学位論文要旨



No 217758
著者(漢字) 飯田,直彦
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,ナオヒコ
標題(和) 市町村都市計画マスタープランの実態と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 217758
報告番号 乙17758
学位授与日 2012.12.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第17758号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大方,潤一郎
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 西村,幸夫
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

1.論文の概要(全体の要約)

本論は、全国の市区町村が策定した市町村都市計画マスタープラン(都市計画法第18条の2、以下、都市マス、という)に記載された内容の実態を整理した上で、その改定作業が着手されつつある今後、都市マスにあらためて期待される機能とそれを担うための課題とを、都市マス策定後に市区町村が講じた行動を整理しながら、明らかにしようとするものである。以下、6章からなる本論の構成にそって概要を示す。

(1) 都市マスの機能を整理する第1章では、都市マス制度創設前の答申及び創設後の通達を整理し、市町村が策定する都市マスには経過将来像を明示する目標設定機能とその将来像を実現する市町村が決定する都市計画の手段導入機能との2点に整理し、その策定作業には市民参加を通じて両機能を全うするという使命が期待された(第1節)。このことは、都市マス制度が審議された国会における答弁を整理し、これら3つの機能が期待されたことが明らかにされたが、同時に、都道府県の定める整備、開発及び保全の方針や都道府県が決定する都市計画との間での関係への危うさも明らかになった(第2節)。米国コンプリヘンシヴプランの制度を概観し、都市マスと同様の機能を有するものであることを明らかにし、コンプリヘンシヴプラン(目標設定機能)とゾーニング規制さらにはゾーニング規制の下での許可と弾力的手法である特別な許可(手段導入機能)との間に、日本の場合よりも強い関係があることを明らかにした(第3節)。都市マスを扱う論文を概観し、都市マスに記載される将来像への数量的な計画フレームやフィジカルな将来都市構造以外に多彩に記載されることの期待と、将来像の実現手法への法定の都市計画以外の手法が多彩に記載されることへの期待とがみられることを明らかにした(第4節)。

(2) 都市マスが描いた将来像を収集分析した第2章では、都市マスの策定対象とする区域は、都道府県が指定する都市計画区域から都市マスの策定者である市区町村の行政区域全域とし(第1節)、目標年次は策定後おおむね20年後とはするもの、今後の社会経済状況の変化が予想され、目標年次時点での都市の状態が十分に描き得ないことを付記しつつ、そのような状態が実現することをその目標としてたとえば向こう10年間に講じようとする施策を記載することで、目標年次以外に計画期間を用意し、計画期間終了時点に計画した内容の状況を点検するとする都市マスが登場する(第2節)。つまり、将来像は目標年次における完成予想図というよりは、計画期間内に講じる施策の延長線上に将来像が位置するものであるとし、都市の目標や理念を数十字程度の文章で述べる将来像が、10年間に講じる施策方針の姿勢を示し、かつ、20年後の都市の姿をも表している(第3節)。人口減少を示した将来人口からは、交通体系の整備などに伴う交流人口の増加や市街地の整備や文化個性の創造などに伴う定住人口の確保、に貢献する施策を都市マスに期待する(第4節)。このように、人口減少時代に入った時期と重なる都市マスでは、将来人口は、将来市街地規模を算定する根拠とはなくなりつつあり、一部には、上述の交流人口の増加や定住人口の確保などにつながる、都市の質や活力を維持増進するために都市機能の適切な配置を図ろうと示唆する都市マスが登場する(第5節)。将来都市構造図は、都市機能を将来、発揮するためには土地利用配置や交通などにめりはりが必要であることを主張するために記載され(第6節)、住む、働く、学ぶ、憩うといった各種の都市機能が展開される土地利用方針図では、都市構造図にいう軸や拠点と関連づけられる(第7節)。勿論、これら都市構造図や土地利用方針図は、当該市区町村の行政区域内に限っての表現されたものであるから、隣接する市町村の行政区域の間で都市構造を一体的にとらえる必要があっても都市マスはこれらが記載できない。そして、これら記載できなかった点が行政区域を超えた広域調整の必要性が市町村合併などで生じれば、あらためて都市構造を軸拠点ゾーンの概念も改めた上で描きなおすことにならざるをえない(第8節)。以上、人口減少時代にその策定時期が重なる都市マスが描いた将来都市構造とは、無秩序な市街地拡大を抑制しつつ、効率的な基盤整備を進めつつ、地域の個性が形成できるような都市構造、とまとめられる。

(3) 都市マスに記載された実現手法を述べる第3章では、その第1節では都市計画法に定める都市計画ツールを、続く第2節では都市計画法にその規定のないツール(非都市計画ツール)を、それぞれに期待された機能を明らかにしながら整理した。第1節の都市計画ツールでは、都市スケールの都市計画ツールと地区スケールのそれとに大別できるが、都市スケール、即ち、都市全体をどう秩序づけるか、の観点から扱われているものに都市計画区域、区域区分、用途地域及び高度地区の4ツールがみられ、これらの多くは都道府県が都市計画決定など所管するものであるが、市町村も行政区域管内を管理することに強い関心を有していることが明らかにされ、地区スケールでのツールと共に都市マスに記載されている。以下、個々のツールごとにみる;(1)都市計画区域に関しては、多くの都市マスがその策定対象区域を行政区域全域とした上で、その拡大を掲げる都市マスが少なくない。拡大する意図は、都市計画区域外で懸念された開発行為への対処もあるが、最近のものでは市内全域を管理する必要性を挙げている。(2)区域区分に関しては、市街化区域の拡大を計画的な市街地整備を図ることをその条件として掲げる都市マスがある一方で、インフラの経営不安等をその理由として拡大の抑制あるいは現行の区域区分を維持、さらには区域区分制を導入、また、市街化調整区域内を走る幹線道路の沿線の土地利用をどう秩序づけるか、に言及する都市マスも少なくない。(3)用途地域に関しては、白地地域での開発、すなわちにじみだしへの懸念から、用途地域の拡大を挙げ、(4)特別用途地区に関しては、従来からの地場伝統的な工業と住宅との共生から新たな産業の誘致育成を図るタイプへの期待、(5)防火・準防火地域、22条区域では阪神淡路大震災などを契機に地域の防災性向上への期待、(6)高度地区に関しては、都市の密度構成、ボリューム量、眺望といった都市スケールからの期待と、逆に地区スケールからの低層住宅地への中高層建築物の立地に伴う相隣調整や家並みを整えることへの期待、(7)特定用途制限地域は、集落環境の保全、IC周辺での当面の間の土地利用制御、幹線道路沿線の土地利用秩序といずれも地区スケールでの期待、(9)白地地域の建築形態規制も(7)と似た地区での同様の狙いがあり、3483・3484条例へは滲み出し開発への秩序付けと集落環境の向上への期待、がそれぞれ伺える。そして、およそどのような地区類型でもその導入ができる地区計画制度への期待が最も多く寄せられている。続く第3章第2節の非都市計画ツールでは、都市計画ツールのうち後者の地区スケールでの、即ち地区計画に代表される都市計画ツールの発意を期待しているものといえる、具体的には課題地区や市民参加促進地区、土地利用検討ゾーンや基盤整備検討ゾーン、まちづくり条例と地区まちづくり計画、の大きく三者が、都市マス策定作業の市民参加を都市マス策定後の公民協働に展開させるツールとして仕組まれている。

(4)第4章では、都市マスはその策定後にどのように管理しようとしているかを整理した。市マス策定作業における市民参加は盛んであったが、都市マス策定後における市民参加をどのようなものとするかの検討が窺えた(第1節)。半数近くの都市マスは、策定後の社会経済状況に変化があることを考慮して、時期をみて見直し改定をする、と述べ、その見直し改定にあたっては従前の都市マスを点検検証するとする都市マスがある(第2節)。ここでいう点検検証とは、都市マスに記載された事項を進行管理するタイプか、進行管理とあわせて目標管理を市民協働で実施する仕組みを都市マス策定後に展開しようとするタイプの二種類みられる(第3節)。市区町村では都市マス策定事業とほぼ同時期に行政評価制度が導入され、都市マスに関係する様々な事務事業が評価されたが、これらの評価は事務事業の効果的及び効率的な執行といった観点からの評価であり、都市マスで述べた将来像の妥当性やその実現手法の実現可能性を評価するものではなかった(第4節)。ただし、都市マスの中には将来像やその実現手法を評価する指標をいくつか提示するものがみられるようになり、目標管理を市民協働で進行管理する道筋を明らかにしようという試みがみられるようになった(第5節)。進行管理の対象となる事務事業を実施していくことにより都市マスの掲げた将来像に近づいていくとすれば事務事業の実施順位などの優先順位づけなどの戦略化が必要となる(第6節)。このように、指標の設定が、都市マスの実行性や実効性を高める上で期待されており、実施するとした事務事業の実績を計測する世田谷区や到達目標に対する管理を行う鎌倉市、到達目標〔整備目標〕が将来都市規模の縮小に伴って再設定された鈴鹿市の実際を紹介し、指標を設定することで都市マスの目標管理や進行管理を常に行うマネジメントを整えようとしていることを明らかにした(第7節)。

(5)第5章では、都市マスの3つの機能(目標設定機能、手段導入機能及び市民参加促進効果)それぞれが都市マス策定後にどのようになっているかをいくつかの事例から論じ、目標設定機能と手段機能とは即地詳細化し、市民参加促進効果は公民協働機能に転換しつつあり、さらに、これら3機能から第4の機能として全体総合調整機能が必要ではないか、と結ぶ。即ち、都市マスに定めた地域別構想の分析から、都市マスが述べた地域別構想は完成版ではなく、目標設定機能は、手段導入機能は手段を地区計画制度とした場合、地域の面積は大きすぎ、かつ、多様な地域類型を含んでしまい、実質、手段導入機能の性格も弱まってしまっている(第1節)。埼玉県における暫定逆線引き地区の動向からは、目標設定機能として将来土地利用とそれと関連づけられる、市街化調整区域とする、あるいは土地区画整理事業あるいは地区計画を導入しての市街化区域編入という手段を選択するに至り、両機能のゆらぎが都市マス策定後に生じていることを示した。そして、このようにゆらぐ背景には、開発許可制度という民間投資への制御をどうするか、の他に土地区画整理事業という公共投資をどうするか、という問題が潜んでおり、この問題へは市民と行政とが協働して解くべきこと(公民協働機能)を明らかにした(第2節)。他方、密集市街地や調整区域内集落へは都市マスは、防災性や活力の向上という性能面での目標と不燃建築物や立地とを掲げた(性能面での目標設定機能と手段導入機能)。このような都市マスの策定後に、この要求性能に応える仕様として、許可基準の合理化(手段導入機能の詳細化)と基盤整備に関する計画(手段導入機能の即地化)に資する制度が設計された。同時に、この制度の運営には、そして、これら手段の導入にあたっては地区まちづくり協議会という、やはり公民協働機能を必要とした(第3節)。公民協働機能を実際に機能させる場合、地区まちづくり協議会構成員内での協議調整の他に、地区外との調整が必要になる。なぜならば、計画には民間投資への制御の方針だけでなく公共投資の方針を記載する場合があるからで、公共投資の方針を検討するにあたっては、受益者負担原則にかなっているか、他の地域への公共投資との均衡がとれているか、といった行政区域全体をみての検討が必要であり、公とは当該地区のみならず行政区域全体を代表する者であり、これら公と当該地域との調整が必要になるからである。このような、この後者の調整にあたっての原理原則となる姿勢や方針を定める機能(全体総合調整機能)がマスタープランに求められる第4の機能として考えられる(第4節)。

(6)本論の結びとなる第6章では、第1節で前章までを総括し、第2節及び第3節では第5章で導いた都市マスの機能の今後を地域別構想及び全体構想それぞれへの提案として掲げた。まず、地域別構想にあっては、その目標設定機能と手段機能を発揮するため、PLAN-DO-SEEサイクルのDO段階でplan-do-seeサイクルを新たに興し、PLAN段階で発揮された市民参加促進効果をplan-do-seeサイクルでの公民協働機能に転換させる(第2節)。他方、全体構想にあっては、現在、多くの市区町村がPLAN-DO-SEEサイクルのSEE段階にあるなか、市町村合併や、区域マス、都市計画提案、広域調整といった都市計画制度の変更といった、都市マスの策定対象区域の変更や策定後の都市計画決定変更に関する手続きの変更などを反映した枠組みの変更が必要である。そこで、まずは区域マスの策定対象区域を都市計画区域単位ではなく県土をいくつかの圏域にわけた圏域マスとした上で、市区町村行政区域間の調整の姿勢や方針を述べる一方で、市区町村が策定する都市マスでは、将来像を設定する区域を隣接する市町村の行政区域でのそれらを考慮しつつ、その行政区域内とし、実現手法をその決定権者が県または市区都町村を問わず都市計画決定/変更とし、さらにはまちづくり条例などとこれら都市計画決定/変更との関連に関する方針などを述べるなどといった、全体総合調整機能を担う(第3節)。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、全国の市区町村が策定した市町村都市計画マスタープラン(都市計画法第18条の2による市区町村の都市計画の基本方針、以下、都市マス、という)を対象に、その内容の詳細な比較分析を行った上で、都市マスに期待される機能と実態、限界と課題を、都市マス策定後に市区町村が講じた行動をも視野に入れて、明らかにしたものである。

第1章では、都市マス制度創設前後の通達や、国会での議論、当時の記事・論文等を整理分析し、当時、都市マスに期待された機能は、当該都市の将来像を明示する目標設定機能、市町村主導の都市計画決定(変更)を促進する機能、都市計画策定・運用過程に十分な市民参加の機会を確保する機能、の3つの機能であったことなどを明らかにしている。

第2章では、収集した都市マスを対象に、その描くところの将来像を比較分析している。都市マスの策定対象区域は、都市計画区域である場合と市区町村の行政区域全域である場合に大別され、目標年次は概ね20年後とするものが多いが、都市マス本論には当初10年間といった中間年次までの施策のみを示したものもあること。人口減少が予測される市町村でも、将来人口の減少にしたがい将来市街地規模を縮小するような計画は見られず、交流人口の増加や定住人口の確保などを図るため、都市機能の一層の拡充や再配置を図ろうとする都市マスも存在すること。などを明らかにしている。

第3章では、都市マスに記載された計画実現手法を分析し、以下の諸点を指摘している。都市計画区域が市域全体をカバーしていない都市では、その拡大を掲げる都市マスが少なくないこと。区域区分に関しては、計画的な市街地整備を条件に拡大する方針とする都市マスがある一方で、インフラの経営不安等をその理由として拡大の抑制を掲げるもの、未線引都市計画区域では区域区分の導入を目指すもの、市街化調整区域内を走る幹線道路沿道の土地利用をどう秩序づけるかに言及する都市マスも少なくないこと。特別用途地区に関しては、従来からの地場伝統的な工業と住宅との共生を目的とするのではなく、新たな産業の誘致育成を図ろうとするもの、高度地区に関しては、都市の密度構成、ボリューム量、眺望といった都市スケールでの高さのコントロールを導入しようとするもの、地区スケールでの視点から相隣環境を保護し街並み・家並みを整えようとするものが見られ、特定用途制限地域は、集落環境の保全、IC周辺での当面の間の土地利用制御、幹線道路沿線の土地利用秩序などのために導入されている。もちろん地区計画制度の活用は一般に多く掲げられている方針である。法定都市計画によらない計画ツールとしては、課題地区や市民参加促進地区、土地利用検討ゾーンや基盤整備検討ゾーンなど、より具体的に対策を検討すべき地区の明示、まちづくり条例と地区まちづくり計画の導入および活用を記述したものが多い。

第4章では、都市マス策定後の進行管理について分析し、以下の諸点を指摘している。(1)半数近くの都市マスは、策定後の社会経済状況に変化があることを考慮して、時期をみて見直しをする、と述べているが、その見直しにあたっての点検作業については、都市マスに記載された事項を進行管理するタイプと、進行管理とあわせ目標管理を市民協働で実施しようとするタイプの2種類が存在すること。(2)市区町村では都市マス策定事業とほぼ同時期に行政評価制度が導入され、都市マスに関係する様々な事務事業が評価されたが、これらの評価は事務事業の効果的及び効率的な執行といった観点からの評価であり、都市マスで述べた将来像の妥当性やその実現手法の実現可能性を評価するものではないこと。ただし、都市マスの中には将来像やその実現手法を評価する指標をいくつか提示するものがみられるようになったこと。

第5章では、都市マスに期待された3つの機能(目標設定機能、手段導入機能及び市民参加促進効果)が実際に策定された都市マスにおいて、どのような水準のものであったかをいくつかの事例について分析し、総じて、目標設定機能と手段機能とは即地詳細化し、市民参加促進効果は公民協働機能に転換しつつあることを指摘し、その上で、公民協働事業の配置や企画が重要性を持つような都市の都市マスにおいては、上記3機能だけでなく、第4の機能、つまり(各種の地区レベルの公民協働事業の配置企画や、それらをサポートする公共施設等の整備プログラムに関する)全体総合調整機能が必要であることを論じている。

結論部の第6章では、前章までを総括した上で、以下の点を提案している。地域別構想にあっては、都市マス策定後の第2段階で、より詳細で具体的な公民協働プログラムに転換させること。全体構想にあっては、市町村合併や、区域マスの導入など、新たな状況に対応させる必要があり、そのため、まずは区域マスの策定対象区域を都市計画区域単位ではなく県土をいくつかの圏域にわけた圏域マスとした上で、圏域内の複数市区町村の都市計画に関する総合調整機能を発揮させること。一方、市区町村の都市マスは策定対象区域を行政区域全体とし、県決定の事項も含め全ての法定都市計画事項や「まちづくり条例」「景観条例」など全ての計画実現手段に関する運用方針を記載するといった、市区町村行政区域内の都市計画関連事項に関する総合調整機能を発揮させること。

以上のように、本論文は、大量の都市計画文書を詳細に比較分析しただけでなく、典型的かつ重要な事例については、計画の運用実態調査や土地利用変容実態調査等を踏まえた、その効果の評価を行っており、今後の日本の都市計画の策定・運用の技術の向上に大いに資する新規で有用な知見を示したものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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