学位論文要旨



No 217740
著者(漢字) 矢野,智昭
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,トモアキ
標題(和) 球面電磁モータの構造に関する研究
標題(洋)
報告番号 217740
報告番号 乙17740
学位授与日 2012.10.18
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17740号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 佐々木,健
 東京大学 教授 堀,洋一
 東京大学 准教授 森田,剛
 東京大学 准教授 山本,晃生
内容要旨 要旨を表示する

入力されたエネルギーを物理的運動に変換する機械要素であるアクチュエータは、蒸気機関、油圧の時代を経てモータ全盛の時代になった。ヒューマノイドロボットから自動車にいたるまで、「ものを動かし、操る」ほとんどの機械にはモータが組み込まれている。その個数は、大型モータが日本国内だけで毎年1000万台弱、OA機器などの小型モータが50億台強生産されている。工作機械をはじめとする機械システムの自由度は増加の一途をたどり、それに比例して1個の機械システムに使用されるモータの個数も増加している。高級乗用車は1台で100台以上のモータを使用している。機械システムに使用されるモータはほとんどが回転の1自由度であり、一般的に、機械システムには自由度と同じ数のモータが組み込まれる。

一方、人間の関節、たとえば肩関節は横方向、前後方向、さらには腕の回転の、回転中心が同一で3自由度の動き、すなわち球面3自由度の動きを行うことができる。1台で人間の肩関節のように球面3自由度、もしくは球面2自由度の動きが可能なモータを球面モータと呼ぶ。球面モータが実用化すれば、多くの自由度を有するロボットなどの多自由度機械システムに使用するモータの個数が減る。したがって、球面モータを使用することにより、1自由度モータを使用したときと比較して、多自由度機械システムを少ない部品で構成でき、小型・軽量化が図れ、制御が高速化できると期待されている。

さまざまな駆動原理および構造の球面モータが提案されている。しかし、球面モータで実用化されたものはまだない。今までに提案された多くの球面モータは特定の軸回りの特性が良く、駆動する軸の方向がその軸から外れるほど特性が劣化する。このような状況をふまえ、本研究では駆動原理を電磁モータにしぼって、球面モータの構造を提案する。特に、今までの研究で実現できていない、特性が球対称になる球面モータの構造を提案する。

第1章では、アクチュエータをいくつかの切り口で分類・整理する。次に球面モータの研究状況を示す。最後に本論文の構成を示す。

第2章では、はじめにロータの姿勢表現に使用する基底の取り替え行列を示す。基底の取り替え行列を用いることにより、ロータ座標系、ステータ座標系、回転磁界座標系など、原点が同一で姿勢が異なる座標系で表現された位置ベクトルを他の座標系における表現に変換することが容易になる。

次に、1軸モータのうち誘導モータ、同期モータ、ACサーボモータ、ステッピングモータの構造と駆動原理を、ステータ座標系、ロータ座標系、および回転磁界座標系を用いて3次元空間で記述する。この記述により1軸モータの駆動原理を3次元空間に拡張することが容易になる。球面モータに応用可能な支持・案内機構およびセンサシステムの調査結果を示す。

第3章では、基本的に1軸モータを組み合わせた球面モータの構造と駆動原理を提案する。次に球面モータをレーザ追尾距離測定装置のミラー駆動部に組み込んで性能を評価し、球面モータを用いることにより装置の性能を維持して小型化を達成できる可能性を示す。

はじめに、1軸駆動ユニットを入れ子構造にした3自由度球面ステッピングモータを試作し、マイクロステップ駆動によりセンサなしで位置決めが行えることを示す。

次に、球面モータの小型化の可能性を示す目的で、1軸駆動ユニットを入れ子構造にした2自由度小型球面ステッピングモータおよび2自由度小型球面ACサーボモータの構造を提案する。小型球面ステッピングモータは小型球面ACサーボモータと比較して保持トルクと位置決め精度で優れているが最高速度で劣っていることを示す。

入れ子構造の球面モータはロータの姿勢により最大保持トルクが異なり、特性が球対称にならない。そこで、入れ子構造ではない2自由度球面ACサーボモータの構造を提案する。球形ロータ上で90degずつの角度をなす4点を中心とする同心円上にN極とS極が隣り合わせになるように永久磁石を配置し、ステータ上で90degずつの角度をなす4点にそれぞれ3組の電機子巻線を配置すると球面ACサーボモータの断面の構造が1軸ACサーボモータと同じになる。したがって、1軸ACサーボモータの駆動装置を2組用いれば球面ACサーボモータを2軸回りに駆動できる。試作した2自由度球面ACサーボモータは、各軸回りに±32degの可動範囲を有し、センサフィードバック制御により軌道制御誤差0.7deg、繰り返し位置決め精度0.00348deg、最大速度90deg/sec、最大出力トルク0.69Nmになることを示す。

基本的に1軸モータを組み合わせた球面モータは1軸モータの構造を基本に設計を行え、1軸モータの支持・案内機構、センサ、および制御装置を用いることができる。したがって1軸モータと同水準の位置決め精度を達成することができる。入れ子構造ではない球面モータは2軸回りの構造が球対称になり、各軸回りの特性を等しくすることができる。いっぽう、構造的に3自由度にすることができない、原理的に可動範囲が制限を受けるなどの制約がある。

次に、複数台の1軸モータを球面モータに置き換える効果を調べる目的で、球面モータをレーザ追尾距離測定装置のミラー駆動部に組み込む。球面ステッピングモータを組み込んだレーザ追尾距離測定装置1号機および球面ACサーボモータを組み込んだ2号機を試作する。1号機および2号機の体積はそれぞれ1軸モータを組み合わせたレーザ追尾距離測定装置の半分および1/6になった。それぞれの距離測定誤差は1μm以下である。これは1軸モータを組み合わせたレーザ追尾距離測定装置と同じ水準の測定誤差であり、球面モータを用いることにより装置の性能を維持して小型化を達成できる可能性を示している。

第4章では、回転磁界の回転面を傾けて駆動する球面モータの構造を提案する。

はじめに1軸誘導モータの駆動原理を3次元空間に拡張し、球面誘導モータの構造と駆動原理を提案する。球面誘導モータの出力トルクが1軸誘導モータと同様に回転磁界の強さの自乗と回転角速度、およびロータの断面積の自乗に比例し、すべりとトルクの関係も1軸誘導モータと同じになることを計算で示す。3つの電機子巻線に流す正弦波電流の振幅と位相差を制御すれば回転磁界の回転軸を任意の方向に向けることができることを計算で示す。試作した球面誘導モータの実験結果から、回転磁界の回転軸の方向が理論と一致することを示す。

次に1軸同期モータの駆動原理を3次元空間に拡張し、球面同期モータの構造と駆動原理を提案する。永久磁石をN極とS極が外側を向くように1組配置したロータには、ロータの回転軸を回転磁界の回転軸に一致させる方向のトルクが働くことを理論で示す。これは、回転磁界の回転軸の方向を変えてロータの回転軸の方向を制御できることを示している。球面同期モータを試作し、ロータが同期速度で回転すること、およびロータの回転軸を傾ける制御が可能なことを示す。回転磁界の方向と永久磁石の磁化方向のなす角度が等しい時に、ロータの回転軸を回転磁界の回転軸に一致させる方向に働くトルクとロータを回転させるトルクが等しいことを理論と実験結果で示す。

ロータに永久磁石をN極とS極が外側を向くように1組配置した球面同期モータは、回転磁界を静止させるとロータのN極とS極を結ぶ軸回りの外乱に対して復元力を発生できない。したがってロータを静止保持することができない。この問題を解決する目的で、多面体にもとづく球面モータの構造を提案する。多面体にもとづく球面モータは、ロータに内接する多面体の頂点の位置に永久磁石を、ステータに内接する多面体の頂点の位置に電機子巻線を配置する。ロータとステータに内接する多面体の向かい合う面の関係は1軸同期モータと同じであり、1軸同期モータの制御装置でロータを面の中心軸周りに回転させることができる。向かい合う面の組み合わせを切り替えることにより、多面体の任意の面の軸回りにロータを回転させることができる。電機子巻線に流す正弦波電流の振幅と位相差を制御して回転磁界の回転軸の方向を変えればロータの回転軸の方向を制御できる。

次に、ロータに適した多面体とステータに適した多面体の組み合わせを調査する。候補となる組み合わせに必要な条件を満たす多面体の組み合わせが11種類存在することを示す。さらに、ロータに内接する多面体の頂点および等分点の位置に永久磁石を、ステータに内接する多面体の頂点および等分点の位置に電機子巻線を配置すると多面体の組み合わせの選択肢が大幅に増えることを示す。

ロータに内接する正六面体の頂点に永久磁石をN極とS極が交互に外向きになるように配置し、ステータに内接する正八面体の頂点および辺の中点に電機子巻線を配置した球面モータを試作し、異なる軸回りの出力トルクのグラフが同じになることを示す。これは、提案する球面モータの特性が球対称になることを示している。シミュレーションにより垂直軸回りの任意の位置にロータを静止保持できる可能性を示す。

最後に、ロータに内接する切頂八面体の頂点に永久磁石をN極とS極が交互に外向きになるように配置し、ステータに内接する正十二面体の頂点および辺の中点に電機子巻線を配置した球面モータのモデルを作成してロータを垂直軸回りに回転するシミュレーション実験を行い、正六面体と正八面体にもとづく球面モータと比較して出力トルクは小さくなるがトルク変動が減少して安定した駆動が可能なことを示す。

第5章では,本論文の結論と展望を述べる。

本論文では1軸モータの駆動原理を3次元空間に拡張して、球面ステッピングモータ、球面ACサーボモータ、球面誘導モータ、および球面同期モータの構造と駆動原理を提案した。多面体にもとづく球面モータはロータを任意の姿勢に位置決めでき、その特性が球対称になることを理論的に示し、実験で部分的ではあるが理論が正しいことを示した。今後、詳細な実験を行い、これらの理論を実証していく必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「球面電磁モータの構造に関する研究」と題し,従来の電磁モータの構造と駆動原理を3次元空間に拡張した,新しい構造の球面電磁モータに関する一連の研究内容とその成果を纏めたものである.

本文は以下に示す5章で構成されている.

第1章「緒論」では, 研究の背景と目的について述べている.まず,アクチュエータを分類し,超音波振動,磁気吸引力,ローレンツ力などを用いた球面モータの研究の現状について述べている. そして,その多くの球面電磁モータが特定の軸回り以外での軸回りの性能が劣化していることを示した. そして,各軸回りの特性が等しくなる球面電磁モータの実現を研究目的とすることを述べている.

第2章「ロータの姿勢表現と1軸モータの駆動原理,支持機構とセンサ」では,ロータの姿勢表現に基底の取り替え行列を用いることにより,球面電磁モータの駆動力の表現が容易になることを導いている.また,球面モータの構成に必要な支持・案内機構およびセンサシステムの現状について述べている.

第3章「基本的に1軸モータを組み合わせた球面モータ」では,基本的に1軸モータを単純に組み合わせた形の球面モータについての研究を紹介している.まず,1軸のステッピングモータおよび1軸のACサーボモータを入れ子状に組み合わせた球面モータの構造のものを試作している. そして,これらの球面モータはロータの可動範囲に制約があること,3自由度化が難しいことを示している.この形式の球面モータをレーザ追尾距離測定装置のミラー駆動部に組み込み,その性能を評価し,小型化に有効であることを実証した.

第4章「回転磁界の回転面を傾けて駆動する球面モータ」では,回転磁界の回転面を任意に傾けて駆動する球面モータの構造を提案している.まず,1軸誘導モータの駆動原理を3次元空間に拡張し,球面誘導モータの構造と駆動原理を提案している.そして,3つの電機子巻線に流す正弦波電流の振幅と位相差を制御することにより,回転磁界の回転面を任意の方向に傾けることができることを理論的に明らかにしている. これらの考えに基づく球面誘導モータを試作し,その性能を確認している.

次に,1軸同期モータの駆動原理を3次元空間に拡張した球面同期モータの構造と駆動原理を提案し,永久磁石をN極とS極が外側を向くように1組配置したロータには,ロータの回転軸を回転磁界の回転軸に一致させる方向のトルクが働く,すなわち回転磁界の回転面を傾けるとロータの回転面を傾けることができることを理論と実験で示している. この着想に基づく球面同期モータを試作し,ロータが同期速度で回転すること,およびロータの回転軸を傾ける制御が可能なことを実験により明らかにしている.

次に,ロータを任意姿勢に静止保持することができる構造として,多面体にもとづく球面モータの構造と制御方法を提案している.多面体にもとづく球面モータは,ロータに内接する多面体の頂点の位置に永久磁石,ステータに内接する多面体の頂点の位置に電機子巻線を配置するものである.こうすることにより,1軸同期モータの制御装置を流用して,多面体の任意の面の軸回りにロータを回転させることができ,電機子巻線に流す正弦波電流の振幅と位相差を制御すれば回転磁界の回転面を傾けてロータの回転面を傾ける制御も行える. 多面体にもとづく球面モータのロータに適した多面体とステータに適した多面体の組み合わせを検討し,必要な条件を満たす多面体の組み合わせが11種類存在することを明らかにした. さらに,ロータに内接する多面体の頂点および等分点の位置に永久磁石を,ステータに内接する多面体の頂点および等分点の位置に電機子巻線を配置するようにすると,両方の多面体の組み合わせの選択肢が大幅に増えることを導いている.

これらの理論的検討に基づき,その代表的な例とし,ロータに内接する正六面体の頂点に永久磁石をN極とS極が交互に外向きになるように配置し,ステータに内接する正八面体の頂点および辺の中点に電機子巻線を配置した球面モータを試作した. そして,その静トルク特性が球対称になることを実証し,垂直軸回りの任意の位置にロータを静止保持できる可能性を示す実験結果を得ている.

さらに,ロータに内接する切頂八面体の頂点に永久磁石をN極とS極が交互に外向きになるように配置し,ステータに内接する正十二面体の頂点および辺の中点に電機子巻線を配置した球面モータのモデルを試作した. 先の正六面体と正八面体にもとづく球面モータと比較して出力トルクは小さくなるが,トルク変動が減少して安定した駆動が可能なことを明らかにしている.

第5章「結論」では,論文を総括するとともに,球面モータの開発で,解決すべき今後の技術課題を具体的に述べている.

このように,本研究は,従来の1次元回転の電磁モータの構造と駆動原理を3次元空間に拡張した球面電磁モータを提案し,その構造と制御理論の構築に関して詳細な検討結果と知見を纏めたものである. この中で,球面電磁モータを多面体の組み合わせにもとづく構造にするという斬新な手法によりその特性が回転軸方向に依存しない球面電磁モータの設計手法を提案し,その有効性を実証した成果は特筆すべきものである. 本論文の研究成果は,精密工学,メカトロニクス,電気工学等の学問分野の発展に貢献するものであり,将来の工業的利用への期待も大きいと言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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