学位論文要旨



No 217724
著者(漢字) 加藤,守利
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,モリトシ
標題(和) 不確実性の下でリスクを考慮した電源開発計画手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 217724
報告番号 乙17724
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17724号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横山,明彦
 東京大学 教授 日高,邦彦
 東京大学 特任教授 谷口,治人
 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 藤井,康正
 東京大学 准教授 馬場,旬平
内容要旨 要旨を表示する

電力自由化の進展により、我が国の電気事業者にとって市場の不確実性の影響が顕在化してきている。また低炭素社会に向かう国際的な潮流の中で、電気事業者も二酸化炭素(CO2)排出制約を考慮して事業を進めていく必要があるが、制約の程度が不透明である。

電気事業においては設備費の費用全体に占める割合が高く、設備計画は経営の重要な意思決定事項の一つである。電力設備の中では電源部門が競争環境に晒され、かつCO2排出源であるため、上述の問題が顕著に表れることになる。従って電源計画の重要性が増し、その計画手法を向上させる必要性が高まっている。

このような不確実な状況の下では経済的リスクが増大し、電源計画においても十分考慮すべき課題となる。経済的視点から電源計画に関連する主要リスクを整理すると以下のとおりである。

第一に、電力需要変動リスクがある。景気変動等に伴い電力需要が想定値から変動し電力設備の過剰や不足のリスクが発生する。競争環境の下では収益の確保が一層重要となるため、需要と供給の解離をより速やかに解消することが求められる。

第二に、市場リスクがある。例えば火力発電費の大半を占める燃料費の変動は大きなリスクの一つである。また、競争環境の下では電力価格は、需給両者の直接交渉や市場取引により決まるので不確実さが増す。

第三は、環境リスクである。近年CO2等の温室効果ガスによる地球温暖化の防止対策が重要な課題になってきているが、排出制約の程度や排出削減のための費用の不確実さが収益に変動を与えるリスクとなる。

第四に、設備事故などのオペレーショナル・リスクがある。特に燃料費が安価でCO2を排出しない原子力が長期間停止すれば、電気事業の収支や二酸化炭素排出量への影響が大きい。原子力の利用率変動は注目すべきリスクと言える。

以上により、本論文は不確実性の下でリスクを考慮した電源開発計画手法を明らかにすることを目的とする。

「第1章 序論」は以上の趣旨を述べるとともに、リスクに対処するための新しい方法論の必要性と、これに関する国内外における研究動向の中での本研究の位置づけについて以下のとおり論じる。

(1)需要変動リスクへの対処の一つとして、複数の需要想定に対する電源開発計画案を用意して需要想定の修正に機動的に対応するため、電源開発計画用の需要モデルの効果的構築が必要になる。本研究は、先行研究に比べて将来モデルを効果的に予測できる需要モデルの構築方法を示す。

(2)需要変動リスクへの別の対処として、電源開発計画を補完する卸電力取引を活用することが有効な手段になりうるが、その際のリスク管理のため、卸電力価格の分析・モデル化が必要になる。本研究は先行研究と比べて、我が国電力取引の特徴を取り入れ、かつ遜色ない予測力を持つ価格モデルの構築方法を示す。

(3)市場リスク等への対処の一つとして、各電源に内在するリスクを考慮した上で最適な電源構成を求めるために、ポートフォリオ理論を応用できる可能性がある。本研究は、先行研究が取り扱ってこなかった発電電力を負荷形状に合わせるという条件やCO2排出制約を考慮したモデルを構築した上で、同理論を応用する方法を示す。

(4)市場リスク等へのもう一つの対処法として、将来の電源技術選択や情勢変化を考慮した投資機会の判断にリアルオプション理論を応用できる可能性がある。本研究は、不確実なCO2排出制約下のCO2分離・回収機能付き石炭火力(CCS石炭火力)の選択、エネルギー価格不確実性下の経年火力発電所更新といった先行研究が扱ってこなかった問題をとらえ、その解決のための新しい手法を示す。

「第2章 電源開発計画手法と経済リスクを管理する金融工学理論」は、次章以降への準備として、先ず従来の電源開発計画手法の基礎事項を説明するとともに、従来手法におけるリスクへの対処方法と課題について論じる。次に第5章のリスクを考慮した最適電源構成問題に応用するポートフォリオ理論について説明する。さらに第6章および第7章の不確実性下の電源技術選択や投資機会の判断に応用するリアルオプション理論について説明する。

「第3章 電源開発計画のための電力需要モデル」は、ヒル関数を利用して年負荷持続曲線(LDC)をモデル化する新しい手法について論じる。本手法は計算効率が良く、誤差を小さくでき、さらに従来モデルに比べてモデルのパラメータが少数かつそれぞれが物理的意味を持つので応用が非常に容易である。将来の年最大電力と年間電力量だけを与えれば、過去年のLDCモデルからヒル関数のパラメータを変更して将来年のLDCモデルを容易かつ精度よく作成することができる。IEEE-RTS, PJMおよび北京電力の負荷データを用いて検証し、手法の有効性を確認する。リスク管理のために、いくつかの需要想定ケースについて電源開発計画を検討する場合があるが、このとき本手法を応用すれば需要モデルを効果的に作成できる。加えて、将来太陽光発電大量導入により需要側に基本的変化がある場合のモデル構築の対処方針と解決すべき課題を明らかにする。

「第4章 需要変動リスクに対処する卸電力取引の電力価格モデル」は、電源開発計画を補完する卸電力取引におけるリスク管理が重要であるとして、我が国における電力取引の実態を考慮した修正ハイブリッド法による日本卸電力取引所(JEPX)スポット価格のモデル化について論じる。モデルは電力需要の大きさに関係する限界費用の期待値と様々な不確定要素を表す部分から構成されるものとし、期待値要素はヒル関数を用いてモデル化し、不確定要素は時系列モデルを適用する。構築したモデルを検証するために、モデルの予測力を先行研究と比較し、遜色ない結果が得られることを示す。

「第5章 リスクを考慮した最適電源構成」は、ポートフォリオ理論を応用して最適電源構成を求める新しい手法について論じる。発電電力を負荷曲線に合わせるという基本的供給条件を満足するために、ポートフォリオ最適化と各電源の利用率計算を融合する新しい方法を提案する。各電源を一つの資産と見なし、建設工事費および運転中の燃料価格、電力価格、CO2費、設備利用率の変動を収益に影響するリスク要因と考え、各電源資産の収益率変動リスクを定式化する。数値例を用いて、原子力利用率変動リスクやCO2排出制約に応じた最適電源構成を示す。加えて、東日本大震災による福島第一原子力発電所事故を踏まえて、原子力重大事故リスクをポートフォリオに組み込むための基本的考え方と解決すべき課題を明らかにする。

「第6章 不確実な環境制約下におけるCCS石炭火力の経済性評価」は、CO2排出制約が不確実な条件の下で、リアルオプション手法を使ってCCS石炭火力の経済性を評価する新しい手法について論じる。すなわち、既設石炭火力を廃止してCCS石炭火力を新設するという問題設定により、有利な条件を待つ延期オプションとともに、既設火力廃止の延期によるCO2排出増加という不利な効果も合わせて評価する方法を示す。また、2項モデルの評価格子を利用して、ある時期までにCCS石炭火力が建設される累積確率を求める手法を示す。数値例を用いて、CO2排出量基準や既設石炭火力の修繕費増加率に応じてリアルオプション価値やCCS石炭火力建設時期が変化することを分析する。問題設定やモデルの条件について考察を加えた上で、CCS石炭火力は一定の経済価値があり、将来の有力な技術選択の一つに成り得ることがわかる。

「第7章 不確実性の下における経年火力発電設備更新の経済性評価」は、将来のエネルギー価格が不確実な状況の下で経年石油火力を改良型複合発電(ACC)に更新する問題に、リアルオプション理論を応用して経済性を評価する新しい手法について論じる。第一に、石油火力からACCへという不確実性の異なる二つの資産の更新問題を評価するために、交換オプションに比べて取り扱いが容易な2重格子モデルを利用する。第二に、石油火力の経年劣化状況を反映した逐次進行オプションを利用して経済性分析を行う。第三に、2重格子モデルの評価格子を利用して更新時期を評価する方法を提案する。数値例分析により、更新時期と石油火力単独で考えた廃止時期とは違いがあることを示す。本手法は、更新時期の優先順位付けなど経年火力更新計画の策定に役立てることができる。

「第8章 結論」は、以上の各章の結論をまとめるとともに、実務適用に向けて解決すべき課題について、以下のとおり明らかにする。

今後の不確実な状況の下でリスクに対処する新しい手法が必要であるとともに、実務上の目標値として、従来手法のように一つの確定的計画案を策定することも必要である。そこで新手法と従来手法を適切に組み合わせて活用するために、長期電源開発計画用需要モデルを効果的に作成した上で(第3章)、リスクを考慮した長期的電源構成目標の設定(5章)と投資機会判断に基づく建設優先順位付け(6章、7章)に基づいて開発候補電源組み合わせ数を絞り込み、従来手法の電源計画プログラムを効率的に利用する。このための具体的ロジックを電源計画プログラムに組み込む必要がある。

また需要変動リスクに対する電源開発計画の補完として卸電力取引を活用するために、日次データに基づいて卸電力取引のリスク管理を行う手法を提案したが(4章)、その実効を上げるために、時間データを利用できる段階で再度モデルを検証し、必要に応じてモデルの改良を行う。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「不確実性の下でリスクを考慮した電源開発計画手法に関する研究」と題し、8章よりなる。

第1章は「序論」で、本研究の背景と目的を述べている。電力自由化、低炭素社会の実現に向けた環境制約の強化など不確実性が増している電力システムにおいて、電力需要変動リスク、市場リスク、環境リスク、設備事故などのオペレーショナル・リスクを考慮した電源開発計画手法が必要であることを述べている。

第2章は「電源開発計画手法と経済リスクを管理する金融工学理論」と題し、まず、従来の電源開発計画手法の基礎事項を説明し、従来の電源計画手法におけるリスクへの対処方法と課題について論じている。次に、最適電源構成問題に応用されるポートフォリオ理論、不確実性下の電源経済性評価問題に応用されるリアルオプション理論、エネルギー価格モデルとして多く用いられている幾何ブラウン運動について説明している。

第3章は「電源開発計画のための電力需要モデル」と題し、計算効率が良く誤差の少ない、ヒル関数を利用した年負荷持続曲線(LDC)をモデル化する手法を提案している。本手法は、従来のモデル化手法に比べて、モデルのパラメータが少なく、それぞれが物理的意味を持つので応用が非常に容易であり、将来の年最大電力と年間電力量だけを与えれば、過去年のLDCモデルからヒル関数のパラメータを変更して将来年のLDCモデルを容易かつ正確に作成することができるという特長がある。IEEE-RTS, PJMおよび北京電力の負荷データを用いて検証し、本手法の有効性を確認している。

第4章は「需要変動リスクに対処する卸電力取引の電力価格モデル」と題し、我が国における電力取引の実態を考慮した修正ハイブリッド法による日本卸電力取引所(JEPX)スポット価格のモデル化について論じている。本提案モデルは、電力需要の大きさに関係する限界費用の期待値を、ヒル関数を用いてモデル化し、不確定要素を表す部分は時系列モデルで表わしたハイブリッドモデルである。構築したモデルを検証するために、JEPXのスポット価格データを用いてモデルの予測能力を先行研究と比較し、遜色ない結果を得ている。

第5章は「リスクを考慮した最適電源構成」と題し、ポートフォリオ理論を応用して最適電源構成を求める新しい手法について論じている。従来のポートフォリオ理論の応用では、発電電力を負荷曲線に合わせるという基本的供給条件を必ずしも満足していなかったのに対し、本研究ではこれを満足するために、ポートフォリオ最適化と各電源の利用率計算を融合する方法を提案している。各電源を一つの資産と見なし、建設工事費および運転中の燃料価格、電力価格、CO2費、設備利用率の変動を収益に影響するリスク要因と考え、各電源資産の収益率変動リスクを定式化している。数値例を用いて、原子力利用率変動リスクやCO2排出制約に応じた最適電源構成を示すとともに、将来のクリーン・コール・テクノロジーや再生可能エネルギーの導入可能性について分析を行っている。

第6章は「不確実な環境制約下におけるCCS石炭火力の経済性評価」と題し、CO2排出制約が不確実な条件の下で、リアルオプション理論を使ってCCS(CO2分離・回収機能付き石炭火力発電所)の経済性を評価する手法を提案している。すなわち、既設石炭火力のCCSへのリプレースという問題設定により、リプレース遅延による既設火力のCO2排出増を機会費用として表現し、配当のあるアメリカン・コールオプションとして経済価値を計算する手法を示している。また、2項モデルの評価格子を利用して、ある時期までにCCS建設が実行される累積確率を求める手法も示している。数値例を用いて、CO2排出量基準や既設石炭火力の修繕費増加率に応じたリアルオプション価値やCCS建設時期を分析している。

第7章は「不確実性の下における経年火力発電設備更新の経済性評価」と題し、将来のエネルギー価格が不確実な状況の下で、経年石油火力を改良型複合発電(ACC)に更新する際の経済性を、リアルオプション理論を使って評価する新しい手法を提案している。まず、石油火力からACCへという不確実性の異なる二つの資産の更新問題を評価するために、取り扱いが容易な2重格子モデルを利用し、次に、石油火力の経年劣化状況を反映するために、キヤッシュフローのトレンドを配当付きコール・オプションとして組み込んだ逐次進行オプションを利用して経済性分析を行っている。最後に、2重格子モデルの評価格子を利用して更新時期を評価する方法を提案している。数値例を用いて、本手法の有効性を示している。

第8章は「結論」で、各章の結論をまとめ、実務への適用に向けて解決すべき課題について論じている。

以上を要するに、本論文は、不確実性が増している電力システムにおいて、様々なリスクを考慮することのできる、ポートフォリオ理論、リアルオプション理論等を応用した実用的な電源開発計画手法とそのための電力需要と電力市場価格の効率的なモデル化手法を提案し、数値シミュレーションによりその有効性を明らかにしたもので、電気工学、特に電力システム工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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