学位論文要旨



No 217722
著者(漢字) 金藤,芳典
著者(英字)
著者(カナ) カネトウ,ヨシノリ
標題(和) ランナー切替装置の開発と射出成形型内現象の3次元可視化解析への適用
標題(洋)
報告番号 217722
報告番号 乙17722
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17722号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横井,秀俊
 東京大学 教授 帯川,利之
 東京大学 教授 國枝,正典
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 新野,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

射出成形法は、3次元自由形状の成形が可能で、寸法精度・形状精度・金型表面の転写精度が高く、生産性に優れた加工方法であり、様々な分野において幅広く活用されている。しかし、成形品の品質や生産性等の低下をもたらす成形不良現象が頻繁に発生する。この現象解明や成形不良対策を確立することは非常に重要な課題である。

金型内の樹脂流動挙動、および様々な成形不良の生成過程や原因には未解明な部分が多く、詳細な型内樹脂流動挙動を実験解析によって明らかにすることが重要となる。特に、射出成形では、リブ部やボス部、段差部等が多数配置された複雑な3次元形状を有する製品がほとんどである。リブ部やボス部、段差部等は3次元的な流動挙動を示す領域であり、その周辺には様々な成形不良の生成が数多く確認されている。そのため、型内成形現象を正確に把握するためには、3次元的な樹脂流動挙動を詳細に計測でき、実現象への適応性が高い実験解析手法の確立が必要となる。そこで、本研究では、実成形において3次元樹脂流動挙動を高精度に解析できる可視化手法の確立し、同手法により、従来の実験解析法では困難であった3次元的な型内流動挙動を解明することを研究目的としている。

本論文は、序論と総括を含めて合計9章より構成されている。

第1章の序論では、3次元的な型内樹脂流動挙動を解明するために、従来の各種実験解析法および数値解析法の概要とそれらの問題点を整理した。そして、金型内の3次元的な樹脂流動挙動において解明するべき課題とそれらを明らかにするために確立が求められている可視化実験解析手法について分析し、本研究の目的を明らかにした。

第I部では、実成形において時系列的な3次元樹脂流動挙動を容易に解析できる可視化技術の確立を目的とした。第2章で、実成形における型内流動中の2種類の樹脂をゲート直前で瞬時に切り替えることで、流動樹脂の一部に高精度なマーキングを施すランナー切替装置を開発し、同装置を用いた新しい可視化手法である着色マーキング方法を提案した。同方法は、時間因子を考慮した静的な可視化解析だけでなく、可視化金型と組み合わせることでキャビティ内におけるマーキング樹脂領域の流動挙動を動的に可視化解析することもできる新たな可視化技術である。そして、固化層近傍のZ字状流動パターンを鮮明に観察できたこと、コアピン付ボス部における内部樹脂流動挙動モデルを提示したこと、これらから、本手法の型内3次元樹脂流動挙動解析に対する有効性を実証的に明らかにした。しかし、本章で試作したランナー切替装置の切替動作時間は125ms程度であり、キャビティ充填時間0.1s以下となる高射出率条件には適用が困難とされた。

そこで第3章では、キャビティ充填時間が非常に短い高速射出条件に対応した高速ランナー切替装置を新たに提案した。具体的には、従来の油圧シリンダ、ラック&ピニオンの駆動装置をダイレクトドライブモータへと変更し、樹脂切替部を同モータへ直結することで、切替所要時間を約1/5に短縮した。これにより、着色マーキング方法の適用範囲は、キャビティ充填時間30ms程度までの高射出率条件となった。高射出率条件下においても、固化層近傍のZ字状流動パターンが鮮明に観察され、良好な着色マーキング成形サンプルを成形できることを具体的に明らかにし、高速ランナー切替装置の有効性を実証した。また、X線吸収特性を有する硫酸バリウム等を混合したマーキング樹脂を用いることで、成形品内部に凍結されたマーキング樹脂領域の3次元形状をX線CT技術によって容易に抽出する方法を提案した。これにより、実製品の生産現場で用いられているキャビティ形状および成形条件とほぼ同じレベルで、静的な可視化手法であるものの、時間因子も導入できる高精度な型内可視化実験解析が実現できることを実証的に明らかにした。

第II部では、型内における3次元的な樹脂流動解析において、第I部で確立した可視化手法を適用し、未解明な樹脂流動挙動を明らかにするとともに同可視化手法の実用性を実証することを目的とした。第4章から第6章において、単純矩形キャビティを用いた成形における普遍的な流動現象でありながら、これまで未解明とされているフローフロント領域およびキャビティ側面領域の流動現象に着目した。第7章、第8章では、実際の成形現場で問題となっている成形不良生成現象において、着色マーキング方法により成形不良生成プロセスの解明を試みた。

第4章では、ランナー切替装置による着色マーキング方法を用いて、GPPS、PPの非強化樹脂におけるフローフロント領域の樹脂流動挙動を可視化解析した。あるタイミングでキャビティ内へ流入した着色樹脂が、フローフロント領域に到達し、その後、金型壁面側へと展開する過程を、静的可視化手法でありながら、時系列的に可視化した。その結果、フロント最表面の薄膜滞留層、フロント領域上流側におけるコア層の縮小流形成、これら流動現象を初めて実証的に明らかにし、新たにフローフロント領域の流動モデルを提示した。

第5章では、第4章における非強化樹脂のフローフロント領域の樹脂流動モデルを基に、タルクやガラス繊維によるフィラー強化樹脂におけるフローフロント領域の樹脂流動挙動を前章と同じ手法によって可視化解析した。フィラー充填の影響によって、非強化樹脂の場合と比べ、フローフロント最表面の滞留領域が大きく拡大し、フローフロント領域ではキャビティ幅方向に沿い固定側金型面と可動側とで交互に非対称な湧き出し流動となる"ジグザグファウンテンフロー"現象の生成を明らかにし、同流動モデルを提示した。また、フィラーの種類や含有率、樹脂の種類、これらによりフロント領域の樹脂流動形態は変化することも示した。

第6章では、3方向を金型面に拘束され3次元的な流動挙動を示すキャビティ側面部に着目し、様々な板厚と板幅の組み合わせにおける矩形断面、円形断面、半円形断面、これら各種断面形状キャビティにおける両側面領域の内部樹脂流動挙動を可視化解析した。矩形キャビティ両側面部では、充填初期の樹脂が側面部に沿って角状に引き伸ばされ、フローフロント近傍まで到達している特異な側面流れ現象を初めて明らかにした。側面流れは、板幅の減少に伴い、板厚方向に伸ばされ角部に遷移し、正方形断面では、同領域は完全に4隅の角部に分化すること、また、断面中心から壁面までの距離が一定である円形状断面では生成しないこと、これらを具体的に示し、側面流れの流動モデルを提示した。

第7章では、キャビティ板厚が変化する段差部近傍に生成する外観不良であるフローマークを解析対象とし、薄肉部から厚肉部へと変化する段差部におけるフローフロント領域および内部の樹脂流動挙動と段差部におけるフローマーク生成プロセスとの相関解析を実施した。薄肉部の固化層近傍に分布する低温・高粘度樹脂が、段差角部からの非対称な湧き出し挙動により、フローフロント最表面に急激な伸長を伴って露出し、段差側底面部に部分的に分布することでフローマーク領域を形成することを明らかにした。厚肉部充填過程において、段差底面の金型表面に接地直後のフローフロントは、金型表面との接触圧力が低いことから、非対称な湧き出し挙動を保ちながら、金型表面上を滑るように移動する流動挙動であることを実証的に明らかにした。

第8章では、POMを用いた高速射出条件において成形品表面に生成する複数の皺状成形不良に着目した。高速ランナー切替装置とX線CT技術を組み合わせた静的可視化およびガラスインサート金型を用いた動的可視化により、同不良の生成プロセスを可視化解析した。フローフロントから10mm程度上流側の樹脂とキャビティ壁面の接触領域において、一旦冷却形成された固化層がその後の流動過程で分断され、金型表面を滑るように移動して流動末端側で停止し、その分断固化層の樹脂片周りに、多数の皺状成形不良が生成することを明らかにした。

最後に第9章の総括では、本論文で得られた結果を要約すると共に、本論文で確立した実験解析手法と従来手法との比較検討を行い、本手法の特長と課題について整理した。また、本論文で得られた各領域における樹脂流動モデルについても、従来までの流動モデルと比較し、本論文における成果を述べた。さらに、本実験解析手法とそれを用いて得られた解析結果の活用法を述べた後、本研究に関する今後の展望を示した。

審査要旨 要旨を表示する

プラスチック射出成形法は、3次元自由形状の成形が可能で、形状精度・金型表面転写精度が高く、生産性に優れた加工方法である。そのため、多種多様な分野において幅広く用いられている。射出成形品のリブやボス、段差部等は複雑な3次元流動挙動を呈する領域で、多様な成形不良が数多く確認されている。型内成形現象を正確に把握するためには、3次元的な樹脂流動挙動を詳細に計測でき、実現象への適用性が高い実験解析手法の確立が必要となる。本研究では、実成形において3次元樹脂流動挙動を高精度に解析できる可視化手法を確立し、同手法により、従来の実験解析法では困難であった3次元的な型内流動挙動を解明することを研究目的としている。

第I部では、型内流動中の2種類の樹脂をゲート直前で瞬時に切り替え、流動樹脂の一部に高精度なマーキングを施すランナー切替装置を開発し、同装置を用いた新規着色マーキング方法を確立する。同方法は、時間因子を考慮した静的な可視化解析だけでなく、ガラスインサート可視化金型と組み合わせることで着色マーキング樹脂の流動挙動を動的に可視化解析することも可能とする。同解析法により、固化層近傍のZ字状流動パターン、コアピン付ボス部の内部樹脂流動挙動を鮮明に観察し、その有効性を実証的に明らかにした。当初の油圧駆動方式を発展させ、新たにダイレクトドライブモータ直接駆動方式を提案して切替時間を約1/5とし、キャビティ充填時間30ms程度までの高射出率条件へも適用範囲を拡大した。また、X線吸収特性を有する硫酸バリウム等を混合したマーキング樹脂を用いることで、成形品内部に凍結されたマーキング樹脂領域の3次元形状を、X線CT技術によって容易に抽出する方法を新たに提案した。

第II部では、第I部で確立した可視化手法により、これまで未解明であった型内樹脂流動挙動を明らかにしている。まず、汎用ポリスチレン、ポリプロピレンの非強化樹脂におけるフローフロント領域の樹脂流動挙動を可視化し、(1)フロント最表層面での射出初期樹脂の薄膜状滞留現象、(2)フロント接触領域のやや上流側でのコア層縮小流れ現象を初めて明らかにし、新たにフローフロント領域の流動モデルを提示した。ガラス繊維等フィラー強化樹脂のフローフロント領域も可視化解析し、(1)非強化と比してフロント滞留樹脂領域の大幅な拡大、(2)厚さ方向の湧き出し位置がキャビティ幅方向に交互に反転する、非対称な"ジグザグファウンテンフロー現象"の生成を初めて明らかにし、流動モデルを提示した。次に、矩形キャビティの両側面部においては、充填初期の樹脂が角状に引き伸ばされつつフローフロント直下を流れる、特徴的な側面流れの挙動を初めて明らかにし、この側面流れがキャビティ幅の減少に伴いどのように遷移するかを観察して、その流動モデルを提示した。板厚が段差状に拡大するキャビティでは、薄肉部の固化層近傍を流動する低温・高粘度樹脂が、段差角部から非対称に湧き出して急激に伸長されつつ表層面に露出し、さらに段差側に接地直後は金型上を滑るように移動することで、フローマークを生成することを明らかにし、流動モデルを提示した。最後に、高速充填でのポリアセタール成形品表面に生成する無数の皺状成形不良生成過程を、高速ランナー切替装置と可視化金型とにより可視化解析し、一旦冷却形成された固化層が、その後の流動過程で分断され金型表面上を滑るように移動する固化層分断現象を初めて確認し、分断固化層の樹脂片周りに、多数の皺状成形不良が生成することを明らかにした。

以上のように本論文では、これまで実験解析手法が確立されていなかった金型内3次元樹脂流動分野において、新たにランナー切替装置を開発し、ガラスインサート可視化金型およびX線CTとの組み合わせによる複合的な可視化効果の実現、さらにはダイレクトモータ導入による切替装置の高速化を実現した。さらに同装置に基づき、これまで確認することができなかった(1)非強化樹脂のフローフロント表層の薄膜状滞留現象、(2)フロント近傍のコア層縮小流形成現象、(3)フィラー強化樹脂でのジグザグファウンテンフロー現象、(4)側面流れ現象、(5)段差部非対称ファウンテンフロー現象と金型上の滑り流動現象、(6)スキン層分断流動現象、以上の各現象の生成を定量的に初めて明らかにし、それぞれの生成過程モデルを提示している。このように本論文は、プラスチック射出成形の金型内成形現象実験解析の研究分野において極めて有効な実験解析手法を初めて提示するとともに、これまで未解明であった3次元流動現象ならびにそれに基づく成形不良現象解明への適用を通して、工学的にも工業的にも多くの重要な知見を見出した先導的な研究である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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