学位論文要旨



No 217717
著者(漢字) 宇野,護
著者(英字)
著者(カナ) ウノ,マモル
標題(和) 超高速鉄道の実現に向けた技術的課題の検証 : 構造物及び地盤の振動に関する研究
標題(洋)
報告番号 217717
報告番号 乙17717
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17717号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 講師 長山,智則
 横浜国立大学 教授 山田,均
内容要旨 要旨を表示する

超高速鉄道としての中央新幹線計画を長く推進してきた立場に立って,インフラに関わる技術課題とその対応について俯瞰的に見てみると,新規路線の建設を推進していくにあたっては沿線の環境保全に関して適切な予測・評価を行い,理解を得ることが非常に重要である.特に,地盤振動現象に関しては,理論的な研究の余地が多く残されていることから,その特性を把握するために,この数年にわたり主体的に研究を進めてきた.

本研究の目的は,超高速鉄道における地盤振動の特徴を実験線測定結果の分析に基づいて振動の発生・伝達の観点から把握し,それを踏まえた適切な予測評価手法を構築して,新幹線の勧告値が順守可能であると実証することである.

本研究の内容と得られた結論は以下の通りである.

(1)実験線の走行試験において超高速鉄道走行時の構造物・沿線地盤の振動測定を実施し,振動の発生・伝達の観点から,その特徴を分析した.その結果,軌道部分では新幹線と同様,台車間隔等の規則性に起因する周波数成分の振動が卓越していること,浮上走行に伴う加振力特性や構造物減衰特性の違いもあり高架橋・橋梁を伝達する過程で振動が大幅に減衰すること,特定の周波数においては減衰量が少なくなる傾向があることなどから,橋脚下部では新たな周波数のピークが形成されて,沿線で測定される地盤振動にも影響を与えていることを確認した.

(2)沿線地盤で観測される振動に対して構造物の特性が与える影響について,たわみ測定結果の分析,高架橋の固有値モード解析を通じて検討した結果,構造物における振動の減衰の特徴は桁の固有振動数等,構造物の特性に基づくものであり,超高速鉄道においては,構造物の振動特性が沿線地盤振動に強い影響を及ぼしていることを確認した.

(3)トンネルにおいて地盤振動測定を実施し,高架橋等との比較を行った結果,側壁基礎部で発生する振動の周波数特性は高架橋等と同様であるが,振動レベルは大幅に小さいことがわかった.またトンネル内や地表における振動は側壁基礎部と比較して更に減衰しており,構造物や地山の振動伝達特性が関係していると想定した.

(4)高架橋・橋梁の沿線地盤で測定された振動の分析を行った結果,新幹線と同様,超高速鉄道においても地盤の条件によっては沿線地盤において振動レベルが大きくなる場合があることがわかり,超高速鉄道における振動の予測・評価にあたっては,地盤特性の影響を考慮することが重要であるとの示唆が得られた.

(5)軌道部分の側壁や明かりフードを含め,供用を想定している路線における種々の構造物と地盤を一定の考え方で取扱うため,ボクセル有限要素法による3次元動的FEM解析モデルを構築し,測定結果に見られる振動現象の特徴を反映して振動レベルの予測を実施した.その結果,標準的な高架橋においては振動レベルの最大値を実用上十分な精度で予測可能なことを確認した.

(6)上記のモデルを用いて想定路線における種々の条件で振動レベルの予測を行った結果,どの条件においても実験線で測定された数値とほとんど差がないことがわかった.これらは環境保全の目標値と想定される新幹線勧告値の70dBに対して十分に小さな値であり,様々な構造物や地盤条件が組合わせられた場合を考えても,勧告値の達成は 可能であると考えられる.

これらは本研究によって初めて明らかにされた事実であり,超高速鉄道の早期実現に向けた環境影響評価の円滑な推進に資するものと考えている.一方で,研究の精度を更に向上させるとともに,成果の幅広い活用を進めていくためには以下の課題に対して継続的に取り組んでいくことが望ましい.

(1)今後,延伸・更新工事後には42.8kmの実験線を活用した走行試験が実施される予定であり,種々の条件でのデータ取得が可能となることから,今回の研究成果を裏付けるデータを継続的に取得するとともに,本研究の各過程で課題として残された現象の解明に必要なデータを取得し,更なる精度向上を図ることが重要である.

(2)固有振動数が車両による加振振動数と一致しないような桁構造なスパン割りの選定等,更に積極的に振動を低減させるための設計・計画に対し,本論で構築した解析モデルを活用していくことも可能であり,そのための研究を進めることも重要である.

(3)今回構築した解析モデルは全体的な振動特性を反映しているものの,1/3オクターブバンドの個々のレベル予測では改善の余地があり,減衰条件の設定を適正化するなど,精度向上に向けて更なる検討を進めていく必要がある.

(4)ボクセル有限要素法による解析モデルを,超高速鉄道以外の鉄道や道路における沿線地盤振動の予測に活用するための検討を進めていくことが望ましい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,超高速鉄道における地盤振動の特徴を実験線測定結果の分析に基づいて振動の発生・伝達の観点から把握し,それを踏まえた適切な予測評価手法を構築して,新幹線の勧告値が順守可能であると実証することを目的としている.

まず第1章では超高速鉄道のインフラに関わる技術課題とそれらに対する取組みの状況について網羅的に分析する中,超高速で走行を行うためには沿線環境の保全が重要であり,中でも地盤振動に関して研究を進めていく必要性があることを整理した.その後第2章では新幹線の地盤振動特性や振動レベルの予測評価手法,超高速鉄道の構造物の特性等に関する既往の文献調査を行い,さらには過去からの実測結果を整理して,振動と構造物特性や地盤特性との関連など,今後研究を進めていくうえでの着眼点を得た.

第3章では,実験線の走行試験において,超高速鉄道が走行する際の構造物及び沿線地盤の振動測定を2箇所の高架橋・橋梁を対象にして実施し,振動の発生・伝達の観点から,その特徴を分析した.その結果,軌道部分では新幹線と同様に,台車の間隔や通常の鉄道の車輪に相当する磁石の間隔等の規則性に起因する周波数成分の振動が卓越していること,車両が磁力で浮上して走行する影響もあり高架橋・橋梁を伝達する過程で振動が大幅に減衰すること,特定の周波数においては減衰量が少なくなる傾向があることなどから,橋脚下部では新たな周波数のピークが形成されて,沿線で測定される地盤振動にも影響を与えていることを確認した.また沿線地盤で測定した振動の分析結果から,新幹線や道路と同様,超高速鉄道においても地盤の条件によっては沿線地盤において振動レベルが大きくなる場合があることを確認し,超高速鉄道における振動の予測・評価にあたっては,地盤特性の影響を考慮することが重要であるとの示唆を得た.

第4章では,沿線地盤で観測される振動に対して構造物の特性が与える影響について,たわみ測定の結果や高架橋の固有値モード解析結果と,構造物や地盤の振動との比較を通じて検討を行った.その結果,構造物における振動の減衰の特徴は桁の固有振動数等,構造物の特性に基づくものであり,超高速鉄道においては,構造物の振動特性が沿線地盤振動に強い影響を及ぼしていることを確認した.

第5章では,明かり区間と同じく環境影響評価項目となっているトンネル区間での地盤振動特性を把握するため,実験線の走行試験において,トンネル内や地表面での振動測定を実施し,高架橋等との比較を行った.その結果,側壁の基礎部分で発生する振動の周波数特性は高架橋等と同様である一方,振動レベルは大幅に小さいことを確認した.またトンネル内や地表における振動は側壁の基礎部分と比較して更に減衰しており,速度が変わっても周波数特性に変化がなく、構造物や地山の振動伝達特性が影響を及ぼしているとしている.

第6章では,供用を想定している路線において,軌道部分の側壁や明かりフードを含めた種々の構造物と地盤を一定の考え方で取扱うため,等しい大きさの立方体メッシュを用いるボクセル有限要素法による数値解析を行うことを検討し,構造物設計時の材料特性やや地盤におけるボーリングデータから得られる地盤特性に基づいて3次元動的FEM解析モデルを構築し,実験線走行条件での予測を行って,予測値と実測値を比較した.その結果,実験線の標準高架橋である桁長37.8mのPRC箱桁においては,加振力特性に起因する周波数のピークと構造物特性に起因する周波数のピークを再現した上で,沿線地盤で振動レベルが大きくなる傾向も再現し,振動レベルの最大値を実用上十分な精度で,具体的には誤差2dB程度で予測可能なことを確認した.

第7章では,第6章で構築した予測モデルを用いて,車両編成長が長くなった場合,環境対策工として明かりフードを設置した場合,高架橋高さが低い場合,軟弱な地層が厚く存在する場合等,想定路線における種々の条件で振動レベルの予測を実測した.その結果,どの条件においても実験線で測定された数値とほとんど差がないこと,これらの値が環境保全の目標値と想定される新幹線勧告値の70dBに対して十分に小さなことを確認し,様々な構造物や地盤条件が組合わせられた場合を考えても,勧告値の達成は可能であるとの見通しを得た.

最後に第8章では研究の成果を取りまとめるとともに,設備更新・延伸後の実験線における測定データを活用した研究精度の向上,何らの理由で更に積極的に振動の低減を図る場合への解析モデルの活用、在来鉄道や道路の予測への解析モデルの活用など,今後の課題を取りまとめた.

本論文は,超高速鉄道走行時の構造物及び地盤の振動について,実験線の走行試験で振動の発生から伝達に至るまでの一貫した測定を実施して,得られた詳細な測定データを丹念に分析し,同じ高速鉄道である新幹線との比較を通じて,観測される振動の周波数特性や構造物・地盤での減衰特性などを初めて明らかにしている.また,交通振動にはこれまで適用例のないボクセル有限要素法を適用し,様々な条件における地盤振動レベルを予測するための解析モデルを構築したことは,今後超高速鉄道の環境影響評価を進めるにあたって有益であるとともに,他の交通機関への応用等,更なる研究への契機となることが期待される.よって,博士(工学)の学位請求論文として合格と認める.

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