学位論文要旨



No 217743
著者(漢字) 吉川,啓輔
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,ケイスケ
標題(和) 特異な環状構造を有する生物活性天然物の合成研究
標題(洋)
報告番号 217743
報告番号 乙17743
学位授与日 2012.11.02
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第17743号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,秀典
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 教授 東原,和成
 東京大学 准教授 作田,庄平
 東京大学 准教授 石神,健
内容要旨 要旨を表示する

今回、著者は第一部において環状香料化合物について二章に渡り論じる。第一章においてはフレグランス素材として有用な大環状ムスク化合物類の新規合成法およびそれに関連した新規化合物の香気特性について、第二章ではフレーバー素材として有用なδ -ラクトン類、特にマソイアラクトンの新規合成法の開発について論じる。第二部においては、植物全般に広く含有されており、鉄のキレーターとして植物にとって有用なニコチアナミン類に関して二章に渡り論じる。第一章ではニコチアナミンのジアステレオマー混合物の簡便合成法の開発について、第二章ではそば中に含まれているニコチアナミン類縁体の合成による構造決定について述べる。

第一部、第一章では閉環メタセシス反応を鍵反応とする、光学活性ムスコン1、光学活性5,6-デヒドロムスコン31、光学活性ムスコライド22の合成法を確立した。また、5,6-デヒドロムスコン31については、光学活性体間、幾何異性体間での香気比較を行い、(3R,5Z)-体が最も香気良好であることを明らかにした。

第一部、第二章では光学活性δ-ラクトン類の製造法について述べた。β-位に不斉点を持つ光学活性なシクロペンタノン105とγ-ブロモクロトン酸エチル92から得られるReformatsky反応物106とアルデヒド62によるアリル転移反応によって総工程2~3工程で光学活性δ-ラクトンが得られる方法を確立した。

また、ジケテンとアルデヒドとの不斉アルドール反応においては、これまで脂肪族アルデヒドでは、選択性が低いことが知られていたが、α,β-不飽和アルデヒドを用いることで選択性が高くなることを見出した。すなわちBINOL-チタン複合体にtrans-2-ヘキセナール118を配位させた後に、ジケテン109を滴下することにより、アルドール付加物129が得られた。ケトンを還元後、ラクトン化、脱水を経てマソイアラクトン61が鏡像体純度81% eeで得られることを見出した。

第二部、第一章では、アルカリ性の不良土壌の改善に効果が期待できるニコチアナミンについて、ラセミジアステレオマー混合物の工業的な製法確立をめざし検討を行った。下記スキームによって加水分解前駆体175a、207を合成することができた。本方法では精製方法にクロマトグラフィーを必要とする工程が3~5工程であり、その他の工程は粗精製物で次の工程に用いうるか、蒸留による精製を選択できる。このような点から工業化に当たっての有利な点は大きい。しかしながら最終工程や収率・コスト面などまだまだ検討すべき課題は残っている。一方、Nishizawaらのグループからニコチアナミン合成遺伝子を組み込んだ酵母が作出された。この酵母を用いることで比較的容易に光学活性ニコチアナミンの大量合成が可能になることが期待されている。

第二部、第二章では、そばから見出されたACE阻害活性を有するヒドロキシニコチアナミンの構造確認と絶対立体配置の決定を目的に合成を行い水酸基に関する両ジアステレオマーの合成に成功した。

これらの1H-NMRスペクトルならびに比旋光度を比較することにより、天然物の構造を(2S, 3'S, 2"S, 3"S)-ヒドロキシニコチアナミンと決定することができた。

審査要旨 要旨を表示する

生物活性天然物に関し研究し有効活用することは、人類の豊かな生活の実現につながっている。こうした化合物には医農薬をはじめ香料など様々なものが含まれるが、その構造内に環状構造を有しているものも数多く存在する。本論文は特異な環状構造を有する生物活性天然物の合成研究に関するもので二部より構成される。

第一部は二章より構成され、環状香料化合物の合成研究に関して述べられている。

第一章では、フレグランス素材として有用な大環状ムスク化合物類の新規合成法と、それに関連した新規化合物の香気特性について論じている。光学活性ムスコン、光学活性5,6-デヒドロムスコン、光学活性ムスコライドに関して、閉環メタセシス反応を鍵反応とした合成法を確立している。さらに5,6-デヒドロムスコンについては、光学活性体間、幾何異性体間での香気比較を行い、(3R,5Z)-体が最も良好な香気を有することを明らかにした。

第二章では、フレーバー素材として有用なδ-ラクトン類、特にマソイアラクトンに関する二種類の新規合成法の開発について論じている。まず、β-位に不斉点を持つ光学活性なシクロペンタノンとγ-ブロモクロトン酸エチルのReformatsky反応と、続くアルデヒドとのアリル転移反応によって短工程で光学活性δ-ラクトンが得られる方法を確立した。一方、BINOL-チタン複合体にtrans-2-ヘキセナールを配位させた後に、ジケテンの滴下により光学活性なアルドール付加体を合成し、還元、ラクトン化、脱水を経てマソイアラクトンを高い鏡像体純度で得ることにも成功しており、工業化にも適用可能な合成法を確立している。本法をデヒドロマソイアラクトン類の合成にも応用しており、二重結合の位置やEZ異性体間の香気評価も行った。天然の香料資源の枯渇は大きな問題であることから、香料産業に不可欠なこれらの化合物群の合成法確立は、解決策の糸口になると考えられる。

第二部は二章より構成され、ニコチアナミンとその類縁体の合成研究に関して述べられている。

第一章では、鉄のキレーターであり、アルカリ性不良土壌の改善に効果が期待されるニコチアナミンの工業的合成法の開発について論じている。ニコチアナミンのラセミジアステレオマー混合物を標的化合物として合成研究を行い、Strecker反応を鍵反応とした新たな合成法の開発に成功した。工業化に向けて改善すべき点は若干あるが、クロマトグラフィーによる精製工程が少ないなど有利な点は多い。

第二章では、そば中に含まれACE阻害活性を有するヒドロキシニコチアナミンの構造確認と絶対立体配置の決定について論じている。そばは血圧降下作用を示すことが知られているが、本化合物はその一成分であると考えられている。水酸基の置換位置が2"-位と推定されていたことに基づき、2"-OHに関する両ジアステレオマーを、チオエステルの脱硫と還元的アミノ化を鍵反応として合成した。これらの1H-NMRスペクトルならびに比旋光度を比較することにより、天然物の構造を(2S, 3'S, 2"S, 3"S)-2"-ヒドロキシニコチアナミンと決定することに成功した。さらにジアステレオマー間のACE阻害活性を評価し、天然型がより高い活性を有することも明らかにした。

以上本論文は、香料として重要な大環状ムスク化合物類やδ-ラクトン類、鉄キレーターであるニコチアナミン、ACE阻害剤であるヒドロキシニコチアナミンの立体選択的合成に関するもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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