学位論文要旨



No 217747
著者(漢字) ワヤン マリア ルイサ ツマンダオ
著者(英字) Uayan Maria Luisa Tumandao
著者(カナ) ワヤン マリア ルイサ ツマンダオ
標題(和) 対処資源 : 日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性の体験
標題(洋) Coping Resources for Migration : The lived experiences of Filipina migrants married to Japanese
報告番号 217747
報告番号 乙17747
学位授与日 2012.11.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第17747号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神馬,征峰
 東京大学 准教授 梅崎,昌裕
 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 宮本,有紀
 東京大学 講師 仲上,豪二朗
内容要旨 要旨を表示する

背景

女性労働の需要の増加によって生じた移住労働者の女性化は、外国で労働し居住するフィリピン女性の大量の移住を引き起こした (Landale, 2001)。日本の厚生労働省によると、国際結婚は、その1年に登録された結婚のうちのほぼ3分の1を占めている (厚生労働省, 2011)。

Faier (2007) は、フィリピン女性は、貧困から逃れるために日本人の男性と結婚すること、そして、日本での多くの雇用の機会が、彼らの財政を改善するための移住を可能にしていることを示した。Morgan と Hoffman (2007) は、収入を得て祖国の家族に送金するために働き居住するより貧しいアジアの国々の女性を、日本の経済の豊かさがどのように魅了しているかを示した。

目的

本研究の目的は、1)日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性の体験を記述すること、2)移住者として、妻であり、母親であるという挑戦を成功させるために彼らが利用する様々な対処資源を明らかにすることである。

方法

本研究では、質的記述的研究デザインを採用した。データは、日本に移住したフィリピン女性 (計42人) が参加した、7つのフォーカスグループインタビュー (focus group interviews : FGI) から収集された。FGIでは、「なぜ日本に移住したのですか?」、「移住者としてのストレスの原因は何でしたか?」、「日本で生き抜くために利用した対処の戦略は何ですか?」、「日本に移住したフィリピン女性として、全体的にはあなたの体験をどのように表現しますか?」という質問をした。FGIは、日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性としての日常的な体験について、研究参加者の認識、感情、思いを明らかにするために使用された。Krueger と Casey (2009) によって提案された帰納的質的なデータ分析方法も使用された。FGIの記録は、継続比較分析を通して、共通の単語、句によって並び替えられ、吟味され、グループ化された。

なお、本研究は東京大学医学部倫理委員会の承認を受けて実施された。

結果

42人の参加者の年齢範囲は、35歳から44歳までが20人 (48%) と最も多く、約半数の22人 (53%)は日本に来て20年経過していた。42人中30人 (71%) は、1人から3人の子どもを持っていた。

FGIの結果から移住の体験として4つのテーマが生成された。1.「機会を獲得する」、2.「課題を認める」、3.「困難に対処する」、4.「移住による報酬をうける」というものである。

1.「機会を獲得する」というテーマは、フィリピン女性が日本に移住する目的を表現している。参加者は、高額な報酬を得られる仕事を通して彼らの財政を改善することや、日本人と結婚することによって法的な身分の保障を得ることを目的に日本に来て結婚したと述べた。

2. 移住者としての「課題を認める」というテーマは、≪言語の壁を克服する≫、≪異文化に慣れる≫、≪ホームシックを克服する≫、≪他の人とは違うということを受け入れる≫という4つのカテゴリーから成るストレスを描写したものである。さらに参加者は、これらの4つのカテゴリーから成るストレスの予測が、ストレスフルな出来事への対策を容易にさせたと述べた。

3.「困難に対処する」というテーマは、日本に移住したフィリピン女性が、ストレスに満ちた体験を切り抜けるために使用した"3つの対処資源"を表している。まず、≪エンパワーメントを得る≫というカテゴリーは、彼らにとって大切な人から無償に与えられた力を描写している。次に、≪利用可能な資源を活用する≫というカテゴリーは、日本の社会に対処し適応するために利用した彼らが生来持っている能力について言及したものである。これらの資源は、日本語と日本の文化を学ぶこと、移住の生活の一部としての苦しみを受け入れること、地域活動に参加することを含んでいる。3番目の、≪向上させてくれる資源を活用する≫というカテゴリーは、彼らが求めた肉親以外の資源について言及したものである。それは、大抵が日本人と結婚したフィリピンの友人や、適切なスピリチュアルなアドバイスをするカソリック聖職者である。

4.「移住による報酬をうける」というテーマは、日本に移住したフィリピン女性が必死の努力で手に入れた2つのアウトカムを表現している。1つ目のアウトカムは、経済状況の改善による財政的な安定であり、2つ目のものは、日々の生活で夫の愛を確信することによる情緒的な安定である。

4つのテーマ間の関連では、テーマ1の「機会を獲得する」とテーマ4の「移住による報酬をうける」は、財政的安定と補償や情緒的安定という参加者の移住の目的からゴールを描写している。テーマ2の「課題を認める」とテーマ3の「困難に対処する」の関連は、「課題を認める」という移住のストレスに、「困難に対処する」のカテゴリーである≪エンパワーメントを得る≫、≪利用可能な資源を活用する≫、≪向上させてくれる資源を活用する≫という"3つの対処資源"を活用し対処するという関係性を示している。

考察

本研究により4つのテーマが導き出され、フィリピン女性が移住者として、妻であり、母親であるという挑戦を成功させるための体験と、ストレスフルな移住体験への対策方法と対処方法が明らかにされた。4つのテーマ間の関連性の中で、移住したフィリピン女性が、移住生活のアウトカムに直結するような移住の目的を事前に持っていたことを示した。さらに、参加者は、≪言語の壁を克服する≫、≪異文化に慣れる≫、≪ホームシックを克服する≫、≪他の人とは違うということを受け入れる≫などのストレスの予測が、ストレスフルな出来事への対策を容易させたことを述べた。この特徴的な発見は、ラザルスの対処理論 (1984) から生成されたSchwarzer and Taubert (2002) の対策的、予防的な対処の理論と一致する。

さらに、本研究は、ストレス軽減を目的にした対処資源の複雑な組み合わせとして、他の研究者たちによって定義された対処資源の3要素を提示した。Portugal, Santosら (2010) の健康の専門家の中でまとめられた研究では、社会的サポート、身体的健康と構造を"3つの対処資源"と定義した。一方で、本研究での"3つの対処資源"は、日本で成功し満足な生活を送るために日本に移住したフィリピン女性によって使用された、≪エンパワーメントを得る≫、≪利用可能な資源を活用する≫、≪向上させてくれる資源を活用する≫という"3つの対処資源"で構成されている。フィリピンの女性の移住の成功のためには、ホストカントリーでの移住過程を通し"3つの対処資源"が提供される必要があると考えられる。

結論

以上より、日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性の移住の実体験と、ストレスフルな出来事とその対処方法として、「機会を獲得する」、「課題を認める」、「困難に対処する」、「移住による報酬をうける」の4つのテーマが生成された。

また、移住者として、妻であり、母親であるという挑戦を成功させるために、「課題を認める」という移住のストレス対して、"3つの対処資源"の≪エンパワーメントを得る≫、≪利用可能な資源を活用する≫、≪向上させてくれる資源を活用する≫を活用し対処していたことが明らかになった。

Keyword: 移住、女性、心理的ストレス、対処能力、フォーカスグループ、フィリピン

審査要旨 要旨を表示する

本研究の目的は、1)日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性の体験を記述すること、2)移住者として、妻であり、母親であるという挑戦を成功させるために彼らが利用する様々な対処資源を明らかにすることである。

本研究では、質的記述的研究デザインを採用した。データは、日本に移住したフィリピン女性 (計42人) が参加した、7つのフォーカスグループインタビュー (focus group interviews : FGI) から収集された。FGIは、日本人男性と結婚して日本に移住したフィリピン女性としての日常的な体験について、研究参加者の認識、感情、思いを明らかにするために使用された。FGIの記録は、継続比較分析を通して、共通の単語、句によって並び替えられ、吟味され、グループ化された。

結果

FGIから4つのテーマが生成された。これらは、1.「機会を獲得する」、2.「課題を認める」、3.「困難に対処する」、4.「移住による報酬をうける」であった。

1. 「機会を獲得する」というテーマは、フィリピン女性の日本に移住する目的を表現している。参加者は、高額な報酬を得られる仕事を通して彼らの財政面を改善するためや、日本人と結婚することによって法的な身分の保障を得ることを目的に日本に来て結婚したと述べた。

2. 移住者としての「課題を認める」というテーマは、≪言語の壁を克服する≫、≪異文化に慣れる≫、≪ホームシックを克服する≫、≪他の人とは違うということを受け入れる≫という、参加者たちが経験した4つのカテゴリーから成るストレスを描写している。

3. 「困難に対処する」というテーマは、日本に移住したフィリピン女性が、ストレスフルな体験を切り抜けるために事前に予測し、使用した"3つの対処資源"を表している。この"3つの対処資源"とは、≪エンパワーメントを得る≫、≪利用可能な資源を活用する≫、≪向上させてくれる資源を活用する≫である。

4. 「移住による報酬をうける」というテーマは、日本に移住したフィリピン女性が必死の努力で手に入れた2つのアウトカムを表現している。1つ目のアウトカムは、経済状況の改善による財政的な安定であり、2つ目のものは、日々の生活で夫の愛を確信することによる情緒的な安定である。

以上、本論文は、日本人男性と結婚し日本での移住生活を通して、フィリピン女性が経験したストレスの対処過程を明らかにするために計画され、移住というストレスフルな体験の詳細と対処資源の活用について明らかにした。本研究において特に意義のある結果は、≪エンパワーメントを得る≫、≪利用可能な資源を活用する≫、≪向上させてくれる資源を活用する≫で構成された"3つの対処資源"が明らかにされたことである。また、移住したフィリピン女性が、移住過程を成功させるためにこれらの資源をどのように応用しているのかについても示した。世界で移住労働者の女性化が促進される中、これらの結果は、女性の移住労働者の理解や地域でのサポート方法、今後の研究に大きく貢献することが期待でき、学位に値するものと考えられる。

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