学位論文要旨



No 217735
著者(漢字) 村井,則夫
著者(英字)
著者(カナ) ムライ,ノリオ
標題(和) 新規ヒドロキシメチル化反応および1級アミノメチル化反応の開発
標題(洋)
報告番号 217735
報告番号 乙17735
学位授与日 2012.10.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第17735号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 金井,求
 東京大学 教授 内山,真伸
 東京大学 客員教授 世永,雅弘
 東京大学 准教授 松永,茂樹
 東京大学 講師 滝田,良
内容要旨 要旨を表示する

芳香族化合物のヒドロキシメチル体および1級アミノメチル体は、多くの医薬品やその候補化合物の部分構造に見られるばかりでなく、多種多様な構造変換への応用が可能であることから、医薬品合成中間体としても広く用いられている構造である。芳香族化合物のヒドロキシメチル体および1級アミノメチル体の合成法に関して、様々な手法が知られているが、以下のような課題が挙げられる。

1. 直接の原料で市販されているものが不十分なため、多段階を要する場合が多い。

2. 強い塩基性条件や還元条件の利用、あるいは合成中間体の不安定性のため、共存できる官能基や合成ルートの設定に制限がかかる。

これら難点を克服できる反応として私は鈴木-宮浦クロスカップリング反応に着目した。鈴木-宮浦クロスカップリング反応は温和な反応条件、高い基質一般性、安価かつ入手容易な原料が利用可能、商業生産にも適用可能という特長が期待できる。また、鈴木-宮浦クロスカップリング反応に用いるホウ素試薬に関しては、高い化学的安定性と反応性が期待でき、かつ試薬調製が容易なトリフルオロボレート試薬に着目し、研究を行った。

芳香族ハライドのヒドロキシメチル化反応は幾つか知られているが、n-ブチルリチウムなど強い塩基性条件による基質の制限や、スズ試薬や一酸化炭素を使用することによる毒性の懸念、多段階を要する点などの課題を有している。これら課題を改善できる方法として、私はアシルオキシメチルトリフルオロボレート試薬を用いて、基質一般性が高く、効率的な芳香族ハライドの直接的ヒドロキシメチル化反応の開発を試みた。この際、既知のアシルオキシメチルトリフルオロボレート試薬の中から、反応系内で速やかに加水分解され得るアセトキシメチルトリフルオロボレート試薬に着目した。

ポタシウムアセトキシメチルトリフルオロボレート試薬の調製においては、無機塩との分離の際に用いる溶媒の変更など精製過程を工夫することにより、過去の報告と比較して収率を向上させることに成功した。次に、2-クロロナフタレンをモデル基質とし、反応条件の最適化検討を行った結果、パラジウム触媒にビスベンジリデンアセトンパラジウム、配位子にRu-phos、塩基として炭酸ナトリウム、溶媒としてジオキサン/水 (10/1) を用い、加熱還流反応を行うことで、触媒量を5 mol%まで減らしても良好な収率で目的のヒドロキシメチル体が得られることが明らかとなった。

この最適条件を、様々な芳香族ハライド類に適用したところ、高い基質一般性および良好な収率で目的とする芳香族ヒドロキシメチル体を得ることに成功した。

また、ハライド選択性の検討としてクロリドとトリフラートをもつ基質に対してヒドロキシメチル化を行ったところ、触媒量とボレートの当量を調整することにより、トリフラートのみヒドロキシメチル化された化合物を65%、クロリドとトリフラートの両方がヒドロキシメチル化された化合物を73%の収率で得ることができた。さらに、反応性の低い芳香族メシラート、トシラートに対するヒドロキシメチル化反応もマイクロウェーブ反応装置を用いることで、良好な収率で目的の芳香族ヒドロキシメチル体を得ることに成功した。

鈴木-宮浦クロスカップリング反応を用いた芳香族ハライドの1 級アミノメチル化反応に関して、我々およびMolander らによる保護された1 級アミノメチル化反応がいくつか報告されている。しかしながら、1 級アミノメチル体を得るには脱保護の過程を必要とし、基質一般性に関しても改善の余地があった。これまで、直接的に芳香族ハライドから対応する1級アミノメチル体を得る反応に関しては、我々がフタルイミドメチルトリフルオロボレートとヒドラジンを用いる報告をしているが、低収率から中程度の収率に留まっており、さらに効果的な手法が望まれていた。私はヒドロキシメチル化反応で得た知見をもとに、高い基質一般性かつ好収率を特長とする芳香族ハライドの直接的1 級アミノメチル化反応の開発を行った。

ソジウムフタルイミドメチルトリフルオロボレート試薬の調製においては、無機塩との分離の際に用いる溶媒の変更など精製過程を工夫することで、過去の報告と比べて収率を向上させることができた。4-クロロ-3-メチルアニソールと2-ブロモ-5-メトキシトルエンを基質とした反応条件検討の結果、加える塩基の当量により、N-(アリールメチル)フタラミン酸が生成することを見出した。トリフルオロボレート1.2 当量に対して3 当量以上の塩基を用いることで、N-(アリールメチル)フタラミン酸を良好な収率で得ることができた。また、芳香族クロリドと芳香族ブロミドで最適なパラジウム原料が異なることも見出し、前者では酢酸パラジウム、後者ではビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウムが最適であることを明らかとした。

この反応で得られる、N-(アリールメチル)フタラミン酸も芳香族アミノメチル体同様、様々な生理活性物質の部分構造に見られる骨格であり、過去に芳香族ハライドからN-(アリールメチル)フタラミン酸への合成報告がないことから、N-(アリールメチル)フタラミン酸の合成法の開発と、N-(アリールメチル)フタラミン酸を経るone-pot アミノメチル化反応の開発という二つのコンセプトで研究を行った。

まず、得られた最適条件を、様々な芳香族ハライド類に適用したところ、42-90%収率で目的とするN-(アリールメチル) フタラミン酸を得ることができた。

次に、N-(アリールメチル) フタラミン酸のone-pot 脱アミド化反応を詳細に検討した。脱アミド化剤としてエチレンジアミンを用、1-プロパノール共溶媒下、塩基として炭酸ナトリウムを用いることで、良好な収率で目的の脱アミド体が得られることが明らかとなった。また、エチレンジアミンによる脱アミド化反応に関しては、分子内に存在するカルボン酸が脱アミド化反応を促進することも分かった。

これまでに得た最適条件を用いて、様々な芳香族ハライド類のone-pot アミノメチル化反応を行ったところ、57-91%収率で高い官能基認容性かつ良好な収率で目的とする芳香族1級アミノメチル体を得ることに成功した。エステル基を持つ基質においても、one-pot 反応では目的物が得られなかったが、反応を段階的に行うことで、エステル基を保持しながら良好な収率で目的の芳香族アミノメチル体が得られた。次に、芳香族メシラート、トシラートのone-pot アミノメチル化反応を試みたところ、電子吸引性置換基を有する基質においては、35-45%の収率であったが、その他の基質においては、70-85%の収率で目的物を得ることができた 。

最後に、one-pot アミノメチル化反応とN-(アリールメチル)フタラミン酸の合成を用いた生理活性物質への応用研究として、Na チャンネルブロッカー5 の合成に適用した。

市販の2-ブロモスルホンアミド1 を出発原料とし、カップリング反応で得たビアリールクロリド2 に対して、ソジウムフタルイミドメチルトリフルオロボレートを用いた鈴木-宮浦クロスカップリング反応で、N-(アリールメチル) フタラミン酸3 とした。この化合物と、別途one-pot アミノメチル化反応で合成したビチオフェン4 との縮合反応により、目的のNa チャンネルブロッカー5 を既存の8-9 工程と比べて短工程で得ることに成功した。

以上私は、ポタシウムアセトキシメチルトリフルオロボレート試薬を用い、芳香族ハライド類の直接的ヒドロキシメチル化反応の開発に成功した。また、ソジウムフタルイミドメチルトリフルオロボレート試薬を用いた、芳香族ハライド類のone-pot での1 級アミノメチル化反応の開発に成功した。さらに、芳香族ハライドからの直接的N-(アリールメチル) フタラミン酸の合成法も確立した。

審査要旨 要旨を表示する

芳香族化合物のヒドロキシメチル体および1級アミノメチル体は、多くの医薬品やその候補化合物の部分構造に見られるばかりでなく、多種多様な構造変換への応用が可能であることから、医薬品合成中間体としても広く用いられている構造である。その合成法は様々な手法が知られているが、強い塩基性条件や還元条件の利用、あるいは合成中間体の不安定性のため、共存できる官能基や合成ルートの設定に制限がかかる点や、直接の原料で市販されているものが不十分なため多段階を要する点など多くの課題を有していた。

そこで村井はこれらの難点を克服できる反応として、温和な反応条件、高い基質一般性、安価かつ入手容易な原料が利用可能という定評のある鈴木一宮浦クロスカップリング反応に着目し、カップリング試薬として、調製が容易かっ高い化学的安定性と反応性が期待できるトリフルオロボレートに着目して研究を行った。

芳香族ハライドのヒドロキシメチル体への変換反応は幾つか知られているが、η一ブチルリチウムなど強い塩基性条件による基質の制限や、スズ試薬や一酸化炭素を使用することによる毒性の懸念、多段階を要する点などの課題を有している。これらの課題を改善できる方法として、村井は反応系内で速やかに加水分解され得るカリウムアセトキシメチルトリフルオロボレート試薬に着目し、基質一般性が高く、効率的な芳香族ハライドの直接的ヒドロキシメチル化反応の開発を試みた。初期検討で得た最適条件を、様々な芳香族ハライドやビニルハライド類に適用したところ、高い基質一般性および良好な収率で目的とする芳香族ヒドロキシメチル体を得ることに成功した。さらに、反応性の低い芳香族メシラート、トシラートに対するヒドロキシメチル化反応も検討したところ、マイクロウェーブ反応装置を用いることで、良好な収率で目的の芳香族ヒドロキシメチル体を得ることに成功した。

一方、鈴木-宮浦クロスカップリング反応を用いた芳香族ハライドの1級アミノメチル化反応に関しては、保護された1級アミノメチル化反応がいくつか報告されているが、1級アミノメチル体を得るには脱保護の過程を必要とし、基質一般性に関しても改善の余地があった。これらの課題を改善するため、村井はナトリウムフタルイミドメチルトリフルオロボレート試薬を用い、高い基質一般性かつ好収率を特長とする芳香族ハライドの直接的1級アミノメチル化反応の開発を試みた。鈴木一宮浦クロスカップリング反応の条件検討をした結果、加える塩基の当量により、N-(アリールメチル)フタラミン酸が良好な収率で生成することを新たに見出した。また、芳香族クロリドと芳香族プロミドで最適なパラジウム原料が異なることも見出し、前者では酢酸パラジウム、後者ではビス(ジベンジリデンアセトン)パラジウムが最適であることを明らかにした。この反応で得られる、N-(アリールメチル)フタラミン酸も芳香族アミノメチル体同様、様々な生理活性物質の部分構造に見られる骨格であり、過去に芳香族ハライドからN-(アリールメチル)フタラミン酸への合成報告がないことから、N-(アリールメチル)フタラミン酸の合成法の開発と、革(アリールメチル)フタラミン酸を経由するone-potアミノメチル化反応の開発という二つのコンセプトで研究を行った。

まず、得られた最適条件を、様々な芳香族ハライド類に適用したところ、42-90%収率で目的とするN-(アリールメチル)フタラミン酸を得ることができた。

次に村井はN-(アリールメチル)フタラミン酸のone-pot脱アミド化反応を詳細に検討した。脱アミド化剤としてエチレンジアミンを用い、1一プロパノール共溶媒下、塩基として炭酸ナトリウムを用いることで、、良好な収率で目的の脱アミド体が得られることが明らかとなった。また、エチレンジアミンによる脱アミド化反応に関しては、分子内に存在するカルボン酸が脱アミド化反応を促進することも分かった。これまでに得た最適条件を用いて、様々な芳香族ハライド、メシラート、トシラート類のone-potアミノメチル化反応を行ったところ、35-91%の収率で目的とする芳香族1級アミノメチル体を得ることに成功した。

最後に、one-potアミノメチル化反応とN-(アリールメチル)フタラミン酸の合成を用いた生理活性物質への応用研究として、Naチャンネルブロッカーの合成に適用し、N-(アリールメチル)フタラミン酸の合成と、one-p6tアミノメチル化反応を組み合わせるごとで、、既存工程の短工程化に成功レた。

以上、村井はカリウムアセトキシメチルトリフルオロボレート試薬を用い、芳香族ハライド類の直接的ヒドロキシメチル化反応の開発に成功し、ナトリウムフタルイミドメチルトリフルオロボレート試薬を用いた、芳香族ハライド類のone-potでの1級アミノメチル化反応の開発にも成功した。ざらに、芳香族ハライドからの直接的N-(アリールメチル)フタラミン酸の合成法も確立した。両合成法は基質一般性に優れ、様々な置換基変換を余儀なくされる創薬研究において幅広く応用できると考えられ、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

UTokyo Repositoryリンク