学位論文要旨



No 217725
著者(漢字) 久保田,雅則
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,マサノリ
標題(和) 超微細シリコン立体構造を用いた熱伝導圧力センサ
標題(洋) Thermal Conductivity Pressure Sensors on the Basis of Ultra-Fine Silicon Structures
報告番号 217725
報告番号 乙17725
学位授与日 2012.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17725号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 准教授 三田,吉郎
内容要旨 要旨を表示する

我々は大気の中で生きている。食物や水の摂取と異なり、人間は数分たりとも酸素・二酸化炭素のガス交換を止めることが出来ない。従って、大気の安全性を確保する努力は、食物・水の安全性と並んで「安心して生活できる社会」の実現のために不可欠である。現在までに、有毒ガス・酸素・二酸化炭素などの濃度を測定するセンサが多数開発されており、特に半導体デバイスとして製造されるものは微細化やコストの面で利点が多い。

将来的には、ガスセンサ・ガスポンプ・圧力計・制御演算装置・エネルギー源・通信装置などを1 cm程度の大きさで集積化した「集積化ガスシステム」を開発することで、人間の行くところどこでもいつでも大気をモニタリングする仕組みが開発できると考えられる。このような集積化システムの実現には、半導体加工技術を用いてシリコン基板上に機械構造や集積回路を組織化した微小電気機械システム(MicroElectroMechanical Systems: MEMS)を用いることが有力である。本研究では、集積化ガスシステムに向けて、大気圧付近での動作・CMOS回路とのプロセス親和性・圧力計以外のユニットとの同時作製などを考慮し、シリコンの極微細立体構造を用いて構成されるピラニー型の熱伝導圧力センサを開発した。MEMS作製技術の一つであるバルクマイクロマシニング技術を利用して極微細構造を形成することで、マクロスケールでは真空用の圧力計であるピラニーゲージの動作範囲を高い圧力へと移動させることが可能となり、大気圧以上でも高い感度を持つピラニーゲージを実現した。

マクロスケールの電気・機械構造に於いてアクチュエーションやセンシングに用いられている原理や法則をそのままミクロスケールのMEMSに適用しようとするのは適切でない場合が多い。即ち、マクロスケールでは無視出来ていた力や現象がミクロスケールでは無視出来なくなることから、マクロスケールで用いられている仕組みを単純に寸法だけ小さくするのではMEMSに適したデバイスを実現することは困難である。逆にミクロスケールでのみ発現する現象を積極的にデバイス応用することも可能である。

熱伝導圧力計は、気体の熱伝導率が圧力に比例する現象を用いている。圧力計はヒーターとヒートシンクから構成されており、間にある気体分子が輸送する熱の量をヒーターの温度変化として(即ちヒーターの抵抗値変化として)測定して間接的に圧力を測定するデバイスである。ただし、気体の熱伝導率が圧力に比例するのは気体分子の平均自由行程がヒーター・ヒートシンク間の距離よりも十分に大きい場合に限られ、平均自由行程よりも十分大きな容器の中(例えば我々が生活している部屋)では熱伝導率は圧力に関係なく一定である。室温1気圧下での大気の平均自由行程は65nm程度であるため、この現象を利用するためには微細なヒーター・ヒートシンクの作製が必須である。半導体加工技術を駆使して微小なヒーターとヒートシンクを形成し、その間にサブミクロンスケール幅のギャップを設けることで高い圧力においてもピラニーゲージを動作させることができるようになる。

本研究で開発したピラニーゲージの模式図を図1に、作製したデバイスを図2に示す。単結晶シリコンのマイクロブリッジ構造をデバイス層厚さ5 µmのSilicon-On-Insulator基板を用いて形成した。ヒーターとヒートシンクの間のギャップはサブミクロン開口用に最適化を行ったBoschプロセスを用いて、Deep Reactive Ion Etching (DRIE)技術によって形成しており、深さ5µmに対して最小250 nm幅のギャップを実現した。電子線描画によってパターニングしたアルミニウムをマスクとして前述のDRIEを行い、その後埋め込み酸化膜を気体のフッ化水素で除去して空中に浮かせている。このデバイスの低真空〜大気圧に於ける動作曲線を図3に示す。より広いギャップを持つデバイスも作製し比較したところ、モデルが示すとおりギャップが短くなるにつれて直線性の高い領域が高圧側へ移動していることが分かる。250 nmギャップのデバイスの大気圧に於ける感度は、0.9 mWの電力を投入したとき0.001%/kPaであった。このデバイスはCMOSプロセスコンパチブルな手法のみを用いて作製されており、MEMSの重要な課題であるLSIとの集積化に適している。

ところで、Boschプロセスを用いたDRIEはバルクマイクロマシニングに於ける最も一般的なプラズマエッチング方法であり、アスペクト比の高いトレンチをエッチングできる有用な技術である。しかし、等方性エッチングと側壁保護のサイクルを数秒単位で繰り返して掘り進めるという方法であるが故に必ずサイドエッチが起こり、幅100nmを切るようなディープサブミクロン開口の深掘りエッチングは容易ではない。本研究では次に、DRIEで掘ったトレンチを狭窄させることで基板と垂直な超高アスペクト比ギャップを形成する技術の開発を行った。

よく知られたギャップ狭窄方法にシリコンの熱酸化を利用する方法がある。熱酸化によって表面にシリコン酸化膜層が形成されるとき、構造の体積が増加するためにギャップが狭窄する。この方法は1000℃ほどの高温プロセスのためCMOSプロセスと統合困難である。そこで薄膜をギャップ内に製膜して狭窄を行うことにした。本研究では超臨界流体製膜(SuperCritical Fluid Deposition: SCFD)によってCu薄膜を形成する手法を用いた。超臨界流体は比較的高い溶解力と浸透性を兼ね備えており、高い濃度の薄膜前駆体を高アスペクト比トレンチの底まで輸送できる。前駆体濃度が高いことで、製膜速度の濃度変化に対する依存が小さい領域での製膜を行うことができ、トレンチの開口から底に至るまで均一な製膜が可能となる。Cu-SCFDの場合、開口幅100 nm・アスペクト比100:1のようなトレンチに対してもステップカバレッジがほぼ100%である。この方法を用いてvia holeへの金属埋め込みを行った先行研究があるが、トレンチの狭窄の目的に利用しデバイスに応用したのは本研究が初めてである。DRIEによって幅450 nm、深さ5 µmのトレンチを形成しておき、その基板に厚さ200 nmのCu/CuMnxOy膜を製膜した。なお、製膜温度はCMOSポストプロセスで使用可能な温度である200 ℃であった。図4にCu製膜によって形成された幅50 nm深さ5 µmのトレンチの断面SEM写真を示す。ピラニーゲージのモデルをCu/Siの二層構造に対応するように拡張した上で、本手法をピラニーゲージに応用した。図5にデバイスの写真を、図6に真空から68気圧までの動作曲線を示す。50 nmギャップのデバイスの大気圧に於ける感度は、5.4 mWの電力を投入したとき0.018%/kPaであった。同じ電力で比較するとDRIEで作製した前述ピラニーゲージと比較して感度は3倍となった。また、Cu製膜によってヒーターの抵抗値が4 kΩから13 Ωへと大幅に低下させる事ができた。より低い電圧で同じ電力を投入することが出来るため、LSIとの集積化に有利である。SCFDによる製膜は、シリコンやその酸化膜・窒化膜を主な構造材料としていたMEMSに対して各種金属や酸化物を含む多様な材料による修飾を可能とする技術である。特に極微細幅トレンチは容量型のデバイスの作製に有利な技術となる。

本研究では、CMOSポストプロセスに対応したシリコンバルクマイクロマシニング技術を用いて、大気圧以上の圧力でも高い感度を有する長さ100 µmの微小ピラニー型圧力計を開発した。本研究で開発したデバイスやSCFDによるディープサブミクロン幅の高アスペクト比トレンチ形成技術は、同じくディープサブミクロン幅のギャップを必要とする「熱遷移ガスポンプ」など、集積化ガスシステムの他の要素の開発にも応用が可能であると考えられる。

図1. バルクマイクロマシニングで作製したピラニーゲージの模式図

図2. 作製したピラニーゲージの写真

図3. 圧力対抵抗値変化率グラフ。ギャップ長の異なる3つのデバイスをプロットしてある。

図4. DRIE後のCu-SCFDによって形成された幅50nm、深さ5µmのトレンチ

図5. Cu製膜後のデバイス写真

図6. 50 nmギャップを有するピラニーゲージの大気圧付近での抵抗値対圧力グラフ

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,"Thermal Conductivity Pressure Sensors on the Basis of Ultra-Fine Silicon Structures(超微細シリコン立体構造を用いた熱伝導圧力センサ)"と題し,大規模集積回路(VLSI)と微小電気機械システム(MEMS)を集積したセンサネットワークノードの例として,超微細加工技術を駆使した50 nm幅5 µm深さの微細トレンチをシリコン基板上に加工し,68気圧まで動作するピラニ式圧力計を実現したものであり,英文6章から構成されている.

第1章は序論であり,ガスセンサ・ガスポンプ・圧力計・制御演算装置・エネルギー源・通信装置などを1 cm程度の大きさで集積化した「集積化ガスシステム」を用いた大気モニタリングの重要性と,CMOS回路とMEMSの集積によりそれを実現する手法について,過去のMEMS圧力計の研究例を参照しつつ述べている.

第2章では,本研究における加工技術の核であるシリコンの深掘りエッチング技術について述べ,幅500 nm未満,アスペクト比数十の微細トレンチの形成法を解説している.

第3章では,サブミクロンサイズの空隙を用いることで大気圧近傍でもピラニ圧力計による圧力計測が可能になる原理と設計指針を示し,Silicon-On-Insulator(SOI)基板上に幅250 nmのトレンチを用いて作製したマイクロピラニ圧力計の設計と作製法について述べ,試作の結果として4 Paから1×105 Pa(大気圧)までの圧力計測結果を示している.

第4章では,前章で作製したシリコン製ピラニ圧力計の測定可能圧力範囲を高圧側に拡張すべく,シリコントレンチの内部表面に超臨界流体製膜法によりCuを製膜する手法を考案し,幅50 nm,深さ5 μmの超微細トレンチを用いたピラニ圧力計の作製に成功した.超臨界流体製膜は微細孔内部の均一表面被覆に適した手法として開発されてきたが,実デバイスの特性に関してその有用性が明確に示されたのは本例が初めてである.また,シリコン表面をCuで被覆することはピラニ圧力計の感度向上に貢献することを,実験とモデリングの両面から実証した.

第5章では,今後のVLSI集積MEMS作製に向けた設計指針を述べている.

第6章は結論であって,本研究で得られた成果を総括するとともに将来展望について述べている.

以上のように,本論文は,シリコンVLSIと集積が容易かつ大気圧近傍で圧力計測が可能な真空計としてピラニ圧力計に着目し,シリコン深掘りエッチングと超臨界流体製膜の組み合わせによる新規作製プロセスを用いて幅50 nmの超微細空隙を実装し,68気圧までの圧力計測に成功したものであり,電気電子工学に貢献するところが少なくない.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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