学位論文要旨



No 217734
著者(漢字) 瀧田,哲志
著者(英字)
著者(カナ) タキタ,サトシ
標題(和) カイニン酸の実用的合成
標題(洋)
報告番号 217734
報告番号 乙17734
学位授与日 2012.10.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17734号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 大和田,智彦
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 准教授 花岡,健二郎
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

【序論】(-)-Kainic acid(1)は1953年、フジマツモ科(Rhodomelaceae)に属する紅藻類である海人草(Digenea Simplex)より抽出、単離された天然物である1。グルタミン酸イオンチャネル型受容体に対し、選択的かつ非常に強力なアゴニスト活1生を示すことが知られており、従来は回虫駆虫薬として汎用されてきたが、現在では、受容体サブタイプの分類や、てんかん、アルツハイマー病など神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されている。(-)-kainic acid(1)の合成法は数多く報告されているものの、量的供給を満足する方法は限られているため、我々はより確実な安定供給を目指した(-)-Kainic acid(1)の実用的合成法の確立に着手した。

【合成研究(1)】(-)-Kainic acid(1)の逆合成解析をScheme 1に示す。(-)-Kainic acid(1)のイソプuペニル基及び酢酸部位を最後に構築すると考え前駆体としてエノン2を設定した。エノン2はオレフィン3の変換により誘導すると考え、オレフィン3はトリエン4の分子内Diels-Alder反応によりアミンα位置換基の立体化学を利用して選択的に得られるものと考えた。トリエン4はL-methionineより誘導することを計画した。

L-methionineよりオキサゾリジン5を得た後、スルフィドを脱離させることでビニル基に変換し、ジエン側鎖をアルキル化反応により導入することでトリエン6を得た(Scheme2)。トリエン6に対する分子内Diels-Alder反応は5:1のジアステレオ選択性にて進行し、再結晶により単一異性体として7を得ることが出来た。次に7のオキサゾリジノン環を開環し8を得た後、オレフィン部のエポキシ化、続くセレニドによるアリルアルコールへの変換を経た後、酸化反応に付すことでエノン10とした。エノン10に対しメチル基の導入を行った後、オゾン酸化によりトリオール12とし、12のジオール部位を脱離させることでイソプロペニル体13を得ることに成功した。13から(-)-Kainic acid(1)への変換は可能であると考えられるが、20工程以上を要する合成ルートとなるため効率的とは言い難い、そこで本ルートでの検討はここで中断した。

【合成研究(2)】新たな逆合成解析をScheme3に示す。(-)-Kainic acid(1)のピロリジン環は分子内置換反応により構築すると考え、またイソプロペニル基及び酢酸部位を終盤で導入するとし、前駆体として14を設定した。14に対し、Scheme3に示す2ヶ所を結ぶと15が考えられ、15は1,3-双極子付加環化反応を利用することでヒドロキシメチル体16より合成することを計画した。

ジエン17より誘導したヒドロキシメチル体18に対し、ニトロン19を用いたエステル交換に続く分子内1,3-双極子付加環化反応2を行った結果、目的の立体を有する20を主生成物として得ることが出来た(Scheme4)。次に、得られた20をmCPBAによる酸化条件に付したところ、ニトロン21が生成することを見出した。ニトロン21に対し、還元反応とメシル化反応を順次行うことでアミン22を得た後、オゾン分解によりエノールアセテート部位の開裂と種々官能基調整を行うことで23とした。23に対し、メタノール中メシル酸を作用させたところ、ラクトン環の開環に続く分子内求核置換反応によりピロリジン24を得ることが出来た。続いて、ピロリジン24の水酸基の除去を行った後、メシル基を脱離させることでイソプロペニル体26を得ることに成功した。しかしながら、すでに17工程を要しており、不斉合成を考慮すると更なる工程数の増加が予想され効率的合成法とは言い難い。そこで、本ルートでの合成検討もここで中止した。

【実用的合成】新たな合成戦略として、テルペン類の有するイソプロペニル基に注目し、その部分構造を(-)-kainic acid(1)合成に利用することを計画した(Scheme 5)Carvoneは、酸化的な分解により有用な中間体27へ誘導出来る。この中間体27に対し、カルボン酸α位への立体選択的なC2ユニットの導入、窒素原子の導入、及びピロリジン環構築を行うことが出来れば、(-)-kainic acid(1)の効率的合成が行えるものと考えた。

(+)-Carvoneに対し、塩基性条件下過酸化水素を作用させることでエポキシドを得た後、酸性条件にてジオール28へ変換後、過ヨウ素酸ナトリウムによる酸化的解裂反応に付すことで中間体27へ誘導した3(Scheme 6)。次に立体選択的なC2ユニット導入を行うためにコンフォメーションを固定すべく、中間体27に対しヨードラクトン化反応を行うことでラクトン29を得た。得られたラクトン29に対し、アルデヒドの酸化反応、続くクルチウス転位反応によりカーバメート30へ誘導した。ここでC2ユニットの導入を行うべく2.5等量のLHMDSを作用させた後、プロモ酢酸t-ブチルを反応させだところ、予想通りラクトンβ位置換基の反対側からアルキル化反応が進行し、立体選択的に31を得ることに成功した。なお、γ位の立体化学は選択性に全く影響を与えなかった。続いて31に対し、ヨードラクトン環の還元的な開環を行った後、ラクタム環構築を検討したところ、縮合剤としてDEPCを用いた場合いに最も良い結果を与えラクタム32へ誘導することが出来た。次にラクタムに対し、選択的なイミドの還元反応と続く酸性条件でのヘミアミナール化を行うことで33へと導いた。33に対し、シアノ化反応を行ったところ、3:1のジアステレオ選択性で目的の立体化学を有するシアノ体34が優先して得られたものの、更なる選択性の向上には至らなかった。しかしながら、続く加水分解反応にてエビ化を伴った反応が進行することを見出し、(-)-kainic acid(1)へ変換することが出来た。以上のようにして(+)-carvoneより13工程10.3%の全収率にて(-)-kainic acid(1)の全合成に成功した。

本合成法は、入手容易な比較的安価な試薬を用いており、煩雑な反応操作も要していない。また、スケール合成に適用することで100gの(+)-cavoneより14.6gの(-)-kainicacid(1)合成を達成することが出来たことより実用的な合成法であることを示すことが出来たものと考えている。

(1) Murakami, S.; Takemoto, T.; Shimizu, Z. J. Pharm. Soc. Jpn. 1953, 73, 1026. (2) Tamura, 0.; Okabe, T.; Yamaguchi, T.; Gotanda, K.; Noe, K.; Sakamoto, M. Tetrahedron 1995, 51, 107. (3) (a) Lavallee, J.-F.; Spino, C.; Ruel, R.; Hogan, K. T.; Deslongchamps, P. Can. J. Chem. 1992, 70, 1406. (b) Gonzalez, M. A.; Ghosh, S.; Rivas, F.; Fischer, D.; Theodorakis, E. A. Tetrahedron Lett. 2004, 45, 5039; (c) Mori, K.; Fukumatsu, K. Liebigs Ann. Chem. 1992, 489.

(-)-Kainic acid(1)

Scheme 1

Scheme 2

Reagents and conditions:(a)AcCl,MeOH,reflux;.(b)CICO2Et,NaHCO3,H20,rt,95%(2 steps);(c)NaBH4,CaCl2,THF-EtOH,rt;(d)K2CO3,toluene,reflux,94%(2steps);(e)NaIO4,MeOH-H20,0℃,99%;(f)CaCO3,0-Cl2C6H4,170℃,84%;(g)5-bromopenta-1,3-diene,NaH,DMF,rt,92%;(h)BHT,O-C12C6H4,160℃;recryst.,58%;(i)NaOMe,MeOH,rt,g9%;(j)TBSCl,imidazole,DMF,rt,94%;(k)OXONE,NaHCO3,acetone-H20,0℃,96%;(1)PhSeSePh,NaBH4,THF,65℃;30%H202aq。,65℃;(m)MnO2,CH2Cl2,rt,55%(2steps);(n)MeMgBr,THF,O℃,85%;(o)03,MeOH-CH2Cl2,-78℃;NaBH4,-78℃tort,93%;(p)CH(OCH3)3,PPTS,THF,rt;(q)Ac20,reflux,64%(2steps).

Scheme 3

Scheme 4

Reagents and conditions:(a)methyl crotonate,130℃;(b)LiAIH4,THF,rt;1N HCI aq.,rt,74%(2 steps);(c)TBSCI,imidazole,DMF,rt,94%;(d)LDA,Ac20,THF,-78℃,85%;(e)TBAF,AcOH,THF,rt,88%;(f)19,TiCI4,MS4A,DCE,80℃,83%(dr=4.5:1);(g)mCPBA,CH2Cl2,rt,73%;(h)Zn,sat.NH4Cl aq.,MeOH,rt,68%;(i)MsCl,Et3N,CH2Cl2,rt,94%;G)03,CH2Cl2-MeOH,-78℃;Me2s,rt;(k)TMSCHN2,.cH2cl2-MeOH,0℃;(1)NaBH3CN,AcoH,THF,rt,25%(3steps);(m)MsCl,Et3N,CH2Cl2,rt,74%;(n)MsOH,MeOH,rt,63%;(o)TCDI,CH2Cl2,rt,76%;(p)AIBN,Bu3SnH,toluene,90℃,54%;(q)Na-1,toluene,60℃;DBU,reflux,70%.

Scheme 5

Scheme 6

Reagents and conditions: (a) 30% H202 aq., 4N NaOH aq., MeOH, 0 °C, 89%; (b) c.H2SO4, THF-H20, reflux; (c) Na104, iPrOH-H20, rt; (d) I2, KI, NaHCO3, CH2C12-H20, 0 °C, 65% (3 steps); (e) NaC102, NaH2PO4・2H20, 2-methyl-2-butene, t-BuOH-THF-H20, 0 °C, 87%; (f) DPPA, Et3N, toluene, rt; 110 °C; MeOH, 75 °C, 78%; (g) LHMDS, BrCH2CO2t-Bu, THF, -78 °C, 82%; (h) Zn, AcOH, EtOH, 0 °C; (i) DEPC, Et3N, CH2C12, rt, 60% (2 steps); (j) LiA1H(Ot-Bu)3, THF, 0 °C; (k) PPTS, MeOH, 0 °C, 79% (2 steps); (1) TMSCN, BF3・Et2O, CH2C12, -60 °C; (m) NaOH, H20, reflux; recryst., 69% (2 steps).

審査要旨 要旨を表示する

(-)-Kainic acid(1)は紅藻類である海人草(Digenea Simplex)より抽出、単離された天然物である。グルタミン酸イオンチャネル型受容体に対し、選択的かつ非常に強力なアゴニスト活性を示すことが知られており、従来は回虫駆虫薬として汎用されてきたが、現在では、受容体サブタイプの分類や、てんかん、アルツハイマー病など神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されている。そのため、安定供給が望まれているが、合成法は数多く報告されているものの、量的供給を満足する方法は限られている。そこで瀧田はより確実な安定供給を目指した実用的合成法の開発を行った。

まず瀧田は、分子内Diels-Alder反応を鍵工程とした合成ルートの確立を目指した。文献法によりメチオニン(2)から5工程にて3とした後、脱離反応と続くアルキル化反応によりトリエン4を得た。4の分子内Diels-Alder反応は円滑に進行し望みの立体を有する5を主生成物として得ることが出来た。5より6工程にて誘導した6に対し、(-)-Kainic acid(1)の側鎖構築を行うべく、オゾン酸化によりトリオール7へ導いた後、ジオールの脱離反応を行うことでイソプロペニル体8を得ることが出来た。8から(-)-Kainic acid(1)の合成は可能であるが多工程となるため、より効率的/合成法の確立を目指すこととした。

次に瀧田は、分子内1,3一双極子付加環化反応を利用した合成法の開発を試みた。ジエン9より5工程にて誘導した10に対し、ニトロン11を作用させることでエステル交換反応に続く分子内1,3-双極子付加環化反応を行い(-)-Kainic acid(1)の有するすべての立体を導入した12を得た。ついで12にmCPBAを作用させたところ、ニトロン13が得られることを見出すことが出来、エノールアセテート部のオゾン酸化を含む5工程を経て'14へ誘導した。14をメタノール中にてメシル酸を作用させることでラクトン環の開環に続く分子内求核置換反応が進行しピロリジン15を得た。15の水酸基を2工程にて除去し16へ変換後、メシラートを脱離させることでイソプロペニル体17を得ることが出来た。17の脱保護を行えば(-)-Kainic acid(1)へ変換することが出来るが、収率、及び工程数の観点から効率的とは言い難い。そこで、新たな戦略を立てることにした。

続いて瀧田は、テルペン類の有するイソプロペニル基に着目し、その部分構造をそのまま(-)-Kainic acid(1)に利用した全合成経路の開発を行った。(+)-カルボン(18)より文献法を参考に正9とした後、コンフォメーションを固定化すべく、ヨードラクトン化により20を得た。ついでアルデヒドの酸化反応とクルチウス転位反応によりカーバメート22へ誘導後、C2ユニットの導入を,行うべくLHMDSを作用させた後、プロモ酢酸t-ブチルを反応させたところ、予想通りβ位置換基の反対側からアルキル化反応が進行し、立体選択的に21を得るこどに成功した。続いて21に対し、ヨードラクトン環の開環を行った後、縮合剤としてDEPCを作用させることでラクタム11へ誘導した。11より2工程にて得た24に対し、シァノ化反応を行ったところ3:1のジアステレオ選択性であったが、続く加水分解反応において、エピ化を伴った反応が進行することを見出し、(-)-Kainic acid(1)を合成することが出来た。本合成法は入手容易な比較的安価な試薬を用いており、煩雑な反応操作も要していない。また、大量合成に適用することで100gの(+)-カルボン(18)より14.6gの(-)-Kainic acid(1)合成を達成したことより実用的な合成法であることを示した。

瀧田は、(-)-kainic acid(1)の実用的な合成ルートの開発に成功し、(-)-kainic acid(1)の大量合成による確実な安定供給の道を開いたことは、薬学研究に寄与するところ大である。よって、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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