学位論文要旨



No 217739
著者(漢字) 岡本,大
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,マサル
標題(和) 高強度材料を用いた鉄道コンクリート構造の性能照査法
標題(洋)
報告番号 217739
報告番号 乙17739
学位授与日 2012.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17739号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 講師 長山,智則
 長岡技術科学大学 教授 丸山,久一
内容要旨 要旨を表示する

鉄筋コンクリート(以下,RC)構造は,経済性,耐久性,維持管理性等に優れていることや,騒音・振動が少ないこと等から,鉄道構造物に多く用いられてきている.しかし最近では,耐久性に優れていると考えられているRC構造物の早期劣化がしばしば社会問題となっている.また,兵庫県南部地震以降,より高い安全性を実現するために,耐震設計において考慮される地震動レベルが大きくなっており,RC構造物においては耐震上必要な鉄筋量が多くなる傾向にある.鉄筋量の増加は,組立等における施工性の低下やコンクリート充填性の低下に繋がる可能性があることから,これらへの対応が迫られている.

このような要求に対応した上で,鉄道コンクリート構造物を構築するための手段の一つに高強度材料の適用が考えられる.すなわち,水セメント比の小さい高強度コンクリートを用いることで,構造物の耐久性や各部材の耐荷性状を高めることが可能となることや,高強度鉄筋を使用することにより,少ない鉄筋量で普通強度鉄筋を用いた部材と同等以上の耐荷性状を得ることを期待するものである.

高強度材料を鉄道構造物に適用するためには,高強度材料を使用したRC部材の材料,構造特性について検討を行い,具体的な設計法を提案する必要がある.そこで,本研究では,高強度材料を使用したRC部材の基本的な構造特性として曲げ・せん断耐荷性状,曲げ変形性能,曲げひび割れ性状,および高強度鉄筋の疲労強度について検討を行い,それらについて評価方法を提案することを目的とした.

一方,鉄道RC構造物は,主に「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」(以下,鉄道RC標準)に基づいて設計される.平成16年に改訂された鉄道RC標準は性能照査型設計法を採用しており,設計者の自由度を広げ,最新の技術の導入等が可能となる体系とすることが目標とされた.そして冒頭に述べたような背景もあり,新技術として,鉄筋およびコンクリートの材料強度の適用範囲を高強度領域へ拡大することが主要な改訂方針の一つとして挙げられた.鉄道RC標準では,構造物に対して安全性,使用性,復旧性の3つの要求性能を設定し,それぞれの要求性能に対して構造物が限界状態に至らないことを照査することとしている.本研究で得られた成果は,それぞれの要求性能に対応させる形で鉄道RC標準に反映することとした.

本研究では,以下に示すコンクリートの圧縮強度および鉄筋の規格を主な検討対象とした.

・圧縮強度の特性値が約50~100N/mm2のコンクリート.

・引張降伏強度の規格値が490N/mm2 (SD490),685N/mm2 (SD685),785N/mm2 (SD785),1275N/mm2(SD1275)の鉄筋

本論文は全6章で構成されている.

第1章「序論」では,鉄道構造物に高強度材料を適用することの背景と必要性を説明するとともに,本研究の目的を述べた.

第2章「高強度材料を適用したRC部材の耐力評価」では,高強度コンクリートおよび高強度鉄筋を使用したRC部材のせん断耐力および曲げ耐力の評価方法について示した.

せん断耐力については,せん断スパン比a/d(a:せん断スパン,d:有効高さ)が2.0を上回るせん断引張破壊を生じる棒部材を検討対象とし,せん断耐力算定法について実験的に検討した.なお,せん断耐力の算定方法は,コンクリートにより負担されるせん断力Vcとトラス理論により負担されるせん断力Vsとの累加方式とし,Vcはせん断補強鉄筋のない梁の載荷実験,Vsはせん断補強鉄筋を有する梁の載荷実験を基に考察を加えた.

高強度コンクリートを用いたせん断補強鉄筋のない梁のせん断耐力は,コンクリートの圧縮強度の増加割合に比して引張強度の増加割合が小さいことや,せん断ひび割れ面の骨材が割裂破壊を生じること等から頭打ち傾向を示すため,何らかの制限が必要とされている.本研究では,RCラーメン高架橋の上層梁を1/2スケールにモデル化した圧縮鉄筋を有する試験体を用いて,斜めひび割れ強度fvcの上限値について検討を行った.その結果,圧縮鉄筋を有する場合でも,2002年制定の土木学会示方書と同様に,fvc≦0.72 N/mm2という上限値を設けることでVcが妥当に評価できることを示した.

せん断補強鉄筋を有する梁については,せん断補強鉄筋を高強度化すると降伏に至るまでの伸びが大きくなり,斜めひび割れ幅が過大になる.そのためコンクリートに発生する斜め圧縮応力が斜めひび割れを横切ることが困難となり,載荷点近傍の圧縮縁コンクリートが破壊を生ずるとともに斜めひび割れが圧縮縁に貫通しやすくなる.その結果,せん断補強鉄筋の降伏に先立って斜めひび割れが圧縮縁に貫通し,荷重低下を生じてしまう.このようなことから,せん断補強鉄筋の降伏を仮定する現行のせん断耐力の算定法においては,せん断補強鉄筋の降伏強度に何らかの上限値を設定することが必要である.本研究では,前述のような破壊メカニズムを考慮し,せん断補強鉄筋の降伏強度fwyの制限値をコンクリートの圧縮強度の関数として表すこととして検討を行った.その結果,fwy≦25 f'cとすることで,計算値は実験値を妥当に評価できることが明らかとなった.

また,曲げ耐力については,コンクリート強度の影響をコンクリートの終局ひずみの値に考慮したコンクリートの応力‐ひずみ曲線を用い,ファイバーモデルを用いた断面計算により,精度よく算定できることを示した.

第3章「高強度材料を適用したRC部材の変形性能評価」では,高強度材料を用いたRC部材の変形性能算定法について示した.

高強度材料を用いたRC柱の変形性能の評価は,定変位3回繰返しの静的正負交番載荷実験に基づいて行った.まず,縮小モデルの試験体の載荷実験の結果を基に,「鉄道構造物等設計標準・同解説(耐震設計)」(以下,鉄道耐震標準)に示される,普通強度材料を用いたRC部材を対象とした変形性能算定式を,高強度材料を用いたRC部材に拡張した.さらに,普通強度のRC部材を対象とした変形性能算定式は,実大サイズの試験体を用いた交番載荷試験結果を基に提案されたものであることから,実設計へ適用に際しては,実大試験体における適用性を確認する必要があると考えた.そこで,実大試験体による交番載荷試験を実施し,変形性能算定式の適用性について追加検討を行った.その結果,高強度材料を用いたRC部材の変形性能は,普通強度材料を対象とした算定式において,帯鉄筋強度,軸方向鉄筋強度が変形性能に及ぼす影響としてSD345の鉄筋を基準とした係数k(=fy/345,fy,軸方向鉄筋,あるいはせん断補強鉄筋の降伏強度の規格値)を各鉄筋比に乗ずることにより評価可能であることを示した.ただし,本研究ではコンクリート圧縮強度が変形性能に及ぼす影響について定量的な評価を行うまでには至らず,今後の検討課題と考える.

第4章「コンクリート~鉄筋間の付着特性が曲げひび割れ性状に及ぼす影響」では,高強度コンクリートを用いた場合の曲げひび割れ幅算定方法について示した.

まず,コンクリートの圧縮強度とブリーディング量が,RC部材の鉄筋とコンクリート間の付着およびひび割れ性状に及ぼす影響を,一軸引張試験によって検討した.次に,これまでの高強度コンクリートのひび割れ性状に関する研究データは一軸引張試験によるものが多いことから,ラーメン高架橋上層梁の1/2スケールの梁の単純曲げ試験により,曲げひび割れ幅算定式の適用性を再検証した.

ひび割れ後のコンクリートの平均応力σ(c,ave),すなわち,ひび割れ間のコンクリートの付着による鉄筋応力の減少効果については,実測の平均的な値は,普通強度コンクリートに関する既往の研究と同様にコンクリート引張強度σ(ct)の関数σ(c,ave)=0.4σ(ct)で表されることを示した.また,圧縮強度が小さくノンブリーディングとなっていない自己充填コンクリートの場合には,付着による鉄筋応力の減少効果は普通コンクリートと同等と見なすのが妥当と考えられる事を示した.

そして,高強度コンクリートを用いたRC梁の曲げひび割れ幅は,実設計で対象とするような0.4mm以下のひび割れ幅の範囲では,2002年の土木学会示方書に示されるコンクリートの圧縮強度の影響を考慮した係数を用いることより,妥当に評価できることを示した.

第5章「高強度鉄筋の疲労強度」では,軸方向鉄筋への適用が可能とされているSD685の鉄筋について,現状では研究データのない200万回を超える繰返しに対する疲労特性について実験的に検討し,疲労強度算定式を示した.なお,SD490の鉄筋については検討事例があるものの試験データ数が少ないことから,併せて2×106回以上の高サイクル繰り返し疲労試験を実施した.

試験結果より,SD490,SD685の鉄筋については,200万回以上の繰り返し回数に対しては, S-N線の勾配を普通強度鋼材と同一のk=0.06とした場合でも安全側に評価できることを示した.

第6章「結論」では,各章毎に得られた成果を学術的結論としてまとめるとともに,本研究の設計実務への貢献として鉄道RC標準へ反映した内容,および実構造物への主な適用事例について示し,本研究の結論とした.

審査要旨 要旨を表示する

予測と制御が困難な巨大自然災害から速やかに交通機能を復旧・回復させることは、相互に強く関連している現代の都市と国土の維持・保全において喫緊の課題である。直下型及び海溝型巨大地震に対する鉄道施設の耐震設計基準類も、過去15年にわたって継続的に改定され、構造物の機能は格段に向上してきた。

一方、これを実現するために、鉄筋量が大幅に増える結果となっている。特に部材接合部分近傍の配筋と施工が困難となっており、施工品質の低下すら招きかねない状況にある。コンクリートと鉄筋の高強度化は、設計における要求性能を満足させつつ構造部材の体積と重量の軽減を図ることが期待でき、施工品質の向上と構造機能の確保を同時に満たす手段として有効である。この際に、高強度材料を用いた部材と構造の安全性、使用性、対疲労抵抗性,地震後の復旧・修復性を定量的に数値化することが不可欠となる。本研究は鉄道高架橋を主たる対象とし、実験的手法に基づいて既往の性能と品質の評価技術の適用範囲を拡張し、コンクリート及び異形鉄筋の高強度化に対応可能な、鉄道構造性能照査法を与えたものである。

第一章は序論であり、本研究の背景と目的を述べている。今日、問題となっている施工現場における過密配筋と施工品質、早期劣化に対する対策と維持管理コストの増加について概括している。80MPaまでの高強度コンクリートと1200MPaに至る異形鉄筋を有効活用する方策と、それを実現するための設計施工基準類の改訂のポイントについて論じている。

第二章では,高強度材料を使用した鉄筋コンクリート部材の曲げ及びせん断耐力の算定法を定式化している。高強度鉄筋をせん断補強鋼材として使用すると、鋼材降伏に至る前に早期に部材がせん断破壊に至るため、既往の設計方法では耐力を危険側に評価する。これに対して、コンクリートも同時に高強度化することで、高強度鉄筋を鋼材降伏強度まで有効利用できることを実験的に示した。さらに全降伏を確保するための両材料の強度要件を導いている。これらの系統的な実験をもとに、鉄道高架構造を形成する耐震部材の諸元に対して、せん断耐力評価式を導いている。

第三章では、柱部材の地震時変形性能の評価方法を高度化する目的で、高強度鉄筋をせん断補強に適用した部材の交番載荷実験を系統的に実施している。地震時の多数回繰り返しを念頭に置き、交番繰り返しによる履歴劣化を考慮している。大歪領域に至った後に現れる曲げモーメント軟化を考慮したテトラリニアモデルを採用し、従来の変形性能算定方法を高強度材料が適用可能なように、再構築している。実大の構造部材を用いて変形性能の検証を行っており、寸法効果も取り入れた上での照査が機能することを検証している。

第四章では,鉄道高架構造の梁部材の主鉄筋量の決定要因であるひび割れ幅算定方法について、総合的な検討を行っている。部材断面が比較的大きな鉄筋コンクリート鉄道部材の配筋詳細を考慮した部材実験を実施し、ひび割れ間隔とひび割れ幅を詳細に計測している。この結果から、土木学会コンクリート標準示方書によるひび割れ幅算定式が鉄道構造にも、十分適用可能であることを示している。

第五章では、鉄道高架構造の上部梁及びスラブ部材の主鉄筋量に関連する、高強度異形鉄筋の疲労特性を検討している。普通強度の異形鉄筋の疲労強度と比較して、ほぼ同程度の強度特性を保持していることを示し、200万回以上の疲労繰り返し作用に対しては、従来の設計強度式よりも高い疲労強度を設定できることを示している。

第六章は結論であって、本研究で得られた高強度部材の性能照査法によって実際に設計施工された構造を取りまとめ、実社会において経済性と施工性の向上が追求できたことを提示している。

本研究は、既往の鉄筋コンクリート性能照査設計法の適用範囲を拡張したものであり、成果の一部は現行の鉄道構造設計標準にも取り入れられている。2011年の東北大震災では、新たな設計基準によって設計施工された鉄道高架橋の被害は極めて軽微であり、鉄道構造システムの早期復旧の核となった。安全性、使用性、耐久性、耐震性のそれぞれに関わる技術項目全てを評価検証して既往の設計技術を統合的に進展させたものであり、実務における貢献度が高い。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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