学位論文要旨



No 217757
著者(漢字) 中村,裕司
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ユウジ
標題(和) 道路PPP事業におけるコンセッション契約の評価システムの構築
標題(洋)
報告番号 217757
報告番号 乙17757
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17757号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小澤,一雅
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 加藤,浩徳
 東京大学 特任講師 Petr,Matous
内容要旨 要旨を表示する

2000年代に入り、米国ではコンセッション契約に基づく道路PPP事業が急増している。その一方で、コンセッション契約が急速に展開したため、公的政策課題が次第に明らかになりつつあり、このような課題の中には、民間事業者の収益性と公益保護のバランスに関わるものが多い。本研究では、主として米国の道路PPP事業におけるコンセッション契約を対象に、その評価システムの構築を目的とした。具体的には、民間事業者から見た事業リスク特性と、民間事業者の自由裁量性の大小に顕著な影響を及ぼす契約特性を抽出し、両者の相関関係を示す『相関図』を構築し、契約における民間収益の決め方の合理性を相対的に評価することを目的とした。

本研究は、以下の手順で実施した。まず、米国の道路PPP事業において顕在化しつつある公的政策課題を調査し、政策目標との関連について整理したのち、米国の道路PPP事業における9つのコンセッション契約を選定し、共通契約条項を抽出した。次に、民間事業者の収益に影響する契約における民間事業者の自由裁量性に関わる指標を選定した。一方、契約の相対評価だけでは、事業ごとに評価が異なっても当然であり、事業の固有リスクが異なれば事業ごとの契約評価も違うことから、民間事業者の収益に影響する事業リスクの高低に関わる指標を選定した。これらの民間事業者の自由裁量性と事業リスクに関わる両指標を用いて、コンセッション契約の評価システムを構築した。さらに、構築した評価システムを用いて、米国の9契約を相対評価するとともに、同一の手法によって、スペイン、フランス、香港、オーストラリア、日本の各契約も評価し、最後に、評価システムの活用方法並びに具体的な契約の補正シミュレーションを提案した。

「契約における民間事業者の自由裁量性」に関わる指標については、公益遵守に関わる契約項目についての制約が小さいために民間収益にとって有利になる特性を「民間裁量性が大きい」とし、その逆、つまり公的制約が大きいために民間収益に不利になる特性を「民間裁量性が小さい」とし、これをプロジェクト契約指標(Project Contract Indicator:PCI)とした。選定した米国の道路PPP事業について、実際の契約書を調査し、それに基づいてPCIを採点した。また、米国のコンセッション契約以外に、フランス、スペインのコンセッション契約、日本のNEXCO及び道路公社の事業についても擬似コンセッション契約とみなし、採点して比較した。その結果、(1)米国の2000年代前半の契約は後半に比べて民間裁量性が大きく、後半の契約は前半に比べて民間裁量性が小さいこと、(2)フランス、スペインの契約は米国の2000年代後半の契約の民間裁量性とほぼ同等であること、(3)日本の契約は民間裁量性がかなり小さいこと等、契約間の民間裁量性を定量的に比較できることが明らかとなった。

「事業リスクの高低」に関わる指標については、民間事業者が公的機関に代わって事業を実施する場合の、民間事業者の収入や支出といった経済的均衡に影響するリスク要因を指標の構成項目とし、これをプロジェクト・リスク指標(Project Risk Indicator:PRI)とした。選定した米国の道路PPP事業について、契約当事者にアンケートを実施し、その結果に基づいてPRIを採点した。その結果、(1)2000年代前半の事業は後半の事業に比べリスクが高いこと、(2)テキサス州の事業は他の事業に比べリスクが小さいこと等、事業リスクの高低を定量的に測定できることが明らかとなった。

採点されたPCIとPRIを用い、両指標の相関関係を表す『PRI-PCI相関図』を作成し、これをコンセッション契約の評価システムとして提案した。評価システムを構築するために、配点の重み付けを変えるなど、6種類のケース・スタディを行い、現状を最もよく反映するケースを採用することとした。米国の9事例のほか、スペイン、香港、オーストラリア、ならびに日本の道路公社事業についても『PRI-PCI相関図』を適用し、比較分析を行った。また、日本の道路公社事業及びスペインの事業については、契約当時と現時点の両方を採点し、相関図上で比較した。その結果、一国内の複数事業の比較だけでなく、国が異なる事業間の比較、さらに一事業における経年比較等が可能であることが明らかとなった。

さらに、評価システムの指標であるPRIとPCIが事業リスクの高低と民間事業者の自由裁量性の大小を反映しているかどうかを、検証するため、契約時のEBITDAが入手できる2事業について相対比較をした結果、EBITDAが示す数値の大小と、評価システムの採点結果が示す傾向はよく符合していることが確認できた。また、4つの事業について、その直近の収益実績を用いて比較したところ、実績が示す数値の大小と、評価システムの採点結果が示す数値の大小がよく符合していることが確認できた。

本研究で構築した評価システムの目的は、公的政策課題を克服し政策目標の達成に近づくようなコンセッション契約を実現することである。契約を構成する要素は、公的政策課題を反映するものであり、社会厚生の最大化、公平性・平等性、安定性・継続性等の政策目標を実現するものでなければならない。このような観点から、評価システムの指標であるPRIもPCIも契約要素の関数として表すことができ、公的政策課題を反映し政策目標の達成を促す関数であることを検証した。

本研究の成果として、道路コンセッション契約における民間事業者の収益性に着目した「プロジェクト・リスク指標」と「プロジェクト契約指標」を選定し、これら2つの指標を組み合わせた「相関図」を作成することにより、その事業のリスクの高低と民間事業者の自由裁量性の大小について相対的な位置付けを比較分析する手法を構築した。この手法により、(1)従来の格付け機関による評価とは異なる工学的評価ができること、(2)民間裁量性の大小が期待収益性の大小と関係すること、(3)したがって、コンセッション契約における民間事業者の収益の決め方の合理性を把握できることも明らかにした。評価システムの活用方法として、日本の道路公社事業を事例として、PRI及びPCIの補正方法と手順を示し、リスクの軽減と民間裁量性の緩急によって、相関図上での位置を是正できることを示した。

提案した評価システムの現時点での限界は、第一に、PRIとPCIだけで公的政策課題の全ては評価できないこと、第二に、米国以外については採り上げた事例数は各国一つであるため、他国の契約特性も評価できるかどうかは確認できていないこと、第三に、現時点で評価システムが示すPRIとPCIのバランスのどの範囲が適正であるかという規範は検証できていないこと、第四に、ここで示した契約の補正手順は検証されていないこと等である。今後の課題として、評価システムの適用範囲を広げるために道路以外の他のインフラ施設にも適用する方法を検討すること、その活用を図るための第三者評価機関によるモニタリング機能の導入を検討することがあげられる。

審査要旨 要旨を表示する

米国では、コンセッション契約に基づく道路PPP事業が近年急増している。その一方で、民間事業者の収益性と公益保護のバランスに関する公的政策課題が次第に明らかになりつつある。本研究は、主として米国の道路PPP事業におけるコンセッション契約を対象に、民間事業者から見た事業リスク特性と、民間事業者の自由裁量性の大小に顕著な影響を及ぼす契約特性を抽出し、両者の相関関係を示す『相関図』を作成し、契約における民間収益の決め方の合理性を相対的に評価するシステムを構築することを目的としている。

第1章は、序論であり、研究の背景、目的、研究手法および関連する既往の研究を整理し、本研究の範囲と特徴を示している。

第2章では、本研究における道路PPP事業におけるコンセッション契約の定義について、論じている。ここでは、コンセッション契約をその構成要素を中心に、(1)建設費と運営費はコンセッションを付与された民間事業者によって賄われること、(2)資産の所有権は公共部門に属すること、(3)ほとんどのリスクが民間事業者に移転され、契約によって合意された機関にわたって、料金徴収する権利と道路を維持管理・運営する義務を負うこと、(4)利用料金を主たる収入源とすることを特徴とする契約として定義している。

第3章では、米国の道路PPP事業におけるコンセッション契約の現状について詳述している。契約の事例とその特徴、公的資金支援の仕組み、発生している事象を整理分析し、公益事業としての道路PPP事業が抱える課題を社会的厚生の最大化、公平性・平等性、安定性の観点から論じるとともに、コンセッション契約の中で制御可能な範囲を特定している。

第4章では、道路PPP事業におけるリスクとその分類方法および官民のリスク分担について既往の研究等を整理している。その結果に基づき、第5章において、民間事業者の収益性の観点から、事業リスク特性を評価する方法を提案し、これを用いて米国の道路PPP事業におけるリスクの高低を評価している。民間事業者が公的機関に代わって事業を実施する場合の、民間事業者の収入や支出といった経済的均衡に影響するリスク要因を指標の構成項目とし、これをプロジェクトリスク指標(Project Risk Indicator:PRI)とした。選定した米国の道路PPP事業について契約当事者にアンケートを実施し、その結果に基づいてPRIを採点している。その結果、(1)2000年代前半の事業は後半の事業に比べリスクが高いこと、(2)テキサス州の事業は他の事業に比べリスクが小さいこと等、事業リスクの高低を定量的に測定できることが確認されている。

第6章では、道路PPP事業のコンセッション契約における民間事業者の自由裁量性を評価する枠組みを検討し、その評価方法を提案するとともに、米国の事例に対して適用している。公益遵守に関わる契約項目についての制約が小さいために民間収益にとって有利になる特性を「民間裁量性が大きい」とし、その逆、つまり公的制約が大きいために民間収益に不利になる特性を「民間裁量性が小さい」とし、これをプロジェクト契約指標(Project Contract Indicator:PCI)とした。選定した米国の道路PPP事業およびフランス、スペイン、日本(県の道路公社)について、PCIを採点評価している。その結果、(1)米国の2000年代前半の契約は後半に比べて民間裁量性が大きく、後半の契約は前半に比べて民間裁量性が小さいこと、(2)フランス、スペインの契約は米国の2000年代後半の契約の民間裁量性とほぼ同等であること、(3)日本の契約は民間裁量性がかなり小さいこと等、契約間の民間裁量性を定量的に比較できることを確認している。

第7章では、道路PPP事業における事業リスクの高低と、そのコンセッション契約における民間裁量性の大小の関係を分析する評価システムを提案し、これを用いて米国の9事例に適応している。その結果、調査対象とした9事例のうち、アベイラビリティペイメント方式を採用している事例を除いて、民間裁量性が大きい契約特性を有していることが確認されている。また、指標であるPRIとPCIの独立性を検証するとともに、契約時のEBITDA(Earnings Before Interests, Taxes, Depreciation and Amortization)が入手できる2事業について相対比較をした結果、EBITDAの大小と評価システムの採点結果が示す傾向はよく符合していること、さらに、4つの事業の直近の収益実績を用いて比較したところ、実績値と評価システムの採点結果がよく符合していることが確認されている。

第8章においては、PRIとPCIを用いた評価システムを米国以外のスペイン、香港、オーストラリア、ならびに日本の道路公社事業についても適用し、比較分析している。また、日本の道路公社事業及びスペインの事業については、契約当時と現時点の両方を採点し、相関図上で比較するとともに、評価システムの活用方法として、日本の道路公社事業を事例として、PRI及びPCIの補正方法と手順を示し、リスクの軽減と民間裁量性の緩急によって、相関図上での位置を是正できることを示している。

第9章は、結論であり、本研究で得られた成果を取り纏めるとともに、提案する評価システムの限界を示し、今後の課題を提示している。

本研究は、道路PPP事業のコンセッション契約における民間事業者の収益性に着目し、事業のリスクの高低と民間事業者の自由裁量性の大小について相対的な位置付けを比較分析する手法を構築したものである。この手法は、コンセッション契約における民間事業者の収益の決め方の合理性を把握する評価システムとして活用でき、社会的に有用な成果を挙げたものと評価できる。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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