣接関係、包含関係、高低関係に分類できることを指摘している。

第3.6節では、地図情報のあり方を検討し、地図情報の要求仕様を作成している。また、この要求仕様を前提条件とする図化と編集のあり方を検討し、描画には地図情報を序列化して下位は上位に従属させる従属関係を、正描には地図情報相互の関係を序列化して単純な状況ほど正描を優先する状況制御を導入し、これらを組み合わせた本研究の核となる図化・編集アルゴリズムの基本設計を行っている。

第4章では、基本設計に基づいた図化と編集が実現性を検証するため、基本設計で組み込まれた機能の中で重要かつ高難度で未解決の5つの機能のための図形処理方法を開発している。以下、それらの開発を要約する。

第4.2節では、先に描画した上位の線へ後に描画した下位の線を線端では従属させ、交差箇所では切断させる線相互の接合方法。同時に道路両縁の隣接関係を平行に近い箇所は、平行になるように強調する方法。これらにより接合不良がなく、対となる道路縁の平行性が確保されて地図の骨格を形成させる。

第4.3節では、必要以上に細かく不揃いに描画された矩形の小突起を、形状による類型化に基づいて取り除く簡略化方法。これにより建物などの地図情報の形状の細かさが統一され、読図性を向上させるとともに、図形処理の混乱を防ぐ。

第4.4節では、位置の正確さと形状の正確さを調和させながら隣接する地物との重なりを除去する転位方法。重なる線に直交する対極の2点を抽出し、重なる線から遠い方の点を固定、短い方の点を重なる線と直交する方向で遠い点に向け、重なりが除去されるまで圧縮するように形状を相対的に変形させる。これにより読図性を向上させるとともに、図形処理の混乱を防ぐ。

第4.5節では、図郭や作業範囲で地図情報が切断された箇所や道路の行き止まりなどのように地図情報が欠損した箇所における地図情報の生成方法。生成した地図情報により領域を面に構造化して記号や注記を最適な位置に配置したり、記号や注記から面に属性を与えたりすることを可能とする。

第4.6節では、道路や河川、および被覆や法面の上端・下端などの地貌を捉えた地図情報と、これらに尾根や谷などの地貌を加えて地形モデルを作成するモデリング方法。これにより地貌と地形モデルが完全に整合させるとともに、改めて等高線を描画したり、地形モデルを作成したりする必要をなくす。

本論文で提案した手法は、骨格の地物から細部の地物に向け、特定の地物が描画される毎に、最初に形状が正規化され、次にそれらに従属する地図情報が接合される。3番目で隣接関係が整えられ、4番目で記号や注記が最適配置され、平面位置での整合が確立される。最後に高低関係を整合させるため、4番目までで作成された地図情報を地性線とする地形モデルが作成される。また、これらの処理には目的や地区が異なる地図情報にも対応できるように地図情報の標準化、不具合の発生には前工程での処理を見直す事後保全を採り入れている。

第5章では、第3.6節で提案した従属関係を重視する図化と編集アルゴリズムの基本設計にしたがい、限定した地図項目に対してではあるが、第4章で開発した機能等を用いて実際の地図作成に適用した事例分析によって提案手法の有効性を確認するとともに、従属関係を重視する図化と編集アルゴリズムの適性を論じる。

第6章では本研究全体の結論とし、地図整備の源流である空中写真測量の図化と編集において、地図情報の従属関係にしたがった描画と地図情報やそれらの相互関係の状況を制御した正描とにより不具合の混入を防止した本研究成果の優位性と、地図情報相互の関係の例外に対する本研究成果の脆弱性を総括するとともに、今後の地図整備の展望を示す。また、今後の課題として、地図情報の更新方法、大縮尺図から中縮尺図への縮小編集の自動化、注記の格納と表現方法を整理した。

審査要旨 要旨を表示する

近年、地図は社会基盤としての役割を強め、社会的な重要性を急速に高めつつある。これに伴い地図整備費用の削減、流通している地図同士の正確な重ね合わせや接合といった品質の向上、迅速な整備や更新など、地図作成の高度化が期待されている。しかしながら地図作成技術は、平板測量から空中写真測量に変革された後、大きな変革は起きていない一方、地図がデジタル形式で記録されるようになると地図利用の高まりと相まって、地図同士の重ね合わせや接合の不合、地図情報の形状や相互関係の異常など、利用を阻害する要因が指摘されるようになってきた。

本論文では、地図整備の構造が従属関係で成り立っているとともに、図形処理で自動的に連携させることにより地図整備を大幅に高度化できることを指摘している。つまり、地図は用途によって一般図と主題図、縮尺によって大縮尺図、中縮尺図、小縮尺図に分類されるが、主題図は一般図を、中縮尺一般図は大縮尺一般図を、小縮尺一般図は中縮尺一般図をそれぞれ基図として作成され、この関係を地図整備の従属関係とする重要な指摘を行っている。

この地図整備の従属関係を図形処理で自動的に連携させることにより地図整備は劇的に高度化できることは、専門家なら容易に判断できることであるが、実際には地図整備の高度化は実現されていない。その原因を本論文では、地図情報相互の関係の複雑さ、図形処理における判定の多様さ、幾何計算における例外処理と計算誤差、地図情報の点検の不確実性であることを論証している。

また、解決策として地図整備の源流となる大縮尺の一般図を作成する標準的な手法である空中写真測量において図化と編集の見直しを行っている。つまり、地図整備の源流となる空中写真測量において品質が保証された地図情報が作成できれば、下流の地図作成手法(縮小編集や構造化、図式化)が急速に発展し、地図整備の高度化が図れることが期待できることになる。

本論文では、最初に空中写真測量のアナログ方式による図化と編集の手法を分析し、図化では骨格となる地物から細部となる地物への順番で描画が行われていて本質的にはこれらが従属関係となっていること、編集では地図情報そのものや地図情報相互の状況により論理的な判断に基づいた整形(これを「正描」という)が行われていることを明らかにしている。これらの分析をもとに、デジタル方式による図化と編集の手法の見直しを提案している。つまり、図化には骨格となる地物から細部となる地物へ従属するように描画する方法、編集には地図情報そのものや地図情報相互の関係を形状、連続、隣接、包含、高低の5つの状況に分類し、単純な状況から論理的な基準で正描していく方法を採り入れるとともに、これらを矛盾の生じない流れに組み立てることで、地図情報そのものや地図情報相互の関係を単純化、図形処理を容易にする図化と編集方法を設計している。

また、これらの中から次の重要かつ高難度で未解決の5つの正描に対して自動化を行っている。

1)先に描画した上位の線へ後に描画した下位の線を、線端では従属させ、交差箇所では切断させる線相互の接合方法。同時に道路両縁の隣接関係が平行に近い箇所は、平行になるように強調する方法。

2)必要以上に細かく不揃いに描画された矩形の小突起を形状により類型化し、類型に応じて小突起を取り除く簡略化方法。

3)位置の正確さと形状の正確さを調和させながら隣接する地図情報同士の重なりを除去する圧縮による転位方法。

4)図郭や作業範囲で地図情報が切断された箇所や道路の行き止まりなどのように地図情報が欠損した箇所を閉鎖する地図情報の生成方法。

5)道路や河川、被覆や法面の上端・下端などの地貌を捉えた地図情報と、これらに尾根や谷などの地貌を加えて地形モデルを作成するモデリング方法。

さらに、正描の自動化を阻害する要因を取り除くため、描画規則による補完、地図情報分類の標準化、後処理で前処理を点検する事後保全といった仕組みが組み込まれている。

本論文で提案された手法は、骨格の地物から細部の地物に向け、特定の地物が描画される毎に、最初に形状が正規化され、次にそれらに従属する地図情報の接合、隣接関係が整合、領域との包含関係による記号や注記の最適配置が行われ、平面位置での整合が確立される。最後に高低関係が整合するように、地図情報を地性線とする地形モデルが作成される。単純だが確実に地図情報の品質が作り込める効率的な地図作成のシナリオとして機能する。また、効率性が検証されるとともに、道路の骨格化や地図の三次元化などの自動化も実現し、新たな利用への可能性も示している。

以上のように本論文では、空中写真測量による地図作成の高度化を図るとともに、地図整備の従属関係を自動的に連携する可能性を示しており、地図整備の発展への貢献が期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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