学位論文要旨



No 217719
著者(漢字) 濃添,元宏
著者(英字)
著者(カナ) ノゾエ,モトヒロ
標題(和) 高速道路管理事業におけるプロジェクト形成のためのリーダー機能の同定とマネジメントツールの開発
標題(洋)
報告番号 217719
報告番号 乙17719
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17719号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 特任講師 Petr,Matous
内容要旨 要旨を表示する

インフラ資産の最適な運用と管理は、国家及び国民の重要な課題である。高速道路を始めとする社会資本整備がある程度まで進展した現在、国民の利益向上のために、長期的視点に立って、社会資本を効率的、効果的に運用し管理する実践活動が求められている。

土木学会「アセットマネジメント導入への挑戦」によれば、50年以上経過したストックに老朽化が見られ、社会経済状況も変化し、財政的にも厳しい条件下で国力を維持していくためには、不足する社会資本の整備とともに現存する社会資本の効率的な運用、維持管理が極めて重要となっている、としている。

我が国の高速自動車国道網は平成24年4月末時点で8182km(有料方式7992km)に達し、安心で快適な国民生活及び活力ある経済産業活動を支える、重要な基幹的社会資本として位置付けられている。現在、この高速道路においても単に維持修繕費用の低減を目指した管理だけではなく国民の重要資産としてサービスや安全水準を適切に保ち、長期耐久性を効率的に確保するなど今後の長期間にわたる最適な管理と、さらには国民的資産価値の向上を目指した高速道路運用と管理の本格的なインフラマネジメントが重要となっている。本来管理者である国土交通大臣、中央行政等機関、及び高速道路3会社の本社が主導する運用や管理に係る施策展開は極めて重要であり、利便増進事業、料金会社割引、弾力的料金施策検討や、構造物耐震補強対策、緊急交通安全対策、全国法面緊急点検の実施、更には将来的な財源確保方策の検討など、高度で本格的な高速道路マネジメントが展開されている。

これら中央行政等での取組みの重要性は当然のこととして、一方、高速道路の運用と管理を担う現地執行機関においては多数の個別的課題に直面しており、自らの努力で迅速な解決を目指すなど現地執行機関としての取組みも重要化し、その役割と責任が拡大している。現地執行機関が直面する個別的課題には、内容的に見て、資産損傷の適正修繕など耐久性に係る課題に限定されるものではなく、高速道路の運用と管理により高速道路機能の回復や抜本的改善を目指すなど、いわば国民的資産価値の向上に資する重要課題も存在している。こうした状況に対しては、課題を熟知した現地執行機関が、現地での的確な実態把握を基にして、課題解決への取組みを適切かつ迅速に実施することが望まれる。

現地で適切な課題解決取組みが実施される為には、現地執行機関での中堅幹部リーダーの役割が大切となる。課題を熟知した中堅幹部の意欲や責任感を大切にして、他の現地責任機関との協働体制のもと、重要な案件では中央行政等の了解を得てプロジェクト形成することが不可欠となる。高速道路事業体において期待される中堅幹部リーダーは、これまでの全国的な高速道路網整備の事業経過から、建設事業の実行段階PMに熟達した人材が多数在籍するものの、プロジェクト形成は通常は中央行政等の職務権限下にあり、従って運用、管理での新たなプロジェクト形成マネジメントについては一般的にリーダー実践力の未習熟な分野だと考えられる。

従来から管理の現地執行機関では、価値創造に繋がる発想豊かな構想がしばしば語られてきたものの、権限的、予算的制約や実践力不足により、中央了解を経てプロジェクト形成に至ったケースは稀であり、従って、中堅幹部リーダー実践力の向上は、国民的視点からは貴重な機会拡大に繋がるものと期待できる。

インフラ管理事業でのリーダー能力・実践力の習得については、従来のPM研究やリーダー専門知識教育に加えて、ビジネス能力開発で実績のあるケースメソッド教育の活用が有効だと考えられ、その際には、インフラケース教材の整備や、ケース分析ツールの提供が大切になるとされている。

現実の高速道路の現地執行機関では、現地課題という具体のケース教材に直面していることから、現地中堅幹部のためのケース分析ツール(リーダー機能のマネジメントツール)を提供することができれば、実際のプロジェクト形成において考える枠組みとして活用することや、また現地課題によるケースメソッド教育で自己研鑽の分析ツールとして活用すること、が可能だと考えられる。

本研究の背景は、こうした業務環境の変化を踏まえ、中央行政等での施策展開に加えて、現地執行機関における個別課題解決と資産価値向上を目指した管理事業(運用、管理)マネジメントの強化が重要である、と考えたことにある。その為には、高速道路管理事業におけるプロジェクト形成のためのリーダー機能のマネジメントツール開発が必要であり、また現地中堅幹部リーダーの育成、特にリーダー実践力の習得が課題となる。

本研究の目標は、高速道路管理事業における現地での重要課題を解決し、国民的資産価値の保持及び向上に向けた最適なプロジェクト体制を構築することにある。

本研究の目的は、高速道路事業体において活躍が期待される40代以上の中堅幹部で、現地執行機関における支社課長以上、部長や所長を対象とし、「高速道路管理事業における現地課題解決と資産価値向上を目指す、プロジェクト形成のためのリーダー機能の同定とマネジメントツールの開発」とした。

具体的なリーダー機能の同定とマネジメントツールの開発を目指すことから、研究目的に合致したプロジェクト形成の成功実例を選定し、事例分析する開発手法に焦点をあてた。そしてリーダー自身の詳細な情報把握、テーマ設定、対策検討、価値判断などの分析整理に大きく依存することから、詳細なリーダー機能の分析整理が可能な、自己が実際に深く関与し、良好な結果が既に明らかとなった複数事例を分析の対象とした。

3事例での詳細な分析整理から主要なリーダー機能を同定し、具体的なマネジメント事項として文字化して表現し、必要十分条件として体系的に整理して、プロジェクト形成のためのリーダー機能の新たな7段階マネジメントツールとして開発した。

第1章では、本研究を行うにあたっての研究背景や事業背景、研究目的、研究方法及び用語定義を取りまとめた。

第2章では本研究に関わる既往研究をまとめた。研究対象とするリーダー機能に関連する分野として、インフラ事業のPMに係る研究、NPM型アセットマネジメント係る研究、リーダー資質や能力、ケースメソッド教育、案件形成やマーケティング論に係る研究などがある。これらの既往研究と知見に基づき類似点や相違点など、本研究の位置付けについて要点整理を行った。

第3章では、高速道路管理事業に係る現地でのプロジェクト形成の成功事例について、詳細な事例研究を行った。「東名集中工事導入」、「ハイウェイパークあつぎ導入」及び「秦野市道・南矢名高架橋実現」の3事例について、重要なリーダー機能を同定することを念頭に、リーダーの果たしたあらゆる機能事実を時系列にプロジェクトの事実経緯に沿って忠実に再現し、重要リーダー機能についてはプロジェクト戦略表の様式に再現、整理した。

第4章では、まず3事例毎に重要なリーダー機能の事実を主軸にした、時系列での図解による総合的な分析整理を行った。またテーマ設定と対応方針がリーダー機能の原動力であることから、プロジェクト戦略表の内容を基にテーマ設定テーマ対応表の整理を行った。

これら個別の分析整理を基に、「各段階で、如何にして成功を達成できたのか」、「低い価値評価を如何にして改善できたのか」の視点から、重要リーダー機能を見出すための共通的分析を行い、その結果として、3事例での重要なリーダー機能を同定し、関連する数多くのリーダー機能をマネジメントツール(試案)の様式に整理した。

研究目的とする「マネジメントツールの開発」では、各段階の達成境界定義の明確化と、リーダー機能マネジメント事項の必要十分条件化を、主たる開発のプロセスとした。プロジェクト形成の為にはリーダー決意、原案作成、実質的・意思決定を大切にしたプロジェクト形成5段階が必要であり、結果的に、準備実行段階と終結段階を加えた全体7段階からなる「リーダー機能の7段階マネジメントツール」として開発した。

第5章では7段階マネジメントツールについて検証を行ったが、自己以外のリーダーが実施した2つの事例と研究関連での5つの取組み分析により、マネジメントツールの妥当性を確認し、検証した。

第6章では、本研究の結論と今後の展望について論述した。

研究目的の通りに、「高速道路管理事業におけるプロジェクト形成のためのリーダー機能の同定とマネジメントツールの開発」ができたことについて、開発プロセスをレビューし、リーダー機能7段階ツールの骨格的な4事項を再確認し、マネジメントツールの主内容を再掲し、最後に検証結果を示して本研究の結論とした。

また本研究の考察として、関連する既往研究との相違点について、下記の通りまとめた。

(1)「管理事業での資産価値向上を目的とする個別課題マネジメント」を研究

(2)「管理プロジェクト形成としての分析とリーダー機能の同定」を実施

(3)「リーダー機能を具体的マネジメント事項」として表現

(4)「プロジェクト7段階構成の必要性」を明示

(5)「意思決定者が少数なボトムアップ型のマネジメントツール」を開発

今後の展望として高速道路管理事業における「現地執行機関でのリーダー機能強化に活用」、「中堅幹部リーダーの実践力・習得に活用」及び「総研の技術マネジメント改善に活用」の具体化への期待を掲げ、併せて本研究の使い方として、プロジェクト戦略表の作成等について提案した。

最後に、インフラ事業全般における「現地執行機関でのリーダー機能研究の拡充」について、今後への期待として言及した。

審査要旨 要旨を表示する

高速道路管理事業においては、現地で認識された課題を解決するために、他の現地責任機関との協働体制のもとで、中央行政等の了解を得てプロジェクト形成することが重要である。しかし、そのリーダーが果たすべき役割と実践力は必ずしも明らかになってはいない。そこで、本研究は、高速道路事業体において活躍が期待される中堅幹部が、高速道路管理事業において現地課題解決と資産価値向上を目指すプロジェクト形成のために必要なリーダー機能の同定とその実践力向上のためのマネジメントツールの開発を目的としている。

高速道路管理事業における成功事例の中から3つの事例を選定し、これらを詳細に分析することにより、プロジェクトの形成から実現に至るプロセスを7段階に整理し、特に、困難な課題が数多く発生するプロジェクト形成段階でリーダーが果たすべき役割と戦略立案の方法を抽出することに成功している。

第1章では、本研究を行うにあたっての研究背景や事業背景、研究目的、研究方法及び用語定義を取りまとめている。

第2章では本研究に関わる既往研究をまとめている。研究対象とするリーダー機能に関連する分野として、インフラ事業のプロジェクトマネジメントに関する研究、アセットマネジメントに関する研究、リーダー資質や能力、ケースメソッド教育、案件形成やマーケティング論に関する研究などがある。これらの既往研究と知見に対する本研究の位置付けについて要点整理を行っている。

第3章では、高速道路管理事業に係る現地でのプロジェクト形成の成功事例について、詳細な事例分析を行っている。特に、リーダー自身の詳細な情報把握、テーマ設定、対策検討、価値判断などの分析整理に大きく依存することから、詳細なリーダー機能の分析整理が可能な、自己が実際に深く関与し、良好な結果が既に明らかとなった「東名集中工事導入」、「ハイウェイパークあつぎ導入」及び「秦野市道・南矢名高架橋実現」の3事例を対象としている。これらの事例について、重要なリーダー機能を同定することを念頭に、リーダーの果たしたあらゆる機能事実を時系列にプロジェクトの事実経緯に沿って忠実に再現し、重要なリーダー機能についてはプロジェクト戦略表の様式に再現、整理している。

第4章では、各段階におけるテーマ設定と対応方針がリーダー機能の原動力であることから、事例毎に作成したプロジェクト戦略表の内容を基にテーマ設定とその対応方針について分析整理を行っている。また、「各段階で、如何にして成功を達成できたのか」、「低い価値評価を如何にして改善できたのか」の視点から、リーダー機能の重要度を分析評価している。さらに、3事例に共通して適用可能なプロジェクトプロセスとリーダー機能を抽出している。プロジェクト形成の為にはリーダー決意、原案作成、実質的意思決定を含めたプロジェクト形成のための5段階が必要であり、結果的に、準備実行段階と終結段階を加えた全体7段階からなるプロセスとそれぞれの段階で必要なリーダー機能が同定されている。

第5章では、同定された7段階プロセスとリーダー機能について検証を試みている。自己以外のリーダーが実施した2つの事例と研究関連での5つの取組みを分析することにより、7段階プロセスと前章までに同定されたリーダー機能を適用可能であることを確認している。

第6章では、本研究の結論と今後の展望について論述している。高速道路管理事業における資産価値向上を目的とする個別課題マネジメント事例を研究対象とし、プロジェクト形成段階におけるリーダー機能を同定し、具体的なマネジメント事項を抽出できたことを確認している。また、管理事業のプロジェクト形成を含む7段階構成の必要性を明示するとともに、意思決定者が少数なボトムアップ型のマネジメントのためのツールを提示できたことを確認している。さらに、今後の展望として、得られた成果を活用する方策として、高速道路管理事業における現地執行機関でのリーダー機能強化、中堅幹部リーダーの実践力の習得及び研究所における技術マネジメントの改善を取りあげ、あわせてプロジェクト戦略表の作成等について提案している。

本研究は、インフラの整備の時代から管理の時代を迎えている我が国のインフラ事業において、現場で発生する問題を解決するためのプロジェクトを形成し成功に導くためのリーダーに求められる役割とマネジメント手法を提示し、社会的意義の大きい有用な成果を挙げたものと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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