学位論文要旨



No 217755
著者(漢字) 武田,浩志
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ヒロシ
標題(和) 多視点画像を用いた独立偏位修正法の開発とオブジェクト空間マッチングへの応用
標題(洋)
報告番号 217755
報告番号 乙17755
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17755号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,英範
 東京大学 教授 柴崎,亮介
 東京大学 准教授 布施,孝志
 東京大学 特任准教授 関本,義秀
 東京電機大学 教授 近津,博文
内容要旨 要旨を表示する

近年、空間情報分野では、地理空間情報活用推進基本法の制定、GoogleやMicrosoftなどが手掛ける地理空間情報ポータルサイトの台頭などを受けて、様々な場面で空間情報が活用される機会が増えてきた。これに伴って、3次元都市モデルなどの都市空間データの構築に対するニーズは拡大しつつある。従来、都市空間データは一部の専門家に利用されることが多かったが、最近では、個人の利用者も増加している。これは、従来から行われている都市全体の状況を把握するための小縮尺モデルから、不特定多数の個人が利用することを想定した肌理細かなサービスを提供するための大縮尺モデルへと、利用者のニーズが変化したことを意味する。また、飛躍的な利用者の増加に伴い、多様なアプリケーションで利用されることを想定した都市空間データの構築が求められるようになった。

このような背景のもと、都市の空間情報に求められる要求事項としては、行政主体の公共事業の質的な向上に加えて、住民参加型のまちづくりにおける住民の視点での充実したサービスの提供、さらに、新たな展開が進む民間ビジネスにおける新規事業の拡大などが挙げられる。具体的には、第1に、公共事業における都市型災害への備えや、民間ビジネスにおける空間情報ポータルサイトの情報公開では、都市空間という広域を対象としながら各地点の多様な条件下でも安定したモデリングができることを意味する汎用性が求められる。第2に、民間ビジネスにおける頻繁に入れ替わる店舗と、それに対応したコンテンツの構築では、個々のユーザの要求を満たすために広域かつ高頻度な空間情報の更新が不可欠あり、効率性が求められる。第3として、民間ビジネスでは、現実空間と仮想空間を相互に取り扱う複合現実感(MR:Mixed Reality)や、まちづくりの協議に利用される気象や日照、および、電波障害などを分析する数値シミュレーションなどが注目されており、これらに対応するための正確性が求められる。

そこで本研究では、これらの要求事項を満たし、かつ、付加価値の高い都市空間データを構築するために、個々の建物の屋根形状だけではなく、建物壁面や、その周辺の地面なども含む、汎用性・効率性・正確性の高い都市空間データのモデリング手法を開発することを目的とする。

上記の目的に関連する研究開発の動向については、広大な都市空間を計測するための「センサ技術」および「3次元モデリング手法」、それを構成する「マッチング手法」の3点について概観した。まず、使用するセンサについては、道路沿道に限らず広大な都市空間をモデル化する必要があることから、高精細なスチルカメラを用いた航空機からのセンシング方法が適切であると判断した。次いで、スチルカメラを用いた3次元モデリング手法をレビューし、複数の異なる場所から撮影された多視点画像を用いた自動モデリング手法が有効であること判断した。しかし、既存の多視点画像を用いたマルチ画像マッチングについては、一般に計算処理が煩雑になることや、基準画像を起点とした処理でオクルージョンや画像上の見た目の歪みの影響を受けて、マッチング自体が困難になるという課題があった。このため、多視点画像を用いた建物形状の抽出というタスクに対して、多様な条件下において(汎用性)、効率良く(効率性)、如何に高い精度(正確性)を保ちながらモデリングを実施するかが、本研究における課題となる。

本論文では、これらの課題を解決し、多視点画像を用いたマルチ画像マッチングの成立性を高めるために、独立偏位修正法と、それを応用したオブジェクト空間マッチングを提案する。本手法を用いることで、ステレオマッチングにおけるペア関係、および、マルチレイ法における基準画像の選定に依存しない画像ごとに独立した処理が可能である。さらに、水平な基準面に対する射影変換を基本とする独立偏位修正法と、それを利用した画像の倍率変換という簡便な処理でオブジェクト空間マッチングが可能となる。提案手法は、以下の3つのステップで構成される。

まず第1に、既存手法では、対応点探索のための投影方法が煩雑であることが課題であり、対応点探索を簡便に行うための独立偏位修正法を提案する。この独立偏位修正法により得られる独立偏位修正画像は、全ての多視点画像を個別に水平な基準面に対して射影変換することによって得ることができる。この方法を利用することで、一般的なステレオマッチングで利用されるエピポーラ幾何に基づく偏位修正法や、マルチ画像マッチングで頻繁に利用されるマルチレイ法に代わる対応点の探索方法として、撮影位置を基準とした画像の倍率変換という簡便な処理方法で、独立偏位修正画像間の対応点探索が可能になる。

第2に、既存手法では、建物の構造的な特徴を抽出することが困難であることが課題であり、建物構造線の候補を抽出するためのラインマッチング手法を提案する。壁面や屋根面などの平面内部の建物構造線を構成しないエッジ特徴の多さに起因するミスマッチングを低減するために方位限定ラインマッチングと標高限定ラインマッチングを実施する。これらの限定処理を実施することで、複雑なエッジ特徴を有する画像を用いた場合でも、安定したエッジ線分の抽出が可能であり、建物構造線の候補となる線分を抽出できる。

第3として、既存手法では、撮影地点の違いによる画像上での歪みが大きい壁面などでのマッチングの成立性が低下することが課題であり、正確な平面の位置を同定するための平面マッチングを提案する。抽出された建物構造線候補の線分を基準として、鉛直下向きに領域を拡張し、線分の位置誤差の大きさを前提に壁面の奥行き方向の厚みも考慮して、局所ボクセル画像を生成する。その後、この局所ボクセル画像を用いて、オブジェクト空間マッチングによる壁面の抽出を実施することで、建物壁面の正確な位置を同定し、壁面テクスチャも同時に抽出することができる。これにより、画像上での歪みの大きな建物壁面でさえも、平面マッチングの成立性を高めることができる。また、この解析処理の過程で建物構造線の候補に壁面の存在を関連づけることで、建物構造線か否かの判別が可能になる。

実際の航空画像を用いた実験では、本研究で提案する独立偏位修正法を利用することで、多視点画像を用いた画像マッチングの効率性の課題である処理の煩雑さを解消して、簡便な画像の倍率変換による同時参照の特長を活かして特徴点探索の基本動作を確認し、汎用性の課題であるオクルージョンの回避にも有効であることを示した。また、独立偏位修正法を利用したラインマッチングの実験では、水平線分の方位同一性の特長を活かして、画像上での建物外周輪郭のエッジ方向の共通性を利用して建物構造の把握に有効であることを示した。さらに、任意の方向の投影面を設定した平面マッチングの実験では、屋根面・壁面・地面などを対象に正確性の課題である画像上での歪みが大きい平面に対して、オブジェクト空間におけるマッチングで正確な位置同定が可能であることを示した。

基礎実験を通して、提案手法の原理がマルチ画像マッチングの成立性を高めるための性質として有効に機能することを確認した。航空機から撮影された多視点画像を用いて、建物壁面を中心とする3次元モデルを構築する際の汎用性、効率性、正確性の3つの要件を満たしながら、本研究の課題を解決していくことに対して有効に機能することを証明した。最終的には、提案手法の機能的な限界を示すために、上空から撮影された多様な条件下での多視点画像を対象に実証実験を行い、成功事例および失敗事例の分析により、本手法の有用性を明らかにした。

以下、本論文を構成する各章について、その概要を以下に記す。

第1章の序論では、1.1節に本研究の背景として、近年の社会情勢の変化を受けて、都市における課題とそこで求められている対応を整理する。また、実際の応用事例を交えながら、都市の空間情報に求められる分野別の要求事項を列記していく。さらに、1.2節では、本研究の目的として都市の空間情報に求められる要求事項を整理・集約して、建物形状のモデリング手法を開発する上で満たすべき要件を明示する。そして、1.3節では、本論文の構成として、本研究の目的を達成するために取り組んだ内容を明記する。

第2章では、関連する研究開発の動向についてレビューした内容を整理していく。まず、2.2節にて、センサ技術としての現状のプラットフォームおよびセンサについて整理し、本研究の目的に照らして、どのようなプラットフォームとセンサの組合せが適切かを整理していく。その上で、2.3節にて、最適なセンサ技術を前提とした3次元モデリング手法について検討し、最良な手法を選定していく。そして、2.4節にて、選定されたモデリング手法を構成するマッチング手法のレビューを実施して、既存手法の限界や課題を明らかにした上で、本研究の開発課題を明らかにしていく。

第3章では、提案手法の原理について説明し、その特徴を明らかにしていく。まず、第1章に記述した都市の空間情報に求められる要求事項を満たし、かつ、第2章に示す関連する研究開発の動向としてレビューした既存手法の限界や課題を解決できる提案手法の構成を3.2節に示す。次に、撮影のためのプラットフォームとして、航空機を使用することを例として、そこで得られる多視点画像を用いたマルチ画像マッチングの成立性を高めるための提案手法である独立偏位修正法の原理を3.3節にて説明する。その上で、提案手法が齎す効果を3.4節に示していく。

第4章では、第3章に示す提案手法の妥当性を検証するための実験について述べる。まず、航空画像を使用することを前提に、4.2節には使用データとして実験に使用した機材やデータの仕様などについて紹介する。次に、4.3節には、実験方法としての実証実験の手順を示し、4.4節では、実験方法に対応する基礎実験および精度検証を実施し、提案手法の基本原理としての妥当性を検証する。その上で、4.5節では、オブジェクト空間マッチングの実証実験を実施し、提案手法の様々な状況下での適用可能性についても合わせて検討する。

第5章では、第4章に示す実験の結果を受けて、5.1節には、本研究を通して得られた成果を取り纏める。さらに、5.2節では、本研究の課題と将来展望について言及する。

本論文では、「独立偏位修正法」の原理について論述し、その特性を活かした「ラインマッチング」および「平面マッチング」により、都市空間データのモデリング手法を提案した。また、航空画像を用いた多様なケースでの実証実験を通して、建物壁面、その周辺の屋根面や地面の抽出という目的に対して、本手法が有効に機能することを確認した。

なお、本研究で構築したマルチ画像マッチング手法は、実世界の3次元空間を仮想的に表したオブジェクト空間との親和性が非常に高く、幾何学的には不整合のない極めて汎用性の高い方法であることから、今後のさらなる技術開発により、高精細なモデリングを実現する全画素マッチングや、地図などのベクターデータやレーザスキャナによる計測点群などの異なる種類の空間情報も複合的に取り扱うデータフュージョンなどに貢献することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

急速に変化する都市環境に対応するために、準リアルタイムでの地理空間情報のマッピング技術の必要性が指摘されている。さらに、近年のスマートフォンなどの携帯情報端末の普及により、不特定多数のユーザが空間情報にアクセスし、いつでも、どこでも、そのサービスを享受できるユビキタス社会の実現に向けた基盤データの整備が進められている。このため、3次元都市モデルなどの都市空間データの自動構築手法に対するニーズは拡大しつつある。

このような背景の下、広大な都市空間を計測するための最適なセンサを選定し、効率的な3次元モデリング手法を確立し、それを構成する正確な画像マッチング手法が求められている。特に、既存の多視点画像を用いたマルチ画像マッチングについては、一般に計算処理が煩雑になることや、基準画像を起点とした処理でオクルージョンや画像上の見た目の歪みの影響を受けて、マッチング自体が困難になるという課題があった。これに伴って、多様なアプリケーションで利用されることを想定した大規模な都市空間データを生成する必要があるために、効率的で簡便な都市空間データの構築手法が求められている。

そこで本研究は、付加価値の高い都市空間データを構築するために個々の建物の屋根形状だけではなく、建物壁面や、その周辺の地面なども含む、汎用性・効率性・正確性の高い都市空間データのモデリング手法を開発することを目的としている。また、本論文では、この目的を達成するために多視点画像の外部標定要素の独立性に基づく偏位修正法に着目し、多視点画像を用いた建物形状の抽出というタスクに対して、オブジェクト空間におけるマルチ画像マッチング手法を提案するものである。

本論文では、上記の目的を達成し、多視点画像を用いたマルチ画像マッチングの成立性を高めるための独立偏位修正法を考案し、それを応用したオブジェクト空間マッチングを実施している。本手法を用いることで、ステレオマッチングにおけるペア関係、および、マルチレイ法における基準画像の選定に依存しない画像ごとに独立したマルチ画像マッチング処理が可能である。さらに、水平な基準面に対する射影変換を基本とする独立偏位修正法と、それを利用した画像の倍率変換という簡便な処理でオブジェクト空間マッチングが可能となる。これにより、画像上での歪みの大きな建物壁面でさえも、平面マッチングの成立性を高めることができる。また、この解析処理の過程で建物構造線の候補に壁面の存在を関連づけることで、建物構造線か否かの判別が可能になる。

実際の航空画像を用いた実験では、本研究で提案する独立偏位修正法を利用することで、多視点画像を用いた画像マッチングの効率性の課題である処理の煩雑さを解消して、簡便な画像の倍率変換による同時参照の特長を活かして特徴点探索の基本動作を確認し、汎用性の課題であるオクルージョンの回避にも有効であることを示した。また、独立偏位修正法を利用したラインマッチングの実験では、水平線分の方位同一性の特長を活かして、画像上での建物外周輪郭のエッジ方向の共通性を利用して建物構造の把握に有効であることを示した。さらに、任意の方向の投影面を設定した平面マッチングの実験では、屋根面・壁面・地面などを対象に正確性の課題である画像上での歪みが大きい平面に対して、オブジェクト空間におけるマッチングで正確な位置同定が可能であることを示した。最終的には、提案手法の機能的な限界を示すために、上空から撮影された多様な条件下での多視点画像を対象に実証実験を行い、成功事例および失敗事例の分析により、本手法の有用性を明らかにした。

以上、本論文では、独立偏位修正法を開発し、その特性を活かしたラインマッチングおよび平面マッチングにより、都市空間データのモデリングへの応用を実施した。また、航空画像を用いた多様なケースでの実証実験を通して、建物壁面、その周辺の屋根面や地面の抽出という目的に対して、本手法が有効に機能することを確認した。これにより、撮影画像上での見た目の歪みが大きい建物壁面についても、画像マッチングが可能になった。

さらに、本研究で構築したマルチ画像マッチング手法は、実世界の3次元空間を仮想的に表したオブジェクト空間との親和性が非常に高く、幾何学的には不整合のない極めて汎用性の高い方法であることから、今後のさらなる技術開発により、高精細なモデリングを実現する全画素マッチングや、地図などのベクターデータやレーザスキャナによる計測点群などの異なる種類の空間情報も複合的に取り扱うデータフュージョンなどへの応用が可能である。このため、本論文で示した提案手法は、都市空間データの構築における完全自動化の実現に向けて貢献することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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