学位論文要旨



No 217742
著者(漢字) 北畠,尚子
著者(英字)
著者(カナ) キタバタケ,ナオコ
標題(和) 北西太平洋における台風の温帯低気圧化に関する研究
標題(洋) A Study on the Extratropical Transition of Tropical Cyclones in the Western North Pacific
報告番号 217742
報告番号 乙17742
学位授与日 2012.10.22
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第17742号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高薮,縁
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 安田,一郎
 東京大学 教授 中村,尚
 東京大学 教授 佐藤,正樹
内容要旨 要旨を表示する

台風は熱帯・亜熱帯の海上で発生した後、北上して中緯度に達すると、温帯低気圧に変わることがある。これを温帯低気圧化(温低化)と呼ぶ。成熟期の典型的な台風がその中心近傍に強風と強雨を伴うのに対して、温低化過程にある台風は、暴風域が拡大したり、強雨域が前線帯に沿って広がるなど、特有の特徴を持つことがある。このため、温低化を解明することは、気象学的に興味深い課題であるだけでなく、防災上も重要な課題である。

台風(熱帯低気圧)の温低化は、南北の太平洋、北大西洋、南インド洋で起きることが報告されている。温低化の多くは海上でデータの少ない領域で起こることから、現業気象機関では主に衛星画像を用いて解析を行っている。このためある程度の主観的な解釈や判定が避けられない。一方、数値モデルプロダクトを用いて温低化を客観的に判定する手法も近年提案されている。しかし客観的手法を用いた温低化の過程や多様性の研究はほとんど行われていない。

日本は熱帯低気圧の発生が地球上で最も多い北西太平洋の中緯度に位置し、温低化過程にある台風の影響をしばしば受ける。さらに、陸上には高密度の現業観測網を持つ。このため、日本は温低化の研究に最適と考えられる。実際、日本では台風に伴う強風や強雨に多様性があることが経験的に広く知られている。この多様性は温低化期の台風の構造変化にも関連すると考えられる。

本論文では、1979年から2004年までの26年間の北西太平洋の台風について、客観的な基準と数値モデルプロダクトを用いて解析を行い、温低化の気候学的特徴と類型化、温低化に対する環境場の影響、日本に影響する台風の構造や季節性など、台風の温低化の包括的な特徴を解明した。

最初に、北西太平洋の温低化の気候学的特徴を調べた。解析は、1979年から2004年までの26年間について、水平解像度1.25°×1.25°の再解析データセット(JRA-25)と、ジオポテンシャル高度分布に基づく低気圧位相空間(CPS)による温低化の基準を用いて行った。JRA-25データセットには暖気核構造を表現するためのボーガスと呼ばれる人為的な渦が台風に対して挿入されるが、温低化完了したすべての台風の48%はボーガス挿入の打ち切りより前に寒気核構造に変化していた。この結果はJRA-25データセットを温低化の気候学的研究に使用することが適切であるということを裏付ける。この期間に発生した687個の台風のうち、274個(40%)が温低化完了した。温低化完了する台風の割合は、6-8月は30%程度だが9月・10月は60%近くに上った。また秋には、中心気圧960hPa以下の強度を保ったまま温低化完了する台風もあった。9月中旬以降に日本に上陸した台風の多くは温低化過程にある台風の構造である熱的非対称・暖気核構造を持っていた。温低化の季節変化を生じさせる要因の一つとして、大気環境場の傾圧安定性の差異が指摘される。

次に、北西太平洋の温低化事例の類型化を行った。温低化する台風の構造変化に多様性があることは、過去50年の日本における研究によって指摘されていたが、これは地上天気図の主観的前線解析によるものであった。本論文では、温低化過程の台風について925hPa相当温位場における前線パターンの変化を客観的に解析した。これらの温低化事例を分類するにあたっては、温帯低気圧の中心と暖域の温度差を表すパラメータΔθe (MAX-TC) として、温低化完了時の925hPa面での低気圧中心から5度以内の相当温位極大と低気圧中心の相当温位との差を定義して、Δθe (MAX-TC) = 1 K と 7 Kを閾値として3つの型に分類した。これらはΔθe (MAX-TC) の値で上位25%と下位25%にほぼ相当する。F1型(Δθe (MAX-TC) ≥ 7 K)の温低化事例は1979年から2004年までの26年間に52回あり、台風は比較的高緯度の寒気内に北上して温低化完了するのが特徴である。F1型温低化の前線パターンは典型的には暖気核隔離や閉塞のパターンに変化する。F3型(Δθe (MAX-TC) < 1 K)の温低化事例は54回あり、台風は中緯度の前線帯に吸収されるように見える。F1型とF3型の中間のF2型(106事例)は、波動状の前線パターンを持つ温帯低気圧に変化する。F1型温低化は7月~10月及び高緯度で相対的に多く起こる。F3型温低化は4月、6月、11月と低緯度で相対的に多い。コンポジット解析では、F1型~F3型とも、温低化初期に寒冷前線強化に先だって台風中心東側に温暖前線が発生した。F1型台風が上層短波長トラフの前面を北上して上層偏西風ジェットの下で温低化完了したのに対して、F3型台風は蛇行の小さい上層偏西風ジェットの南側で温低化完了した。上層トラフと台風の相互作用、及びそれによって生じた台風の変形が、温低化パターンの差異を生じさせたと考えられる。

第三に、日本本土南部に上陸した台風の構造とその環境について、台風中心周辺の地上風分布と関連して調査を行った。日本に影響する台風に伴う強い地上風は典型的には進路右側で観測されるが、左側の広い範囲でも観測される場合がある。このような特異な風分布が生じる条件を明らかにすることは、災害防止と軽減のために重要である。1979年から2004年に日本に上陸した70個の台風については、中心から半径200km以内のAMeDASによる地上風観測によるクラスター解析で5つの型(C1-C5)に分類されており、それぞれが特徴的な構造を持ちまた特徴的な環境場で生じている。ここではこのうち左右両側で強風を伴うC4型に着目する。晩秋に発現の多いC4型台風は、CPS上では熱的非対称性の強い暖気核構造で、典型的には水平スケールの大きい台風が温低化の進んだ段階の構造である。そしてコンポジット解析では下層の水平温度傾度が大きく、その特異な左側の強風は寒気内で起こることがわかった。

以上のように、本研究では、客観解析データを用いた客観的な解析手法により、北西太平洋の温低化の気候学的特徴を明らかにした。また温低化過程にある台風に伴う下層の前線の類型化を行い、環境場の流れとの関係を明らかにした。さらに、日本本土南部に上陸した台風について、災害に直接関係する地上風パターンに関連して、台風の構造と大気環境場の関係を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は7章からなる。1979年から2004年までの26年間の北西太平洋の台風の温帯低気圧化(温低化)について、客観的定義による解析を行い、気候学的特徴と類型化、温低化に対する環境場の影響、日本に影響する台風の構造や季節性など、台風の温低化の包括的な特徴を統計的に解明した。

第1章のイントロダクションでは、世界の台風の温低化に関する先行研究レビューと北西太平洋における台風の温低化研究の背景と意義を論説した。台風は北上して中緯度に達すると温帯低気圧に変わることがあり、これを台風の温低化と呼ぶ。成熟期の典型的な台風は中心近傍に強風と強雨を伴うが、温低化過程にある台風は、暴風域や強雨域の拡大を伴うことがあり、温低化の科学的解明は、気象学のみならず、防災上も重要な課題であると指摘した。

台風の温低化は、南北太平洋、北大西洋、南インド洋などの観測データの少ない海上で多く、現業気象機関では、衛星画像を利用したある程度主観的な解析を行う。近年には数値プロダクトを用いた温低化の客観的判定手法も提案されているが、それに基づく温低化の過程や多様性の研究はほとんど行われていない。一方日本は熱帯低気圧の発生が地球上で最も多い北西太平洋の中緯度に位置し、温低化の影響を頻繁に受ける。陸上には高密度の現業観測網を持つ。日本域は温低化の研究に最適なフィールドの一つであると指摘した。

第2章では、利用データと台風の温低化の定義の説明およびその妥当性の検討を行った。

第3章では、26年間のデータを用い、北西太平洋の温低化の気候学的特徴を統計的に調べた。解析期間に発生した687個の台風のうち、274個(40%)が温低化を完了した。温低化を完了する台風の割合は、6-8月は30%程度だが9月・10月は60%近くに上った。9月中旬以降に日本に上陸した台風の多くは温低化過程にあったなど、多くの客観的定量化をした。また、温低化の季節変化を生じさせる要因の一つとして、大気環境場の傾圧安定性の差異を指摘した。

第4章では、北西太平洋で温低化する台風の構造変化の多様性について類型化した。先行研究は、地上天気図の前線解析による主観的分類であった。本論文では、温低化完了時の925hPa面で温帯低気圧の中心と距離5度以内での最暖域の温度差Δθe (MAX-TC)を利用し、温低化を客観的に3つの型に分類した。

F1型(Δθe (MAX-TC) ≥ 7 K)の温低化事例は26年間に52回(25%)あり、台風は比較的高緯度の寒気内に北上して温低化を完了する特徴をもつ。前線パターンは典型的には暖気核隔離や閉塞のパターンに変化する。F3型(Δθe (MAX-TC) < 1 K)の温低化事例は54回(25%)あり、台風は中緯度の前線帯に吸収されていく特徴をもつ。中間のF2型(106事例:50%)は、波動状の前線パターンを持つ温帯低気圧に変化する。F1型は7月~10月及び高緯度で相対的に多く起こり、台風が上層短波長トラフの前面を北上して上層偏西風ジェットの下で温低化を完了する。F3型は4月、6月、11月と低緯度で相対的に多く、蛇行の小さい上層偏西風ジェットの南側で温低化完了する。このように上層トラフと台風の相互作用、及びそれによる台風の変形が温低化パターンの差異を生じさせることを指摘した。

第5章では、日本本土南部に上陸した台風の構造とその環境について、台風中心周辺の地上風分布を解析した。日本域の台風に伴う強い地上風は、進路右側で観測されることが多いが、左側の広い範囲でも観測される場合がある。AMeDAS地上風観測を用いた先行研究(本論文著者を含む)のクラスター解析で上陸台風は5つの型(C1-C5)に分類された。本研究では、特にC4型が晩秋に多く、左右両側で強風を伴う特異な構造をもつことを指摘した。その熱的非対称性の強い暖気核構造は、典型的には水平スケールの大きい台風の温低化の進んだ段階での特徴であった。特異な左側の強風は、下層の強い水平温度傾度の寒気内で起こる。このような条件を明らかにしたことは、防災上も重要な貢献である。

以上、本研究では、数値気象データを用いた客観的な解析手法により、北西太平洋の温低化の気候学的特徴を明らかにした。また温低化過程にある台風に伴う下層の前線の類型化を行い、環境場の流れとの関係を明らかにした。さらに、日本本土南部に上陸した台風について、災害に直接関係する地上風パターンをもたらす台風の構造と大気環境場の関係を明らかにした。これらの科学的解明は、気象学にとって大変重要な貢献である。

なお、本論文第5章は、藤部文昭氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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