学位論文要旨



No 217731
著者(漢字) 望月,明慶
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,アキヨシ
標題(和) 活性化血液凝固第十因子阻害剤の合成研究
標題(洋)
報告番号 217731
報告番号 乙17731
学位授与日 2012.10.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17731号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 井上,将行
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 杉田,和幸
内容要旨 要旨を表示する

血栓症は、致死的結果をも招く重要な疾患である。血栓は、形成部位により動脈血栓と静脈血栓に分かれ、一般に静脈血栓には抗凝固薬が処方される。唯一の経口抗凝固薬であったワルファリンは、様々な問題点を有する事から、安全で使いやすい経口抗凝固薬の登場が待たれてきた。抗凝固薬の創薬標的は、血液凝固カスケード内に複数存在するが、著者らは外因系と内因系の合流点に位置する活性化血液凝固第十因子(Factor Xa、以下FXaと省略)に着目し、研究を継続してきた。FXa 阻害剤は、凝固系を効率的に阻害する事ができ、血小板の活性化に直接影響しない事から、出血リスクの低い抗凝固薬に成り得ると考えられる。

以前、著者らは中央にピペラジンを有する非アミジノ型化合物について誘導体合成を実施しており、SAR の把握や、サイト1(S1)及びサイト4(S4)の有望リガンドを獲得したが、抗凝固活性(プロトロンビンタイム2 倍延長濃度(PTCT2))と経口活性の両立が困難であった。その後、当社の永田らにより、スペーサーの検討がなされ、cis-シクロヘキサンジアミド (-)-1 が見出された。しかし、(-)-1 は、中性での水への溶解性(日局二液(JP2)pH6.8)、活性等が不十分であった事から、著者は二種のピペリジン誘導体2、3 を考案し、最初にラセミ体での検討を計画した。

ピペリジン2、3 の誘導体を評価した結果、2 で大幅に活性、溶解度が向上した誘導体が複数得られた。一方、3 では、概して溶解度は改善したが、活性は向上しなかった。ピペリジン2 について、ピペリジン窒素の置換基の変換を行ったところ、カルバメート、アミド、ウレアとなる置換基で、酵素阻害活性(IC50)が大幅に向上した。特にアミド、ウレア体はラセミ体にもかかわらず、開発化合物並みの強さの抗凝固活性を示し、ピペリジン窒素のsp2化に伴う構造の固定化が、高活性に繋がったと考えられた。高活性のアミド及びウレア体に関し、ラット経口投与試験並びにヒト肝ミクロソーム中での代謝安定性を評価した。アミド体で肝ミクロソーム中での半減期が(-)-1 よりも延長し、ラット試験で2h が良好な血中抗FXa 活性を示した。一方、ウレア体の代謝安定性は、改善しなかったが、2k がラット試験で強力な血中抗FXa 活性を示した。

ピペリジン2 の高活性体の立体化学は、(-)-1 と同じであると予想し、最適化研究への活用を考え、保護ピペラジンジアミン中間体Iを経由する逆合成経路を考えた。Boc-D-セリン由来のGarner アルデヒドをWittig 反応でα,β不飽和エステルとし、ベンジルアミンのマイケル付加、保護基の変換後、2 種の異性体アルコール28A、28B をシリカゲルカラムで分離した。分離した28A の水酸基をアジド経由でアミンに変換し、分子内環化によりラクタム体30 を得た。30 のアミドを還元し、光学活性体での探索に活用できる重要中間体の31 を合成した。31 より更にピペリジン窒素のアシル化、脱保護とリガンドの導入を繰り返し(-)-2c と(-)-2hを合成した。両化合物の活性は、ラセミ体の約2 倍の強さであり、(3R,4S)-体が高活性体である事を確認した。

その後著者らは、S1 リガンドのクロルインドール部分の変換を行い、体内動態が向上したシュウ酸ジアミド誘導体を見出し、最終的にエドキサバンを開発化合物に選抜した。著者は、FXa 阻害剤をより確実に上市させるためには、骨格の異なる有望化合物の獲得が必要と考え、短期間での新規リード化合物探索に取り組んだ。これまでの知見、報告から、高活性なリード化合物を獲得するには、有望なS1 とS4 の両リガンドを適切な長さ、角度でL字型、もしくはV 字型に固定する事が重要であると考えた。塩基性による溶解性確保を考慮してS4 リガンドには、独自のチアゾロピリジンを、S1 リガンドには他社の知見よりクロロチオフェンを選び、両リガンドを3 炭素程度で結ぶジアミンリンカーをデザインした。

本誘導体の合成展開では、活性の強い化合物は少なく、ベンジルアミン誘導体34D のみが開発品並みの強力な酵素阻害活性、抗凝固活性を示した。34D は、ラット及びサル経口投与試験で良好な血中抗FXa 活性を示し、サルでの血中暴露量も比較的高かった。一方、中性領域での溶解性、ヒト肝ミクロソーム中での代謝安定性の改善が課題であった。

FXa とのX 線複合体解析の結果、S4 リガンドは、Phe174,Trp215,Tyr99 との疎水性相互作用、Gly218NH とアミド酸素との水素結合、アミド炭素とGly216 カルボニル酸素との静電的相互作用が観察された。S1 リガンドは、Ala190,Val213,Tyr228,Gly226 の側鎖で形成されている窪み(cavity)とクロル基との疎水性相互作用、Gly218 カルボニル酸素とアミドNH との水素結合、Ser195 の側鎖水酸基及びSer214 のカルボニル酸素とリガンドアミド酸素との水を介した水素結合を観察した。

これまでの知見を参考に、34D の各部分の骨格を変換した。S1 リガンドのチオフェンを他の芳香環や、リバースアミドと芳香環の変換を同時に実施したが、活性は大幅に低下した。中央スペーサーに関しては、溶解性改善を狙ってシクロヘキサン環、ピリジン環へ変換したが、活性を維持することはできなかった。S4 リガンドについては、他の有望なリガンドやそのリバースアミド体へ変換したところ、モルホリノンフェニル体で高い活性を示したが、リード化合物を超えられず、骨格の変換は困難であった。

溶解度、代謝安定性改善に向けて、ベンゼン環へ極性基の導入を実施した。X 線構造解析の結果から、カルボキシ基を酵素外側のa、b、c 三箇所に、カルバモイル基を、a、b の二箇所に導入した。活性は、カルボキシ基はb、カルバモイル基はa の位置で高活性であった。物性面は、カルボキシ基はa、b、カルバモイル基はa の位置で溶解性、代謝安定性が向上した。そこで、b-カルボン酸体79B とa-カルバモイル体80A についてサル経口投与試験を実施した。両化合物ともリード化合物よりも低いAUC、血中抗FXa 活性であったが、カルボン酸体79Bは持続的に活性を示し、24 時間後も血中濃度が確認された。この持続性は、一日一回投与を目指すのに有利であると考え、構造の最適化を進めた。

極性基であるカルボキシ基導入により膜透過性の低下が懸念されたため、S4 リガンドのテトラヒドロチアゾロピリジンの塩基性部分へ脂溶性の付加を実施した。N-メチル部分のエーテル化やアルキル基の延長を実施したところ、N-イソプロピル体99B のみ活性が増強し、置換基の大きさが活性に大きく影響する事を明らかにした。更に、イソプロピル基と同程度の大きさで、塩基性の異なる置換基へ変換した。フッ素の導入により、活性、特に抗凝固活性は低下傾向にあり、中性のN-アセチル、N-メタンスルホニルで、活性が大きく低下した事から、塩基性が活性、特に抗凝固活性に大きく影響する事が明らかとなった。そして、高い代謝安定性を示す99B は、サル経口投与試験で、開発化合物に匹敵する高い血中抗FXa 活性、高い血中暴露を示した。

S1 リガンドのチオフェン環は、時間依存性CYP 阻害、求電子性反応性代謝物の生成など代謝、安全性面で懸念のある構造である。チオフェン環の他の芳香環への変換や、リバースアミドとの組み合わせではチオフェン環を回避できなかったが、X 線結晶解析結果を精査した結果、リバースアミドとアルキル鎖の延長を同時に実施すれば、Gly218 カルボニル酸素との水素結合、クロル基と脂溶性窪みとの相互作用が保持され、チオフェン環の変換が可能と考え、合成した。S1 リガンド変換体は、強力なin vitro 活性と高い代謝安定性を保持し、チオフェン体と同様に、S4 リガンド末端がN-イソプロピル体である141A,141B がN-メチル体よりも抗凝固活性が強かった。また、S1 リガンド末端の塩素原子をフッ素、臭素原子に変換したが、活性は低下した。

高活性の141B とFXa とのX 線結晶構造解析の結果、S1 リガンド側炭素鎖延長によってリンカーであるベンゼン環の酵素外側方向への移動を確認した。この移動により、ベンゼン環脇にアミノ酸脂溶性側鎖で形成されているS1β(Ester binding site)との新たな相互作用の付与が狙えると考え、アルキル基のオルト位ベンゼン環へハロゲン、アルコキシ基等の導入を実施した。S1βとの相互作用を狙った化合物は、全般に1nM 以下の非常に強い酵素阻害活性と高い代謝安定性を示したが、抗凝固活性の向上は限定的であり、LogD(脂溶性)増大による蛋白結合の増加の影響が予想された。

S1 リガンドを変換した化合物、及びS1βとの相互作用付与により強い活性を示した化合物に関し、サル経口活性、PK を調べた。その結果、S4 リガンドのメタ位ベンゼン環にカルボン酸を有する141B、146、186A、186B で強力、かつ持続的な血中抗FXa 活性を示し、更に141B、146、186B は高いAUC と比較的高い24 時間後の血中濃度(C(24h))を示した。特に141B と186B は、C(max) とC(24h) の差が小さく、なだらかな血中濃度推移であった。血中濃度変動が小さい事は、抗凝固薬にとって確実な薬効、副作用である出血のリスクの軽減が期待され、理想的な薬物動態であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

望月明慶は活性化血液凝固第十因子(FactorXa、以下FXaと省略)の阻害剤に関する研究を行った。

血栓症は最悪の場合には死も招く重大な疾患である。血栓は形成部位により動脈血栓と静脈血栓に分かれ、一般に静脈血栓には抗凝固薬が処方される。ワルファリンは唯一の経口抗凝固薬であるが、様々な問題点を有する事から安全で使いやすい経口抗凝固薬の登場が待たれてきた。抗凝固薬の創薬標的は血液凝固カスケード内に複数存在するが、外因系と内因系の合流点に位置するFXaは血小板の活性化に直接影響しない事から、この阻害剤が開発できた暁には、出血リスクの低い抗凝固薬に成り得ると予想される。望月はこのFXaに着目し、阻害剤の開発研究に着手した。

同氏はFXaの活性部位の構造、特にサイト1(S1)とサイト4(S4)に着目し、はじめにそれぞれのサイトに結合する化合物を種々合成し、見込みのあるリガンドを獲得した。次に各々のリガンドを結びつけるスペーサーの検討を行い、ピペリジンジアミンを間に介した化合物群に高活性体がある事を見出した。高活性な化合物を獲得するためには、スペーサーによりS1とS4の両リガンドを適切な長さと角度でL字型、もしくはV字型に固定する事が重要であるとの知見を得た。このスペーサーの検討と同時進行で、S1およびS4リガンドについても最適化研究を行い、S1リガンドにはクnnチオフェン、S4リガンドにはチアゾロピリジン誘導体を有する化合物が優れた活性を示すことを見出した。開発した化合物は強力な抗凝固活性を示し、・ラットおよびサルへの経口投与試験で良好な血中抗FXa活性を有し、サルでの血中暴露量も比較的高かった。しかしながら、中性領域での溶解性、ヒト肝ミクロソーム中での代謝安定性の改善が課題として浮かび上がってきた。

FXaと開発候補化合物(リガンド)のX線複合体解析を行い、再度活性部位でのリガンドの結合様式を精査した。構造解析に基づいて、スペーサー、S1リガンドおよびS4リガンドを詳細に再検討した結果、スペーサー部位ではベンゼン環誘導体を有する化合物で溶解性および代謝安定性が向上し、サルを用いた経口投与試験で持続性を有する活性化合物を見出した。次にS1リガンドについての検討を行った。一般に、S1リガンドのチオフェン環は時間依存性CYP阻害、求電子反応性代謝物の生成など代謝、安全性面で懸念すべき構造である事が知られている。X線結晶解析の結果を再度精査し、このチオフェン環を他の芳香環へ変換可能かを検討した。リバースアミドとアルキル鎖の延長を同時に実施すれば、FXaのGly218カルボニル酸素との水素結合、チオフェン環の置換基であるクロル基と脂溶性の窪みとの相互作用が保持され、変換可能と予想できた。合成した結果、強力なinvivo活性と高い代謝安定性を保持した化合物を見出した。S1リガンドの変換に伴い、X線結晶解析からスペーサー部位の構造面での微調整も必要であることが明らかになり、スペーサーのベンゼン環にカルボン酸を導入するなどの改変も行った。

開発候補化合物は高いAUCと比較的高い24時間後の血中濃度(C(24h))を示した。C(max)とC(24h)の差が小さく、なだらかな血中濃度推移すなわち血中濃度変動が小さい事は、抗凝固薬にとって確実な薬効と副作用である出血めリスク軽減が期待できる。

上記研究は、structure based drug designによる創薬研究であり、抗凝固薬に関連するFXa阻害活性を有する開発候補化合物の創出に成功した望月の成果は、博士(薬学)の学位の取得に値する優れた研究と評価された。

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