学位論文要旨



No 217745
著者(漢字) 井上,智博
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,チヒロ
標題(和) 液体微粒化機構の解明と噴霧特性の制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 217745
報告番号 乙17745
学位授与日 2012.11.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17745号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡辺,紀徳
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 准教授 寺本,進
 東京大学 准教授 姫野,武洋
内容要旨 要旨を表示する

液体表面積の飛躍的増加をもたらす微粒化は,気液界面を通じた熱や物質の移動を格段に促進できる.こうした優れた特徴を生かして,噴霧燃焼における燃料微粒化をはじめ,液体原料から顆粒体を作る噴霧造粒や噴霧冷却など,微粒化は工業,製薬,農業など広範な分野で重要な役割を果たしている.しかしながら,本質的に多重の時間・空間スケールを内包する微粒化の機構には未解明な点が多いため,噴霧特性を予測することは困難であり,また,現象を自在に制御し,望ましい噴霧を得ることは今なお容易ではない.今後,さらなる応用分野の拡大が見込まれる微粒化技術を向上するにあたって,現象の基礎的知見を蓄積するとともに,噴霧特性を精度良くかつ速やかに予測することがますます重要になると考えられる.

打上げロケットあるいは人工衛星用エンジンにおいては,定格作動はもちろん部分負荷作動においても良好な推進薬微粒化を達成することで,エンジンの安定作動領域を拡大し,ひいてはより自在性の高い宇宙輸送システムを構築することが期待されている.具体的に,推進薬噴射装置として頻繁に利用される二液衝突微粒化方式において,エンジンの定格作動時には,良好な微粒化が達成され速やかな燃焼を実現できるのに対して,始動過渡やパルス作動開始・停止等の部分負荷作動時には微粒化の悪化を避けられず,比推力が極端に低下する場合がある.

以上の背景を鑑みるに,微粒化の基礎的理解,そして噴霧特性の予測および制御技術に関して,それぞれに課題を見つけることができる.そこで本論文では,広く液体微粒化を対象とし,工学的応用事例として宇宙機エンジンンにおける二液衝突微粒化を念頭に置きながら,以下の3つの課題に取組んだ.

(1)現象理解の深化:微粒化機構に関する基礎的かつ普遍的知見を獲得するために,液膜内部流れを分析し,液膜不安定化機構を明らかにする.

(2)噴霧特性の予測:流れの理解に基づき,実験定数を必要としない,新しい理論的な噴霧粒径予測手法を定式化する.

(3)微粒化の促進 :低速噴射時に微粒化特性が悪化する,衝突微粒化の本質的欠点を克服すべく,二液衝突点に微量の高速気流を吹付ける新規的な微粒化促進方法を提示する.

まず,課題(1)について,対向する二液の衝突によって,図1(a)に示す円盤状自由液膜を形成することで,複雑な微粒化を軸対称二次元の現象に帰結した.流体数値解析を実施し,液面形状と液膜内部流れを同時に把握することにより(図1(b)),ノズル内部で発達した噴射速度分布に起因して液膜内部に形成された速度変曲点の存在が,液膜安定性に強く影響することを明示した.

次に,課題(2)について,巨視的観点から現象を捉えることで,微粒化のエネルギー保存則を定式化した.微粒化とは,表面張力を介した,系の全エンタルピーから液体の表面自由エネルギーおよびラプラス圧へのエネルギー変換過程であるという認識に立つことで,系内の全エンタルピー減少量が分かれば粒径を計算できることを示し,実験定数を用いることなく,体表面積平均粒径のオーダーを瞬時に予測可能な理論式を初めて導出するに至った.対応する粒径計測実験との比較を通じて,提案した粒径推算法の妥当性を検証した.

最後に,課題(3)について,低速噴射時に噴霧特性が悪化するという衝突微粒化の本質的欠点を克服すべく,二液衝突点に微量の高速気流を吹付ける方法を提案した.その結果,図2に示すように,質量流量比1%(気体/液体)の微量の気体噴射を付加することで,気体噴射を行わない場合に比べて,体表面積平均粒径が約1/10に小さくなるなど,著しい微粒化促進効果を実証した.あわせて,流れ場の分析を行い,気体噴射時の衝突微粒化現象は,衝突点における気液動圧比によって整理できることを示した上で,気液動圧比が約2のときに,最も効率的に微粒化を促進できることを明らかにした.

以上のように,本論文では微粒化機構に関する基礎的知見を蓄積するとともに,工学的に有用な噴霧粒径推算法を新規に提示している.また,衝突微粒化促進方法を独自に提案し,その顕著な効果を実証している.これら微粒化の理解と予測,制御に関して獲得された知見は,宇宙工学をはじめ,広く産業界に貢献するところが大きいと考えられる.

Fig.1 Atomization of axisymmetric liquid sheet(Weber number: WeL=3000)

Fig.2 Enhancement of liquid sheet atomization by gas injection(WeL=500, Liquid injection velocity: VL~6m/s)

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)井上 智博 提出の論文は,「液体微粒化機構の解明と噴霧特性の制御に関する研究」と題し,7章から構成される。

液体表面積の飛躍的増加をもたらす微粒化は,気液界面を通じた熱や物質の移動を格段に促進できることから,広範な分野で重要な役割を果たしている。しかしながら,本質的に多重の時間・空間スケールを内包する微粒化現象には未解明な点が多いため,噴霧特性を予測することは難しく,また,現象を自在に制御し望ましい噴霧を得ることは今なお容易ではない。今後さらに微粒化技術を向上させるにあたって,現象の基礎的知見を蓄積することで,噴霧特性を精度良くかつ速やかに予測することが強く求められている。

打上げロケットあるいは人工衛星用エンジンにおいては,定格作動はもちろん部分負荷作動においても良好な推進薬微粒化を達成することが重要である。推進薬噴射装置として頻繁に利用される二液衝突微粒化を例に挙げると,エンジンの定格作動時には,良好な微粒化が達成され速やかな燃焼を実現できるのに対して,始動過渡やパルス作動開始・停止等の部分負荷作動時には粗大液滴の生成を避けられず,比推力が極端に低下する場合がある。そのため,効果的な微粒化促進技術を採用することが期待されている。

以上の背景を俯瞰すると,微粒化の現象理解,そして噴霧特性の予測と制御に関して,それぞれに課題を見つけることができる。これらの現状の課題を認識し,本論文は,宇宙機エンジンにおける二液衝突微粒化を想定して,基礎的観点から微粒化機構の理解を深化させるとともに,工学的観点から噴霧特性の予測手法を新たに導出した上で,効果的な微粒化促進技術を実証するものである。

第1章は導入であり,液体微粒化現象の基礎と研究動向をまとめた後,宇宙機エンジンにおける微粒化に関連する課題を述べ,本研究の目的や位置づけを明確にしている。その上で,研究目的に照らして,実験と流体数値解析,そして理論解析を行うことを説明している。

第2章では,実験と流体数値解析の方法を紹介している。はじめに,衝突微粒化実験装置について説明し,ハイスピードカメラを用いた可視化方法および粒径計測方法について述べている。続いて,微粒化の数値解析手法を概説した上で,採用した数値解析手法を説明している。

第3章では,流体数値解析手法の微粒化解析への適用性を調査することを目的として,液柱からの単一液滴分裂現象を対象に,対応する実験における液面形状と速度分布について比較を行っている。その結果,液面の分裂を有する流れの中で,流れの慣性力,表面張力,粘性力,重力を適切に数値的に模擬できることを明らかにし,微粒化解析への適用性を検証している。

第4章では,微粒化機構の基礎的理解を深化させるべく,高ウェーバー数環境における液膜微粒化過程の本質を抽出することを企図して,対向する二液衝突によって円盤状自由液膜を生成させ,実験を行っている。対応する数値流体解析を実施することで,噴射速度分布に起因して液膜内部に形成される速度変曲点の存在が,液膜の安定性に対して重要であることを明示している。

第5章では,微粒化特性の予測技術として,実験定数が不要な噴霧粒径推算法を理論的に導出した。まず巨視的な観点から,微粒化のエネルギー保存則を定式化している。次に,幾つかの仮定の下では,気液の運動エネルギーの減少量は,微粒化を通じたラプラス圧と表面自由エネルギーの増加量に等しいという考えの下,実験定数を必要としない体表面積平均粒径推算式を導出している。また,理論推算式の結果は,大気圧下で計測した平均粒径のオーダーを捉えることを示している。

第6章においては,低速噴射時に噴霧特性が悪化する衝突微粒化の欠点を克服すべく,微量の気体噴射を付加した微粒化促進方法を新規に提案している。液噴流に対して約1%質量流量の微量気体を二液衝突点に噴射することで,体表面積平均粒径が約1/10に小さくなるなど,著しい微粒化促進効果を実証している。あわせて流体数値解析を実施し,衝突点の気液動圧比と相対ウェーバー数の二つの無次元数によって,現象を整理できることを明らかにしている。更に,気体噴射条件の最適化を図ることにも成功している。

第7章は結論であり,本研究で得られた知見を総括している。

以上要するに,本研究では液体微粒化機構に関する基礎的知見を蓄積するとともに,工学的に有用な噴霧粒径推算法を新規に提示した。また,顕著な効能を有する衝突微粒化促進方法を独自に提案し,その有効性を実証した。これら微粒化の理解と予測,制御に関する総合的な知見は,航空宇宙推進学をはじめ,広範な工学分野に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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