学位論文要旨



No 217718
著者(漢字) 平井,秀輝
著者(英字)
著者(カナ) ヒライ,ヒデキ
標題(和) 地震防災計画と地震防災マネジメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 217718
報告番号 乙17718
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17718号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 准教授 加藤,孝明
 中央大学 教授 山田,正
内容要旨 要旨を表示する

発生の切迫性が懸念される大規模地震が特定され、減災対策が明確になりつつあるにもかかわらず、対策の進捗が見られない。昨今の頻発する地震による危機管理意識の高まり等により、種々の地方自治体で被害想定を実施し、対策計画策定の動きが見られる。しかしながら、その想定手法も対策計画も多種多様である。大規模地震対策が進捗しない原因として、地震防災マネジメントのシステムそのものに課題があると考え、「減災のための地震防災計画策定プロセス」と「大規模地震防災マネジメントの国と地方の関係」についての課題を学術的に体系化し、考察することを本研究の目的とした。地震防災計画策定プロセスについては、被害想定手法、被害想定結果の評価、地震防災戦略策定手法についての検討、提案を行い、事例分析に基づいた新たな課題の抽出と提案を行った。国と地方の関係については、類似の法体系との比較や近年の大規模災害等の検証を通じ、予防、応急、復旧等各段階の今後の体制の方向性について検討、提案を行った。

第1章では、大規模地震対策については、実質的な対策の進捗が図られていない現状や投資余力の減退、地方分権の推進等取り巻く社会背景は大規模地震対策の進捗を益々困難にしている状況について概観した。現状を踏まえ、早期の大規模地震対策システムの構築、減災のための戦略的手法の確立、大規模地震防災マネジメントの国と地方の関係の再構築を目的とした本研究の分析プロセスを述べた。最後に、本研究の構成と内容を説明した。

第2章では、地震の被害想定に対する取り組みの歴史は長いにもかかわらず、被害想定に基づく対策計画の策定、対策の実施というサイクルになっていないこと、被害想定手法も各地域でまちまちであったこと等の分析結果を説明した。新たな地震防災計画策定プロセスの提案に際し、水害対策についての計画策定プロセスを分析し、計画規模の策定、長期・中期の法定計画、被害想定の検証等のシステムの適用可能性を説明した。当分析結果を踏まえ、大規模地震対策のプロセスとして、(i)対象地震の想定、(ii)被害想定の実施、(iii)地震対策マスタープランの策定、(iv)地震防災戦略の策定、(v)応急対策活動要領の策定、のプロセスを提案した。

第3章では、対象地震の想定手法、減災対策策定のための被害想定手法を提案した。対象地震の想定については、予防、応急対策等の目的によって対象地震が異なること、地域毎に震源の取り方が異なること、地域毎に複数の震源を想定しなければならないことを示した。被害軽減のための施設・人的被害想定については、建物被害、地震火災の出火・延焼、ブロック塀・自動販売機の転倒、屋外落下物の発生、交通施設被害、及びそれらを原因とする人的被害について、具体的に被害想定の算定手法を提案し、被害軽減戦略との関係を分析した。各項目の想定に際しては、阪神・淡路大震災を中心としたデータを分析し、帰納的に被害想定手法を導くことにし、適用の限界も明らかにした。また、ライフライン施設被害による供給支障については、ヒアリング等による事業者との共同作業により被害想定手法を提案した。また、都市域に特に顕著な被災形態であるエレベータ閉じ込め、地下街被災、ターミナル駅・地下鉄駅の被災による人的被害の想定手法を提案した。応急対策活動に不可欠な災害時要援護者、自力脱出困難者、帰宅困難者、避難者、震災廃棄物についての被害想定手法を提案した。経済被害の波及想定について、首都の経済中枢性の効果を表現するため、中枢性指標を新たに用いたコブ・ダグラス型生産関数による被害額算定手法を開発し、各産業毎の中枢性指標の妥当性の検証や産業連関表による算定結果との比較等の分析を行った。さらに、想定結果に基づき、大規模地震が発生した場合の税収、国家財政等への影響を考察した。

第4章では、被害想定全体の結果を大きく左右する建物全壊の想定に用いる全壊率曲線について、全壊率のばらつきを分析し、ばらつき幅を示した。次に、全壊率曲線の特性を分析し、全壊率曲線の変化の大きい範囲における結果への影響についてのシミュレーションを実施し、想定結果の全壊率曲線上の評価位置を把握の上、対策を実施する重要性を例証した。特に、建物の焼失対策においては、ばらつき幅を確認の上、対策を実施する必要性を示した。また、経済被害波及分析の前提条件を明らかにし、阪神・淡路大震災で指摘された経済被害についての論点に対し、本研究の立場を整理し、合わせて今後の研究課題を考察した。

第5章では、地震防災戦略について、具体的に策定手法を提案した。まず、地震防災戦略の導入の背景、枠組みの分析を通じて、特に大規模地震対策の地震防災戦略による取り組みの必要性、緊急性を説明した。次に、住宅・建築物の耐震化、出火・延焼防止対策、初期消火率の向上、家具の固定、急傾斜地の危険箇所の解消、及び直接的経済被害の軽減による被害軽減量の算定手法を考案した。また、経済被害の波及額の算定時に開発した生産関数分析の経済中枢性(C)とBCPの策定及びその実効性との関係を分析し、BCP策定による経済被害波及の被害軽減算定手法を考案した。避難者、帰宅困難者については、「対象者を半減させる」ための必要疎開者割合や企業・学校の一時収容割合等の政策目標を示し、地震防災戦略の政策誘導の観点からの利用展開可能性を例証した。

第6章では、都道府県の地震防災戦略について、対策目標と被害想定との関係、地域防災計画との関係、対象地震、計画見直し方法、新たな被害軽減戦略への取り組み、市町村計画との関係等の観点から事例分析を行った。また、東日本大震災を踏まえ、今後、より規模の大きな地震を対象とする方向にあるため、地震防災戦略策定上、ソフト対策を含めた多くの対策の組み合わせが必要になり、各種対策の軽減戦略手法の研究、策定が急務であることを示した。

次に、事例研究を踏まえ、地震防災戦略の推進上の課題を学術的に体系化し、考察した。(1)減災目標の設定の課題を分析し、個別政策との関係のあり方について考察した。(2)地域防災計画における地震防災戦略の位置付けが都道府県間で異なることが確認されたため、計画の実効性の確保のために地震防災戦略の主たる事項は地域防災計画に規定し、計画の弾力的運用のために詳細計画であるアクションプログラムを策定することが有効であることを説明した。(3)既存不適格建物の現状の問題点を分析し、部分補強の取り組みを評価するために構造耐震指標を用いた被害軽減算定手法を提案した。(4)大規模地震対策は、関係機関間のバランスのとれた対策の進捗が効果的、効率的であることを示し、建物の耐震化を例に実質的な進捗を機関間相互に比較、チェックする手法を提案した。(5)対策進捗の評価監視体制が必要なこと、また、今後の進捗管理において、人口増減等の社会状況の変化により実質的な対策進捗の計測が困難になるため、評価時点に留意が必要なことを説明した。(6)地震防災戦略の枠組みだけでは新たな被害軽減算定手法の策定が困難であるため、有効な地震防災対策を地震防災戦略に位置付けるための被害想定手法の課題を各手法毎に整理、分析した。さらに、手法改善のために、定期的なフォローアップに加え、被害想定も含めた地震防災戦略の見直し規定のプログラム化を提案した。(7)地震防災戦略の実質的な推進のためには、市町村の地震防災戦略の参加と実践が不可欠であることを説明し、市町村の地震防災戦略の策定促進のための提案を行った。(8)第4章で分析した被害想定結果のばらつき結果が地震防災戦略に与える影響について分析し、留意点について考察した。

第7章では、大規模地震防災マネジメントの国と地方の関係を検討するため、防災マネジメントに関する法規定を分析し、応急対策については、大規模地震対策のための体制の見直しは図られつつある一方、地方分権、地域戦略の推進による防災計画策定における国と地方の関係の見直しにより、大規模地震についての効率的な予防対策の実施が困難になっていることを説明した。

次に、近年の大規模災害の応急対策における国と地方の関係を現地対策本部の活動状況を通じ検証を行い、国と地方の関係の変遷と教訓を説明し、大規模地震災害の規模に対応した体制のあり方を考察した。

以上を踏まえ、大規模災害の防災マネジメントについて、東日本大震災をはじめとする近年の大規模災害への対応から、関連する制度において、減災や自助・共助・公助の考え方を示す基本理念規定、被災自治体の代行規定、被災自治体への応援・支援規定、自助・共助を推進する具体規定、中央防災会議の審議機関に特化した役割規定の必要性を示した。以上の提案に加えて、大規模地震の防災マネジメントについては、国による地域指定、国の応急・復旧時の指示権、広域・長期の避難の支援規定、特定大規模地震対策計画の内容及び策定手続き規定、復興段階の国と地方の関係について考察、提案した。最後に、国と地方の関係が大きく変化することになる広域連合と道州制について、大規模地震対策の観点から両制度の相違点を分析し、特に広域連合の課題を分析した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「地震防災計画と地震防災マネジメントに関する研究」と題し、大規模地震の切迫性が指摘される中、その対策が進捗しない原因として、地震防災マネジメントのシステムそのものに課題があると考え、「減災のための地震対策計画策定プロセス」と「大規模地震対策マネジメントの国と地方の関係」について学術的観点からの体系化と考察を試みた論文である。この背景には、発生の切迫性が懸念される大規模地震が特定され、減災対策が明確になりつつあるにもかかわらず、具体的な対策の進捗が見られないこと、さらに昨今の頻発する地震による危機管理意識の高まり等により、多くの地方自治体で被害想定を実施し、対策計画策定の動きが見られるが、その想定手法も対策計画も多種多様で統一されていないなどの問題意識があった。

本研究の成果としては、地震防災計画策定プロセスについては、被害想定手法、被害想定結果の評価、地震防災戦略策定手法についての検討と事例分析に基づいた新たな課題抽出と提案を行った。国と地方の関係については、類似の法体系との比較や近年の大規模災害等の検証を通じ、予防、応急、復旧等各段階の今後の体制の方向性について検討し提案を行った。以上の内容を、以下で説明するような8章からなる論文としてまとめた。

第1章では、大規模地震対策について、実質的な対策の進捗が図られていない現状や投資余力の減退、地方分権の推進等取り巻く社会背景は大規模地震対策の進捗を益々困難にしている状況について概観している。現状を踏まえ、早期の大規模地震対策のシステムの構築、減災のための戦略的手法の確立、大規模地震対策マネジメントの国と地方の関係の再構築を目的とした本研究の分析プロセスを述べている。最後に、本研究の構成と内容を説明している。

第2章では、地震の被害想定に対する取組の歴史は長いにもかかわらず、被害想定に基づく対策計画の策定、対策の実施というサイクルになっていないこと、被害想定手法も各地域でまちまちであったことを分析し説明している。新たな地震防災計画策定プロセスの提案に当たり、水害対策についての計画策定プロセスを分析し、計画規模の策定、長期・中期の法定計画、被害想定の検証システムの適用可能性を説明した。当分析結果を踏まえ、大規模地震対策のプロセスとして、(i)対象地震の想定、(ii)被害想定の実施、(iii)地震対策マスタープランの策定、(iv)地震防災戦略の策定、(v)応急対策活動要領の策定、のプロセスを提案している。

第3章では、対象地震の想定、被害想定について減災対策策定のための想定手法を提案している。対象地震の想定については、予防、応急対策等の目的によって対象地震が異なること、地域毎に震源の取り方が異なること、地域毎に複数の震源を想定しなければならないことを示している。被害軽減のための施設・人的被害想定については、建物被害、地震火災の出火・延焼、ブロック塀・自動販売機の転倒、屋外落下物の発生、交通施設被害、及びそれらを原因とする人的被害について、具体的に被害想定の算定手法を提案し、被害軽減戦略との関係を分析している。各項目の想定に際しては、阪神・淡路大震災を中心としたデータ分析から帰納的に被害想定手法を導くことにし、適用の限界も明らかにしている。また、ライフライン施設被害による供給支障については、事業者へのヒアリング等事業者との共同作業により被害想定手法を提案している。さらに都市域に顕著な被災形態であるエレベータ閉じ込め、地下街被災、ターミナル駅・地下鉄駅の被災による人的被害の想定手法を提案している。応急対策活動に不可欠な項目として、災害時要援護者、自力脱出困難者、帰宅困難者、避難者、震災廃棄物についての被害想定手法を提案している。経済被害の波及想定については、首都の経済中枢性の効果を表現するため、中枢性指標を新たに用いたコブ・ダグラス型生産関数による被害額算定手法を開発し、各産業毎に中枢性指標の妥当性の検証や産業連関表による算定結果と比較等の分析を行っている。さらに、想定結果に基づき、大規模地震が発生した場合の税収、国家財政等への影響を考察している。

第4章では、被害想定全体の結果を大きく左右する建物の被害想定に用いる被害関数について、全壊率のばらつきを分析し、ばらつきの幅を確認している。全壊率曲線の特性を分析し、全壊率曲線の変化の大きい範囲における結果への影響についてシミュレーションし、数値結果の全壊率曲線における相対的位置関係を把握した上で、対策を実施する重要性を例証している。特に、建物の焼失対策においては、ばらつき幅を確認の上、対策を実施することの必要性を示している。また、経済被害波及分析の前提条件を明らかにし、阪神・淡路大震災で指摘された経済被害についての論点に対し、本研究の立場を整理し、合わせて今後の研究課題を提示している。

第5章では、地震防災戦略について、具体的策定手法を提案している。地震防災戦略の導入の背景、枠組みの分析を通じて、特に大規模地震対策の地震防災戦略による取組の必要性、緊急性を説明している。住宅・建築物の耐震化、出火・延焼防止対策、初期消火率の向上、家具の固定、急傾斜地の危険箇所の解消、直接的経済被害の軽減について、被害軽減量の算定手法を開発している。また、経済被害波及の被害算定手法については、経済被害の波及額の算定時に開発した生産関数分析の経済中枢性(C)とBCPの策定及びその実効性との関係を分析し、経済被害波及の被害軽減算定手法を開発している。避難者、帰宅困難者については、「対象者を半減させる」ための必要疎開者割合や企業・学校の一時収容割合という政策目標を示し、地震防災戦略の政策誘導の観点からの利用展開可能性を例証している。

第6章では、都道府県の地震防災戦略について、対策目標と被害想定との関係、地域防災計画との関係、対象地震、計画見直し方法、新たな被害軽減戦略への取り組み、市町村計画との関係等の観点から事例分析を行っている。また、東日本大震災を踏まえた今後の地震防災戦略の課題として、より規模の大きな地震を想定する方向にあるため、ソフト対策を含めたより多くの対策の組み合わせが必要になり、各種対策の軽減戦略手法の研究、策定が急務であることを示している。

次に、事例研究を踏まえ、地震防災戦略の推進上の課題を学術的に体系化し、考察している。(1)減災目標の設定の課題を分析し、個別政策との関係のあり方について考察している。(2)地域防災計画における地震防災戦略の位置付けが都道府県間で異なることが確認されたため、計画の実効性の確保のために地震防災戦略の主たる事項は地域防災計画に規定し、計画の弾力的運用のために詳細計画であるアクションプログラムを策定することが有効であることを説明している。(3)既存不適格建物の現状の問題点を分析し、部分補強の取組みを評価するために構造耐震指標を用いた被害軽減効果手法を提案している。(4)大規模地震対策は、関係機関間のバランスのとれた対策の進捗が効果的、かつ効率的であることを示し、建物の耐震化を例に実質的な進捗を機関間相互に比較、チェックする手法を提案している。(5)対策の進捗の評価監視体制が必要なこと、また、今後の進捗管理において、人口の増減等の社会状況の変化により実質的な進捗の計測が困難になるため、評価時点に留意が必要なことを説明している。(6)地震防災戦略の枠組みだけでは新たな防災戦略手法の策定が困難であるため、有効な地震防災対策を地震防災戦略に位置付けるための被害想定手法の課題を各手法毎に整理、分析している。さらに、手法改善のために、定期的なフォローアップに加え、目標期間の中間年に被害想定も含めた防災戦略の見直し規定のプログラム化を提案している。(7)地震防災戦略の実質的な推進のためには、市町村の地震防災戦略の参加と実践が不可欠であることを説明し、市町村の地震防災戦略の策定促進のための提案を行っている。(8)第4章で分析した被害想定結果のばらつき結果が地震防災戦略に与える影響について分析し、留意点について考察している。

第7章では、大規模地震対策マネジメントの国と地方の関係を検討するため、防災マネジメントに関する法規定を分析し、応急対策については、大規模地震対策ための体制の見直しは図られつつある一方、防災計画の策定における国と地方の関係は、地方分権、地域戦略の推進により、国の関与が弱くなり、大規模地震の予防対策の効率的な実施が困難になっていることを説明している。

次に、近年の大規模災害の応急対策における国と地方の関係を、現地対策本部の活動状況を通じて検証するとともに、国と地方の関係の変遷と教訓を説明し、大規模地震災害の規模に対応した体制のあり方を説明している。

以上を踏まえ、大規模災害の防災マネジメントについて、東日本大震災をはじめとする近年の大規模災害への対応から、関連する制度において、減災や自助・共助・公助の考え方を示す基本理念規定、被災自治体の代行規定、被災自治体への応援・支援規定、自助・共助の推進規定、中央防災会議の審議機関に特化した役割規定の必要性を示している。以上の提案に加えて、大規模地震の防災マネジメントについては、国による地域指定、国の応急・復旧時の指示権、広域・長期の避難の支援規定、特定大規模地震対策計画の内容及び策定手続き規定、復興段階の国と地方の関係についての考察と提案を行なっている。最後に、国と地方の関係が大きく変化することになる広域連合と道州制について、大規模地震対策の観点から両制度の相違点を分析し、特に広域連合の課題を分析している。

第8章では、本研究論文全体の成果と今後の課題についてまとめている。

以上のように、本論文は大規模地震の切迫性が指摘される中、その対策が進捗しない現在のわが国の防災対策を取り巻く環境を改善し、将来の地震被害を大幅に軽減する重要な研究成果として評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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