学位論文要旨



No 217744
著者(漢字) 原田,光男
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ミツオ
標題(和) LNG地下タンク躯体の耐荷機構と地盤との相互作用を考慮した3次元動的非線形FEM解析による耐震性能照査
標題(洋)
報告番号 217744
報告番号 乙17744
学位授与日 2012.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17744号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 教授 堀,宗朗
 東京大学 准教授 長井,宏平
 東京工業大学 教授 林,静雄
 埼玉大学 准教授 牧,剛史
内容要旨 要旨を表示する

研究で対象とするLNG地下タンク躯体は,危険物であるLNGを貯蔵する設備であり,特に高い耐震性能が求められる構造物である.

耐震性能の照査で対象とするレベル2地震動は極めて稀であるが,非常に強い地震動を定めるものであって,終局変位に至らない範囲で構造物が損傷を受けることを考慮し,その損傷過程にまで立ち入って,構造物の性能を照査することが求められる地震動である.

筆者は,このような強い地震動に対して,高い耐震性能が求められるLNG地下タンク躯体の安全性を確保するには,躯体の持つ変形性能(エネルギー吸収能)を活用することが合理的であると考えている.

LNG地下タンク躯体の持つ変形性能を活用し,合理的な耐震性能照査を実現するためには,載荷経路に依存したLNG地下タンク躯体の損傷程度や変形量を必要な精度で評価することが求められるが,それには,地震の作用に対するLNG地下タンク躯体の耐荷機構に対する理解と,その非線形な挙動を予測できる解析手法が必要である.また,地震の作用を極力実際に近いかたちで考慮し,実現象を直接評価するには,地盤との相互作用を考慮した3次元動的非線形FEM解析を適用することが必要である.

本研究の目的は,LNG地下タンク躯体を対象に,地盤-LNG地下タンク躯体連成3次元動的非線形FEM解析を用いた耐震性能の照査方法を実用化するとともに,この方法を適用して実機LNG地下タンク躯体の耐震性能を照査し,その性能レベルについて検討することである.

本研究で対象とする解析手法は以下の通りとする.

・COM3:東京大学コンクリート研究室が開発したRC構造物の3次元非線形FEM解析コード.RC要素や地盤要素の履歴依存型非線形構成則を装備

・RCモデル:岡村・前川モデル(tension stiffening,ひび割れたコンクリートのモデル,鉄筋のモデル,etc.)

・地盤モデル:大崎モデル

・地盤と構造物の相互作用:すべり・剥離を考慮した接合要素

・運動方程式の解法:Newmarkの 法による時間積分,Newton-Raphsonによる収束計算

・入力地震動:地震動の多方向性を考慮して,水平2方向によるレベル2地震動入力

研究では,実機LNG地下タンク躯体の縮小模型実験に基づいて,地震時におけるタンク躯体の耐荷機構を明らかにし,その変形性能を定量的に把握した.次に,3次元材料非線形FEM解析により実験をシミュレーション解析し,解析手法の適用性を評価するとともに,解析的に変形性能を評価する指標とその限界値を検討した.

更に,実機LNG地下タンク躯体を対象に地盤-LNG地下タンク躯体連成3次元動的非線形FEM解析に用いるモデルを構築し,既往の地震観測記録をシミュレーション解析することで,地盤と構造物のモデル化や地震応答解析手法の適用性を評価した.

最後に,構築した3次元モデルに水平2方向からレベル2地震動を入力し,実機LNG地下タンク躯体の耐震性能を照査し,その結果を考察した.

-縮小模型実験で明らかとなった地震時のLNG地下タンク躯体の耐荷機構-

地震時に周辺地盤の変位や変形の影響を受けてLNG地下タンク躯体がせん断変形すると,載荷側のフランジ面では面外の曲げモーメントが,変位方向と平行するウェブ面では面内せん断力が作用するが,面内力が面外力に比べて卓越するため,躯体全体の耐荷機構は主に面内力が卓越するウェブ面の耐荷機構に支配される.この試験体は鉄筋比が0.8%と比較的小さいため,コンクリートの圧縮破壊に対して鉄筋の降伏が先行し,鉄筋降伏以降も耐力が低下することなく変形性能が期待できることが明らかとなった.ここで,面内力を受けるウェブ面の耐荷機構は,鉄筋による引張抵抗機構と,ひび割れたコンクリートが伝達する圧縮抵抗機構の組み合せで構成されるものである.

躯体と底版がPC鋼棒により結合されているこの試験体は,最終的にはウェブ中腹部に主圧縮ひずみの局所化領域を形成し,圧縮抵抗機構が消失することで,鉄筋による引張抵抗機構も失われ破壊に至った.破壊は,最大耐力以降比較的早い段階で生じた.

載荷にともなうLNG地下タンク躯体の剛性低下は,斜めひびわれの発生から鉄筋の降伏までの範囲で著しく,鉄筋降伏時の残存剛性率は30%,最大耐力点以降では10%以下となった.2方向載荷による先行損傷の影響は剛性の低下として現れたほか,同一荷重時の変位が若干大きくなる方向に作用した.

-3次元材料非線形FEM解析の適用性とLNG地下タンク躯体の耐震性能を解析的に評価する照査項目とその限界値-

COM3による実験のシミュレーション解析結果は,最大耐力までの範囲において,正負交番1方向載荷試験から得られた荷重-層間変形角関係を精度良く再現できている.さらに,3方向にひび割れが入り剛性が低下する正負交番2方向載荷試験の荷重-層間変形角関係も良好に再現することができた.

解析では荷重-層間変形角関係の再現性が最大耐力までの範囲であること,実験では最大耐力以降比較的早い段階で破壊が生じたことなどから,解析でLNG地下タンク躯体の変形性能照査を行う場合,安全側に,最大耐力時の層間変形角を終局変位とする必要がある.

解析的にLNG地下タンク躯体の変形性能を評価する指標として,コンクリートの圧縮抵抗機構がタンク躯体の耐荷機構に大きな影響を与えることから,コンクリートが圧縮されることで生じる損傷度をもって,構造全体の損傷を代表させることとし,主圧縮ひずみをその指標とした.

要素の主圧縮ひずみの最大応答値がコンクリートの圧縮強度に達するひずみε'(peak) の2倍となる変位は,最大耐力時の変位に良く一致し,主圧縮ひずみの最大応答値を指標とし,その限界値を2ε'(peak) とすることで,載荷経路に依存する構造物の終局変位を直接評価できることを明らかとした.

-地盤との相互作用を考慮した3次元動的非線形FEM解析を用いて行ったLNG地下タンク躯体の耐震性能照査結果-

1992年2月2日に発生した東京湾を震源とする地震(M5.7)の観測記録に基づいて,地盤と構造物のモデル化や地震応答解析手法の適用性について評価した.その結果,LNG地下タンク躯体周辺地盤,タンク躯体頂部,タンク底版中央などの加速度応答時刻歴について,解析結果は観測記録をほぼ再現できることを確認した.

次に,F地点で想定されるレベル2地震動に対して,地盤-LNG地下タンク躯体連成3次元動的非線形FEM解析によって,実機LNG地下タンク躯体の耐震性能照査を行った.その結果,遠方自由地盤におけるせん断ひずみはレベル2地震動の入力レベルに対応した大きさであるのに対し,タンク躯体の層間変形角は小さく,LNG地下タンク躯体には鉄筋コンクリートが塑性化するようなひずみが発生しないことが明らかとなった.これは,レベル2地震動のような強い地震動に対して,LNG地下タンク躯体が十分に安全であることを示すものであるが,一方で,更なる合理化の余地があることを示している.

今回,地盤との相互作用や,系を構成する材料の履歴に依存する非線形特性を考慮した3次元動的非線形FEM解析を実用化し,LNG地下タンク躯体の耐震性能をその損傷過程にまで立ち入って評価することにより,レベル2地震動のような強い地震動に対するLNG地下タンク躯体の真の耐震性能を初めて明らかにすることができた.

この手法を用いることで,地震時の耐荷性能はもとより,地震後の残留変形量や残留ひずみ(残留ひび割れ幅)など,LNG地下タンク躯体の損傷程度を評価することが可能となり,地震後の耐荷性能や止水性能を判断するうえで必須不可欠な情報を直接得ることができるようになった.

審査要旨 要旨を表示する

極低温の液化天然ガス(LNG)の貯蔵施設は、輸入・輸送ルートとエネルギー消費地との関係から、主として日本の大都市臨海部に立地している。そのため、地震と津波に対して高い耐性を有する地下式タンクが首都圏近傍において専ら採用されており、大型化による規模の経済効果も見込まれている。断熱材と鋼製ライナー全体を支持し、かつ地盤や貯留物からの荷重を直接受ける鉄筋コンクリート躯体には、レベル2 地震動のような強地震動に対しても、十分な変形性能とエネルギー吸収能を付与することが求められる。建設には大規模な地盤掘削が伴うため、地上式タンクと比較して建設費が高くなる。国際競争力を獲得する上でも、設計施工の合理化が特に求められる。終局に至るまでのLNG 地下タンク躯体の耐荷機構と、地盤との相互作用のもとに、終局限界状態を超えた状況での挙動を予測・評価することが設計段階で必要となるのは、以上の理由にもよる。

本研究はLNG鉄筋コンクリート地下タンク躯体を対象とし、性能設計体系のもとで、地盤-躯体の連成動的3次元非線形応答解析を用いた耐震性照査法の開発を行ったものである。論文は以下の章から構成されている。

第一章は序論であり、本研究の目的と背景を述べている。地下式LNG貯留施設の基本構成と、鉄筋コンクリート躯体に求められる設計要件を明確にするとともに、基本および詳細設計の変遷と現在の耐震設計体系を整理している。同時に、地震時安全性と地震以後の復旧性の確保には、3次元的な広がりを有する領域での地盤と躯体との非線形相互作用を設計に直接、取り入れることが極めて有効であることを示している。

第二章では実機の鉄筋コンクリート地下式タンクの諸元を基に、円筒形縮小鉄筋コンクリート模型を用いた交番載荷実験を行い、鋼材降伏時の限界状態と最大耐力以後の変形特性について検討を行っている。交番繰返し荷重下の復元力特性の推移と履歴依存性、最大耐力以後のコンクリートの圧縮軟化領域の広がりと残存剛性率から、シェル構造部材であっても降伏以後の靱性を、周辺地盤以上に確保することが可能であることを示している。この結果は、地震荷重を直接負担するために配置される鉄筋の量を減少させて建設コストを下げながらも耐震性能を向上させることが、地中において可能であることを示すものである。

第三章では、多方向非直交ひび割れを有する鉄筋コンクリート要素モデルを用いた非線形三次元解析の適用性を、第二章で実施した模型実験を用いて検証している。交番繰返しせん断力に対する復元力特性、特にひび割れ交差に伴う復元力と靱性に現れる履歴依存性が再現可能であることを明らかにしている。さらに、構造体として最大耐力が発揮される時点での局所ひずみ分布の実測から、多方向ひび割れを有する有限領域における主圧縮ひずみを指標に用いれば、終局限界状態における安全側の判定が可能であることを明らかにした。これは、荷重方向が変化すると、その履歴の影響を受けて構造体としての靱性率も見かけ上、変化していく事実にも対応できるため、汎用性が高い。最大耐力以後に徐々に失われていく残存保有耐力も、圧縮軟化領域を適切に評価すれば、予測することが可能であることを示している。

第四章では、第三章で検討した躯体非線形挙動と周辺地盤の非線形性の相互作用に視点をあてて、地盤―躯体系に対する数値解析の適用性について検討を行っている。現存するLNG地下タンク群の過去の地震時応答計測結果と本研究で開発した照査システムとの比較から、地盤応答と構造躯体応答は概略、適合することを確認している。さらに巨大地震に対する実機タンクの応答推定値と、予想される構造躯体の損傷評価を行った。最大耐力よりもタンク自体のせん断靱性を高めることが、総合的に高い復旧性と地震時安全性を地中において実現する上で有効であることを明示している。

第五章は結論であって、実験・解析両面からの検討を踏まえ、地盤との相互作用を考慮可能な動的三次元非線形応答解析に基づく耐震性能設計法の利点を述べている。同時に、実務への適用にあたっての留意事項について工学的観点から取りまとめ、今後の技術展開の方向について論じている。

本研究は、実機LNG 地下タンク躯体の耐震設計に当該技術を適用し、高い耐震性と経済性の両者を満たす合理的な設計が可能となることを明らかにし、世界最大規模の地下式タンクの基本設計と実現に大きく寄与した。これらは、現存する実機地下タンク群の地震時挙動記録と縮小躯体実験の両者から検証を得ており、本研究の成果は当該構造物の設計基準類に既に反映されている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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